姫子「私の話はこれでおしまい」

 事のあらましを語り終えた姫子は、通り過ぎようとしていた店員に追加のコーヒーを注文した。

エリ「その『龍』って……。あの子の……?」

姫子「あの子のそれとは似て非なるものだね。恐さの度合いが違い過ぎる」

アカネ「嘘でしょ……」

 三人の会話について行けず、自分が蚊帳の外にいるような感覚になったしずかは存在を主張するように問い掛ける。

しずか「あの子? そんなおっかない子なんて他にいるの?」

姫子「佐伯 三花」

 しずかの問いに姫子は即答する。
遠い日の思い出を振り返るような面持ちで。

姫子「『獣王』か……。懐かしいね」

 仰々しい通り名を呟き、姫子はやって来たコーヒーに口をつけた。

エリ「バレー部の最終兵器よりも怖いのかぁ……。私達がどうこう出来る次元じゃないよね」

アカネ「最終兵器、か。正しくは二束三文の欠陥品だよね」

 同じ部活の部員の仲間であるにも関わらず、二人はその人物を軽蔑するような口振りで話している。

しずか「佐伯 三花って、同じクラスの佐伯さんだよね? あの子ってそんなに強いの?」

 しずかの中の佐伯 三花は少々落ち着きが無いものの、強者特有のオーラ即ち闘気を感じるほどの人物では無かった。
しずかが疑問を感じるのも無理は無い。

アカネ「姫子的にはどうだった?」

姫子「うん、負ける気はしないけど二度とやり合いたくはないね」

 姫子は苦笑いを浮かべつつ即答した。

姫子「けどあの唯はそれ以上だね。やるやらないじゃなくて二度と戦えないよ。次にあの子と妹さんと戦う機会があるとしたら、多分一歩も動けないと思う」

 姫子は一瞬だけ身震いし、それを誤魔化すようにコーヒーを喉に流し込む。

しずか「姫子がそんなになってるのに、私達に出来る事なんてあるの?」

 しずかは不安げに姫子に尋ねた。

姫子「臆病者には臆病者なりの立ち回りがあるのよ。この二人はその処世術を心得てるよ」

エリ「あははっ、酷い言い草だね!」

アカネ「私達は協力するよ。使われない最終兵器を使う事も厭わない」

 誰にも知られずに、ここに一つの勢力が出来上がろうとしていた。

 澪の修行、律達と純の力の邂逅、姫子達の会合。
各々の思惑が違ったベクトルを持ち、進み始めた日は終わり、時刻は午前八時半を刺している。

純「…………」

梓「…………」

 喧騒溢れる朝の教室で、純と梓は一つの机に向かい合うように座っている。
純は厚めの漫画を読み耽っており、梓はそれを気まずそうに眺める。

梓「ねぇ、純……」

純「んー?」

 気を遣うようにおずおずと話し掛ける梓とは対照的に、純は本から目を切らずにのうのうと答える。

梓「何であんなに強いのに高い序列を目指さないの?」

純「んー」

 返事になっていない返事を返され、梓は内心苛立った。
だが苛立ったところで自分が純に敵う筈もないという事を知っている梓は、それをぐっと堪える。

梓「……まぁ良いや、それよりも放課後中庭に来てくれる? 先輩達も純に話があるみたいだから」

純「おおっ!? これかっこいい!!」

 純は漫画を机に伏せ、人指し指を突き出した形の貫手で宙を突いた。
僅かに巻き起こった風圧が梓の髪をそっと撫でる。

純「指銃はこれで良いでしょ、んでもって嵐脚が……」

 純は梓の事などそっちのけで漫画の技をコピーする事に夢中になっている。

梓「はぁ……。ちゃんと伝えたからね?」

 立ち上がり、くるりと踵を返すと梓は自分の席についた。
そこで一限目の授業の予習をしていない事に気付いた梓は、そそくさと鞄の中からノートと参考書を取り出して広げる。

梓(……こんな事してる場合じゃないのにな……)

 内心焦っていた梓だが、無情にも時間だけが過ぎてゆく。 
学生としての本分を成し遂げなければならないと主張する自分と今直ぐにでも強くなる為の鍛練を始めたいと主張する自分が心の中で責めぎ合う。
 そんな梓のジレンマを余所に、純は呑気に漫画を読み耽っていた。

