私立桜ヶ丘高校。
 その一角にある今は使われていない教室に、数人の女子生徒が居た。

「う~ん……。困ったなぁ、部活に遅れたらまたあずにゃんに怒られちゃうよぅ……」

 一人の少女は気怠そうな面持ちで呟いた。
 眠たくなる授業を放課後のティータイムを楽しみたいが為に我慢してきた。
そしてようやくその授業が終わり、待ちに待った放課後と思った矢先にこの呼び出しだ。
彼女が嘆息するのも無理は無い。

「そっちの都合なんて知らないね。それよりも自分の身体の心配した方が良いんじゃないの?」

 頭髪を染めて制服を着崩した、リーダー格であろう女子生徒がそう言うと、堰を切ったかのように他の生徒が罵声を浴びせる。

「やだよぅ……。早くムギちゃんのお茶が飲みたいのに……」

 少女は眉を顰め、少し癖のある自身の茶髪を撫でる。

「そりゃ残念だな。アンタはこれから向こう一ヵ月は入院確定だから、暫くお茶は飲めないよ!」

 リーダー格の女子生徒が拳を振り上げた。
そしてそのまま無駄の無い動作で茶髪の少女の懐へと駆け込み、標的の顎を目掛けて振り抜いた。

 だが──。

「え?」

 ぱしんっ、と小気味が良い音が教室に鳴り響いた。
だがその音はリーダー格の女子生徒が茶髪の少女を殴った音ではない。
 それどころか、茶髪の少女はリーダー格の女子生徒の眼前から姿を消していた。
 だが標的が何処に行ったかなどと考える余裕など彼女には無かった。なぜなら……。

「よっし! 一分ジャストだね!」

 平沢 唯は教室の時計を確認すると満足げに言った。
屈託の無い彼女の笑顔は周囲の人間を朗らかな気持ちにさせてしまうものがある。
 だが、今この時点ではその笑顔は場違いなものだ。
 微笑む唯の足元には七人の女子生徒が横たわっており、それぞれ自力では立てないほどの重傷を負っている。
 両手両足をへし折られた者。
 顔面の原形が留められていない者。
 腹部を執拗に殴られ、自身の嘔吐物の上に顔を埋める者。

