(なにが、どうなっていやがる...?)

雅が岡へとサイコジャックを放った時、ガッツもその余波を受け、脳の痛みと共に意識が覚醒していた。
とはいえ、半ば朦朧としており、なぜ自分がこうなっているのか、いまなにが起こっているのか。
それらを整理するのがやっとであり、吸血の効果で身体も痺れてロクに動くことすらできなかった。

(情けねえ...大口叩いておいてこの様かよ)

無茶だとロックに止められた時のことを思い返す。
あの時、自分の道は自分で切り開くとのたまっておきながら、現状は雅の気まぐれで生かされているに過ぎない。
これを滑稽だといわずになんというのか。

だからこそガッツは殺意を滾らせる。
化け物【使徒】どもはいつもそうだ。人間を見下し、侮り、慢心する。
そしてその驕りで、己の身を焦がし最後は鉄塊のサビとなる。

雅も変わらない。
驚異的な再生能力を有しているようだが、性質は使徒と同じだ。
その強力な力に慢心し、自分が何者よりも優れていると思っている。
だからこそ、そこに付け入る隙がある。

(俺をすぐに殺しておかなかったこと、後悔させてやるぜ化け物...!)

ふつふつと、静かに、着実に殺意と怨念を滾らせるガッツ。
そんな彼の耳に届いたのは、喘ぎにも似た声。

(...?)

ゆっくりと顔を動かし、声の出所を確認するも、視界が霞み全貌を拝むことはできない。
彼の目に映るのは、ふたつの影だった。
ひとつは女らしい繊細な輪郭で、もう一つは引き締まった男らしい輪郭。
やがて影はその距離を縮め、男の影が無理矢理押し倒し、蹂躙しようとする。

その光景が。


―――見ないで...

かつて愛した女が。

かつての友だった『化け物』に。

自分の目の前で陵辱され、奪われたあの時と脳裏で重なった。


瞬間。


ガッツの身体は弾けるように駆け出した。

痛みも。痺れも。思考も。

己を縛る枷を全て排除し、ただただ【あの時】を殺すためだけに武器を取る。

憤怒と憎悪で振るわれた丸太は、かつての『友』をかき消し、その先にいた怪物をも吹き飛ばした。


「ぐあっ!」
「あ...?」

地面を滑る雅を、丸太を握り締めていた己の両腕を見て、ガッツは思わず呆けた声を漏らす。

あの時もそうだった。
聖鉄鎖騎士団に捕らえられ、脱走のために連れ出した女団長、ファルネーゼが馬の怪物に犯されそうになった時。
その姿が、グリフィスに陵辱されたキャスカに重なり、激情がガッツの全てを支配し、気がつけば馬の首を切り裂いていた。
特段助ける義理もない癖にだ。

しかも今回に至っては面識すらない少女だ。
キャスカのことは、自分が考えている以上に根深いものになっているのだろう。

(...気付けには反吐が出るほど充分だがな)

いまのやり取りで痺れはだいぶ吹き飛んだ。
疲労は隠し切れないが、死体同然で転がっているよりはマシだろう。

「驚いたぞ。まさか吸血後にそれほど動けるとはな...お前の目は奴らによく似ているよ。私を楽しませてくれるあの男達と」
「知るかよ」
「私は人間は嫌いだが、お前のような強く有能な者は別だ。なんとしても手に入れたい」

瞬く間に雅の怪我は再生し、1分にも満たないうちに戦況はリセットされる。
未だ雅の優位は揺るがない。
しかし。
僅かにでも時間が経過したということは、だ。


「まずは貴様の手足をもぐとしよう。そして私の血を受け入りゃぶッ!?」

雅と同じ人外である彼女が、魂の抜かれた身体を有する彼女の意識が彼岸の彼方より舞い戻るには充分すぎる。

復活するなり雅の顔面へと膝蹴りの奇襲を浴びせたほむらは、捕まらぬようすぐに後方へと跳躍しガッツの隣りへと並び立つ。

「なんだ、ピンピンしてるじゃねえか」
「......」

すぐに矛先を向けないことから、ガッツには敵対意思がないとほむらは判断する。
その上で、このまま雅と戦い勝機はあるか―――かなり薄いと見て間違いないだろう。
ガッツは言わずもがな、ほむらにも余裕があるわけではない。
いまの疲弊しきっているほむらが動けているのは、痛覚やその他の感覚を全て遮断しているためである。
無論、魔力を消費する上に長くは続かない代物だ。
このまま戦えば先に果てるのは自分達であるのは明白だ。