 授業は滞りなく終了し、生徒はそれぞれ部活に精を出すであろう放課後になった。
普段は運動部の生徒達の活気で溢れているグラウンドは、不気味なほどに静まり返っていた。

純「気が気じゃないんですよねぇ。こんなだだっ広いところで闘うなんて」

律「まぁそう言うなって。私達も必死なんだよ」

 律、紬、梓、そして純。
それぞれの思惑を胸に抱えた四人がグラウンドの中央で対峙していた。

純「全力でぶつかり合って私が師とする人間として相応しいか見極める、ですか。そりゃ私は良いですけど……死んでも知りませんよ?」

律「言ってろ」

 律は薄ら笑いを浮かべつつ大地を踏み締める。
その後ろで梓は銃を構え、紬は腰を落として身構える。

純「では──」

 純もそれに応じて身構えた時、それは起きた。

「面白そうな事してるじゃないか」

 凜としたその声の後に、純達の身体を何か冷たいモノが通り過ぎた。
桜高指定のスカートとブラウス、そしてその上に紫色のパーカーを羽織った少女が四人の間に現れた。

澪「私も混ぜてくれよ」

 抜刀と共に澪の周囲を一筋の閃きが走った。
風が靡き、冷たい空気が辺りを覆う。

純「澪……先輩?」

 その堂々とした立ち振る舞い。水氷の如く研ぎ澄まされた冷たい闘気。
純がよく知る澪と今の澪は別人と言っても過言ではなかった。

紬「澪ちゃ──」

律「今まで何やってたんだよ馬鹿野郎!!」

 紬の声を遮り、律が叫んだ。

澪「死んできた」

 澪は微笑みながらあっさりと返した。
表情こそ柔らかいが、その身体から溢れ出る闘気は律の心をざわつかせた。

律(澪……?)

 闘気という概念を理解していない律には今の澪の存在が頼もしくもあり、恐ろしくもあった。
それは紬も梓も同様なのだが、この場に一人だけ、澪の闘気を肌で感じ取って尚感情を高ぶらせる者が居た。

純「あは、はは……」

 純は額から汗を流し、引きつった笑みを浮かべていた。

純(やばいやばいやばいやばいヤバイヤバイヤバイ……!!)

 自分と対等であろう存在が目の前で臨戦態勢を取っている事に、純は言い様も無い快感を覚えていた。
骨の髄まで染み渡る闘気は純の腰を砕き、秘部を濡らし、絶頂に連れてゆこうとする。

純(目茶苦茶気持ち良いんですけど──っ!?)

 気を緩めれば意識を持っていかれそうになる程の快楽に耐え、純は身構えた。

澪「鈴木さん、顔が赤いけど大丈夫?」

 対する澪はいたって平静で、純の事を気遣う余裕すら見せている。

純「大丈夫です。それよりも……」

澪「さっさと始めよう、かな?」

 純の心の声を感じ取った澪はそれをそのまま代弁する。
純が力強く頷くと、その直後に二つの闘気が責めぎ合う。

梓「何ですかこれ……っ!?」

 梓は銃を手放し、目を見開く。
二人の姿を凝視していた梓だが、彼女にその動きを捉える事はできなかった。

純「へぇ……」

 達人の域すら凌駕した純の高速の後ろ回し蹴りを、澪は右手だけで受け止めた。

純「よっと!」

 力の勢いを殺さずに軸にしていた右足で追撃を放つ。
それを屈んで躱す澪。だがその隙は純に必殺の一撃を放たせるには十分過ぎる隙だった。

純「我流六式──っ!」

 澪の頭を跨ぐ形で着地した純は右手を引く。

澪「っ!?」

純「指銃っ!!」

 銃弾の如き速度を持った指が澪の顔面目掛けて放たれる。
その力は鉄をも穿ち、その速さは飛ぶ鳥すら落とす。だが──。

澪「遅い!」

 左手に持つ刀の腹でそれを受け止める。
二つの力は拮抗し、刀は小刻みに震えている。

純「絶刀『鉋』でも使ってんですか……。普通なら真っ二つです、よ!」

澪「闘気を流し込んでるからね。核でも使わない限りは折れないよ」

 澪はそう言いつつ、空いた手を純の胸に添えた。

澪「型に嵌まらない流水のような闘気。同じ色でも私とは真逆の性質みたいだな」

純「──っ!?」

 純は手を添えられた胸の辺りから全身にかけて、何かが波打つのを感じた。
咄嗟にその場を離れようとするが身体が鉛のように重く、思うように動かない。

澪「でも残念。容量は私の方が上だ」

 内臓や脳、血液。身体の中にあるもの全てがひっかき回されるような錯覚と共に純は真後ろに吹き飛んだ。
着地の瞬間に受け身をとって衝撃を殺すも、澪が与えたダメージはそれなりに響いていた。

