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その夜――桜が丘城・本丸居館
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書院にて、唯と梓がお茶をしていた。

梓「敵が迫っているというのに、こうしてお茶会なんて……」ズズ

唯「まぁまぁあずにゃん、腹が減っては戦もできぬというじゃない?」

梓「戦はしないじゃないですか!まったく、降るのがそんなに嬉しいんですか?」

唯「じたばたしても、しょうがないよ。おとなしく降れば、関白さんも悪いようにしないよぉ」

紬「ほら唯ちゃん、小田原の使者さんからいただいたお菓子よ」

唯「わ~い、ムギちゃんありがとう!はむっ……おぃひ~い!」

梓「まったく、姫様まで……」

紬「梓ちゃんも、お菓子どう?」

梓「え……せ、せっかく姫様がそう仰るのですから、いただきましょう///」コホン

唯「美味しいよ~あずにゃん」

ガララッ

澪「さて、降る準備の話し合いでも……って、なんだこれ?」

梓「あ、澪殿!これはその……」

唯「お茶会だよ!開城前のお茶の時間!」

澪「何だそれ……ん?律はいないのか?」

梓「さぁ……」

唯「そういえば見てないね」

澪「……まさか!」ダッ

唯「あっ、澪ちゃん!お茶はいいの?」

澪「そっちだけで飲んでてくれ!!」ダダダダ


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三の丸
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ザッザッザッザッ……

律率いる一隊が、明かりひとつ無い暗闇の中を進軍している。

律「門を開けろぃ!」

ギギギギギギ……

門が開き、さわ子が通っていったのと同じ湖上の一本道が伸びる。
道の先には、一本のたいまつが燃えていた。

律「ん!?あいつ……」

その明かりに照らされたのは、騎乗し、朱塗りの大槍を持った澪だった。

澪「律!本丸に戻れ!」

律「澪……うりゃああああ!!」

 律は馬を走らせ、槍を振り回しながら澪へと突進していく。

澪「この……バカ律がああぁぁ!!」

 澪も馬を突進させていく。
 一本道を、二つの騎馬が急速に接近していく。

 ドドドドドドドドドッ……
 ドドドドドドドドドッ……

律「でりゃああああ!!」ビュッ

澪「はああああああ!!」ビュッ

 互いに槍を繰り出す二人。
 槍は両者の頬を掠めていく。

 ドスッッ!!

律澪「うわっ!!」

 瞬間、馬同士が激突し、その拍子に二人とも地面に叩きつけられた。

律「いってててて……」

澪「う~ん……はっ!この大バカっ!!」ゴチンッ

律「あいったぁ!何だよもう!」

澪「お前が抜け駆けしたら、成田家は逆心があると関白にとられるのが分からないのか!!」

律「分かってるやい!でも、私は頭下げてまで命長らえるなんて御免なんだよ!」

澪「じゃあ御屋形様はどうなる!家臣はどうなる!領民はどうなる!お前のためにみんな死ねっていうのか!辛いのは……自分だけだと思うのか!!」ボロボロ

律「澪、お前……」

澪「勝手なことするな!私は……私は許さないぞ!!」

 澪はさらに制裁を加えようと、拳を振り上げた。

律「……ごめん、澪」

澪「……え?」

 澪は拳を静かに下ろす。

律「私が悪かった……本丸に帰る」

 律は体を起こし、元来た三の丸の方へと歩き始めた。

澪「律……」

 澪も、律の後に続いて歩き出す。

澪「……避けなかったな」

律「なーにが?」

澪「槍をだよ」

律「……避ければ、槍の餌食じゃんか」

澪「……分かってるじゃないか」

律「プッ……クスクス……」

澪「クスクス……アハハハ」

 ズーン、ズーン……

律澪「「……………」」

 ズーン、ズーン……

 『エイ、エイ、エイ……』

律「……おい、今の地響き……それに掛け声……」チラ

澪「……ああ。来たな……」

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 振動と掛け声は、本丸の書院まで届いていた。

 ズーン、ズーン……
 『エイ、エイ、……』

梓「……来ましたね」

唯「ふも?」

 梓は湯碗を置いて駆け出す。後に続くように、居館内のあちこちからバタバタと足音が響く。

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 半鐘やぐらに上った澪が、掛け声のする方角を、目を凝らして見ている。