(それに...不安要素はまだある)
「いっちねんせいになったら、一年生になったら~」

ほむらの不安要素であるひでがスキップしながら現れる。
ぬらりひょんから受けた傷も半分ほどは癒え、こうして雅のもとへと舞い戻ってきたのだ。

「あれぇ?おじさんどうしたのぉ」
「あいつは白髪の仲間か」

丸太を構えなおすガッツを、ほむらは咄嗟に手で制す。

「待って。あいつに手を出しては駄目。...大丈夫。こちらから手出しさえしなければなんともないわ」
「どういうことだ」
「あいつは、自分に手を出した者だけを攻撃する。こちらから何もしなければ、あれはただのでくの坊よ」
「そうかい」

こちらから攻撃しなければ無害な存在。
それを避けるというのは、言い換えれば、攻撃の幅が狭まるということだ。
仮に雅を追い詰めたところで、ひでを盾にでも使われれば非情に厄介であり、不意の一撃で戦局が覆される可能性もある。
なんともやりにくい相手だ。ガッツは素直にそう認めざるをえなかった。

(チッ、奴等を殺すにしても分が悪すぎる。一旦退くしかねえか)

戦とはただ闇雲に攻めるだけではない。攻める時には攻め、退くべき時は退く。
雅を仕留められぬまま撤退するのは歯がゆいが、このまま戦ったところでジリ貧だ。

(問題は、あいつがおめおめと逃がしてくれるか)

仮にこのまま背を向け走り出したところで、自分は既に満身創痍の身であり、且つあの超音波かブーメランでいとも容易く捕まるだろう。

(どうにかして奴の隙を作りてえが...)
「聞いて」

まるでガッツの思考を読んでいたかのようなタイミングだった。
ほむらはガッツにしか聞こえないほどの小声で言葉をかけた。

「マントを少し借りるわ」
「あ?」
「これからあいつの隙を作る。そこから先の判断はあなたに任せるわ」
「......」

なにか策があるとでもいうのか。
だとしたら、どんな。
聞きたいのは山々だが、いまは眼前に敵がいる状況。
相手へと戦略が漏れ、チャンスを潰してしまえば目も当てられない。
そのため、ガッツはマントを渡すことにした。

ほむらにマントが手渡された瞬間だった。

バサリ。ほむらは突如、ガッツの眼前にマントを投げつける。

同時に。

左腕の盾から取り出すのは、筒状の物体。

それがほむらの手を離れ、地面に落ち、閃光があたり一面を覆う。

それを目撃したもの達は一様にして目が眩み、世界が暗闇に包まれる。

ただ一人、マントで視界を塞がれていたガッツを除いて。

「ッ...どういうこった」

顔に被さりそうになったマントを引き剥がし、キョロキョロと周囲を見渡せば、自分と気絶している祥子を除けば皆が目を押さえ悶えているこの現状だ。
そう言葉を漏らしてしまっても仕方のないことである。

(よくわからねえが...これがあいつの言ってた『策』か)

この状況を生み出した経緯は不明だが、今この時が最大の好機であるのは間違いない。
ガッツは気絶している祥子を肩に乗せ、後方にいる奈々たちのもとへと駆け寄る。

「うぅ...目が、目が...」
「聞け。今からここを離れる。あの妙な術を俺に使え」
「え?えと...」
「悪いがチンタラ説明している暇はねえんだ」

奈々は暗い視界の中で、とにかくガッツの頼みに従い、彼へと端末の魔法をかける。

「!...へえ、こいつはいい」

淡い光に包まれると共に、ガッツの身体から気だるさが抜け、胸のうちから溢れるような高揚感が高まっていく。
ガッツは祥子をロックに無理矢理預け、疲弊しきっている奈々と倒れ付している雫を小脇に抱きあげ、その歩みを進める。

その後に、祥子を強制的に押し付けられたロックも続く。
視界こそはまだ晴れてはいないものの、ガッツの鎧の衣擦れ音が嫌でも耳に届くため、どうにかガッツの後を追うことができた。

戦場から逃走する最中、ガッツはピタリと立ち止まり、一度だけ振り返る。

暁美ほむら。
先ほどマントを貸した少女は、既に姿を消していた。

「いい根性してるぜ、あのガキ」

ガッツが視界を遮るマントを取った時にはもう彼女の姿はなかった。
方法こそは不明だが、彼女が消えて、自分達が取り残されていたのは、早い話が囮だろう。
自分を利用したことを責めるつもりはない。
同盟すら組んでいない関係だ。まんまと利用される方が悪い。それに、宣言通りに雅の隙を作っただけでも感謝すべきなのかもしれない。

