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恩那堤の上
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本丸、森の木々、一部のやぐらを残して水没した桜が丘城を見つめる晶達。
菖「これで勝負ありだね」イシシ
幸「(どうして……どうして降らなかったの……)」
晶「さぁ、どうする?桜が丘のつわものども!」フフン
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その頃、恩那堤の別の土手では、堤を築いた人夫達の一部が、水没した桜が丘城下を眺めていた。
純「そんな……村が…………」
人夫「まさか堤がこんなことに使われるなんてなぁ。嬢ちゃん、あんたの田も水の底かい?」
純「……侍が悪いのよ。こんな戦を起こした侍が悪いのよ!!」
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その夜――桜が丘城本丸居館
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部屋という部屋のふすまが取り外され、兵や百姓達がぎっちり詰まっている。
皆一様に沈んでおり、特に百姓は、澪達が廊下を通るたびに恨めしげに見つめてくる。
『いつまでこうしてなきゃならないの……』
『やっぱり降っていれば良かったんだよ……』
『ふわふわは、所詮ふわふわか……』
あちこちで、不平の声が聞こえていた。
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唯や重臣達は狭い書院に集まり、今後の行動を考えることにした。
澪「まずい状況になったな……」
律「ああ。緒戦で勝ったことを忘れて、たった半日で兵も百姓も士気を失っちまった」
澪「無理もないな……こんな戦を目の当たりにしたんじゃ」
梓「やっぱり田んぼですよ。田んぼをダメにされた怒りが、私達に向いているんですよ」
澪「水かさは今も増しているらしいな。このままじゃ、明日にはここも危ないかもしれない……」
律「ちくしょう……水攻めなんてやられたんじゃ、手も足も出ねーよ……」
澪「唯……もはや降るしかないんじゃないか?」
唯「ううん。水攻めは破れるよ!だから私は降らないもん!」
澪「いったいどう破るんだよ!!」
ガラッ
アキヨ「申し上げます!本丸門前に、死骸が流れ着いています!」
梓「し、死骸!?」
唯「…………」
澪「おい、唯どうしたんだ」!
唯「……今行くっ!」ダダッ
澪「お、おい何がどうなってんだ!?みんな、唯を追え!」ダダダッ
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本丸・門前
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水の際に小舟が流れ着いている。
そこには若い百姓の男と女、そして年端もいかない赤子の死骸が、まるで捨ててあるかのように乗せられている。どれも刀で斬られたり刺されたりした痕があった。
唯「…………」
梓「こ、こんなの酷い……」
律「逃げて、敵兵に斬られたんだな……」
澪「おい、男の人は脇差を持ってるぞ!なんであんな立派なのを……」
唯「あれ……私のだよ」
澪「何だって!?」
唯「あの人たち、降るって私に言ってきたんだ。赤ちゃんのために、逃げて生き延びたいって……だから私が、護身用に上げたんだ……」
澪「唯!戦ではこういうことなんてザラだぞ!なのに、みすみす城外へ逃がしたのか!?」
唯「……私が甘かったんだ……」グスッ
唯は赤ん坊の死骸を愛おしそうに抱きかかえた。
唯「ごめんなさい……ごめん……なさい……」ポロポロ
律「上方の奴ら、降った百姓を斬りやがるのか!城にいる者は皆殺しとでも言いてーのか!!」ガスッ
唯「澪ちゃん、りっちゃん、あずにゃん……私は水攻めを破るよ」