「よぅし! 部室に行くぞ~」

 唯は喜び勇んで教室の戸を開いた。
その先に居た人物を見て、一層大きな笑みを浮かべる。

「あ、澪ちゃ──」

 唯が何かを言いかけたが、それは一筋の閃きによってかき消された。
 直後に唯の頭上から鮮血が降り注ぎ、女子生徒が崩れ落ちた。

「おろ?」

 唯は数秒の間何が起きたか分からないといった表情をしていたが、胸を一文字に切り付けられた女子生徒と、自分の友人が抜刀した一振りの刀を見て状況を察した。

「全く……。常に油断はするなって言ってるだろ?」

「えへへ、ごめんなさい澪ちゃん」

 澪は唯のはにかんだ笑顔を見て嘆息した。
そして刀に血が着いていない事を確認すると、それを鞘に収める。

「この高校に来てから血には慣れたけど、好き好んで血を見たいわけじゃないんだからな? 次は助けないぞ」

「そっか、澪ちゃん刀に血が着くの嫌がるもんね~」

「まぁそういう精神的なものもあるけど、刀ってのはデリケートだからな。人の血や油は極力着けないようにしてるんだ」

 二人は肩を並べて廊下を歩く。
その姿だけを見ればごく普通の高校生活の中のごく普通の日常のワンシーンなのだが、二人の会話は女子高生が語るような内容ではなかった。

「でもでも、やっぱ澪ちゃんはスゴいよ! 今では切った相手の血すら刀に着かない、学校一の剣術使いじゃん!」

「ははっ、刀を振る事だけは馬鹿みたいにやってたからな。ベースも同じくらい上手くなれれば良いんだけど」

澪「それに私なんてまだまだだよ。同じ剣術使いでも和には遠く及ばない。居合いの速度なんて私が十年修行しても追いつけそうもないよ」

 澪は大きな溜め息をつくと、憂鬱そうな表情を浮かべた。

唯「私だって和ちゃんには敵わないよ。そんな後ろ向きにならないでムギちゃんのお茶飲んで元気出して!」

 唯は慌ててフォローし、既に目の前にある部室の扉を開いた。

「おーっす! 待ちくたびれたぞー」

 部室のソファーの上に寝転がった少女が片手を上げて言った。
 普段着けているカチューシャは外しており、外側に跳ねた茶髪にはソファーの後がくっきりと映っている。

唯「ごめんね~りっちゃん、なんか他のクラスの子に絡まれちゃった」

澪「律の方も何かあったんだろ?」

律「ん……、まーな」

 律は髪の毛をがしがしと掻いて面倒そうに肩を竦めた。

澪「どうした? 後引きそうな喧嘩じゃないだろうな」

律「ちげーって! もう餓鬼じゃないんだからいちいち世話焼くなよ。澪にバレるといつもこうだ」

澪「だったらもう少し上手く隠せよ。私だってわざわざ世話なんて焼きたくないよ」

 澪が何故律が喧嘩をしたと分かったのか、その理由は実に単純明快だ。
 律は喧嘩の際には必ずカチューシャを外す癖がある。
幼少時にはその隙を突かれて満身創痍の状況に陥る事もあったが、それでもその癖は直らなかった。
律のその癖を知っているのは今のところ澪だけなので、高校に入学してから今に至るまではその癖を突かれるという事は無くなったのだが。

澪「その癖直さないと、いつか酷い目に遭うぞ」

律「へいへーい、忠告ありがとうござんますぅ」

 律は再びソファーに横たわると、鞄を枕にして本格的に眠りに入った。

 律が寝静まってから数分ほどして、部室の扉が開いた。

「遅れてごめんね。吹奏楽部の人達に絡まれちゃった」

唯「あ、ムギちゃん! 今日のお菓子はなぁに~?」

紬「今日は卵の白身よ~」

唯「わぁい! いっぱい食べて力つけるぞ~」

 最早テンプレと化したそんなやり取りを終えると、唯はそそくさと自分の席に着いた。

澪「お菓子の事ばかりじゃないでムギの心配もしろよな。ムギ、怪我は無い?」

紬「大丈夫よ。全員一撃で仕留めたから」

 さらっと紬が言うと、口笛と共にさっすがムギちゃん! という声が部室に響く。

「遅れてごめん……なさ……い……」

 軽音部の部室の扉が再び開いた。
それとほぼ同時に小柄な体躯の少女が入口を跨いで倒れ伏した。

唯「あずにゃん!?」

澪「梓!」

 二人が慌てて梓に駆け寄る。
梓の小さな身体には無数の傷が出来ており、制服はところどころ破れていた。

唯「誰にやられたの!?」

梓「憂と別れた直後に……吹奏楽部の奴等に……」

 苦しそうに呻きつつ、それだけ言うと梓は意識を手放した。

唯「…………」

 唯は無言で梓の鞄を漁り、その中から二丁の拳銃を取り出した。
そしてマガジンを取り出して弾が入っていない事を確認すると、大きくうなだれた。

紬「許せない……」

 紬は血が滲むほどに拳を握り、壁を殴りつける。
コンクリートの壁が大きく陥没し、部屋が大きく揺れた。

澪「律、起きろ」

 澪は腰に差した刀を抜刀し、律の頭すれすれの部分に突き刺した。

律「うぉっ!? あぶねーなぁ!」

澪「梓が吹奏楽部の連中にやられた。さっさと仕返しに行くぞ」

 滑らかな動作で澪は刀を鞘に戻す。
だがそれよりも速く、律は軽音部の人間の誰にも察する事が出来ないスピードで部屋から出ていた。

澪「せっかちな奴だな……」

 床に落ちたカチューシャをブレザーのポケットにしまいつつ、澪は呆れたような笑みを浮かべた。

紬「私達も行こう!」
唯「うん!」

 紬が力強く鼓舞すると、それに呼応して唯が駆け出した。紬、澪とそれに続く。
 後に桜高の伝説となった物語は、ここから始まった。

 桜高の第一音楽室に轟音が鳴り響いた。
鍵が掛けられた扉は蹴破られ、見るも無残な姿になっている。

律「アテンションプリーズ、ちょっくらお邪魔するぜ」

 やったのは軽音部部長田井中 律。
その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいるが、いつもの明瞭快活な笑みではない。
不敵にほくそ笑み、獲物を物色する獣のような目をしていた。

