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律は書院のふすまを開けるなり、唯を叩き込む。
律「唯!お前トチ狂ったか!?」
唯「酷いよりっちゃん、ひきずり回すなんて~」ブー
澪達家臣一同も、どかどかと入ってくる。狭い部屋は人でいっぱいになった。
澪「唯!何であんなこと言った!」
唯「……いやになっちゃった」
梓「何がですか!」
唯「降るのが」
澪「今になって何だ!さんざん話しただろ!関白にはかなわない!だから降ると唯だって了解しただろうが!」
唯「だから、いやだよ!!」
澪「子供みたいなこと言うな!!」
唯「だってだって、大勢で押し寄せてさんざん脅しをかけといて、和戦を聞きたいなんて言うんだよ!?それで、降るに決まってるって言うなんて……そんな人に頭を下げるなんていやだよ!」
澪「我慢するんだ!今降れば、城も所領も安堵されるんだ!だから……」
唯「やだやだやだ!強い人が弱い人を苦しめて、才能ある人が才能無い人をいいように振り回すなんて……これが世の中なの!?だったら私はいやだ!私だけはいやだよぉっ!!」
澪「唯……」
家臣一同「……………」
律「よし、唯!私は乗ったぞ!」
梓「私もです!」
澪「お前らは戦がしたいだけだろうが!」
姫子「私も乗ったわよ!」
澪「え?」
信代「私も乗った!」
潮「私も!」
春子「私も!」
『私も!』『私も!』『私も!』『私も!』『私も!』……
澪「み、みんな落ち着け!早まるな!考え直してくれ!」
律「あとは澪だけだぜ?」
澪「わ、私は……その……二万の大軍と戦うなんて……」
律「よーし、みんな!澪は仲間外れってことで……」
澪「わ、分かったよぉ!戦う!私も戦うよぉ!」ジワッ
律「そーこなくっちゃ!」ニヤリ
澪「うぅ……だけど唯、本当にそれでいいのか?」
唯「もちろん!さっきから言ってる通りだよ」
澪「そうか……やるか…………うん……よし、やろう」グッ
律「やろうぜ!上方軍の鼻っ柱をへし折ってやる!」
梓「やってやるです!」
『そうだそうだ!』
『やろうやろう!』
『上方がなんだ!関白がなんだ!』
家臣一同が口々に叫び、狭い書院は熱気に包まれた――
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ガラガラッ!
大広間の上段の襖と下座の襖が一斉に開き、成田家家臣一同がドカドカと入ってくる。
菖「うわっ!今度は何?」
唯「待たせたね、菖ちゃん!」
菖「(いきなり、ちゃん付け……)あなた、考えは改めた?」
律「いや~、私達みんなで諫めたんだけど、こいつ頑固でな。全然言うこと聞かないんだ」
澪「だから……唯の言うとおり、私達は戦うことにしました!」
菖「えぇっ!?」
唯「うんうん!」
菖「ちょっ……二万の軍勢を相手に、戦するって言うの!?」
唯「坂東武者の槍の味…………たーっぷり味わってね!!」フンスッ
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丸墓山山頂・上方軍の本陣
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幸「菖、遅いね。和議が長引いてるのかな(相手はすぐ降るはずなのに……)」
晶「……来た!」
彼方の桜が丘城の大手門から、菖達三騎の馬が、猛烈な勢いで飛び出していく。
晶「あの様子だと、破談だな」
幸「えっ!?」
晶「これでよし。くっくっく……」
幸「晶、どうして笑ってるの?笑うと怖いよ」
晶「う、うるせーよ!」
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桜が丘城本丸・居館の廊下
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軍使の前で大見栄を切ってみせた唯だったが――
澪律「よいしょ、よいしょ」グイグイ
唯「ふえ~……」ズルズルズル
律「まったく、あいつらが出て行った途端、腰抜かしやがって」
澪「こんなんで、よくあんなことが言えたもんだな」
唯「えへへ……面目ない」ポリポリ
梓「唯殿……戦を決めたのは、もしかして姫様のことを……」
唯「ほえ?なぁに?」
梓「いえ、何にも……」