唯は涙を流しきると、かがり火に照らされた恩那堤を、まっすぐな目で見据えた。
唯「私……悪い子になる!!」
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一刻後――
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澪「唯、どうしたんだこれは!」
書院には、三味線、太鼓、琴といった楽器が揃えられている。
唯「さっき用意してもらったんだ」
律「おい!本丸の門前に小舟が並んでるぞ!」
唯「それも用意してもらったんだよ」
梓「それで唯殿……なんですか、その格好は」
唯「さわちゃんが作ったんだよ!」フワフワ
唯が着ていたのは、浴衣の裾を短くし、フワフワした飾り付けをした、何とも奇妙な衣服であった。
律「唯……それは無いわ」
梓「御屋形様に、そんな趣味があったなんて……」
澪「で、これだけのものを揃えて、何をする気なんだ?」
唯「田楽だよ!」
律「はぁ?何言ってるんだ?」
唯「今夜、舟の上で田楽を披露するんだよ!」
梓「な、何を考えてるんですか!」
澪「……もしかして、兵の士気を上げるためか?」
唯「ん~、そんなとこかな」
梓「しかし、田楽をするのに、ここにある楽器では……笛も無いですよ」
唯「私の考えた、軽い田楽をやるんだよ。その名も軽田楽!略して、けいでん!」
澪「そうか、いい考えかもしれないが……(それだけじゃ堤は破れないぞ)」
唯「みんなも一緒にやるんだよ!これに着替えてね!」フワフワ
澪律梓「ええええええええぇっ!?」
澪「そ、そんな格好で人前出るのは……恥ずかしい……///」
律「私達は武士だぞー!そんなひらひらふわふわした服なんか着れるかー!」
梓「わ、私もそういうのはちょっと……(初陣が、どんどんおかしな方向に……)」
唯「そう?でも……」
紬「しゃらんら、しゃらんら~」フワフワ
唯「ムギちゃんは喜んで着てるよ?」
澪律梓「だああああぁ!」ズコー
律「何ノリノリなんだ、姫様!」
紬「私、みんなと一緒に何かをやることが夢だったの~」キラキラ
澪「そ、そうなんだ……」
梓「(あぁ姫様、いつもよりさらに見目麗しい……私はそんな人と接吻を……)」ポー
唯「さぁ、ムギちゃんもやるって言うんだから、みんなもやるよね?」
梓「もちろん、やってやるです!」ツヤツヤ
唯「そうだ、あずにゃんはこの猫耳をつけてね」スチャッ
梓「ちょっ、何でですか!?///」
律「ん~……分かったよ。姫様も楽しそうだもんな」ヤレヤレ
澪「私はやっぱりこういうのは……目立ちたくないし……」
律「よ~し!じゃあまた澪は仲間外れってことで」
澪「わ、分かったよ!やるよやるよ!やればいいんだろ!?」
唯「そうと決まれば、城のみんなにも伝えなきゃ!今夜田楽をやるよって」ダダッ
唯はフワフワ衣装のまま、書院を飛び出していった。
澪「(……唯のやつ、本当に士気を上げるのだけが目的なのか?一体何を企んでるんだ?)」
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丸墓山の頂上
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幸と合力の武将達が登ってくる。そこには、城の方をじっと見つめている晶がいた。
幸「どうしたの晶?急に呼ぶなんて」
晶「……あれを見てみろ!」
本丸の城塀付近に、三艘の小舟が浮かんでいる。
真ん中の小舟には三味線を持った唯が、左の小舟には三味線を持った澪と太鼓を持った律が、右の小舟には三味線を持った梓と琴を持った紬が、それぞれ乗っている。
そして全員が、裾の短い浴衣のようなふわふわ衣装に身を包んでいた。
幸「何が始まるのかな……?」
晶「つーか、あいつらの格好は一体なんだ?窮地に陥っているっつーのに……戦をナメてんのか?」
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桜が丘城本丸・城塀付近
