皆さん、こんにちは。
 私立桜ヶ丘女子高等学校一年生、平沢 唯です。
 今を輝く女子高生です。

 私は高校一年生にして初めて“部活”を始めました。
 そこには私の知らない、楽しいことが一杯あって……。
 何だか楽しすぎて、夢の中にいるような気分です。

 さて、そんな新発見に恵まれた私の一年生生活も、二週間前ほどに終わりを告げました。
 季節は春、今はいわゆる“春休み”ってやつです。最終日ですけど。

 つまり、明日から私は二年生として学校に通うことになります。
 今度の一年間は、私にとってどんな一年間になるのでしょう?
 とても気になってしまいます。

 今から始まるお話は、そんなワクワクした気持ちを抑えきれず、
 一人ベッドの上で眠れない夜を過ごしていた時から始まる、
 全く不可思議で想像も出来ないものになります―――



 ‐夜・平沢宅‐

 ‐唯の部屋‐


唯「……」

唯「うー……」

唯(……寝れない!)


 私は明日のことがあまりに楽しみで、とても寝れる状態ではありませんでした。
 そこで気分を変えようと、ギターを弾くことを試みます。が。


唯「……」

唯(……やっぱり、近所迷惑かなあ?)


 現在時刻は十二時。
 夜中も夜中、この時間に楽器を引くことなど言語道断です。
 もし私が逆の立場だったら、私はその楽器の奏者に、
 ひどく腹を立てることでしょう。


唯「……やーめた」



 その時です。


 『ドンドンドン!』


唯「なに!?」


 『ドンドンドン!』


 窓から音が聞こえてきます。しかも、外側から勢いよく叩かれているようです。


 『……』


唯(あれ、止んだ?)

唯「もしかして憂?」


 まずあり得ません。


唯「……じゃあ、泥棒さん?」

?「どっちでもありませんよ」

唯「だよねえ」

唯「……えっ?」


 誰かいる。


?「どうも」


 その侵入者は平然とした様子で、私に話し掛けてきます。


唯「……」

?「聞いてます?」

唯「どこから入ってきたの?」

?「ほら、サンタクロースっているじゃないですか。あれを参考にですね」


 この家に煙突なんて無いんですけど!?


?「そんな些細ことは、この際置いておきましょう」

唯「私の理解も一緒に置いてけぼりだよ……」


 私の精一杯の意見もどこ吹く風、その侵入者は表情を一切変えてくれませんでした。

 うーむ、どうもこの人は、話が通じるような相手ではない。
 相手の気持ちを汲み取れないのでしょうか。
 それとも意識的に人の意見を無視している……、それはあまりに非道すぎますかね。


 さて、そんな侵入者の特徴を、暗い部屋から分かる限りだけ言うとすると、

 体は小さく、可愛げのある顔形。
 黒くて長い髪は二つに結ばれ、いわゆるツインテールという髪型です。
 そして、最後に一つ。なによりも目を引く、背中に生えている綺麗で白い“羽”でしょう。


?「どうも、こんばんは」

唯「……」

?「返事してくださいよ。挨拶は大切って習いませんでした?」


 その前に君はモラルを学んだかな?