「あら、軽音部の部長さんが何の用かしら?」

律「惚けたって無駄だぜ? ここに居る全員半殺し確定なんだかんな」

 一呼吸置いて律は叫んだ。

律「先ずは梓をやった奴から潰してやる! やった奴はさっさと名乗り出ろ!!」

 律の怒号に物怖じする事無く、三人の生徒がゆっくりと前に出た。
三人共に傲慢な笑みを浮かべており、咀嚼するように律を見つめていた。

「私達が──」

 その中の一人が何か言いかけたが、直後に床に倒れ伏した。

「え──」

 それに続けて両脇に立っていた女子生徒も何か言いかけるが倒れる。

律「三人だけか?」

 いつの間にか倒れた三人の上に立っていた律は凄みを効かせて部屋中を一瞥した。
 一人を除いて全員が焦燥しきっており、最早闘う意識など無い事は一目瞭然だ。

「流石は田井中さんね。伊達に軽音部最速を名乗っているわけじゃないみたいね」

 軽音部最速。
 神風。
 それが律の異名だ。
彼女の戦闘におけるスピードは常人のそれを遥かに凌駕しており、生半可な動体視力では彼女の動作を視覚する事すら叶わない。
 一つ踏み出せば山を飛び越し、二つ踏み出せば空を衝く。
 桜高の序列ランカーとして名を連ねる彼女の強さの全てはそのスピードにある。

律「アンタが部長だな? 悪いけど吹奏楽部は今日で廃部だから」

「それはこっちの台詞よ。たとえあなたが神風と呼ばれていても、この総員三十二名の壁をあなた一人で破れるかしら?」

唯「りっちゃんだけじゃないよ!」

律「唯、皆……。遅いんだよ、もう始めてるぞ?」

澪「皆がお前のスピードに合わせられるわけじゃないんだよ。大体お前とスピード勝負が出来る人間なんてこの学校に五人もいないぞ?」

 澪は呆れながら腰に差した刀の柄に手をかけた。
そして部屋の中を一瞥する。

澪「なんだ、全員退け腰じゃないか。早く終わらせて練習するぞ」

唯「ティータイムが先だよ!」

紬「あらあら」

 三人が戦いを始めたのはほぼ同時だった。

澪「はっ!」

 澪は踏み込みと共に長刀を抜刀した。
律の最速と負けず劣らずと言える居合い斬りはその範囲に居た生徒を巻込み、蹂躙する。

澪「梓の敵は討たせてもらうからな!」

 刀を振り抜いた腕をそのまま振り翳し、袈裟斬りを仕掛ける。
最初の居合いの際に切った生徒の奥に居た生徒も斬り捨てられた。

「させないわよ!」

 背後から振り降ろされた拳を紙一重で躱すと、澪は心の中で舌打ちした。

澪(くっ……人が多過ぎるな……)

 澪がそう思うのも無理は無い。
本来澪の戦闘スタイルは不特定多数を相手にするよりも一対一の決闘を想定したスタイルだからだ。

 自身が動き回り、場を撹乱するタイプの律とは違って、彼女は腰を据えて相手を迎え討つスタイルを好んだ。
否、そうせざるを得なかったのだ。
 身体能力自体は他の軽音部員と較べて劣る澪に律のような闘い方は出来ない。
それは彼女自身が一番理解していた。
 だが相手の動作を見切る天性の動体視力と日頃の鍛練によって培ってきた剣術。
それらを駆使して澪は防御型の戦闘スタイルを手に入れた。
 彼女の居合いの範囲内は言わば越えられない壁。
 それが秋山 澪が鉄壁と呼ばれる所以だ。

澪「くっ……間に合わない!」

 執拗に背後から攻撃を仕掛けてくる吹奏楽部員達相手に根負けしたのか、澪はがくりと体勢を崩した。

紬「澪ちゃん危ない!」

 紬が澪の背後で跳躍して襲いかからんとしていた生徒を殴り飛ばした。
殴られた生徒は壁に叩き付けられ、力無く床に崩れ落ちる。

澪「ありがとう、助かったよ」

紬「いえいえ、澪ちゃんの背中は私が守るわ」

 朗らかな笑顔で言いつつも、紬は眼前で襲い来る生徒の頭を掴み、力任せに床に叩き付けた。
叩き付けられた生徒はびくりと跳ね、血の泡を吹く。

 紬の戦闘スタイルはその上品さ漂う容姿とは裏腹に、パワーに物を言わせる豪快なスタイルだ。
 彼女は生まれつき力が強かった。
クラスで腕相撲大会なんかがあれば男子生徒を抑えてのトップだったし、酷い時は相手の腕をへし折る事すらあった。
 それに加えて彼女の両親は彼女が幼少の頃から戦闘における英才教育をしていた。
 全国から選りすぐりの格闘のプロを集め、様々な格闘技を紬に叩き込んだ。
 彼女と力で勝負出来るとすればそれこそ人外たる鬼しかいないだろう。そう囁かれていた。
 それが琴吹 紬が鬼殺しと呼ばれる所以だ。