ただ、そんな理屈の傍らで、次に会ったら必ずシめると心中で呟いた。



「おじさん」
「チィッ...」

雅の視界が晴れた時にはもう誰の姿もなかった。
スタングレネード。
彼岸島では見られなかったその武器ゆえに、対応が遅れ隙が生じてしまった。

クン、クンと鼻を鳴らしてみる。

匂いがする。そう遠くない距離から、血の匂いが。
流石にあの短時間では遠くまでいけなかったのだろう。

雅はニイ、と口角を吊り上げた。

「ひで。私に頭を寄せろ」



「ゼヒッ、ぜひっ...ぁっ...」

息は絶えだえに、心臓は激しく波打ち。
まるで巨大な十字架を括り付けられているかのような重い身体を引きずり、ほむらはその歩を進める。

失敗だ。
あのまま放って置けばまどかに危害が加わる。
そう察し、雅を殺すために奇襲をかけたが結果は散々だ。
弾薬を悪戯に消費し、体力を大幅に減らされ、レイプされかけ、魔力も削られてしまった。
せめてもう少し武器が、他の参加者とあらかじめ協力ができれば。
そんな後悔が幾度となく脳裏を過ぎる。

(あいつは必ず倒さなければいけない...けれど、いまは一刻も早く離れないと...)

キ――ン キ――ン キ――ン キ――ン

「くっ!」

耳鳴りに脳髄を刺激される。
まただ。吸血されている時にも感じたが、またあの音波が発せられたようだ。
距離が離れているため深刻なものではないが、思わず足を止めるには充分な威力だ。

(ああして闇雲に発して足を止めるのを待っているのかしら...だとしたら、尚更止まってはいられない)

耳鳴りが止んだ。
しかし、脳髄を刺激した痛みはまだ痕を残している。
それでも足を止めるわけにはいかない。
魔力も体力も有限だ。下手に消費するわけにはいかない。
戦いの傷跡と生来の疾患に苛まれつつも、魔力は使わず、覚束ない足取りで、ほむらは下北沢の出口を目指す。









「いけないお姉さんなのら、ペンペン☆」




ズダン、とほむらの顔面に衝撃が走る。
何者かに背後から襲われ、地面に組み伏せられたのだ。

「無駄な抵抗はやめちくり~」

(この声は...間違いない、ひで!)

頭を押さえつけられているため確認できないが、背中にかかる体重に、ほむらは自分の背にひでが乗っていると認識する。
小学生を名乗る全裸の男に密着されている事実に嫌悪を抱き、振り払おうとするもひでは微動だにしない。
魔法少女の力を持ってしてもまるで歯が立たないのだ。

(何故こいつが...私は手を出していないのに!)
「私の脳波干渉(サイコジャック)はただ苦痛を与えるのではない。ある程度の時間、対象の脳に干渉し続ければ、私の忠実な僕にできるのだよ」

近寄ってくる足音と共に、ほむらの心の声に答えるかのように響く声。
聞き間違えるはずもない。雅のものである。

「ひで、暁美ほむらの顔を上げさせろ」

(これは...もう逃げられそうもないわね)

現状を顧みて、ほむらは観念する。
自分は今度こそ雅に犯され、絶望の果てに散るのだろう。

(好きにしなさい...そのときが、あなたの最後よ、雅)

その絶望こそが、ほむらに残された最後の武器。
ソウルジェムの完全な穢れによる魔女化である。

(私の魔女がどの程度の強さなのかはわからない...けれど、あなたはただでは生かさないわ)

自然と、雅へと向ける視線に敵意と憎悪が込められる。
その視線を知ってか知らずか。
雅は笑みを浮かべつつ彼女を見下していた。

沈黙が流れる。
やがて、口を開いたのは雅だった。

「早まっているようだが、私はここでお前をどうこうしようというつもりはない」
「...え?」
「魔法少女という特異性、あの躊躇いのない見事な奇襲、散々陵辱されかけても折れぬ精神、そしてこの状況でなお私に敵意を向けるその眼差し...私はお前を気に入ったのだよ」

雅の突然の賞賛にほむらは呆気をとられる。
彼を裏切り、あそこまでした自分を気に入ったとはどういうことか。
ならばこの状況はなんなのか。

ほむらがその答えを知る前に、雅は、懐からペットボトルを取り出し地面へと置く。

「......?」

疑問符を浮かべるほむらとひでに構わず、雅はブーメランで己の手首を切りつけた。

トクッ、トクッ、トクッ。

流れる血液は零れることなくペットボトルへと注がれていく。

「私の血液は感染し、体内へと取り込んだ者を吸血鬼と化す。その効果はお前もその目で見ただろう」

ほむらの脳裏にバットマンの覆面を被った男の顔が過ぎる。
確かにあの男は雅により致命傷を与えられたあと、血を振り掛けられた途端に吸血鬼と化した。
その結果があの地獄絵図だ。そんな危険な代物をボトルに入れてなんのつもりだろうか。

