桜高トップランカー達の血で血を洗う凄惨な戦いから一週間が経った。
その間学校は復旧工事の為、休校となっていた。
律「……何だかなぁ」
授業が再開されて初日の朝。
柄にもなく早い時間から登校した律は恥じらいも無く机の上に足を置き、椅子に深く身を預けて窓の外を眺めていた。
あれから律達はさわ子に半ば強制的に病院に搬送され、臨時休暇の大半をそこで過ごした。
学校が恋しくなってはいたものの、唯が居ない今の環境では胸の蟠りも取れそうにない。
そんなネガティブな感情から、律は大きく溜め息をついた。
紬「おはよう、りっちゃん」
いつの間にやら教室に居た紬は机に置かれた律の足を窘めるようにはたく。
律「ムギか、おはよ……」
律はやや伏し目がちに挨拶を返す。
それとは対照的に紬の表情は、見ている方が和むほどに朗らかだ。
紬「……落ち込む気持ちも分かるけど、元気出していきましょ?」
紬はそっと律の頭を撫で、両手で握り拳を作るとガッツポーズを取った。
律「ははっ……。ムギは強いなぁ、私も見習うとするよ」
そんなムギの様子を見て、律は苦笑いを浮かべる。
紬「ふふっ、今日は元気が出るようにおから炒めを持ってきたの。放課後皆で食べましょ」
律「皆、か……」
律は教室を一瞥し、普段ならこの時間には自分の隣に居るであろう二人を思い浮かべた。
唯はいちごに拉致され、生死不明の状態。
澪は幸いにも吹き飛んだ体育館の瓦礫の中から発見され、相応の治療を受けて一命を取り留めた。
律は後にさわ子から聞いた話で、澪がしずかに敗北した事を知っていた。
それもあって澪の精神面を気遣い、今日は澪と一緒に登校しなかったのだ。
律「唯は勿論心配だけど、澪、それに和と鈴木さんの具合も心配だな……」
紬「うん……。私や梓ちゃんの傷は浅かったけど、あの二人は重傷だったもんね」
和と純の二人は誰よりも優先して病院に搬送され、緊急手術を受けた。
だが容態は芳しくなく、未だに面会謝絶状態で入院している。
その『絶対の彼方』を越えた二人さえも叩き潰した憂はあの日以来、家から一歩も外に出ていない。
律「憂ちゃんが一番ショックなんだろうな……。唯を奪われて、いくら頭に血が昇ってたって言っても、幼馴染みと友達を自分で潰したんだから」
紬「…………」
紬は押し黙り、俯く。
律「勿論ムギも、だけどな。家の方は大丈夫なのか?」
紬「……ええ。会社が解体されたと言っても破産したわけじゃないから。それなりの蓄えはあるみたい」
それなりの蓄えとは言ったものの、少なくとも律の両親が一生かかっても稼げない程の金は持っている。
律「……さわちゃんが許してくれさえすればなぁ。今直ぐにでも唯を取り返しに行くのに……」
紬「そうね……」
この混乱した状況の中でさわ子が下した判断は停滞だった。
今の律達の力量では仮にいちごに挑んだところで『沼』に飲まれる。
そう判断しての苦渋の決断だった。
律「どっちにしても。今回の件で自分の不甲斐無さを思い知らされたよ、当面の課題は一つ、だな」
紬「先生に認めてもらえるように強くなる、ね?」
気丈に振る舞って笑う二人だが、その表情の中には深く刻まれた哀しみが見え隠れしていた。
梓「くっ……!」
街の外れにある廃工場にて、梓は銃を乱射していた。
建物の中は硝煙の香りが漂っており、あちらこちらに空薬莢が散らばっている。
壁のあちらこちらに描かれた丸形の的には無数の弾痕が刻まれていた。
梓「こんなんじゃ駄目です……。もっと、もっと強くならないと……!」
くたびれた普段着のパーカーのポケットから予備の弾薬を取り出し、滑らかな動作でセットする。
梓「はっ!」
両腕を突き出し、二つの銃を発砲する。
二つの弾は軌道を重ね、そのベクトルを変え、梓の両脇にある二つの的の中心にめり込んだ。
律達が運ばれた病院の一室の扉が開いた。
ドアの表札には
立花 姫子と書かれており、面会謝絶の札が掛けられている。
にも関わらず堂々と部屋の中に入り込んだのは、一人の少女だった。
艶のある漆黒の髪を揺らし、細身のデニムに紫のパーカーという身形。