律「おーい澪ー!見えるかー?」

澪「見えないけれど……音を聞く限りでは、田んぼを避けて、城を遠巻きに進軍している!」

梓「澪殿ー!律殿ー!」

澪「梓!本丸からも聞こえたか」

梓「あれ?律殿、そのたんこぶは……?」

律「う、うっせー!」

唯「あずにゃ~ん!待ってよ~……あ、澪ちゃん!関白さんの軍は見える?」

澪「いや……見えない。あいつら、火を灯してないんだ」

唯「え?どして?」

梓「恐れを抱かせるためですよ。暗闇の中、姿を見せずに音だけを響かせる……こちらを怯えさせ、士気を削ぐつもりなんです」

唯「ほえ~、なるほど……」

 ズーン、ズーン、ズーン……
 『エイ、エイ、エイ……』

唯「……確かに怖いね」

梓「上方のやつら、脅してるんですよ。大軍にしかできない戦法です……」

唯「あ、あわわわわ……」ガクブル

澪「よ、良かったなぁ……あいつらと戦しなくてよくて……」ニッコリ

律「澪、笑顔がひきつってるぞ……」

 その後も振動と掛け声は続いた。唯達は、三の丸の半鐘やぐらにて、夜通し観察を続けた。

 しかし、夜襲も起きず、音だけが続いたということもあり、みんな安心してその場で寝入ってしまった。

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東の空が明るくなっていく――

チュンチュン……

梓「――ん、朝……?」

律「ふわ~あ……もう音は止んだのかぁ?」

律は、やぐらの上から見張り続けていた澪に声をかける。

律「み~お~、夜が明けるぞ~!」

澪「……」

律「みーおー!」

澪「…………」

律「何だあいつ、まだ寝てんのか?しょうがねえな……」

 律は半鐘やぐらのてっぺんへよじ登っていく。

律「澪!起きろー!さもないとお前の寝姿を……って、澪!?」

澪「」チーン

律「気絶してやがる!これはいったいって……げっ!?」

梓「よいしょ、よいしょ……澪殿、律殿、何固まってるんですかって……にゃっ!?」

唯「うんしょ、うんしょ……あれ?みんなどうして固まってるのって……ふおぉっ!?」

 やぐらの向こう、地平線の果てまで、凄まじい数の兵が城と水田を取り囲んでいた。

朝の光を浴びた無数の軍旗が、平野一帯を極彩色に染め上げている。

律「なんじゃこりゃ……いったい何千人いるんだよ」

梓「何千どころじゃありません。一万、いや、二万はいますよ……」

律「五百対二万……」

澪「……はっ!」

律「澪!気がついたか」

澪「みんな、見たか……関白の軍勢を……」

梓「は、はい」

律「これが天下人の軍ってやつなんだな……」

澪「それじゃあ、降るとするか…………和には私から話すよ」

 澪はそう言うと、とぼとぼとやぐらを降りていく。

唯「澪ちゃん……」


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桜が丘城下・丸墓山
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もともと古墳である丸墓山は、山というよりは丘に近い。
晶達はそのふもとに本陣を張った後、山の頂上に登り、桜が丘城の方角をじっと眺めた。

晶「かの上杉謙信公も、桜が丘攻めの時、この山に上ったらしいぜ」

幸「へ~、そうなんだ(形から入るのが好きね……)」

菖「桜が丘城のやつら、今頃びびって腰抜かしてるだろうな~」イシシ

晶「よし、菖!軍使として一足先に城に行ってくれ!」

幸「え?」

菖「了解!まかせてね~」

 菖は家臣二騎を伴って、山を駆け降りていく。

幸「ちょっと、晶……」

晶「何だよ」

幸「菖に軍使をさせるの?軍使と言えば、敵との交渉を行う重役……あの子、ちょっと調子に乗りやすいとこあるでしょ?大丈夫?」

晶「だからいいんだよ、それで」

幸「……?」


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桜が丘城本丸・居館
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廊下を歩き、奥の寝間へと向かう唯達。

紬「あ、みんな!たった今、関白の使者が入城したって……」

律「もう来やがったのか」

澪「広間に待たせるように伝えてくれ。その前にやらなきゃならないことがあるんだ」

 寝間の襖を開ける澪。一同揃って、横たわる和の枕元へと寄っていく。

唯「和ちゃん、和ちゃん」

和「……ん、あら、寝てたのね……」

澪「関白の軍勢がやって来た。それで、和に伝えたいことが……」

和「澪、律、中野さん、それから唯……みんなよくやってくれたわ。兵糧とか堀とか柵とか……戦の用意をしっかりやってくれたわ」

一同「…………」

和「御屋形様は、関白に降るつもりね」

澪「えっ!?」

律「和!?お前……」

和「いいの。城を開けて……私が頑固なばっかりに、みんなに苦労をかけちゃったわ。天下の軍勢を敵に回して、勝てるはずもないわ……あなた達は関白に臣従を誓って、所領の安堵を願い出なさい……分かった……?」

 和は、今まで誰も見せたことのないような、優しい顔をしていた。

律「の、和ぁ……」グスグス

梓「すみません……いつも気苦労をかけさせてしまいまして……」シクシク

澪「私達が非力なばかりに……和……本当にごめん……」ボロボロ

唯「…………」

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 唯達は寝間を後にし、上方軍の使者を待たせている大広間へと向かうことにした。