唯「よぅし、私も暴れるよ~!」

 唯は自身を鼓舞すると手始めに一番近くに居た生徒の頭を掴んだ。

唯「そぉい!」

 そしてそのまま跳躍し、鼻に膝蹴りを当てる。
立て続けに空いている片手で鼻を殴り、空中で器用に掴んだ頭を軸にして回転すると、踵を鼻に捩じ込んだ。

「ぶふぇっ」

 何とも間抜けな声を漏らしながら生徒は膝を折った。
鼻はプレス機にかけたかのようにぺしゃんこに潰れており、人体の再生力を以てしても復元は不可能なのではと思わせる。

唯「手始めにオーバードライブだよ~。死にそうな人はしっかり避けてね!」

 とんとん、と軽く足踏みをして、唯は紬と同じように襲い来る生徒を掴んで床に叩き付けた。
だが彼女はそれだけでは留まらない。
既に満身創痍であろうその生徒を再び掴み上げるとまた叩き付ける。
 二、三度それを繰り返して、女子生徒が舌を出して失神している事を確認すると、唯はぱっくりと割れて鮮血が滲んでいる頭部を踏み付けた。

唯「うん! 今日も調子良いよ~。次はリバーブで行こうかな?」

 再びとんとん、と足踏みをすると、唯はその場でゆらゆらと揺れ始めた。
周りの生徒達は何がなんだか分からないとでも言いたげな顔をしている。

 直後に唯は近くに居た生徒の懐に潜り込み、胸に掌底を捩じ込んだ。

「っ!?」

 自身に襲い来る理不尽な痛みの波に、力無い女子生徒は呻き声を上げる事すら出来なかった。

唯「まだまだ~!」

 執拗に同じ所に掌底を捩じ込む。
その度に標的の身体がびくりと跳ねている事など、今の唯には見えていなかった。

「目茶苦茶だわ……」

「勝てないよ、こんなの……」

 そんな絶望に満ちた声が行き交う中で、唯だけが満面の笑みを浮かべていた。

唯「よ~し! 次はどれにしよっかな~。ブースター? ワウペダル? それともトレモロ?」

 平沢 唯の戦闘スタイルはかなり珍しい。
というよりこれを彼女以外に真似出来る者など世界中探しても居ないだろう。
 神に与えられた天性の運動能力と渇いたスポンジが水を吸い込むかの如く、新しい知識を次々に取り入れる柔軟な思考。
彼女の戦闘スタイルは、そんな天性の才能の集大成だ。

唯「なんでも良いや、皆まとめてかかってきなよ!」

 エフェクターの名を冠した無数の戦闘スタイルを自己暗示によって使い分け、人体で一番繊細な部分を的確に、執拗に破壊し尽くす。
 それが平沢 唯が羅刹と呼ばれる所以だ。


 『神風』田井中 律。
 『鉄壁』秋山 澪。
 『鬼殺し』琴吹 紬。
 『羅刹』平沢 唯。
 『射手』中野 梓。
 総員五名の小さな部がこの学校の縄張り争いにおいて未だに生き残っているのは、彼女ら全員が洗練された武力を秘めているからである。
 そんな一騎当千の軽音部員の内四人が徒党を組んで蹂躙せんとしている吹奏楽部が壊滅寸前に陥るのに時間はかからなかった。