目深に被った帽子が少女の顔を隠していた。
「…………」
部屋の主である立花 姫子はベッドの上で安らかに眠っていた。
身体中に取り付けられた夥しい量の管とその美しい寝顔は、死にゆく眠り姫を連想させる。
部屋に入り込んだ少女は姫子の顔を見下ろし、歯を食いしばった。
少女の胸の中で殺意が蠢いた。
震える手で腰に差した刀を抜刀し、鈍色に輝く刀身をそっと姫子の首に押し当てた。
「止めなさい、澪」
背後から聞こえた自分を呼ぶ声に驚き、澪は慌てて振り返る。
澪「和…………」
そこには車椅子に座り、点滴を腕に刺した和がいた。
普段かけている眼鏡は外しており、短めの髪の毛は無造作に跳ねている。
和「それだけは絶対にやっちゃ駄目よ。自分の弱さから逃げて人に当たるのは、愚図がする事」
普段の和からは想像もつかないようなずぼらな身形だが、そう言った和の眼光は澪の胸を針の筵のように貫いていた。
澪「……そんな身体で私を止めるつもりか?」
和「あら、見くびらないでくれる? アンタが相手なら目隠しして両腕を縛っても一秒以内をケリをつけられるけど」
和のそれは誇張表現などではない。
澪自身それを重々理解していた。
だがそれでも澪は抵抗せずにはいられなかった。
軽音部の中で一人だけ、敵前逃亡した挙げ句打ちのめされた自分の不甲斐無さを払拭するには、何か行動を起こさずにはいられなかったのだ。
澪「言ってろ」
澪が刀の柄を握る手に力を込めようとしたその時、甲高い音を立てて刀は澪の手から離れた。
和「お願いだから手間をかけさせないでくれるかしら? こっちはまだ病み上がりで面会謝絶も解けてないのに」
和の手には桜の花びらがあしらわれた刀が握られていた。
やはり自分は和の足元にすら及ばない。
それを痛い程に痛感した澪は床に手を当て、俯いた。
澪「……唯がさらわれた時に私は何をしてたと思う? 無様に床に這いつくばってたんだ!!」
声は次第に震えてゆく。澪はリノリウムの床を殴り付けた。
澪「なぁ……私はどうしたら良い? 教えてよ! このままじゃ気が狂っちゃいそうだよ!!」
和「…………」
澪の悲痛の叫びを和は黙って聞いていた。
時折相槌をうちながら聞くその姿勢は、実年齢よりも遥かに大人びたまるで母親のような暖かみを持っている。
澪「うっ……。ひぐっ……」
和は澪が負けたという情報は既に知っていた。
自分の身体が完治すれば発破をかけてやろうと思っていた和だが、そのプランを早める事にする。
和「強くなる事は良い事ばかりじゃないわ。時には恐れられ、軽蔑される」
澪「…………」
和は周りが今まで自分に向けてきていた視線の色を思い返した。
和「アンタには才能がある。もしその覚悟があるのなら連れて行ってあげるわよ? 『絶対の彼方』に」
澪は両目を閉じ、無言で頷いた。
純「よっ……とと……。随分鈍ってるなぁ」
純は病院の屋上の手摺の上を逆立ちで往復していた。
一歩間違えれば即死であるその状況で、純は物怖じもせずに飄々としている。
純「あーきた!」
両手に力を込め、腕の力だけで跳躍する。
空中でくるりと一回転すると、両足でしっかりと着地した。
「鈴木さん! あなたまだ重体なんですよ!! 早く部屋に戻って下さい!」
シーツを干しに来た看護婦に注意され、純はぺろりと舌を出して会釈した。
純(さて、と。退院したら、私もそろそろ立場を固めないとね……)
一瞬だけ柄にもなく険しい顔をして、純はその場を後にした。
澪と和の諍いから三日が経った。
あれ以来一度も学校に行っていない澪は、その重い腰を上げて和が指定した場所に来ていた。
澪「まだかな……」
腰に差した刀の鞘を弄りながら澪は呟く。
『三日後の正午にアンタ達のいきつけの喫茶店に行きなさい。そこにアンタを強くしてくれる人が来るから』
どうにも含みがある漠然とした物言いだったが、今の澪はそれにすら縋りたくなるような心境だった。
胸を圧迫するざわめきをかき消すように、テーブルに置かれた既に冷めてしまったレモンティーを飲み干す。