?「あ、なるほど」

?「まずは自己紹介ですね」


 そこじゃないんだけどなあ。


アズ「私は見習い“天使”のアズサエルです」


 どこからツッコめばいいのでしょう。
 突きつけられた現実が、一番夢のような、非日常的なような。

 確かに、背中にあるソレは天使である象徴のようですが。


アズ「質問があれば受け付けます」

唯「本当に天使なの?」

アズ「はい」


 簡単すぎではないでしょうか。問いも、答えも。
 コスプレという可能性もあります。
 身近にそういうのがありますから、疑っても仕方ありません。


アズ「どうやら疑っているようですね」

唯「いくら背中から羽が生えていても、天使っていうのはちょっと」

アズ「ちょっと冷静に考えてみてください」


 何故か私の方が、これ以上の冷静さを促されてしまいました。
 が、何を言っても無駄な気がしたので、適当に頷きます。


アズ「真夜中にコスプレを着て、いきなり他人の家に押し掛ける人がいますか?」

唯「普通はいないよ」

アズ「だから私は天使なんです!」


 暴論だ。


アズ「暴論も時には武器になるものです」


 その暴論が、私にはただの危険物にしか見えないんですけどねえ……。


唯「まあいいや、ちょっと話を整理させてね。
 その後に、この携帯の“いち・いち・ぜろ”と“通話ボタン”を押すから」


 一一〇番。市民の味方へのエマージェンシーコール。
 その番号のことは自称・天使でも知っていたようで、天使は少し慌てて私を制止しようとしました。


アズ「そ、それはマズいですね。ちょっと冷静になってください」

唯「私は自分でもびっくりするぐらい冷静だよ……。
 逆に、なんで君はそんな冷静でいられるの?」

アズ「慣れてるからですかね?」


 常習性アリ、と。


アズ「何メモってやがるんですか」


 いざという時にメモが役立つからね、澪ちゃんが言ってた。


唯「あと名前がアズサエルだと通報し辛いから、もっと痛々しくない名前でお願い」

アズ「色々バッサリだー」


 隠す意味も無いですし。


アズ「通報する気満々なのは良く伝わります」

アズ「……一応、人間界でよく使っていた偽名は“中野 梓”です」

唯「梓ちゃんね」

梓「今なら特別に“あずにゃん”と読んでもOKです!」


 話が見えてきません。この子、あらゆる過程をすっ飛ばしてます。


梓「おかしいですね」

梓「唯先輩は常に呑気で、こんな状況でも自分のペースを崩さないはずなのに」

唯「なんで前から私を知った素振りなの?」


 あと、なんで先輩呼ばわり?


梓「私が唯先輩を観察し続けていたからに決まっているでしょう」

唯「不法侵入にストーカーに、梓ちゃんは一体いくつの罪を背負うつもりなのかな?」


 すると梓ちゃんはムッとして、


梓「失礼な。ちゃんと許可はとりましたよ」

唯「嘘だよね?」

梓「はい!」


 すぐに元気になりました。ちょっと可愛い。


唯「どうしてすぐバレる嘘をつくかなあ」

梓「唯先輩なら騙せると思ってなんかいませんよ?」


 どうしてすぐバレる嘘をつくかなあ。


梓「不思議なものです」

唯「それを梓ちゃんが言う?」

梓「まあ確かにそれらは嘘です。が、私が天使であることは、嘘ではありません。
 これだけは信じてくれますよね?」


 これまた難しいことを信じろと!


梓「どうすれば信じてくれますか?」

唯「人間には出来なくて、天使に出来ることとか無いの?」

梓「そうですね……」

梓「人間は“足し算”出来ますか?」


 ガタッ。
 この子は、私の観察より人間観察をするべきだと思います。


梓「じゃあ何が出来ないんですか」

唯「梓ちゃんには足し算しか見えていないの?」

梓「引き算や掛け算、“空中浮遊”や割り算は選択肢にありますが……」


 あれ?


唯「今一つだけ飛び抜けた選択肢は無かった?」

梓「瞬間移動のことですか?」


 この際それでもいいんですけどね。
 しかし、そんな天使にしか出来ないことを、何故か梓ちゃんは出し惜しみしているようでした。


梓「でも、テレビで、空中浮遊や瞬間移動をしてるのに
 テストでまともに計算の出来ない眼鏡の少年を見ましたよ」

唯「それ間違いなくのび太君だよね?」

梓「ふむ」


 梓ちゃんは人差し指で自分の髪をクルクル弄りながら、黙ってしまいました。
 多分、考え事をしているんだと思います。


梓「唯先輩の様子を見る限り、どうやらあれは作り話のようですね」


 意外と早く梓ちゃんの中で結論が出たことに、私は少し驚きました。


唯「そういう理解は早いんだね」

梓「伊達に天使やってませんので」


 見習いって言ってなかったっけ。まあ、それよりも、


唯「だったら私の気持ちも理解してほしいよ」

梓「ふむ」

梓「唯先輩、あなたは今とても困っていますね?」


 うん、よくわかってるね。


梓「ふふ、これで私の凄さを理解していただけた思います」


 わかっててやってるだけ、タチの悪さが露呈しただけだよ!