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唯「それでは、いざ丸墓山へ!みんな行くよ!」
『うおおおおーっ!』
『ふわふわ様ー!かーわいいーっ!!』
『上方の野郎に目に物言わせてくださーい!』
城塀に集まった兵や百姓達の喝采の中、それぞれの小舟が進み出す。唯の小舟のみ船頭が漕ぎ、他はそれぞれ
律と梓が漕いでいく。
梓「こんな時に田楽だなんて……そんな軍略聞いたことないです」ギーコギーコ
紬「まぁまぁまぁ、まぁまぁまぁ……きっと唯ちゃんに考えがあるのよ」
律「しっかし……田楽で味方の士気を上げようなんざ、唯らしいぜ」ギーコギーコ
澪「あ、ああ」
律「しっかし……よく似合ってますなぁ、澪殿」プププ
澪「う、うるさいっ!」ゴチンッ
律「あいった!やっぱりお前は漆黒の魔人だよ……」
唯「舟を止めて!」
律「え?」
梓「はい?」
唯「みんなはここにいてね。私はもう少し前に行くから――澪ちゃん」
澪「なんだ?」
唯「――後は頼むね」
澪「えっ?」
唯はそれだけ言い残し、船頭に指示を出して、前方の丸墓山に接近していく。
律「頼むって……何をだよ?」
澪「…………」
紬「…………?」
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丸墓山頂上
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晶「おいおい、真ん中の舟だけこっちに近づいてくるぞ」
幸「晶、気をつけて」
やがて堤の上の兵達も、湖の上の様子に興味を持ち始めた。
『何だ何だ、あの舟は?』
『変な格好の女達が乗ってるぞ!』
『楽器を持ってる……楽師か何かか?』
『後ろの方のやつ、何で猫耳つけてんだ?』
そして、唯の舟が止まる――
唯「上方の皆さーん!これから歌うのは、五穀豊穣を祈願する田楽でーす!!存分に楽しんでくださーいっ!!」
そう叫ぶと、唯は後ろの小舟に乗る四人の方を振り返った。
唯「……じゃ、行くよ!」
唯の呼びかけに、澪が頷く。
紬が頷く。
梓が頷く。
そして律が頷き、撥を高く掲げる――
律「一、二、三、四!」
テケテケテケテ♪テーケテケテケテ♪
テケテケテケテ♪テーケテケテ♪
晶「な、何だこりゃ!?」
幸「こんな音、聞いたことない……」
『おおおおおおおぉ!!』
紬の琴の旋律に合わせ、律が太鼓で拍子を取る。
さらに澪の三味線が流れるように低音を奏で、唯と梓のかき鳴らす三味線が、高音を奏で出す。
それは田楽の常識を根底から覆す演奏であった。
唯「♪ごーはんは、すーごいーよ なんでも合ーうよ、ほかほか~」ジャカジャカ
晶「なんだよこのひどい詞は……」
唯「♪らあめん、うどんに、お好み焼き、これこれ~」ジャカジャカ
幸「(……おもしろい)」
唯「……船頭さん、もっと前」ボソボソ
唯が歌の合間に船頭につぶやきかける。
船頭が櫂を漕ぎ、小舟は丸墓山へとさらに近づいてくる。
晶「おいおい、さらに近づいて来たぞ。なんて大胆な……」
菖「なになに?何だか賑やかだね~」テクテク
晶「あれを見てみろよ。二万の敵の前で田楽をやるなんて、たいしたヤツだろ?きっと名のある武将だ。誰か近くの百姓でも捕まえて、あいつの名前を聞き出す!」
唯「♪ごはんはすごいよ、無いとこーまるよ むしろごはんがおかずだよー」ジャカジャカ
菖「いや……その必要はないよ」
晶「は?」
唯「♪上方人ならやーっぱり、お好み焼きとごは~ん~」ジャカジャカ
菖「名のある武将どころか……成田軍総大将、成田唯親その人だよ!」
晶「何ぃっ!?」
唯「♪でもわたしー、上方人じゃないんです~」
澪律梓紬「「「「どないやねん!」」」」
『あーはっはっはっは!!』
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堤の上で見物しているのは、上方兵だけではなかった――
人夫「はっはっは、こいつぁいいや!」
純「…………ふわふわ様だ」
唯「♪一、二、三、四、ご・は・ん!」グー!