紬「みんなーっ!」ダッダッダッ
梓「あ、姫様!」
紬「すぐ……すぐに来て!和ちゃんが……和ちゃんがっ!!」
澪「……え!?」
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居館・奥の寝間
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和は息を引き取った―――
顔に白い布をかけられた和の周りを、家臣一同と紬が囲む。皆、じっと黙ったまま亡骸を見つめている。
唯「…………」
澪「……みんな、ここで和に誓おう。これからは唯を城代とし、桜が丘軍の総大将とすることを」
律「……ああ」
梓「……はい!」
『はいっ!!』
澪「和、ごめん……命令には従えない……」
唯「和ちゃん、私、いちご食べられても、もう怒らないからね……?」
澪「おい、唯!」
唯「もう朝寝坊したりしないからぁ……和ちゃん、起きてよぉ……」グスッ
律「唯、今は泣くな!お前は今、総大将なんだぞ!」
梓「そうです!そんなことじゃ、和殿は喜びません!」
唯「…………うん、ごめん」ズビッ
澪「それじゃあみんな、誓いの金打だ」
澪は脇に差していた小刀を取り出す。それに続いて、他の家臣達も小刀を取り出す。
刀身を少し抜き取り、皆一斉に、鞘に収めた。
カチン――
小気味よい金属音が響きわたる。その音を、唯は目を閉じて聞き入る。その目尻には、涙が零れずに留まっている。
紬「……戦になるのね」
唯「うん。ごめんね、ムギちゃん――あ、さわちゃんの言いつけはどうしよう!」
律「ほっとけよ。そんなのこっちが勝てば大丈夫だって!」
澪「それじゃあ、軍議を始めるぞ!」
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一方、丸墓山山頂
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幸「成田家が戦う……?」
菖「そーなのよ!何か初めは揉めてたけど、最後には戦をするって言い切ったの!」
幸「うそ……何かの間違いじゃ」
晶「間違い?何がだ?」
幸「ううん、何でも……」
晶「そうか、奴らは戦うか……ククク、そうこなくっちゃな!それが人ってもんだよ!」
幸「晶……まさか初めからこうするつもりだったの?菖を遣わしたのも、戦をけしかけるために……」
菖「え、なに?何のこと?」
晶「私は危うく、人ってもんにたかをくくっちまうとこだったぜ!ハハハハッ!」
幸「晶……戦は遊びじゃないんだよ」
晶「さぁ、軍議を始めるぞ!合力の将達も集めろ!」
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桜が丘城本丸・大広間
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重臣達が一同に会して、軍議を執り行っている。
澪「それじゃあ、七つの守り口の将を決めよう。希望はないか?」
梓「私はどこでもいいです」
律「私は長野口がいい!あ、鉄砲組はいらないからな~」
澪「それじゃあ……下桜口は梓」
梓「分かりました!」
澪「佐間口は私がやる。大宮口は遠藤殿、皿尾口は巻上殿、北谷口は三浦殿、持田口は佐久間殿が努めてくれ。いいか、兵の数は少ないけれど、地の利や人の利はこちらにあるんだ。それらを使って、私達にしか取れない軍略で勝利を掴むぞ!」
律「澪、私は私の思い通りに軍略を練るからな~」
梓「(心配だ……)」
澪「守り口の将は、それぞれの判断で持ち場を守ってくれ。ただし……無茶はするなよ」ジロ
律「なっ……私だけかい!」
『あははははは!』
唯「あの~……私はどこを守るのかなぁ?」
律「え?う~ん……誰か、守り口に唯が欲しい奴はいるか~?」
シーン……
唯「みんなひどいっ!」ガーン
澪「唯……総大将は本丸にいてくれればいいから」
唯「ちぇ~」シュン
律「な~に、実戦は私達に任せろ!な?」
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丸墓山のふもと
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晶の兵舎の中、上方軍の諸将達も、車座になって軍議を行っていた。その中心には、桜が丘城の地図が広げられている。
