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早朝――桜が丘城・佐間口
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ギギィ……

 門が開く。

 騎馬に跨り、漆黒の甲冑に身を包み、朱槍を持った澪。その後ろには、七十の騎馬武者と、四百余りの足軽や百姓が控えていた。

 だが、澪は単身門を出て行く。

 その前方の田園地帯には、寄せ手の菖軍が視界いっぱいに布陣していた。その数、約四千余り――

菖「ふふ、来たわね。命知らずの桜が丘軍――先鋒、かかれぇ!!」

『うおおおおおおおっ!!』

 バシャバシャ!
バシャバシャバシャ!

 菖軍最前列の鉄砲組が、一斉に田んぼに足を踏み入れた。
 田植えされたばかりの早苗が、次々と踏み倒されていく。

 澪は門のそばで、前進する大軍を見つめている。

菖「ん?あの騎馬武者、敵が迫ってるのに、微動だにしないわね」

馬廻役「あれは……漆黒の甲冑に朱い槍!もしや、秋山澪!?」

菖「秋山って……あぁ、あの胸の大きな子!てか、あなた知ってるの?」

馬廻役「“漆黒の魔人”と呼ばれる武辺者です。かつて、滝川一益殿をいくさ場で追い詰めたことがあるっていう……」

菖「え、あの織田四天王と呼ばれた滝川殿を!?なるほど、胸だけじゃなく実力もあるってわけか……」メラメラ

馬廻役「おぉ、殿が燃えている……」

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 鉄砲組の前進に微動だにしない澪。実は――

澪「き、来ちゃった……上方軍の前に……」カチーン

 緊張で固まっていた。

澪「やっぱり何度やっても、戦は怖い……ちゃんと戦えるかな……」ガクブル

恵「秋山さーん!早く例の作戦のご指示をー!」

澪「(……そうだ、私が指示しないと、城は敵に!)て、鉄砲足軽のみんなは、種子島を持ったまま騎馬組に相乗りしてくれ!」

恵「はっ!」

 恵ら鉄砲足軽達は、騎馬一頭に二人ずつ乗り込んでいく。
 こうして、七十騎の騎馬鉄砲隊が出来上がった。

澪「敵の鉄砲組は一列だけだ!大丈夫、私に続いてきてくれ!」

恵「はっ!われら秋山澪附鞍倶楽部(ファンクラブ)、参りまする!!」

『応っ!!』

澪「そ、その名前はやめてええぇっ!!///」

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菖「なんか、向こうが動き出したみたいね」

馬廻役「なんと……騎馬鉄砲隊です!」

菖「よ~し、なら早速先手を……」

馬廻役「はっ、待ってください!まだ撃たせては……!」

菖「撃てーっ!!」

 バンバンバン!!
ババンバンバン!!

 菖軍鉄砲隊は一斉に射撃した。弾は澪の足元にも突き刺さる。

澪「ひぃっ!」

菖「ふふっ、見て見て!一斉射撃にひるんでるわ……って、帯刀がいない!?」

澪「(うぅ、怖いよ……でも、敵の鉄砲組は一列だけ……第二射には時間がかかる!)今だ!射程に入って、弾込めを終える前に撃て!」

馬廻役「待った待ったー!!」パカラッパカラッ

澪「ん?」

馬廻役「秋山澪殿とお見受けした!われは菖束家馬廻役、山田帯刀!槍合わせ願おう!」

澪「菖束……城で私をからかった、あの……///」プシュー

恵「秋山様を辱めた不届き者共め……撃つ」チャッ

澪「ま、待って!そんなことで弾を使わないでいいですから!」

帯刀「何をしておる!いざ、尋常に勝負!」

澪「曽我部殿……すぐに倒します。待ってください」

 澪と帯刀は、あぜ道の上で対峙する。
両者の槍が、朝日を受けて鈍く光る――


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その頃――下桜口前
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門と土塁の後方には、三の丸の鬱蒼とした森が広がっている。
それを眺めているのは、七千余りの軍勢を率いる晶である。
 土塁の上からは、桜が丘軍の旗が数十ほど上っていたが――

