24区の歴史

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東京都秋津区、通称「出島」。
東京湾の出口に作られた積層メガフロートにして捨てることもできない無用の長物。
そして、帝国が自らの口元に突きつけた毒杯。

2056年の新東京オリンピックは日本帝国の国是としてメタヒューマンの参加を禁止された。
だが、諸外国はこれに反発。
招待国のまさに6割が参加をボイコットするという惨憺たる結果となった。

国是を曲げるわけにもいかないが、国際社会から孤立するのもよくはない。
このジレンマを解消するため、一部官僚が提唱したものが「国際メタ特区」なる隔離された交流地域を作り出すことだった。
当然ながら、用地の確保は難航した。そのため巨大な人工島を建設することでこれに充てることとした。

東京湾に建設された直径10km弱のメガフロートは水面下に各種設備を持った上で、メガコーポに用地を分配する形で計画は進行していた。
しかし、基部がおおむね完成した2061年、“輪の火”により関係者が死亡、プロジェクトは宙に浮くこととなる。
更に今上帝の即位とメタ差別撤廃によってプロジェクトの意義そのものが形骸化することとなった。

だが現実としてメガフロートは、誰のものでもない土地は存在しているのだ。
新任の官僚達が方針を定められないままに、人工島には不法居住者の姿が現れ始めた。
差別が亡くなっても居場所のないメタヒューマンや脛に傷持つSIN無し、そして新しいフロンティアを求める犯罪結社。

現状把握に努めた帝国はある程度の実態を把握、うまく制御して事態を収束させようと試みていた。
何事もなければ彼らの努力は成功していただろう。


クラッシュ2.0がなければ。


世界規模の非常事態に対処せざるを得なかった帝国官僚達は、とうとう人工島の現状すら把握できなくなった。
憂慮した彼らだったが、かつてのように軍隊を動かしての駆除活動などはもはやできない。
外聞も悪いし企業の反発もある。なにより、帝都の付近で虐殺とかアストラル的にも大問題になる。

だから、彼らは非常に官僚的な手段で解決を試みた。
当時の露出部分の外周に巨大な壁を建て、更に蓋をすることで不法居住者の存在を見なかったことにしたのだ。
そしてふたの上に新しく清潔な都市を建造した。


それが東京都秋津区の現在の姿、積層水上都市という名の帝国の出島にして蠱毒の壷だ。
最終更新:2016年12月29日 22:08