「ごめんなさい。待たせちゃった?」
声の主を見て、澪は思わず口に含んだレモンティーを噴き出しそうになった。
すんでのところでそれを堪え、平静を装って返事を返す。
澪「曽我部先輩……。何であなたが? 大学は大丈夫なんですか?」
「ふふっ、他ならぬ秋山さんの頼みだもの。そんな事気にしなくても良いのよ?」
そう言うと曽我部 恵は栗色の長い髪をさっ、と払って微笑んだ。
八十四代桜高生徒序列ナンバーツー。『絶対領域』曽我部 恵。
去年の桜高生徒序列において
平沢 憂を負かす事は出来なかったものの、
真鍋 和を差し置いてナンバーツーの地位を欲しいままにした猛者だ。
恵「早速本題に入っても良いんだけど……。ここでお昼食べちゃおっか。あなたもお昼まだでしょ?」
澪「あ、はい……」
澪は手渡されたメニューをおずおずと受け取り、自分の手持ちを考慮してなるべく安いものを探す。
恵「ここは私が持つから好きなの頼んで良いよ。あ、このトルコライスなんて美味しそうじゃない?」
澪「そんな……悪いですよ。折角遠路はるばる来てもらって、その上お昼まで奢ってもらうなんて──」
そこまで言いかけたところで恵は澪の唇に指を添えた。
そしていたずらな表情でウインクする。
恵「だから遠慮しなくても良いの。 私、まだ秋山さんのファンなんだから」
澪「ふぁ、ふぁんって……」
澪は顔を赤らめて俯く。
だが澪はここで気付いた。
いつの間にか自分の胸の中の蟠りが薄れている事に。
澪「……流石ですね」
澪には恵の凜とした容姿に似合わない茶目っ気溢れる笑顔がやけに眩しく思えた。
恵「これでも元生徒会長ですから」
平沢さんの妹には勝てなかったけどね、と付け加えて、恵は舌を出して微笑んだ。
それから二人は食事を注文し、他愛ない会話をしつつ一時間ほど時間を潰した。
そして喫茶店を出てからある場所へと向かう。
澪「ここは……?」
恵「私の親戚が営む道場よ。しばらく貸し切りにしてくれるらしいから」
桜高から歩いて十数分ほどの距離の古風な道場。
澪は促されるまま恵に着いてゆき、稽古場に入った。
扉を開けるとい草の香りが澪の鼻を突き抜ける。
壁や柱などは質素な造りでありながらも手入れが行き届いており、師範の人格が伺える。
恵「靴下は脱いでおいてね。それと畳に上がる時はちゃんと一礼すること」
澪「は……はい」
ぎこちない動作で一礼し、澪は靴下と上着を脱いで畳の上に上がった。
不思議と穏やかな何かに身を包まれるような錯覚に陥る。
澪「…………」
腰に差した刀に手をかけ、目を瞑って感覚を研ぎ澄ます。
自ずと瞼の奥の世界が見えてくるような気がした。
澪「っ!」
身体の真横に大気の乱れを感じ、澪は即座に抜刀した。
刀同士が鍔競り合う甲高い金属音を聞いて目を開ける。
恵「なかなかね。反応の速さも抜刀時の身のこなしも申し分ないわ。日頃の鍛練を怠っていない証拠ね」
人の良さそうな笑みを浮かべ、恵は抜刀した模造刀を鞘に納めた。
恵「序列は八、九位ってとこかな。剣術使いの中じゃああの子の次に強いんじゃない?」
あの子、が和の事を差すのだと理解し、澪は顔を伏せた。
澪「……序列は十二位だったけど、この間二十位代の人に負けて今は十三位です。それに、和以外にももう一人上が……」
澪は『辻斬り』と呼ばれ名を馳せるもう一人の剣術使いトップランカーを思い浮かべた。
彼女が純の手によってあっけなく打ちのめされた事を澪は知らない。
澪「和は私には才能があると言ってました。『絶対の彼方』生徒序列トップスリーに立つ事なんて……私に出来るんでしょうか」
澪は拳を震わせる。
恵「……今のままじゃあ無理ね」
恵が澪にかけた言葉は安い同情などではなく、辛辣な事実だった。
澪「やっぱり……そうで──」
恵「『絶対の彼方』の概念を誤認している今のあなたでは、という意味よ」
澪の言葉を途中で遮り、恵はぴしゃりと言い放つ。
恵「越えたくても越えられない。自分が人間である限り越える事すら馬鹿らしくなるような壁。ふふっ、私に言わせれば荒唐無稽な話も良いとこよ」