「これをお前にやろう。これがあればお前はいつでも吸血鬼を生み出せる」
「なっ」
「ほんとぉ?」

驚愕するほむらととぼけた表情を浮かべるひで。
そんな二人に構わず、雅は再び口を動かす。

「これは気に入った者への私なりの慈悲だ。...なに、吸血鬼になることを恐れる必要はない。
これを取り込めば、私ほどではないが不死身に近い身体を手に入れ、人間の数倍の頑丈さと力強さを手に入れることができる。
死に行く者にかけ蘇らせることも可能だ」

「...!」

ほむらの目に動揺が走る。
吸血鬼の血。それがもたらすメリットに、微かに心揺れたのだ。
それでも、人間の血を取り込まなければならない点を考えれば、やはり取り込む気は起きないのだが。

「とはいえ、このままタダで渡すのは裏切りの対価がない...そこで」

雅の人差し指がほむらの額に添えられる。

「貴様に、奴隷の烙印を刻ませてもらおう」

ギ ギ ギ

一瞬のことだった。
雅の人差し指が下ろされ、その線に沿い皮膚が裂け、血が吹き出す。
ほむらが自分の顔に切り傷を入れられたと知った時にはもう遅い。
激痛が、ほむらの脳内を支配した。

「あ、ぐああああああ!!」
「アハハハハハハハハハハ!中々お似合いじゃないか!」

少女の悲鳴と怪物の笑い声が、下北沢の街に響き渡る。
悶えるほむらをひでに押さえつけさせ、雅の右掌がほむらの口を塞ぐように被される。

「その傷を見る度にお前は私のことを思い出す。再び出会ったとき、お前は私に服従を誓うか?殺しに来るか?好きにするといい。さあ、私を楽しませてみろ、暁美ほむら」

相も変わらず薄ら笑いを浮かべる雅に、ほむらの心にドス黒い感情が沸き始める。
まどかのことを抜きにしてでも殺してやりたいという、純粋な殺意と憎悪が。


ドォン、と音が鳴り響く。


「ハッ。まだ暴れている者がいるようだ。その様で巻き込まれればひとたまりもないだろう...ひで、離してやれ」

雅の指示通りにひではほむらを解放し、二人は悠々と戦闘音のもとへと歩き出す。


ほむらはそんな二人の背を憎憎しげに見つめる。
殺せるものなら今すぐにでも殺してやりたい。
けれど、いまの自分では不可能だ。

(雅を倒すためには、私の力だけでは不可能。味方につけられるとしたら――)

知己たちを思い浮かべる。

巴マミならば。あの強さに大砲、なにより戦闘の巧みさで奴を倒せるかもしれない。
佐倉杏子ならば。接近戦に最も秀でた彼女ならば、再生させる間もなく殺しきれるかもしれない。
美樹さやかならば。回復魔法を有効的に使えば雅にも匹敵できるかもしれない。

佐倉杏子は怪しいものの、他二人は正義感の強い人たちだ。
雅の凶悪性を知れば放って置くことはないだろう。

(当面は彼女達やあの丸太の男、そして雅が言っていた宮本明という男を探すべきね)

血液の入ったペットボトルをデイバックに入れ、よろよろと覚束ない足取りで、ほむらは雅たちとは逆の方向へと歩いていく。


『君はどんな祈りで、ソウルジェムを輝かせるのかい?』

不意に、キュゥべえの言葉が脳裏を過ぎった。
暁美ほむらが魔法少女となったあの時の言葉が。

自分は奴に対して答えた。鹿目さんとの出会いをやり直したいと。

そして。

『彼女に護られるわたしじゃなくて、彼女を護る私になりたい』

「......」

雅には敵わないから、他者の力を借りる。
至極真っ当であり合理的な考えだ。

だから、この方針は間違ってはいないはずだ。

なのに。

それを酷く悔しく思ってしまう。

結局、自分は誰かに頼らなければ、己の身すら満足に護れやしない。
役立たずだったあの頃となにも変わっていない。

視界が滲み、傷だらけの頬を、一筋の涙が伝い落ちた。






雅と他の参加者たちの戦い。
その一部始終をビルの屋上から凝視するのは、岡八郎。
彼は、支給品のひとつである双眼鏡で戦況を把握していた。

「...ありえへん」

思わず呟いてしまう。
それは信じられぬものを見た、という類のものではなく。
事態の一連の流れを見て、だ。

「俺は正しく行動したはずや...なのに、なぜこうなる」

始め、岡はロックと組んでいた。
そこにガッツ、奈々と雫という戦力が新たに現れ、ミッションの達成も楽になると踏んでいた。
だが、雅とぬらりひょん。この二つの強大な敵に挟まれたために、討伐は困難となり、戦力は軒並みダウン。
自分もその煽りを受けてしまう前に、イチ早く姿をくらました。
しかし、だ。