律「上段の間には誰が着くんだ?和はああいう状態だし……」

澪「一族の順位から言えば、唯しかないだろ」

唯「え~!?私上手く話せる自信ないよぉ……」

律「安心しろ。誰も期待してないから」

澪「ところで梓はどこ行った?」

唯「へ?」

律「あれ?一緒に出たはずだったよな?」

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寝間に近い廊下に、梓はいた。その目の前には紬の姿が――

紬「……え?今何て……」

梓「ですから……私は、中野梓は…………ひ、姫のことが好きです!」

紬「梓ちゃん……」

梓「城が開けば、姫とは今生の別れとなるかもしれません!だから、だから今……私の気持ちを伝えたくて……」

紬「……分かったわ。ありがとう」ニコリ

梓「……姫?」

唯「おーい、あずにゃーん!何してるのー!」

梓「ハッ!?」

紬「唯ちゃん!」

梓「で、では失礼します!!」ダッ

 梓は、紬の方を振り返らず、唯達の元へかけていった。

梓「お待たせしましたっ!」

唯「あずにゃん、ムギちゃんと何話してたの?」

梓「なっ、ななな何でもないです!の、和殿が早く元気になればいいなと……」

律「本当か~?なんか怪しいな」ニヤニヤ

梓「り、律殿には縁の無いことです!」

律「なんだと!?中野ぉー!!」

澪「うるさい!もう大広間だぞ!」ボカッ

律「あいたー!やっぱり私だけ……」

澪「よし、みんな……胸を張っていくぞ」

律「ちぇっ、誰かさんの胸はたるみっぱなしだけどな~」

澪「……り~つ~?」ワナワナ

律「きゃっ!やだ~澪殿ったらこわ~い」キャルン

梓「もう、ふざけてる場合じゃないですよ!早く使者に会いましょうよ!!そして城を開け渡すんです!!」ウガー

律「お、おう……」タジタジ

澪「そ、その通りだな……」

唯「あずにゃん、怖い……いったいどしたの?」

梓「もう……後には引けないんですよ」ゼエゼエ

唯「ほえ?」

澪「さぁ、今度こそいくぞ。唯、先に入れ」

唯「う、うん!」

澪は大広間の襖を開ける。
下座には成田家の家臣達が居並び、広間中央には、軍使の菖と二人の副使が座っている。
先頭で入ってきた唯は上段の間に座り、澪・律・梓はそのそばに座った。

菖「おっそーい!いつまで待たせるの!?こっちは関白殿下の使いなのよ?」

澪「す、すみません。城代は病のせいで床を離れられなくて……事の次第を伝えるのに、少し手間取りました……」

菖「あなたは誰?」

澪「成田家家老の秋山丹波守澪です。そしてあそこにいますのは、成田家一門にて城代のそのまた代わりの、成田唯親です」

唯「はじめまして!」ビシッ

菖「私は菖束正家。それにしても……澪殿?」

澪「はっ?」

菖「何でも、あなたの胸はたるみっぱなしだとか?」

澪「なっ!?///」

律「(あっちゃー……聞かれてたか)」ポリポリ

梓「(あぁ……聞こえてたんだ)」ゲンナリ

菖「たわわな物をお持ちで、うらやましい限りよね~」イシシ

澪「……///」ボンッ

律「(くそっ、先手を打ちやがったか……)」

菖「(にしても、大きいわね……幸と同じくらいかな?)」

梓「そ、それで御用件は?(私がちゃんとしないと……)」

菖「うん、和戦どちらかを聞きたいね。降るのなら城と所領を安堵してあげるから、小田原攻めに兵を差し出しなさい。もし戦をしたいなら……二万の兵があなた達を揉みつぶしてあげる」

梓「(うっ……)」

唯「…………」

菖「こちらとしては、どっちでも構わないけど?でも、きっと答えは決めてるだろうね~。だから早く返答してね。私、朝ご飯まだなんだから~」

律「(くそっ、こいつ……)」

唯「…………」

菖「それから、成田家には紬とかいう姫がいるわよね?その子を殿下に差し出してね」

梓「(ええっ!?)」

唯「…………う~ん」

 菖の押しの前に、家臣一同は黙り込み、重苦しい空気が大広間を覆い尽くす。

菖「ほらほら、返事はまだなの~?さもないと、今すぐ二万の……」

唯「……うん!今決めたよ!」パッ

菖「はいはい、どーぞ」

唯「戦います!!」エヘン

菖「そう言うと思っ……え?」

澪律梓「ええええええええええぇーっ!!?」

唯「いくさ場で会おうね!」ビシッ

菖「そ、それが成田家の返答ね!」

澪「ちょ、ちょっと待ってください!」

律「唯!ちょっとこっち来い!」グイッ

 律は唯の襟首をつかみ、ひきずって大広間を出て行く。澪と梓も後に続き、騒然となった下座の家臣達も後に続いた。


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最終更新:2013年03月03日 21:20