ウォルター・C・ドルネーズは忠実な執事にして殺し屋であった。
60年間、父娘二代に渡ってヘルシング家によく仕え、平時の世話はもちろんのこと敵(ゴミ)を片づける汚れ仕事にも広く活躍してきた。
老い、体の冴えを失ってからも執事としての務めは十全に果たし、後継の育成にも専心した良き従者であった。

『老いぼれ(ロートル)と新人(ルーキー)、二人足して一人前でしょう?』
『老いすら楽しむものさ、我々英国人(ジョンブル)は』

衰えてなおそう嘯く強さと信義には数百年の時を超えて生きる怪物、不死王アーカードも敬意を払うほどで。
だからこそ、彼の裏切りには誰もが驚いた。

『まだだ!!まだ僕の勝負は…ついていない!』

ウォルターは全てを捨てた。
人生も、主君も、信義も、忠義も、全て賭け(オールイン)。
まだ足りない。
死にたがりの死にぞこないから、決死の覚悟で不死身の体を法外な利息で借り受けて。
まだ足りない。
1000人の軍人、3000人の狂信者、13人の背徳者、1頭の怪物、1騎の英傑、自らの半生その全てを犠牲にして。
それでもなおこの糸は、剥いた牙はアーカードに届かなかった。

ウォルターは悔やんでいた。
60年の忠誠を誓ってきたヘルシング家を裏切ってしまったことを?ちがう。
人として美しく老いさらばえてきた人生を捨ててしまったことを?ちがう。
ナチスなぞに自らの体を弄らせて吸血鬼になってしまったことを?ちがう。
全て納得して叛逆した。全て納得して無様を晒した。

―――だから、宿敵アーカードを殺せなかったことのみを悔やむ。

『気張れよ、あとたった何万回くらいだ』
『アンデルセンで勝てなかったこの私を、お前みたいな顔色の悪いクソガキが50年や500年思い煩って、勝てるわきゃあねえだろう!!』

嗤っていた。傲岸に。
哂っていた。不遜に。
口にしているものが毒酒であると気づくことなく、高らかに。
その顔がここに招かれる前の最後の記憶だ。その果ては見ていない。
アーカードの最期は、見ていない。
だからウォルターもまた笑った。

「く…はは…ははははははは!」

その次に見た光景は神子柴と名乗る老婆の狼藉だ。そんなものはどうでもいい。
目的?意味?知ったことではない。
そんなもの、今目の前にあるものに比べれば路傍の石ころほどのものでもない。

アーカード。
名簿に書かれたその名がウォルターの目にくっきりと映る。

「ははッ…はははははは!無様だなぁアーカード!僕もお前も首輪に繋がれて、猟犬から闘犬に格下げか!あはははははは!」

自らの首に巻かれた首輪に手をやり、ウォルターは笑い続ける。
殺し合えと。
標的を殺せと猟犬に命じるでもなく、傍で守れと狛犬に下知するでもなく、全ての狗に食い合え殺し合えとあの老婆は命じた。

「ああ、いいさ。殺してやるとも」

アーカードがいるなら是非もない。
あの怪物を殺すためだけに全てを捧げたのだ。
探し出して、殺してやる。
―――障害があるのならばれも含めて叩いて、潰す。それが例え何であっても。誰であっても。
立ち塞がるなら諸共に、殺す。

配られたディパックにウォルターが腕を突っ込み、中から取り出したものを全力で振るう。
握っているのはギターだが、当然ただの楽器ではない。
絞殺魔アルバート・デサルボの人格を植え付けられた殺人鬼槇村霧子が用いるそれは弦がワイヤーソーになっているとびっきりの凶器だ。
ウォルターの絶技で振るわれることでその一本一本が肉を裂く刃となり空を奔った。
まるで蜘蛛の糸の如く。
そう、まさにそれは蜘蛛の糸であったろう。
ワイヤーソーの向かった上方には、ウォルターに向けて攻撃を放つ一人の男が飛来してきており、丁度蜘蛛の巣に飛び込む蟲のように男の拳は絡めとられた。

「はッ、気付いていたか小僧!」

だが男は羽虫のように捉えられる弱者ではなかった。
放った拳を切り裂かれながらも糸を脱し、その負傷も即座に再生してみせる。
そうして着地した襲撃者はウォルターの迎撃を讃えて呵々と笑い、真っすぐにウォルターと向き合った。

「そこをどけ。貴様などにかまっている暇はない」

対するウォルターはどこまでも冷淡だ。
殺し損ねたのは業腹だが、といってわざわざくたばるまで殺してやる義理も必要性も、なにより猶予が彼にはない。
邪魔立てするなら叩いて潰すが、去るならば追いはしないとはっきり示すが、襲撃者は拳闘の構えをとり、立ち去るつもりはないとこちらもまたはっきり示す。