結果は見ての通り、ガッツは再び立ち上がり、犠牲者も出さずに退散してみせた。
この戦いから、あの五人の団結は言わずもがな、暁美ほむらもよほどのことがない限り彼らを率先して排除するようなことはしなくなっただろう。

つまりは、あの男は、ロックは『ガッツ』と『雫』と『奈々』、そして間接的に『暁美ほむら』という戦力を手に入れたことになる。

もしも岡があの場に留まっていれば、その恩恵に授かることが出来ただろう。

「だが、なんであいつはあの場に留まることができた?」

ロックは武器すらない正真正銘の一般人だ。
野崎祥子に次いで、あの場では弱い部類の人間である。
そんな男が、何故あそこに留まれた?
まさかガッツが再び立ち上がることを、暁美ほむらが脱出可能な武器を持っていたことを知っていた、若しくは感づいていた?

「んなの、何万分の一の確率や。それに賭けてあの場に留まるなんざ正気の沙汰やない」

自分の所属する、キチ○イだらけの大阪チームですらもう少しマトモな思考を持っている。
よもや、あの男は底抜けのお人よしなのか―――いや、違う。
もしそうならば、ガッツやほむらが噛まれている時に、なにかしらのアクションを起こしたはずだ。
だが、あの男は『なにもしなかった』。あの戦いを遠目で見たとき、誰かが指摘しなければ存在に気付かれないほどになにもしようとしなかった。

「あいつは...賭けたんゆうか?自分の命を掛け金(チップ)に、やつらが戦況を打破することに」

そんな賭けをする必要などない。
ただ逃げ出すだけなら、雅がほむらに気を取られているうちに、岡に便乗して離れればいいだけのことなのだから。

「まさかあいつは、賭け(ソレ)自体を楽しんでいたいうんか?」

あの場に留まるのは、怪物を乗り切れば大きなリターンが見込める大博打。
岡に従い、あの場から離れれば、リターンこそは少ないものの、リスクも少ない普遍的な選択肢。

ロックはそれを自然に行い、前者をとっていた。
まるでギャンブル中毒者(ジャンキー)だ。
あのままずっと一緒に行動していれば破滅は免れなかっただろう。

「...俺も見る目がないな」

表面上だけを見て、手を組むに値すると思い込んでいた。
だが、その実彼はとんでもない厄病神だ。
今のうちに手を切れたのは幸運だったかもしれない。

迂闊な自分を嗜めつつ、双眼鏡を雅たちからぬらりひょんへと移す。
レンズ越に、肉片が蠢き肉体が再構築されていく。
たちまち肉片は固まり、その姿を成していく。
髑髏の顔に、筋肉が剥き出しの体、背中に生える無数の棘と、どこか死神を連想させるような出で立ちだった。

「チッ、やっぱ手を出さんくて正解やったな」

万が一にも視線がかち合うのを嫌い、一旦双眼鏡をデイバックに仕舞い、これからの行動を考える。

(今回はこのまま退散した方がよさそうやな)

雅にぬらりひょん。この両者は、ガンツのミッションの点数で例えれば、間違いなく100点に届きうる存在だろう。
片方に気をとられ、万が一にもこの二人とかち合うハメになれば目も当てられない。
ここは大人しく、武器と戦力を充実させ、改めて不意打ちで殺しにかかるべきだ。

当面の目的を定め、岡は静かに立ち上がる。


ズ ン ッ


そんな彼の背後で振動が起こる。


岡の背に冷や汗がドッと溢れ、鼓動はかつてないほどに波を打っている。


「ふーっ、ふーっ」


荒い息遣いが鼓膜を刺激する。
何者かが背後にいる―――確かめなくては。

「はっ、はっ」

岡の呼吸が乱れ始める。

振り向け。

嫌だ。

振り向くんだ。

ダメだ。

動いてくれ。

やめてくれ。

合理性と逃避反応、相反する二つの感情がせめぎ合い、岡の身体から自由を奪う。

ギ、ギ、ギ、と歯車のような音が聞こえた―――気がする。

世界の、宇宙の、いやもっと大きなところかもしれない。
本来ならば、自分では到底感知できないような、概念染みた巨大ななにか。
その『なにか』の歯車を、自分が聞いてしまったというのか。