唯「あとは部長さんだけだね」

律「覚悟は出来てんだろうなぁ?」

 部長以外の吹奏楽部員は皆重傷を負って倒れ伏している。

「こんな……こと……」

 吹奏楽部長の額を嫌な汗が伝った。

「くっ……私には荷が重過ぎたみたいね。今日のところは撤退させてもらうわ」

律「逃がすと思ってんのかぁ?」

 律はにやりと笑って腰を落とした。
その気になれば一秒と経たない内に部長の首を刈る事が出来るだろう。

「出来るわよ。負けた時の逃げ道くらいは確保してるわ」

 部長は額を伝う汗を手の甲で拭い、ブレザーのポケットからリモコンを取り出した。

澪「……っ!」

 澪は軽音部員の中の誰よりも速く、そのリモコンが何のリモコンなのかを悟った。
だが既に遅過ぎた。
部長の指は既にボタンに触れており、そしてあるモノを起動させた。

 少し遅れて第一音楽室のクーラーから埃っぽい風が放出された。

唯「え? これって……」

 唯は自分の身体を蝕む倦怠感に耐え兼ね、崩れるように膝を折った。

律「唯!?」

 軽音部最速の律がその一瞬だけ、部長から目を離した。
ほんの一瞬だ。だがその一瞬の間に吹奏楽部長は窓を叩き割り、外へと身を投げ出していた。

律「くそっ! 罠か……」

紬「まさかクーラーを入れるなんて……。でも何で最初から点けてなかったのかしら?」

 天性の戦闘能力を持つ平沢 唯だが、彼女には致命的な弱点がある。
 幼少の頃からクーラーが苦手だった唯はクーラーが効いた部屋の中では戦う事はおろか、まともに立っている事すら出来ないのだ。

澪「なるほどな……」

 澪は吹奏楽部長が何を思ってクーラーを点けていなかったかを理解した。

澪「最初からクーラーを点けていれば私達は最初から唯を戦力として数えていなかった筈だ。つまりさっきの律の隙は最初からこの環境を作っていたら生まれてなかった」

律「私が悪いってのか?」

澪「怒るなよ、そんな事言ってないだろ? よくよく考えればあいつがクーラーのリモコンを取り出した時点で直ぐに気付くべきだった。私達全員のミスだよ」

 逃亡の手段はあくまで逃亡の為だけに使う。
今回の戦いはある意味、吹奏楽部長に軍配が上がったとも言えるだろう。

梓「もう終わったんですか……。相変わらず手が早いですね」

唯「あずにゃん!」

 苦虫を噛み潰したような顔をしていた軽音部員達だったが、背後からした梓の声を聞いて表情が変わる。

紬「怪我はもう大丈夫なの?」

梓「ええ、やられたのもマガジンから弾を抜かれていて焦ったせいですし、大した連中じゃなかったですから」

 梓は少しふらつきながらも、割れた窓ガラスのところまで歩いた。

律「無理すんなよ」

梓「もう大丈夫ですよ。それに皆さんが闘ってるのに私だけ寝てるなんて出来ません」

 梓は抱えたボストンバッグの中から黒光りする何かの部品を取り出すと、目にも止まらぬ速さでそれを組み立ててゆく。

 幾つもの部品はものの三十秒ほどで一つの形を成した。

梓「さっき吹奏楽部の部長が逃げていくのを見ました。どうやら私の出番みたいですね」

 割れたガラスから外にスナイパーライフルの銃口を突き出し、梓はそのまま躊躇無く引き金を引いた。
 放たれた弾は音もなく、だが確かに逃げる部長を狩らんと直進し──。

「がはっ!?」

 部長の足を撃ち抜いた。

梓「終わりですね。腱の部分を撃ちました、暫くは満足に歩けないでしょう」

 梓は事もなさげにそう呟くと、ライフルを組み立ての半分の時間で分解してバッグに収納した。

澪「やっぱり梓は頼りになるな。その調子でしっかり鍛練してくれよ?」

梓「あはは、大丈夫ですよ。律先輩じゃないんだから」

律「なにおう!?」

紬「まぁまぁまぁまぁ」

 戦いの時の修羅場のような空気は既にこの空間からは消え失せており、軽音部の皆が和気藹々と談笑を始めた。そんな中で……。

唯「みんな~、早く戻ろうよ~。このままじゃ私体調崩しちゃうよ~」

 唯だけがあからさまに不機嫌そうな顔をして皆に訴える。
それもその筈だ。
常人よりもクーラーが苦手なのにそのクーラーがばっちり効いている部屋の中で放置されていたのだ。
機嫌が悪くなるのも頷ける。

澪「やっぱり梓は頼りになるな。その調子でしっかり鍛練してくれよ?」

梓「あはは、大丈夫ですよ。律先輩じゃないんだから」

律「なにおう!?」

紬「まぁまぁまぁまぁ」

 戦いの時の修羅場のような空気は既にこの空間からは消え失せており、軽音部の皆が和気藹々と談笑を始めた。そんな中で……。

唯「みんな~、早く戻ろうよ~。このままじゃ私体調崩しちゃうよ~」

 唯だけがあからさまに不機嫌そうな顔をして皆に訴える。
それもその筈だ。
常人よりもクーラーが苦手なのにそのクーラーがばっちり効いている部屋の中で放置されていたのだ。
機嫌が悪くなるのも頷ける。