「そう無碍にしてくれるな。俺とて弱者相手ならば割く時間は惜しいが、これほどの相手なら話は別だ。日輪刀もなく傷を負わされるなど久しいぞ」

逃げるつもりはない。逃がすつもりもない。

「俺は猗窩座。さあ、宴を始めようじゃないか」

腰を落とし、変形の熊手と掌底を向けた戦闘態勢から一歩踏み込む。
それが戦闘開始の合図だった。

―――術式展開、破壊殺・羅針

猗窩座を中心として地面に雪の結晶が描かれた。
鬼舞辻無惨の血を分けられて生まれた鬼は不死性や再生、食人や日光に弱いなどの特徴を持つが、中でも食人を重ねた強大な鬼は『血鬼術』という異能を行使するようになる。
猗窩座もまたその術を行使する鬼、その中でも最上級の一体だ。
開戦と共に放った術式は彼の戦闘の基底となる闘気の探知術。
猗窩座にとっては己の手足こそが敵を殺す最大の武器であり、術はあくまで敵の出方を知る手段でしかない。

ウォルターの放った五つのワイヤーを全て紙一重で躱しながら即座に距離を詰め、両の拳を打ち放つ。

―――破壊殺・乱式!!!

産まれたてでも岩を砕く鬼の膂力をさらに鍛えた猗窩座の剛腕、その両腕による拳の連打。
ウォルターはそれを、手元に残したワイヤーを束ねて盾とし受け止める。

「吼えるな、駄犬が」

腕が伸び切ったその瞬間にワイヤーをほどき、躱されたワイヤーと合わせて切り裂かんと挟み撃つが、猗窩座は横へ大きく跳んでそれを躱した。

「吼えるとも!猛るとも!お前は滾らないのか小僧!強者とぶつかるこの時ほど、武人として生を実感することはあるまい!!
 違うか小僧!?ああ、いや小僧ではなんだ。何より無礼だ、名乗れ強者よ!」

―――破壊殺・空式

距離をとりながらも猗窩座は空を殴り、その衝撃波をウォルターへ向けて飛ばす。
たしかな殺意を込めた攻撃と、確かな親しみを秘めた語り掛けと、その二つを同時に行うのは鬼の歪みか武人の嗜みか。
吸血鬼(ウォルター)もまた呼吸をするように攻撃を躱しながら言葉を返す。

「死者(デッド)が生を実感することなどあるかよ、逝き損ない」

吸血鬼など動いているだけのただの死体だ。泣きたくなくて、涙が枯れて、妄執にとらわれて、なって果てたザマに甲斐などあるものかよ。

そこまで紡ぐ余裕はないが、猗窩座の言葉など無意味だと、猗窩座ごとに斬って捨てようとワイヤーを振るう。
だが猗窩座の肉は断てても骨までは至らず、ウォルターにとって目障り耳障りな戦闘は続く。

「生きているとも!俺たち鬼は人とは違う。老いぬ、朽ちぬ、衰えぬ、死なぬ!
 数百余の年を超えて鍛え続けたのがこの俺だ!人の身では至れない至高の領域に踏み込む、その第一歩こそが鬼の力だ!」

空式の速度に負けぬ勢いで猗窩座も踏み込み、ウォルターの首に迫る。
ワイヤーで右腕を裂かれながらも、筋肉の締めでそれを食い止め、逆にウォルターを縛る枷にした。
痛みも出血も無視した外法の攻め。そこから起こる左の手刀がウォルターの首目がけて放たれた。
咄嗟にワイヤーを引き、猗窩座の右腕を盾にしようとするが、猗窩座がそれをさせるはずもなく。
やむなくウォルターは屈んで前転し、手刀をくぐるようにして猗窩座の背後へ抜けて躱す。

「逃がさん!」

手刀に伴う体の回転を活かして猗窩座が右腕を引く。
食い込んだワイヤーが当然それに引っ張られる。
そして右腕を引く回転に連動させて左の中段蹴りを放った。
手応えあり。
足刀の直撃で真っ二つにへし折れて……

(楽器…いや奴の武装!?)

砕いたのはウォルターの持っていたはずのギターだった。
まさか武器を捨てて逃走に転じたか、と視界に舞うギターの欠片を猗窩座は見やるが。
ぞわり、と。
いつ以来かになる寒気を覚える。

銀色の線が猗窩座の首を目がけて走っていた。
その出本はウォルターが右手に握る鍔から伸びた、鞭のような蛇腹剣のような……

(日輪刀!隠し持っていたか!)

日輪刀、それは鬼を殺すことのできるほぼ唯一の武器である。
通常の刃物などであっても鬼を傷つけることはできるが、命を奪うには太陽に晒すか、あるいは日輪刀で頸を斬るかしなければならない。
ウォルターに支給されていたのはその中でも特に奇怪なる一振り、“恋柱”甘露寺蜜璃が帯びるものである。
極めて薄く、極めて柔らかい布のような刀身で、ともすれば振るう者を切り裂きかねない扱いの難しい刀だ。
甘露寺の鍛錬と経験と才能あって初めて使いこなせるそれを、ウォルターは無理矢理に振るう。
経験と鍛錬は半世紀にわたり吸血鬼退治に執心してきたウォルターとて劣らぬ。
されど才能は。甘露寺に備わった女性特有の柔らかな関節と筋肉、そして常人の八倍の密度の筋繊維、それをウォルターは吸血鬼の体質で補った。
吸血鬼の膂力は常人の八倍などでは収まらない。そして今のウォルターは不完全な吸血鬼化で少年期のもの……柳の枝のように柔らかな関節を備えている。