―――だとしたら。

動かなかった身体が、ゆっくりと動き出す。

―――結末は、もう決まっている。

まるで、あらかじめそうなるように決められていたかのように。

ここで振り返り背後の敵の正体を、ぬらりひょんであると認識したそのとき。


「見つけた」


岡八郎は、ここで死ぬ。



ダンッ

振り向きざまに、床を強く踏み込み、拳を放つ。
ピンポンと通信教育で習った空手で鍛えられたその腕の振りは、容赦なくぬらりひょんの腹部を捉えた。
常人ならば悶絶し意識が飛ぶであろう威力も、ぬらりひょんを倒すには遠く及ばない。

お返しだと言わんばかりに、ぬらりひょんもまた拳を握り、突き出す。
型もへったくれもない、力任せに振るわれた拳が、スーツ越しに岡の腹部へと突き刺さり―――激しく吹き飛ばされた。

「ッ!!」

岡は、内臓への圧迫感と共に地上へと吹き飛ばされていく。
為す術もなく地面へと叩きつけられ、小さなクレーターが刻まれる。

岡はすぐに立ち上がり、ぬらりひょんの追撃へと備える。

(このスーツやなかったら死んどったな...)

もしもこのハードスーツを着ていなければ間違いなく死んでいた。
スーツの頑強さに感謝し、迫り来るぬらりひょんを迎え撃つ。

掌をかざし、標的へと向けてレーザーを放つ。
ぬらりひょんの腹部をレーザーが貫通する―――が、勢い止まらず。
ぬらりひょんの目が光り、岡のもの以上の太さの光線が放たれる。

寸でのところでそれをかわした岡のもとへぬらりひょんが着地する。

一瞬の視線の交差の後、交わされるは拳での殴りあい。

互いに打って、かわし、また打って、かわし。

しかし、実力は如何ともしがたい。
片や、一撃でも受ければ致命的。
片や、いくら受けようが認識している間ならばいくらでも再生が効く。
なによりも差があるのは、パワー。
岡の拳は、いくら放とうともぬらりひょんを殺すに至らないが、ぬらりひょんは数度当てればそれでスーツはオシャカにできる。

(俺は、どこで間違ったんや)

バキリ、とハードスーツの右腕が折れる。

(俺はいつも通りにやった。合理的に、確実に狩れるように)

左拳の突きはかわされ、がら空きになった腹部へと蹴撃を見舞われる。

(もしもあの時、ガッツたちを助ける賭けに乗っ取ったら、もう少しやりようはあったんか?)

身体が宙に浮き吹き飛ばされる。

(ロック【あいつ】の賭けに付き合わんかったから、助かる運命から外れてしまった―――とでもいうんか。ふざけるなや)

離れ際に、岡はレーザーを放ち地面を穿ち、砂煙が舞い上がる。
これで奴の視界は塞がれた。
チャンスは今だ。ここで逃げるしかない。

岡が立ち上がり、駆け出そうとしたそのとき。

ベチャリ。なにかが高速で飛来し、岡の身体に衝撃が走る。

(あいつ...死体を...!)

死体。それは、雅やひでがホモコーストを起こし、且つ惨殺した者達のものだ。

全身が真っ赤に彩られるのと共に、ドロリと耳元から液体が漏れ出る。
スーツの限界だ。
ぬらりひょんの投げたTNOKの遺体による一撃が、スーツをオシャカにしたのだ。

ゾクリ、と背筋が寒くなる。
その寒気とは裏腹に、身体の内が熱を帯びる。
この震えが止まらないほどの奇妙な感覚はなんだ。
かつて味わった死に、本能が恐怖しているとでもいうのか。

(俺は―――)

砂塵を掻き分け、閃光が走る。
その光に何も出来ぬまま、岡八郎の身体は貫かれた。




雅が戦場へと辿りついた時には全てが終わっていた。
またもや身体を変化させていたぬらりひょん。
彼の右手には、下半身を分断された岡八郎が掴まれていた。

その姿を見たひでは、先ほどの戦いでのトラウマが蘇ったかのように身体を震わせ始めた。

「恐いんだよもぉ~(素)」
「離れていろひで。お前では手に負えなかったのだろう」
「ほんとぉ?」

あの老人と戦わなくていいのかという期待を込めた眼差しで見つめてくるひでを受け流し、雅はぬらりひょんへと意識を移す。

「ふーっ、ふーっ」
「ハッ、いい様じゃないか」
「人のことは...ふーっ、言えんだろう...ふーっ」

互いに再生能力を有している二人。
だが、片や全身を血で濡らし、片や常に息を切らしている状態。
端から見れば満身相違というほかない。
その実、疲労を除けば傷は癒えているため見た目ほどの消耗はないのだが。

「お前は非常に興味深い生物だよ。どうだ、私のもとにつかないか?」
「断る」
「ハッ、だろうな。先ほどは邪魔が入ったが、私もお前とはしっかりと決着をつけておきたいと思っていた」