ずばり『絶対の彼方』の意味をそう解釈していた澪は、心臓が跳ね上がる感覚を味わった。
澪「どういう事ですか?」
恵「簡単な事よ。私のように『絶対の彼方』を越えた者とそうじゃない者では、『絶対の彼方』に対する認識に大きな違いがあるという事」
恵の説明は酷く抽象的で、焦らされるような語り口調だった。
恵「私達は『絶対の彼方』を越えた者を『闘気』のコントロールが出来る者と認識しているわ」
澪「闘気……?」
恵「そ、闘気」
恵はほくそ笑みつつ、右手の人指し指の長い爪で左の掌の薄皮を刺した。
そうしてうっすらと滲んできた血を澪に見せつける。
澪「…………」
未だに心の奥で眠る血への恐怖心がざわめき、澪は眉を顰めた。
恵「目を逸しちゃ駄目」
恵は澪の顎に手を添え、更に掌を近付ける。
澪「ひっ……」
思わず身を引こうとした澪だが、がっちりと顎を掴まれてそれもままならない。
恵「闘気とは身体を流れる生命エネルギー。車でいうガソリンのようなものなの」
そっと手を離し、恵は続ける。
恵「つまり闘気自体は誰にでもある。でもそれを自在にコントロールするには才能と強靱な精神が必要なのよね」
澪「…………」
澪は自分の胸に手を添えた。
脈打つ心臓の鼓動が、自分の身体に宿った力を連想させた。
恵「強靱な精神、特にこれが重要なの。闘気はあって当然のものだから、それの存在に気付く事すら難しいんだ。だから……」
恵は一度澪に背を向けた。
そして振り向きざまに神速の抜刀を放つ。
澪の観察眼でも捉えきれないその動きは芸術品の如く洗練されていた。
恵「うふふっ、一回死んじゃったね」
澪「っ……」
ぺろりと舌を出して微笑む恵だが、澪の首に突き付けた模造刀は澪の恐怖心を駆り立てた。
恵「限り無く『死』に近い環境に身を起き、『生』に宿る力を見出だす。今から日付が変わるまでの間、あなたには私の闘気を受け続けてもらうよ」
言い終えて恵は顔つきを険しくした。
その直後に道場全体を澱んだ空気が包む。
大気が震え、窓はかたかたと音を立てている。
澪「うっ……」
澪は思わず目を見開いた。
恵の背後で、煙のようにぼんやりとした姿の獅子が吠えている。
全身に流れる汗の一粒一粒、息遣い、心臓の鼓動。
それら全てを咀嚼するように見つめられている感覚が、澪を恐怖の底へ叩き込んだ。
恵「一秒でも早く逃げたいでしょ? でも、私の『絶対領域』は確実にあなたを強くしてくれるわ」
鬼すら逃げ出す強大な力の絶対領域の中で、澪の孤独な戦いは始まった。
桜高のテニス部部室はひたすらに荒れていた。
床にはビールの缶が散らばっており、煙草の煙が充満している。
「皿が満タンじゃん。吸い殻捨てといてよ」
「でもゴミ箱も溢れかえってんだけどー」
「きゃはははっ、んなもん外に捨てときゃ良いじゃん。今はあのうざったい生徒会長も居ないんだしさ」
部屋の中では数人の生徒が酒盛りをしている。
弱小部であるテニス部は桜高の絶妙な均衡を保っていた和という楔を失い、瞬く間に不良生徒に乗っ取られた。
その結果がこの荒んだ環境である。
「しっかし部長さんのあの時の顔ったら、今思い出してもウケるんですけどー」
派手な化粧をした生徒がけらけらと笑う。
「お願いだから後輩達には手を出さないで下さい! ってね。真っ裸にひん剥かれて何言ってんだっつーの!」
部屋の奥に座っていたきつめの顔立ちの生徒がそう言うと、部室内がどっと沸いた。
「そういやあれから下級生共はどうしたの?」
「あぁあれ? 見てくれが良い奴はオッサンに売っ払ったよ。今頃ヒーヒー言ってんじゃない?」
きつい顔立ちの生徒は財布の中から万札の束を取り出し、首元を扇ぐ。
「さっすがだねぇ! そのお金で呑み行こうよ」
灰皿の処理を任された生徒が部室のドアに手をかけた。その時……。
「え?」
ドアが大きな音を立てて盛大にふき飛んだ。
ドアは部屋の奥の窓にぶち当たり、硝子を打ち砕く。
ドアを開けようとしていた生徒はそれに巻き込まれ、身体のあちこちの骨を砕かれ、倒れ伏す。