晶「それぞれの攻め口を決めるぞ。この長野口ってとこは……幸!」
幸「うん」
晶「下桜口ってとこは、私が行く。佐間口は、菖が行け」
菖「分かった!」
晶「大宮口は多賀谷殿、皿尾口は宇都宮殿、北谷口は佐竹殿が攻めてくれ。持田口は……敵の逃走を誘うために無人にしとく。いいか、敵は小田原に兵を割いてるから、城の兵はわずかだ。必ず勝つ!明日の朝に攻め入るぞ!!」
『応!!』
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その夜――桜が丘城・三の丸
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澪・律・梓は馬に乗り、城下の農村へと向かっていた。百姓達を兵力として徴発するためである。
梓「いいんですか?唯殿に内緒で」
律「あいつにこんなことできるかよ」
澪「いいか、村に敵がいたら、すぐに引き上げるんだぞ」
律「分ーかってるって」
大手門にたどり着いた三人。すぐに門が開かれ、三人はそれぞれ違う方角へと駆け出して行った。
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一方、丸墓山のふもとにある兵舎では、寝ている晶のもとに、一人の家臣が駆け込んできていた。
家臣「晶殿!城下の村に桜が丘城の兵が入りました!百姓共に入城を迫るつもりでしょう」
晶「ふわ~あ……ほっとけ」
家臣「はっ…?」
晶「城に人が多くなれば、ほころびは出てくる。ましてや百姓が素直に動くとは思えないしな……」
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下桜村
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農村の中で一番大きい、憂の屋敷。澪は座敷に座り、憂・菫・直と対面している。土間には村のほとんどの百姓達が詰め寄せている。
澪「成田家は、関白と戦うことになった。だけど、城内の兵だけではあまりにも数が少ない……だから、百姓達も城に来てもらいたい」
憂「……戦はしないと言ったじゃないですか」
澪「仕方ないだろ。事情が変わったんだ」
憂「入城はお断りします!」
澪「なっ……!」
憂「こちらが負けることくらい、百姓にだって分かります!大方、律様か澪様が、家中の人々を賭けに投じてるんじゃないですか!?」
澪「そ、そんなこと……」
憂「違うなら違うと言ったらどうですか!」
澪「違う!!」
憂「じゃあ誰、が戦なんかしようと言ったんですか!?」
澪「ゆ、唯だ!!」
憂「…………え?」
澪の一言に、憂は黙り込み、土間の百姓達は顔を見合わせた。屋敷はしばらく沈黙に包まれだが、それを破ったのは――
『あーっははははは!!』
澪「な、何がおかしい!」
憂「ふふっ、くすくす……しょうがないなぁ、お姉ちゃんは」
澪「え?」
憂「お姉ちゃんが戦するって言うなら、私達が助けてあげなくちゃダメだよね」
菫「その通りです!」
直「ふわふわ様ならしかたないですね」
『そうだそうだ!』『やってやろう!』『ったく、しょうがないなぁ』
澪「し、城に籠もってくれるのか?」
憂「もちろんです!スミーレちゃん、直ちゃん、武器と甲冑を持ってきて!」
菫直「はい!」タタタッ
憂「みんなも用意してきてね!」
『はっ!』ダダダダッ
澪「……まだそんな物を隠してたのか?」
憂「今は百姓でも、元を正せば、みんな坂東武者の血を受け継いでますから!」ニコッ
澪「(唯の名前を出した途端に、こんなに士気が上がるなんて……本当に何者なんだ、唯は……)」
その後、澪は三の丸で
律と梓に合流した際、二人が徴発に行った村でも唯の名前を出した途端、百姓達は加勢すると息巻いた事実を知ることになる。
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一刻後、本丸とその先、二の丸の森は、百姓達の持つ松明の火で、一面埋め尽くされていた。
唯達はその様子を、居館の玄関前から見つめている。
唯「ほぇ~、すご~い……」
梓「二千人はいるでしょうか……」
澪「一刻足らずで、全ての村が入城するなんて……」