互いに軍団を率いる頭領である。
そんな二人が相手の傘下に入るなどありえぬことだ。

雅がブーメランを構え、ぬらりひょんの拳が握り締められる。

殺気がぶつかり合い、空気を支配する。

その圧迫感に耐え切れず、ひでは小便を漏らすが構わない。

雅を。
ぬらりひょんを。

殺す。

再生を続ける怪物同士の、終わりの見えぬ戦いが再び始まる。


そして。



狩人は、再び牙を剥いた。




パシッ。


唐突だった。
岡の上半身が手を動かし、頭部を掴む手を振り払った。
呆気にとられるぬらりひょんと雅、そしてひで。

岡八郎は生きていた。

本人が知る由もないが、彼の口内には牙を生やし、眼球は赤黒く変色していた。
吸血鬼と化したTNOKの血を取り入れたことで吸血鬼になり、上半身のみでの生存を果たしたのだ。

己の異変の原因こそはわからなかったが、しかし、これを好機と見た岡は、激痛に耐えつつ、呼吸を止め密かに機を窺っていた。
その機を――ぬらりひょんが別の対象に気を向けたこのときを待っていたのだ。

(俺は7回クリアした男、岡八郎や!!)

自分がこうなる宿命だったなど認めない。
幾度もガンツの任務をクリアしたという自負は、誰にも譲れない。

己の身体が地に着く前に、残された両手でぬらりひょんの身体を這い上がる。

赤い首輪の参加者を殺せば脱出できる。

今回の任務はそれだ。

いまここでぬらりひょんを殺せば、ギリギリ助かるかもしれない。
その微かな希望に賭けて、岡はその手を伸ばす。
その先にあるのは、首輪。

ピンポンと空手で鍛えられた拳は、見事首輪に命中し―――爆ぜた。


びちゃびちゃと飛び散るぬらりひょんの肉片。
爆風の余波を受け、残された身体の大部分を殺がれ地に落ちた岡八郎。
彼らの流した血は地面に大きな血溜まりを作り上げた。

しんとした静寂に包まれる。

再生も、崖っぷちの生存もなく、たっぷり十分ほどが経過した。

岡八郎の賭けは端から成立などしておらず。

彼らが動くことはもうなかった。


「は...?」

目の前で起きた出来事が信じられず、雅の声が漏れる。

ぬらりひょんの強さと再生能力の上出来さは認めていた。
それこそ、自分と同等であると。

だが、彼は死んでしまった...のだろう。
ここまで待って、一切動く気配がないのだから。
岡の奇襲で、首輪を爆発させられて、死んだ。

なんとも呆気ない。
これが自分と互角に戦ったあのぬらりひょんの結末なのか?

そっと、己の首輪に手を触れる。

(今まで私は、何度死んでいた?)

ガッツとの戦いを、暁美ほむらの奇襲を、岡との問答を振り返る。

もしもガッツの丸太が、微かに逸れて首輪に当たっていたら。
もしも暁美ほむらが頭部ではなく首輪を撃ちぬいていたら。
もしも岡八郎が、雅が与えた猶予の時間で首輪を攻撃していたら。

気がつけば、彼は幾度となく死の瀬戸際にいた。彼の余裕と遊び心は、ひとつ間違えればぬらりひょんのように無様な骸を晒していたのだ。

「ハ、ハハハ...」

雅の口から笑い声がこぼれ出す。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

大口を開けて木霊する雅の笑い声。
さすがのひでもこの状況での自殺行為にはドン引きする様子を見せる。

雅は、死への恐怖で正気を失った―――のではない。

「ガハハハハハ!ガハハハハハハ!!ハハハハハハハハハハハハハハハ―――なあ、楽しいと思わないか、ひで」

ピタリと笑い声が止まる。

「?」
「今まで私を追い詰めたのは明と篤だけだった。それ以外の者が束になってかかろうが、死の危険など一切なかった。つまらないものだったと言い換えてもいい。
それがどうだ。この殺し合いでは、あのあっさりと気絶させた子供ですら私を殺しうる手段を持っている。こんなスリルは二度と味わえないだろう」

自らが死ぬ可能性があるというのに楽しげに語る雅に、ひでは困惑の顔を浮かべる。
SM系統のAVに出ておきながら、自己防衛でおじさんの虐待を妨害し撮影をも遅らせるひでにスリルなど理解できるはずもない。

「感謝するぞ、この催しに招いた者よ。ただ殺すのはつまらん。私が勝ち抜いた暁には、お前達にもこのスリルを多分に味あわせてやるとしよう」

人の気配が薄れた下北沢に、帝王の笑い声が木霊する。



そして、どこからかノイズが走り―――放送が流れ始める。




【岡八郎@GANTZ 死亡確認】
【ぬらりひょん@GANTZ 死亡確認】





【F-6/下北沢~下北沢近辺/早朝/一日目】

※赤首輪について
強い衝撃を受けると爆発し、如何な参加者でも死に至ります。
爆発の範囲はあまり広くありませんが、側にいると余波を受けて多大なダメージを受けます。
また、赤首輪を爆発させた場合は特典を使用することはできません。