晶「なんだありゃ……?動きが変にぎこちねーな」

馬廻役「あれをどう見なさる?」

晶「擬兵だな。兵不足を補うために百姓がやってんだ。百姓なんて、擬兵以外に使い道ねーからな」

晶「いいか、田んぼは足を取られっから、先鋒にはあぜ道を行かせろ!」

使番「はっ!」

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 一方、下桜口内に控える守り手の梓軍は――

梓「来ました!先鋒は三百ほど!弾除けの竹束をかざしてます!皆さん、打って出ます!」

『おぉーっ!』

 梓と兵達は、馬に乗らず、徒歩のままで門を開け、足並みも揃わないまま敵の前に姿を現していく。

晶「な、なんだありゃ?先頭のやつは何かちっこいし……」

梓「愚かなり上方軍よ、よく聞くです!!下桜口の大将は、毘沙門天の化身にして戦の天才、中野梓っ!武辺者を自負する者は、名乗りでなさいっ!!」

晶「はぁ?馬もねーのに、侍大将かよ……」

梓「(ああ、初めての名乗り……決まったぁ)」プルプル

晶「(なんか可哀想なやつ……しょーがねーな)総大将の石田三晶だ!不憫なお前は、名のある勇士に討ち取らせてやる!」

馬廻役「なら拙者が!」パカラッパカラッ

梓「(総大将が私の敵――あぁ、相手に不足なし!)」ジーン

馬廻役「中野梓と申す者よ!拙者が相手いたす!」パカラッパカラッ

梓「名を名乗れ!(行け行け私!)」

馬廻役「石田家馬廻役、貝塚隼人!」ヒョイ

梓「え!?馬を下りた……」

隼人「騎馬だから勝ったと言われては、我が武名に傷がつくのでな」ポイッ

梓「槍まで捨てた!」ガーン

隼人「太刀にて勝負!」シャッ

梓「…………」ゴゴゴゴ

隼人「ん、なんだ……?」

梓「……こんなんじゃダメですーっ!!」ウガー

 怒り狂った梓は、太刀を抜くなり、隼人に乱れ打ちを放つ。

隼人「うおっ!?何だ急に!」ガキーン!ガキーン!ガキーン!

梓「敵から情けをかけられるなんて、武士の恥です!屈辱です!せっかくの初陣だって言うのにーっ!!」ガキーン!ガキーン!ガキーン!

隼人「くっ、わけわからん!!」ガキーン!ガキーン!ガキーン!


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再び、佐間口外
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対峙していた澪と帯刀が、共に馬腹を蹴った。
両者の騎馬が大地を蹴り上げて駆け出す。

馬廻役「でやあああああぁ!!」ダダダダダダッ!

澪「やああああぁぁ!!」ダダダダダダッ!

 突進していく両騎。一直線のあぜ道を、急速に接近していく。
 澪は間近に迫る相手を避けようとしない。しかし、馬廻役はわずかに顔を避けた――

澪「避けたなっ!これで決まりだ!」

 ズバアァッ!!

 澪の朱槍はうなりを上げ、馬廻り役の喉を貫き、その首を跳ね上げた。

『おぉーっ!!』

恵「もう……澪たん、素敵☆」ハフゥ

 澪は速度を落とさず、そのまま敵兵に突進していく。

澪「やあぁー!!」

 あぜ道の上の兵達は、恐れをなして後退していく。
 澪は敵最前列の鉄砲隊と横一直線に並ぶ所まで押し返す。

『ま、まずい!逃げるぞ!』

『くそ、田んぼに足を取られて動けない!』

菖「う~、鉄砲組は何をしてるのよ!」イライラ

澪「よし!みんな、一斉射…」

 ――ボトッ

 後ろを振り返った澪の目の前を、帯刀の首が落ちてきて、澪の騎馬の足元に転がった。

澪「…………きゅぅ」クラッ

 ドサッ

菖「あれ、あの子落馬した?」

『い、今だ!』

『やつの首を取れ!』

 鉄砲足軽達が、脇差しを抜いて澪に歩み寄っていく。

『お命頂戴!』

『ま、待て!前を見ろ!』

 澪軍の騎馬鉄砲隊の、約二百の銃口が、敵鉄砲足軽を一斉に捉えていた。

恵「秋山さんには……指一本触れさせない!!」

 バンバンバンバン!
 ババンバンバンババババン!


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その頃――長野口
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ババンバンバンババババン!