律「勝てるかも知れねーぞ……」
澪「よし、唯。決起をうながせ」
唯「ええっ!?う、うん……がんばるよ」
唯は一歩歩み出て、眼前の百姓達をじっと見つめる。
唯「えっと……みなさんこんばんはー!成田唯親でーす!」
『あはははははは!』
律「あのバカ……笑いを取ってどうする」
唯「み、みんな……ごめえええぇんっ!」ペコリ
『?????』
梓「ああ……せっかく初陣なのに、こんな始まり方……」シクシク
唯「和ちゃんは亡くなる前に言いました。城を開けなさいって……でも、私が無理を言ったせいで、戦にしてしまいました……みんな、ごめんなさああぁい!」ペコリ
澪「何言ってるんだ!みんなの士気が下がるだろ!」
唯「ごめんなざい……和ちゃん……ひっく」
菫「ふわふわ様、泣いてますよ……」
直「城代が亡くなったんだね」
唯「ふ……ふえぇ~ん!!のどがぢゃあああぁん!!」ズビズビ
憂「お姉ちゃーん!がんばってー!」ウルウル
律「なんじゃこりゃ……」
澪「やれやれ……」
梓「あぁ……初陣……」
憂「お姉ちゃーん!えいえい!えいえい!」チラッ
菫直「「あっ……お、おーっ!」」
憂「えいえい!」
菫直「おーっ!」
憂「えいえい!」
『おーうっ!!』
決起のかけ声は次第に勢いを増し、いつしか全ての百姓が声を上げていた。
『えい!えい!おぉーうっ!!』
唯「びえぇーん!びえぇーん!」エグエグ
澪律梓「…………」ポカーン
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桜が丘軍の鬨の声は、上方軍の陣営まで響いていた。
『えい!えい!おぉーうっ!!えい!えい!おぉーうっ!!』
幸「……大変な城を敵に回しちゃったな……」
晶「ぐー、ぐー……」
菖「むにゃむにゃ……わぁい、胸が膨らんだ~……」
幸「勝てる……よね?」ハァ
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深夜――桜が丘城本丸の居館
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ポロン、ポロロン……
大広間に三味線の音が静かに響き渡る。部屋の真ん中で、唯が一人きりで弦をつま弾いているのである。
唯「明日はいよいよ戦かぁ……」ポロン
ガラガラッ!
紬「唯ちゃん!」
唯「あ、ムギちゃん。どうしたの、こんな遅くに?」
紬「唯ちゃん……関白の使者が、私を関白の側女にするように言ってきたってホント!?」ズイッ
唯「え?あ……うん」ポロロン
紬「戦をするって言ったのは……私のため!?」ズズイッ
唯「そ、そそ、そんなわけないよぉ?」
紬「そうなんでしょ!?」ズズズイッ
唯「だから、違うよ~」
紬「そうだと言って!唯ちゃん!!」ポカスカポカスカ
唯「あいたたたた!ムギちゃん、痛いよ痛いよ!!」
紬「…………」ピタッ
唯「……ムギちゃん?」
紬「……ちゃ、ちゃんちゃらおかしいわね!!」
唯「へ?」
紬「唯ちゃんのバカ!!」ダダダダッ
唯「…………行っちゃった」ポロロン
===
下桜口
===
数十人の兵が守りを固めている。その中にいる梓は、城塀から身を乗り出して外の様子 を見ていた。晶の陣のかがり火が、無数にゆらめいている。
姫子「中野殿、寝ずの番は私達に任せてお休みください」
梓「いや、私だって眠るわけには……」
紬「梓ちゃーん!」タッタッタッ
梓「ひ、姫!?どうしてここに……?」
紬「梓ちゃん……私のこと、好き……?」
梓「え!?……は、はい……」
――むぎゅっ
梓「にゃっ!!?」
『おぉ~!』
梓「(ひ、姫が私に抱き……どういうこと!?ああ……にしても、なんて柔らかくて、いい香り……)」
――ちゅ
梓「むぐっ!!?」
三花「ヒューヒュー!」
エリ「お熱いね~!」
姫子「ふふっ、いい冥土の土産だね」
梓「(もう、わけ分かんない……でも……ずっとこのままでいたい……)」クラクラ
紬「……ぷはぁ」
梓「ぷはっ!はぁはぁ……」
紬「が、頑張ってね!」タッタッタッタッ
梓「(これは……夢か幻か……)」ポケーッ
三花「中野殿?おーい」ユサユサ
梓「少し……寝ます……(この夢が覚めませんように……)」フラフラ
そして――決戦の朝はやってくる。
最終更新:2013年03月03日 21:21