純「なに……これ?」

 純は噎せ返り、不快感を伴う頭痛に頭を抱えた。

澪「…………」

 澪は純から目を切らずに、その場で刀を振った。
それと同時に冷たい飛沫のようなものが純と律達にかかる。

律「うおっ冷て!?」

紬「これは……?」

 肌に触れた冷たい感触に律達は跳ね上がった。

澪「水さ」

 事もなさげに言い放ち、澪は更に大きく刀を振るった。
刃の軌道に合わせて透き通った水が現れ、音を立てて地面を濡らす。

純「なるほど……。それが澪先輩の力ってわけですね」

 よろよろと立ち上がった純はふらつきながらも澪を見据える。
だが全身に負った得体も知れないダメージは確実に純を蝕んでいた。

純「最っ高ですね!!」

 純は右手で拳を作り、自分のこめかみを躊躇無く殴り付けた。
保護が薄い頭部からは血が噴水のように吹き出る。

純「我流六式──」

 痛みで意識をはっきりさせた純は腰を落とし、臨戦態勢を取る。

純「嵐脚!!」

 大地を蹴り、大きく前進すると地に手をつき、カポエイラの要領で両足を薙いだ。
風の刃が形成され、それは澪目掛けて直進する。
だがそんな単調な攻撃が今の澪に通用する筈もなく、刃を翳すだけであっさりと打ち消されてしまった。

澪「なっ──!?」

 風の刃を打ち消した先に純が居ない。
それに気付いた頃には純は既に澪の懐へと潜り込んでいた。

純「飛燕──!」

 澪が動くよりも速く、飛ぶ燕の影のように鋭い蹴りが澪の肩を捉える。

純「連脚っ!!」

 次いで二羽目の燕が澪の側頭部を捉えた。
純はインパクトの瞬間に打撃点を逸し、足で鎌のような軌道を描いて澪の頭を地面に叩き付ける。
そのまま澪の頭部を踏み砕こうとしたその時、純の首目掛けて刀の鞘が飛んでゆく。
手首のスナップだけで放ったそれは銃弾のような速度を持っていた。

純「うおっ!?」

 純は大きくのけ反り、澪の頭を踏む足の力を緩めてしまう。
その一瞬の隙を突き、澪は蛇のように滑らかな動作でその場を離れた。

澪「……色は青色じゃない? どういう事?」

純「あっはは、七色ローズの純とでも呼んで下さい」

 ずきずきと痛む肩と頭を庇いつつ、澪は薄ら笑いを浮かべた純を睨む。
炎すら凍り付かせる冷たい面持ちの後に、そっと微笑んだ。

澪「なるほど、一筋縄ではいかないな。……『殺陣』を使うか」

純「奥の手ってやつですか? 良いですねぇ、もっと楽しませて下さいよ!!」

 その刹那、流れ出た闘気は辺りの空間を一瞬にして捩じ曲げた。


 澪は刀を下段に構え、大きく深呼吸すると真一文字に薙いだ。
軸足の爪先を浮かせ、そのままコンパスのように一回転する。
刃の軌道をなぞるように水が現れ、澪の周囲を輪のように囲った。

梓「魔法でも見てるみたいです……」

律「ああ、私もだよ」

 律と梓は自分達が居る領域を遥かに凌駕してしまった澪を見て、改めて自分達の弱さを認識した。
紬はひたすらに押し黙っている。

澪「鈴木さん」

 凜と鳴る声は純の頭に妙に重く響いた。
 風が靡き、宙に浮いた水の輪は不安定に揺らぐ。

純「…………」

 冷然としたその空気は、純の警戒を更に強めるには充分だった。

澪「この輪の中は私の『絶対領域』だ。髪の毛一本でもこの中に入ればたたき切る」

 澪はそっと指の腹で刀身をなぞった。
純にはそのなぞられた刀身が鋭く輝いて見えた。

澪「だけど私はこの輪の中から出る気は全く無い。これは困ったぞ、これじゃあ鈴木さんは手も足も出ない」

 腰を落とし、澪は刀を携えてにやりと笑った。
普段の澪からは想像もつかない、動物的な笑みだった。

澪「どうする?」

純「…………」

 純には二つの選択肢があった。
 一つは危険と知りつつも敢えて輪の中に飛び込み、圧倒的な力で澪を叩き潰す。

純「…………」

 そしてもう一つ、純の技のレパートリーには輪の外から澪を攻撃する手段など幾らでもある。
それらを使って削り殺しにしてしまう事だ。
 あくまで勝ち負けに拘るのなら後者を用いるのが正解。純自身それは重々理解していた。