【ひで@真夏の夜の淫夢派生シリーズ】
[状態]:疲労(大)、全身打撲(再生中)、出血(極大、再生中)、イカ臭い。
[装備]:?
[道具]:三叉槍
[思考・行動]
基本方針:虐待してくる相手は殺す
0:雅についていく
1:このおじさんおかしい...(小声)、でも好き



【雅@彼岸島】
[状態]:身体の至る箇所の欠損(再生中)、頭部出血(再生中)、疲労(大)、弾丸が幾つか身体の中に入っている。
[装備]:鉄製ブーメラン
[道具]:不明支給品0~1
[思考・行動]
基本方針:この状況を愉しむ。
0:バトルロワイアルのスリルを愉しむ
1:主催者に興味はあるが、もしも会えたら奴等から主催の権利を奪い殺し合いに放り込んで楽しみたい。
2:明が自分の目の前に現れるまでは脱出(他の赤首輪の参加者の殺害も含む)しない
3:他の赤首輪の参加者に興味。だが、自分が一番上であることは証明しておきたい。
4:あのMURとかいう男はよくわからん。
5:丸太の剣士(ガッツ)、暁美ほむらに期待。楽しませて欲しい。


※参戦時期は日本本土出発前です。
※宮本明・空条承太郎の情報を共有しました。
※魔法少女・キュゥべえの情報を共有しました
※首輪が爆発すれば死ぬことを認識しました。



【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(大)、右頬に痣、右肩に銃創、失禁、ノーパン、貧血(大、ただし魔力である程度再生中)、身体に痺れ(多少の行動には問題ない程度には取れている)、額から左頬にかけての傷。
[装備]:ソウルジェム、ひでのディバック、雅の血液の入ったボトル、スタングレネード@現実(ひでの支給品)
[道具]:サブマシンガン
[思考・行動]
基本方針:まどかを生還させる。その為なら殺人も厭わない
0:この場を離れ、早急にまどかを探し出す
1:いまは無理だが、雅は必ず排除する
2:雅を倒す戦力が欲しい。候補は美樹さやか、巴マミ、佐倉杏子、宮本明、丸太の男(ガッツ)。



【ガッツ@ベルセルク】
[状態]:疲労(大) 、出血(中)、失禁、身体に痺れ(多少の行動には問題ない程度には取れている)
[装備]:ゴドーの甲冑@ベルセルク、青山龍之介の丸太@彼岸島
[道具]:基本支給品
[思考・行動]
基本方針:使徒共を殺し脱出する。
0:この場から離れる。
1:化け物を殺す
2:ドラゴン殺しが欲しい
3:己の邪魔をする者には容赦しない。
4:あの女(ほむら)は次にあったらとりあえずシめておくか。


※参戦時期はロスト・チルドレン終了後です。
※トロールをいつもの悪霊の類だと思っています。




【野崎祥子@ミスミソウ】
[状態]:擦り傷、疲労(中~大)、頬に痣、気絶
[装備]:
[道具]:不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針:今度こそお姉ちゃん(春花)を独りぼっちにしない。
0:お姉ちゃんと合流する。
1:ガッツと...

※参戦時期は18話以降です。


【岡島緑郎(ロック)@ブラックラグーン】
[状態]:健康、不安(小)
[装備]:
[道具]:不明支給品1~2
[思考・行動]
基本方針: ゲームから脱出する。
0:この場から離れる。
1:レヴィとバラライカと合流できればしたいが...暴れてないといいけど
2:岡はどこに行ったのだろう

※参戦時期は原作九巻以降です。



【羽二重奈々@魔法少女育成計画】
[状態]:疲労(大)、精神的疲労(中)、不安(大)
[装備]:魔法の端末(シスターナナ)@魔法少女育成計画
[思考・行動]
基本方針:雫と共に生き残る。


【亜柊雫@魔法少女育成計画】
[状態]:疲労(大)、右腕粉砕骨折、気絶
[装備]:魔法の端末(ヴェス・ウィンタープリズン)
[思考・行動]
基本方針:奈々と共に生き残る


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戦線は下北沢にあり 人間なんて
暁美ほむら 第三の選択肢
ひで 人間なんて
ぬらりひょん GAME OVER
ガッツ
野崎祥子
岡八郎 GAME OVER
岡島緑郎
最終更新:2019年04月16日 18:43