人夫「ふわふわ様?それって嬢ちゃんとこの総大将だろ?」
純「………………なにやってんのよ、あの人は…………ハハ、アハハハ……」
唯「♪一、二、三、四」
純「♪ご・は・ん!おー!!」
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晶「おいおい、冗談もたいがいにしろよな」
菖「ホントだって!私会ってきたんだし!」
敵兵「申し上げます!関白殿下のご使者が参りまして、こんな書状を……」サッ
晶「ん、なになに……げっ!」バサッ
菖「どうしたの、晶?」
晶「……殿下がここに来る」
菖「ウソっ!?」
晶「これを見ろ!水攻め見物に行くって書いてあるんだ!」バサッ
菖「……ホントだ」ペラ
幸「(そんなことしなくていいのに……)」
晶「まずい……こんなの見てる場合じゃねー!殿下が来る前に、とっとと開城させねーと!おい、確か雑賀衆の狙撃兵がいたよな?そいつを連れてこい!」
敵兵「はっ!」サササッ
幸「……ハッ!晶、それはダメ!!」
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唯「♪ごーはんはすごいーよ、なんでも合ーうよ」
『ほかほかーっ!!』
梓「まったく、あきれちゃいます……敵も味方も一つにまとめちゃうなんて」ジャカジャカ
紬「唯ちゃん…………もしかして、死ぬ気じゃ……」テケテケテケテン
梓「えっ?」
澪「そうだ!あいつ、弔い合戦に持ち込む気だ!だからさっき、後は頼むって……」
梓「えぇっ!?」
澪「自分が撃たれて死ぬことで、兵達の士気を取り戻そうとしてるんだ!」
律「総大将が討たれたら、みんな開城したがるんじゃないのか?」
澪「百姓を徴発しに行った時を思い出せ!唯の名前を聞いたら、みんな笑い出しただろ!喜んで加勢を決めただろ!みんな、みんな唯のことが大好きなんだ!そんなやつが討たれれば、一体どう出ると思う!」
律「……ふ、復讐の鬼に?」
梓「命も省みず、敵軍に突入……?」サーッ
唯「♪ごはんはすごいよ無いと困るよ、やっぱりごはんは主食だね~」ジャカジャカ
澪「……あいつ、それを分かっててこんな策に出たんだ!領民の命を何だと思ってるんだ!みんな、あいつを止めに行くぞ!!」
唯「りっちゃーん!せりふせりふー!」
律「お、おう!『ごはんはおかずじゃないのかよっ!』」
唯「あ、忘れてた~」
律梓紬「「「こらー!」」」
澪「って、こらー!つられるなー!」
律梓紬「はっ!///」
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幸「晶!あの子を撃ったら、敵はどんな手に出るか……」
晶「うるせー!」
敵兵「雑賀衆の者を連れてきました!」
(※雑賀衆:戦国時代、各地の戦で暗躍した傭兵鉄砲集団。この戦の数年前に、豊臣家に降っている。)
晶「よしお前、あいつを撃ち取れ」
いちご「え……やだ」
晶「は?」
いちご「……嘘。御意」
狙撃兵のいちごはそう言うと、砲身へ弾込めを始める。
幸「晶、今のままでも十分勝てるよ!どうか思い直して!」
菖「総大将を討てば、戦は終わりじゃない?」
幸「そうじゃないよ!兵達を見て!敵も味方もみんなあの子に魅せられてるわ!」
唯「♪一、二、三、四!」
『ご・は・ん!!』オー!
唯「♪一、二、三、四!」
『ご・は・ん!!』オー!
幸「明らかに将器よ!ヘタに手を出したら、追い込まれるのは私たちだよ!」
晶「おい、まだか!」
いちご「……されば」カチャッ
幸「晶!あの城の者達は、昔から血で血を洗う無数の戦場で生き残った坂東武者の末裔なんだよ!親が討たれても子はその屍を越えて戦い続ける坂東武者の血が、兵から百姓の隅々にまで流れているのよ!!」
菖「(おぉ……幸がこんなにしゃべるなんて!)」
最終更新:2013年03月03日 21:23