澪「怖じ気付いた?」

 だがせせら笑う澪のその一言が純の闘志に火をつけた。
溢れ出る脳内物質は純の身体を更に高揚させてゆく。

純「あっは──」

 気を抜けばよがり狂ってしまいそうな性的快感は、純の腰から首筋にかけて震え上がらせた。
 そして純は思う。
この輪を、『絶対領域』を越えたその先にはどれほどの快感が待っているのだろうかと。

純「あっはははははっ!!」

 純は高笑いした。だがその目は若干潤んでおり、頬は真っ赤に染まっている。

純「反則ですよこんなの! 楽し過ぎて狂っちゃいそう!!」

 叫びながら純は地面を大きく踏み締めた。
一瞬で周囲に亀裂が走り、大地は激しく揺らぐ。

純「やっぱり澪先輩は最っ高ですね!」

 歪な動作で腰を落とす。
何かの抵抗を振り払うような音がごきりと関節から響いている。

純「大好きです──っ!」

 純は大地を蹴り、一瞬で輪の中に入り込んだ。
その光景は最早律達には捉えられていない。

澪「私も大好きだよ」

 澪が振り降ろす刃は純の脳天を的確に狙っていた。
一撃必殺のその刃はあっさりと純に躱される。

純(ヤバ──。イッちゃいそうだよ──)

 目に映る全ての物体がスローモーションで動く達人の世界の中で、純は壊れてしまいそうな快感を噛み締めていた。
 両胸の突起は下着と擦れて刺激され、秘部は下着など意味を成さない程に蕩けきっている。
愛液が太股を伝い、その感覚が純に更なる背徳感と興奮を与えた。

純(もうどうにでもなれ──っ!」

 純の動きは衰えない。
襲い来る数千、数万の刃を躱し、時には受け流して一歩ずつ澪に詰め寄ってゆく。

澪(化け物か──っ!?)

 刹那の間のその攻防の中で、澪は静かに恐怖していた。
『絶対の彼方』を越えて更なる高みに立った自分を更に凌駕する鈴木 純。その存在に。

純(この時がずっと続けば良いのに……)

 純の危険な思考は一瞬だけ防御の手を緩めた。

澪(貰った──っ!)

 その一瞬の隙を突こうとして澪は無理矢理に体勢を変えて切りかからんとした。
それは僅かに攻撃の手を遅くする。
 純の隙。澪の隙。
互いが互いともにその隙を突かんとし、必殺の一撃を放った。

澪(くそっ!)

純(勝った──!)

 丁度クロスカウンターの形になって澪の刀と純の拳は交差する。
純の拳は澪よりも若干速く、互いが勝敗を確信していた。
その時──。

澪「~~っ!?」

純「あだっ!?」

 二人の間に更に二人が割って入り、澪と純を吹き飛ばした。
不意の出来事に二人は成す術無く地面を転がってゆく。

和「私はあなたに律達の指導を任せたつもりなんだけど」

恵「新しい玩具で早く遊びたい気持ちも分かるけど、少しは大人にならなきゃね」

 澪と純が居た場所で背中を合わせるように恵と和が立ち尽くしていた。

律「まるで『絶対の彼方』を越えた奴等のバーゲンセールだぜ……」

 律は冷や汗を流しながらも、呆れ気味にそう呟いた。


恵「あなたらしくないわね。自分から格上に挑むなんて」

澪「…………」

 刀の柄に手をかけて悠然と歩み寄る恵に気圧され、澪は口を噤んだ。

和「お願いだから手をかけさせないで。やっと傷が癒えたのに胃に穴なんて開けたくないの」

純「…………」

 明らかに不機嫌そうな面持ちで純に歩み寄る和。
だが純も負けてはいない。
何物にも代えられない至高の快感を奪われた純は反抗的な目付きで舌打ちをした。

和「……まぁあなたの性格をきちんと把握してなかった私にも非があるわね」

 帯刀していた得物を抜き、純の眉間に突き付ける。

和「今回は不問にするわ。でも次はその首跳ねるから」

純「……私らの喧嘩に首突っ込まないで下さいよ」

和「下品にお露垂れ流しながら言う台詞じゃないわね」

 純は和の嘲笑で闘いの熱が急速に冷めてゆくのを感じた。
同時に知り合いの前で淫らな醜態を曝してしまった事を悔やむ。
 和は今にも食いかからんばかりに自分を鋭く睨む純に、冷たく微笑みかけた。