その腕で、日輪刀を振るった。
鋼線を主武装としてきた経験を活かして刃を猗窩座に飛ばす。
それでも不慣れな武装で十全とはならず、心臓目がけて放った突きは首元にそれてしまったが、ビギナーズラックというべきか。
吸血鬼の急所と、猗窩座たち鬼の急所は違うのだが、ウォルターは偶然にも猗窩座に向けて致命の一撃を放っていたのだ。

上体を逸らし猗窩座がそれを必死に躱す。
逸れた刃が僅かに喉元を裂いた。
伸びきった刃を猗窩座が殴る。
柔らかな鋼はたわんで衝撃を逃がし、折れることなくウォルターの元へ。
続けざまにもう一太刀。
今度は余裕をもって躱して、二人の間に距離が空いた。
命の危機に追い込まれたことで、猗窩座はより高振ったか笑みを浮かべて称賛を述べる。

「見事だ!剣技にも覚えがあったか!鬼殺の剣士だったか?いやそうであってもなくても構わん!
 嗚呼、殺すには惜しいぞ……どうだ、お前も鬼にならないか?」

それは猗窩座にとっては何のこともない呼びかけだった。
何故だかは彼自身にもよく分かっていないのだが―――門下に誘うことに無意識下に執着でもあるのか―――強い者がいれば闘い、そして鬼に誘う。
鬼殺の柱にも何度も呼びかけ、そのたび断られてきた。
しかし此度は趣きが違う。
ウォルターの闘気が目に見えて凪いだ。

「……鬼とは。吸血鬼とは違うのか」
「知らん。あのお方は我らを鬼と呼んでいる」

この男より上の者がいる。
そういう体系も吸血鬼に近いものにウォルターには思える。

「僕も鬼になれるのか?」
「…稀に。鬼にならない体質の者がいるとは聞いているが。見極めるすべは俺には分からん。試すしかあるまいよ」

吸血鬼も、血を吸われた者が非処女非童貞ならばグールになる。
だがこの言い分だと根本的に変じないように聞こえる。
僅かにウォルターも逡巡するが、体の内から悲鳴のような軋みが上がり、ウォルターの背中を押した。
文字通り一刻の猶予もウォルターには残されていない。
猗窩座との戦闘で一撃も受けていないに関わらず肉体の崩壊は進んでいる。
このままではアーカードと戦うどころか出会う前に残された灯火は尽きてしまうだろう。
外法に手を伸ばさない限りは。

「名乗れと言っていたな。ウォルター・C・ドルネーズ……」

続ける言葉に詰まってしまう。
かつての自分はこの後に所属を誇らしく朗々と名乗り上げた。

『ヘルシング家執事(バトラー)。元国教騎士団(ヘルシング)ゴミ処理係』

だが今はもう、裏切者の自分にその名を掲げる資格はない。

「しがないゴミ処理屋だよ。これから鬼になる、な」

人生も、主君も、信義も、忠義も、全て捨てた。
まだテーブルに乗せられるものが残っているとは思わなかった。
鬼になれるか否か。勝負(コール)だ。


【C-2/1日目・深夜】

【ウォルター・C・ドルネーズ@HELLSING】
[状態]:吸血鬼化、それに伴う若化と肉体崩壊(中)
[装備]:槇村霧子のワイヤーソー(ギター部分破損)@サタノファニ、甘露寺蜜璃の日輪刀@鬼滅の刃
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~1
[思考]
基本:アーカードを殺す
0:鬼になる
1:アーカードを殺す。邪魔するものも殺す

※参戦時期はアーカードがシュレディンガーを飲み干すのを見た直後です。

【猗窩座@鬼滅の刃】
[状態]:健康、高揚
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:無惨のために殺戮を進める。神子柴も殺す
0:ウォルターに血を分け与えて鬼にする
1:無惨に尽くす
2:強者と戦い、強くなる。
3:役に立たないものは殺す

※参戦時期は後続の方にお任せします。


【槇村霧子のワイヤーソー@サタノファニ】
ウォルター・C・ドルネーズに支給。
ギターの弦に仕込まれた超高分子量ポリエチレン製のワイヤーソーで、ギターを振ることで投擲・捕縛・切断などが可能。
ギター自体を鈍器として用いることもできたが、すでに猗窩座に蹴り壊されてしまったので難しいか。

【甘露寺蜜璃の日輪刀@鬼滅の刃】
ウォルター・C・ドルネーズに支給。
この日輪刀は、刀匠の里の長である鉄地河原鉄珍が打った特殊な『変異刀』であり、その薄鋼は布のようにしなやかでありつつも、達人が扱えば決して折れる事の無い「傑作」の一刀である。
斬断できるのはあくまでも刃の部分だが、本来の持ち主である甘露寺はこの変異刀をあたかも新体操のリボンのように、軽やか且つ高速で振るう事で、鬼を取り囲んでのオールレンジ攻撃、或いは広範囲全周囲防御を実現する。



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