部室内は瞬く間に悲鳴で埋め尽くされた。
純「ちわー、三河屋でぇっす」
扉の奥に居たのは純だった。
右手には購買で絶大な人気を誇るゴールデンチョコパンを、左手にはパックのフルーツオレを持っている。
「……アンタ、どこの部だよ。こんな事して五体満足で帰れると思ってんのか?」
きつい顔立ちの生徒が重い腰を上げ、咥えていた煙草を吐き捨てた。
純「…………」
「だんまりかよ。ビビるぐらいならハナッからこんな事すんじゃねーよ!」
派手な化粧をした生徒が純の顔面目掛けて蹴りを放った。
一寸の迷いも無い実直かつ協力な蹴りは、純の顔面に吸い込まれるように綺麗に決まった。
「え……?」
だが純の身体はびくともしない。
それどころかその足を軽く払い、何事も無かったかのようにゴールデンチョコパンを囓る。
純「はぁ……煙草臭いなぁ。あの人いつも一人でこんな仕事やってたのかぁ」
気怠そうな面持ちのままパンを口に咥え、純は蹴りを放ってきた生徒の胸目掛けて掌底を放った。
生徒は咄嗟にそれをガードするが、純の一撃は針の穴を通すように繊細なコントロールでガードを隙間を縫い、胸に突き刺さる。
「ひでぶっ……!」
そのまま部室の壁に叩き付けられた生徒は苦痛に胸を抑え、滝のような汗を流し出した。
純「安静にしてないと死んじゃいますよ。多分今ので心臓おかしくなっちゃってますから」
純はそう言ってゴールデンチョコパンの最後の一欠片を頬張り、フルーツオレで流し込む。
「アンタ早死にしたいの? 私の序列は五十位なんだけど、知ってた?」
部室の奥のきつめの顔立ちの生徒がせせら笑いながら純に問い掛ける。
桜高生徒序列において上位五十位に入っているという事は、一般では例外無く一騎当千の実力を持っている。
その事実に絶対的な自身を持っていての行動だろう。
きつめの顔立ちの生徒は完全に純を格下と見なしていた。
純「五十位かぁ……。そりゃ凄いや」
純は呆れたように溜め息をつき、悠然と部室内に割って入る。
そして序列五十位の生徒の真正面に立った。
純「何が凄いって……」
手に持っていたフルーツオレを生徒の頭上で逆さにする。
液体は重力に逆らわずに盛大にぶち撒けられた。
「なっ……!?」
純「そんな順位で偉そうな態度をとれる事に感心しますよ」
その時純の真後ろで二人の生徒が飛び掛からんとしていた。
純は振り向かずにその二人の頭を掴み、そのまま床に叩き込む。
砕け散ったコンクリートの床から血の噴水がわき出る。
純「ほい。後はあなただけですよ、どうするんですか?」
「う、嘘でしょ……? アンタまさか……トップランカー!?」
きつめの顔立ちの生徒は純を掻い潜って逃げようにも、腰が竦んで動けなかった。
純「私が何位だろうと関係無いじゃないですか。私はあなたより強い、それだけですよ」
純はがくがくと身を震わせる生徒の髪の毛を掴み上げ、顔面に重い突きを捩じ込んだ。
純「まぁ力に数字をつける下らない思考のあなたじゃあ、私の次元に辿り着くのは無理ですよねー」
へらへら笑いながら機械のように生徒の顔面に拳を捩じ込む。
その度に血が吹き出て、純の手が真っ赤に染まる。
純「痛いですか? その顔じゃあもう整形しても戻らないでしょうね。でもあなたに売られた子達はもっと痛かったんですよ?」
骨が砕け、顔の皮膚を突き破って肉が露出しても純は殴るのを止めない。
純「あの中には私のクラスメイトもいたんですよ。許せるわけないですよね。あなたが泣いても殴るのを止めませんよ」
鼻はひしゃげ、肉にめり込んで陥没する。
歯は全てへし折られて唇は別の生き物のように醜く腫れ上がっていた。
既に戦い否、圧倒的暴力は終着している。
純「私が出張った時点であなた達は全員ゲームオーバーなんですよ」
純は何の感慨も無さげにくるりと踵を返す。
そして最後に、誰も反応を示さない狭い部室に向けて呟いた。
純「生徒会執行部副会長『夢幻』
鈴木 純。確かに依頼を完遂しましたっと」
最終更新:2013年03月04日 19:46