梓「なんと」


 梓ちゃんは驚いた表情を見せました。
 いや、何でそれに気づかなかったんですか。


 とはいえ。梓ちゃんのこういう不思議な性格を、梓ちゃんが突如ここに現れた事実に加味したなら、
 それは梓ちゃんが天使っぽいということを裏付けているような気がしないでもありません。

 私は腹を括ることにしました。


唯「……うん、まあ。この部屋に突然現れたわけだし。
 “梓ちゃんは天使である”という主張は事実として認めるよ」

唯「ただ、天使である梓ちゃんがどうしてここに来たの?」

梓「よくぞ聞いてくれました!」


 梓ちゃんは胸を張り、“待ってました”と言いたげな顔で話し始めました。
 というか、小さく言ってました。


梓「実は私、一年間だけ人間世界での生活をすることになったんです。
 見習い天使であるがゆえに、人間を勉強して来いと言われまして」


 へえー……。それで、どうして私の部屋に来たの?


梓「理由は簡単です。唯先輩が、天使みたいにふわふわした人だからですよ」


 それは馬鹿にされてるのかな、褒められてるのかな。
 私が、そう訊くと、


梓「二面性って言葉、便利ですよね」


 あっ、馬鹿にされた!


梓「言い換えると、親近感が湧いたってことです」

唯「なるほど、梓ちゃんもふわふわした人なんだね」

梓「あっ、馬鹿にされた。あと私は天使です」


 理解が早いのか遅いのか。イマイチわかりません。

 いきなり眠気が襲ってきたので、ふと視界に入ってきた時計に目をやりました。
 すると現在時刻はなんと一時半。一時間以上も、この天使と話していたことになります。

 私は適当に梓ちゃんとの会話を終え、さっさと眠ることにしました。


唯「うん、そうだったね。じゃあおやすみ」


 が。


梓「はい?」


 どうしてこういうときだけ理解が遅いんだろうね、この子は。
 仕方なく説明を加えてやります。


唯「私、明日から学校なんだよねえ。
 だから早いうちに寝とかないと、体力が持たないっていうか」

梓「何を言ってるんですか。私も明日から学校ですよ、唯先輩」


 えっ?


梓「どこが疑問でしたか?」

唯「ちょっと待ってね。さっきから梓ちゃんが、私のことを“唯先輩”って呼んでるということは」

梓「そういうことです。入学式、本当に楽しみです!」


 私がその言葉を理解するのに、しばしの時間が必要だったことは言うまでもありません。
 つまり、そういうことだったのです。


唯「……なんてこったい!」


 ―――全く不可思議で想像も出来ない、
 こんな出来事をきっかけに始まる、私の新しい高校生生活。

 新発見で満たされた一年生の思い出も。妹と一緒の学校に行ける嬉しさも。
 何もかもを上塗りしてしまいそうな、衝撃的な出会い。

 それはきっと、とてもじゃないけどどうしようもなくて。
 だけど、それはそれで他では味わえない、そんなお話の始まりなんだと。

 今となれば、そう思えてしまう自分がいるのです。



梓「あっ、軽音部に入る予定なので、そこんとこヨロシクです!」

唯(さよなら、平穏な日常……)



 ……まあ。そう思えたのは、本当につい最近なんですけどね。



第一話「天使に会ったよ」‐完‐

―――第二話に続く


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最終更新:2013年03月16日 15:38