律「そうだなー、そろそろ戻るか。さっさとティータイムといこうぜ」

澪「練習が先だ!」

梓「今日は練習は後が良いですね……」

紬「じゃあ決まりね!」

唯「早く~」

 五人は肩を並べて意気揚々と第一音楽室を後にした。
今までの戦いを終始観察されていたとも知らずに。

「どう思う? エリ」

「やっぱり要注意人物だね。特に平沢さんは」

 エリと呼ばれた少女は持っていたコーラを飲み干すと、それを外を見ずに窓から外へと放り投げた。
コーラの缶は外に設置されていたゴミ箱の中へと吸い込まれてゆく。

「それは平沢さんの妹も含めて、かな?」

「アカネ、もしかして死にたいの? 平沢 憂の名前をあの娘の身内以外が語るなんて自殺行為だよ」

「まさか。でもあの娘は帰宅部よ? 放課後のこの時間に校舎の最上階の空き教室に来るわけないじゃない」

 アカネと呼ばれた少女は両手を組んで伸びをすると、座っていた机から飛び降りた。
直後に彼女が座っていた机は真っ二つに割れた。

エリ「最注意人物、とは言ったけどどうやって軽音部を潰そうかな、何か良い考えはある?」

アカネ「無きにしも非ずってとこかな。どっちにしても私達みたいな力の弱い人間は慎重に動かなきゃ」

エリ「それこそ姫子や信代みたいに強ければこんなに悩まなくても済むのにね」

 エリはそう言うとやや自嘲気味な溜め息を零した。

アカネ「トップランカーの娘達と私達を較べる事自体ナンセンスでしょ。それに彼女達でさえ真鍋さんや平沢 憂には敵わないんだし」

 アカネは教室の中心でくるりと一回転し、エリへと向き直って笑みを浮かべた。

アカネ「でも、弱い人間にはそれなりの戦い方があるしね」

 アカネの顔を窓から差す夕日が妖しく照らした。

 吹奏楽部と軽音部の戦いから一週間が経った。
 深夜二時の生徒会室にて、赤縁の眼鏡をかけた少女がパソコンのディスプレイを眺めている。
 ぱっと見た限りでは大人しそうな普通の女子高生にしか見えないが、彼女こそが桜ヶ丘高校の生徒会長にして桜高における生徒序列のナンバーツー。
『女帝』真鍋 和である。

和「ふぅん……。幾つかの部が不穏な動きを見せてるみたいね」

 生徒会の権限を使って警告するべきか否か、数分の間彼女はパソコンのディスプレイを睨んでいたが、そこで考える事を止めた。

和「数は十人とちょっと……か」

 和は脇に立て掛けておいた刀を手に取ると、大きく溜め息をついた。

和「出てらっしゃい。そこにいるのは分かってるのよ」

 和が言うが返ってくるのは静寂のみ。
暫くの間和は椅子の腰掛けに深く身を委ね、天井を仰いでいた。
 和が席を立とうとしたその時、事態は急変する。

和「っ!」

 部屋の扉、窓、天井。
あらゆる侵入経路から得物を携えた生徒が飛び出してきた。
その数は十三人。普通の人間ならば慌てふためく状況だが、和は一瞬だけ眉を顰めるだけだった。

和「馬鹿な子達ね」

 ぽつりと和が呟くと同時に彼女の首を刈らんとしていた生徒達は皆、鮮血を噴き出しながら崩れ落ちた。

和「私が刀を抜刀して十三回振るうまでの間に、貴女達が私の所まで辿り着けるとでも思ったの?」

 和の質問に答える者は居ない。
答えるべき人間は皆赤い花を咲かせて倒れ伏している。

和「ふふ、私ったら誰に聞いてるのかしら」

 和は少しだけ口元を緩め、机に置いてあった缶コーヒーの残りを一気に飲み干した。

和「これは用心しておいた方が良いかもね」

 和は誰に言うでもなく呟き、生徒会室を後にした。
 どす黒い赤色に染まった生徒会室に扉が閉まる音が響き、割れた窓からは強い風が吹き付けた。


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