律「くそっ!こりゃかなわねー!」

 律が三百五十の兵で守る、ここ長野口は、窮地に陥っていた。
銃弾が絶え間なく撃ち込まれており、城塀の屋根では跳弾が飛び交い、砲狭間の兵までもが、弾を食らっている。
律をはじめ城兵達は、身を縮めているしかなかった。

信代「澪殿が、佐間口にて敵馬廻役を討ち取り申した!」

律「そうかよ。こっちはこの有り様さ……」ハァ

 鉄砲狭間の向こうには、桜川を隔てて、千人もの敵鉄砲足軽が、三段に並んで絶え間なく発砲している。

律「長篠合戦で使われたような古い手だけど、これが聞くんだよなー……ここの敵将め、なかなかやるな」

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長野口の外では、六千もの兵を率いた幸が、中軍から采を振る。

幸「頃合いはいいわ。門を打ち破るのよ!!」

『うおおーっ!!』ドドドドド

先鋒の群れから、数十人が出てきて、丸太を抱える。そのまま、長野口の門に強く突進していく。

ズド――――ンッ!!

グラグラグラ……

律「来たなあいつら~……おい使番!敵の鉄砲組が川に入れば教えろ!全員だぞ!」

律は馬に飛び乗った。そして門の正面まで走らせ、槍を揃える兵達の先頭まで乗り付ける。

律「ちぇっ……澪に鉄砲組はいらないなんて言うんじゃなかったぜ」ボソリ

潮「ん?律殿、今何と……」

律「う、うるへー!/// おい、まだか!」

信代「まだです!」

ズド――――ンッ!!

グラグラグラグラ……

律「くっ……まだかぁー!」

信代「あ、入った!入りました!」

律「全員か!」

信代「まだ一段目です!」

潮「全員じゃないんかいっ!」ビシッ

律「漫才やってる場合かーっ!」

ズド――――ンッ!!

グラグラグラグラ……
ミシミシッ……

律「くそぉ……かんぬきに亀裂が……」イライラ


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下桜口外
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梓「こんなんじゃ、こんなんじゃダメですーっ!!」ガキーン!ガキーン!ガキーン!

隼人「お主……しつこいぞ!」ガッキーン!

隼人の一撃で、梓の太刀は跳ね飛ばされた。

梓「あっ、太刀が……」

隼人「きえぇーっ!」ビュッ

梓「なんの!」ガキーン!

 襲いかかる隼人に、梓は小刀で応戦する。しかし、太刀に小刀では歯が立たず、梓はどんどん受けに回っていく。

隼人「どうした!それで毘沙門天の化身か!戦の天才かぁ!」ガキーン!ガキーン!

梓「くっ……律殿と同じことを……!」ガキーン!ガキーン!

姫子「中野殿!ここは逃げるわよ!」

梓「その言葉を待っていました!」

 梓はそう叫ぶと、隼人の太刀を受け流し、城門へと一目散に逃げ去っていく。兵達も大急ぎで梓を追っていく。

隼人「……どういうことだ?」

『成田軍が逃げるぞ!』

『追え追えー!!』

 あぜ道上の三百の先鋒も、城門へと殺到していく。

晶「やつら、逃げるか!?機を逃すな!追えー!」

隼人「……はっ!待て!追ってはならん!」

『うおおおおーっ!!』ドドドドドッ

隼人「くそっ……嫌な予感がする!」

 隼人は馬に飛び乗り、なだれ込む先鋒達と共に門へ向かった。

ドドドドドドドド……

 敵兵達は開放された門から乱入すると、三の丸の暗い森の奥へとどんどん突き進んでいく。

隼人「なんだこの森は……やけに静かだな」ドドドド

『……はっ!?』

『これは……!』

先頭の兵達から、次々と足を止めていく。

隼人「うっ!?」

 隼人も馬を止める。そして、凝視した森の中には――

 ――ギランッ

 無数の目玉が輝き、兵達を囲んでいる。

 後に、この戦を生き残った石田軍の武将が、この時の様子を、こう振り返っている。

『飢えた猫の群れが、獲物を追い詰めた時の如き眼光であった』と――

隼人「やられた、か……」

 木陰から、三百の城兵が一斉に姿を現す。

アカネ「詰みましたねぇ、上方の皆さん?」

エリ「仏様に祈る準備はできた?」ニコリ

 奥からは、騎馬に跨り槍を手にした梓も現れる。

梓「……半数は討ち取り、残りは門の外に叩きだすのです!」ビシッ

『やあああぁーっ!』

 森の四方八方から、槍が繰り出されていく。

隼人「(中野梓……まこと、天晴れ!)」

 石田三晶馬廻役、貝塚隼人。
桜が丘城三の丸にて討死――


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最終更新:2013年03月03日 21:21