和「そんなに物足りないなら私が慰めてあげても良いわよ」

純「……勝てない喧嘩で燃えるほどマゾじゃないです」

 反抗的な姿勢も崩れてゆき、しどろもどろになるその姿はどこかしおらしく見える。

恵「まだあなたの力は錬磨していないって言ったでしょう?」

澪「……ごめんなさい」

 澪は母親に咎められた子供のように肩を縮こまらせている。

恵「急いては事を為損じる。あなたの人格なら重々理解してると思ってたんだけど、買い被り過ぎたみたいね」

澪「…………」

 物乞いを見下すような恵の冷たい表情から鑑みられる感情は、確かな失望だった。
恵はゆっくりと腰に差した模造刀を抜いた。そしてそれを大きく振りかぶる。
その軌道の先に自分の頭があると知りつつも、澪は動こうとはしなかった。

澪「あが──っ!」

 模造刀は躊躇無く澪の額に叩き込まれた。
鮮血が一気に噴き出し、澪の目を塞ぐ。

澪「いっつ……!」

 澪は傷口を抑えて身体を捩らせる。
その姿を恵は冷たい瞳で見下ろしていた。

恵「額は血が出やすいからそのくらいなら平気よ」

 澪に手を差し延べる事もなく、恵は模造刀の血を払って鞘に収める。

和「……少しやり過ぎじゃないですか? 相変わらず優しくない人ですね」

恵「温い馴れ合いで後輩の指導を怠るのが優しさなら、私は優しくなくても良いわ」

 空を仰いで淡々と言い放つ恵に向けてそっと溜め息をつき、和は律達の方を見た。

和「アンタ達、まさかこの子に喧嘩売ろうとしてたの?」

 呆れたような笑みを浮かべたまま、和は膝を折っている純の頭を鞘で小突いた。

律「だったらどうなんだ?」

和「別に、ただあまりにも馬鹿馬鹿しくてね」

 鞘に納めた刀をくるくると回しながら、和は挑発するような笑みを浮かべる。

律「…………」

 律はそれに応えることなく、押し黙った。
先の純と澪の邂逅を見て自分達の矮小さを認識させられた律達に抗う術などなかった。
純や和はおろか、澪ですら今の自分達では敵いはしない。
 その事実を痛いほどに噛み締めている。

律「……なぁ教えてくれよ。『絶対の彼方』ってのは一体何なんだ?」

和「下らないプライドなんか持たずに最初からそう聞けばこの子も教えてくれたんじゃない?」

純「まぁ確かに……」

和「調子に乗れとは言ってないけどね」

 純の方を見ずに彼女の頭を容赦無く踏み付ける。
純の顔面は地面にめり込み、そこを中心に大きくひびが入った。

恵「……優しくないわね」

和「優しくない先輩を見習いましたから」

 二人の間で一瞬だけ闘気が渦巻き、それは直ぐに沈静化された。

恵「……強くなったわね」

和「あなたに追い付く為に今まで頑張ってきましたから」

恵「私とあなたの差なんて『桜花』を持っているかいないかの差だったじゃない」

和「あの時私に『桜花』があればあなたに勝てていたとでも? 過度な謙遜は嫌味にしか聞こえませんよ」

梓「あ、あの……」

 自分が蚊帳の外に放置されている現状に耐えかね、梓がようやく口を開いた。

梓「私もう頭が混乱してわけ分かんなくなっちゃってるんですけど……」

 しどろもどろになりつつも梓は自分が抱く疑問を必死に伝えようとする。

梓「あなた達は何がしたいんですか?」

 梓の問いに対して純は顔を上げ、にやりと笑った。
恵は静かにほくそ笑んだ。
和は優しく微笑んだ。

「あなた達を強くしてあげるわ」


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最終更新:2013年03月04日 19:51