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 【第三話】


 ‐平沢宅・朝‐

 ‐唯の部屋‐


梓「唯先輩、朝ですよ」

唯「んー……」

唯「……んっ?」

梓「先に下に降りてますからね」

唯「……」


 ……なんで梓ちゃんが家にいるんだろう。
 私の朝は、そんな疑問に始まりました。



 ‐リビング‐


唯「おはよー」

憂「おはよう、お姉ちゃん。朝ご飯出来てるからね」

唯「うん、ありがとう憂」


 テーブルに並べられた朝ご飯は、とても美味しそうで、私の興味をそそるものでした。
 ただそれ以上に、ナチュラルに食卓についている梓ちゃんが気になってしまいました。


梓「では、手を合わせてください。……いただきます!」

唯「いただきますの前に、ちょっといいかな梓ちゃん」

梓「どうかしました?」

唯「なんで当然のように食卓についてるのかなーって思ってね」

梓「ここに住んでるからに決まってるじゃないですか」


 なんで当然のことのように言うのかなあ。


梓「仕方ありません、説明しましょう。まず、私が唯先輩に目をつけましたよね」

唯「うん」

梓「次に、私がこの家に来ました」

唯「そうだね」

梓「そして私がここの家に住むことになりました」

唯「えっ」

梓「ほら、自然な流れですね」


 二つ目と三つ目の間に何があったのでしょうか。


憂「あれ、お姉ちゃんには言ってなかったけ?」

憂「梓ちゃん、まともにお金も貰わずにこっちに来たみたいなの」


 見兼ねた憂が、わかりやすく補足説明してくれました。
 梓ちゃん、説得力を持たせるっていうのは、こういうことを言うんだよ。


梓「実はそういうことなんです」


 梓ちゃんには説得力のあるお話が難しいみたいでした。

 しかしそれでも、ある程度の質問は答えることが出来るでしょう。
 私は気になったことを一つ質問することにしました。


唯「そうだったんだ。いくら貰ったの?」

梓「十万“ゴールド”です」


 それ架空の通貨単位でした。もはや無一文でした。


憂「そのお金を渡した人は何考えてたんだろう……」

梓「父は徹夜でドラクエやってましたね」


 間違いない、それだ!
 私と憂の、打てば響くような受け答えは綺麗に一致しました―――



 【Az-side】


 ‐桜高・一年生教室‐


憂「うーん」

梓「どうしたの、憂?」


 むむ、憂が何か悩んでいます。
 天使たるもの、困った人間を助けるのがお仕事です。
 私はその理由を尋ねました。


憂「あのね、梓ちゃんのご飯も作らなくちゃいけなくなったでしょ?」

憂「だから一ヶ月の食費が少しかかりすぎちゃって、お母さん達に悪いかなーって……」

憂「……あっ、梓ちゃんが邪魔者って意味じゃないんだよ!?」

憂「決して、梓ちゃんをそんな風に見てないからね!」


 私、何も言ってないです。


 * * *


 ……。


憂「梓ちゃん?」


 ……でも、確かに。


憂「確かに言ったタイミングは悪かったけど」


 居候させてもらってる身で。


憂「悪気は無かったのは、本当なの」


 あの家に何もしないっていうのは、間違いかもしれません。


憂「唯一悪かったのはタイミングだけなんだよ?」


 何か、私に出来ることは無いのでしょうか。


憂「だからお願い!許してくれないかな……?」


 何か、なにか無いのか。……そうだ!


憂「……梓ちゃん?」

梓「お金で解決出来るじゃん」

憂「えっ」

梓「へっ?」


 ……あれっ?


 * * *


 あのあと私の必死の弁明が始まりました。

 悪気は無かったと。

 唯一悪かったのは、タイミングだったと。

 そう。

 いつの間にか、私達はそっくりそのまま立場が逆転してしまったのでした―――



 【Yi-side】


 ‐音楽準備室‐


梓「……ということがありまして」

唯「なるほどねえ」


 部室に来るや否や、梓ちゃんは突拍子もない、ある“提案”をしたので、
 私はその原因を聞いていたところでした。
 なるほど、確かに正当な理由があるといえます。


唯「ただね、そのタイミングっていうのが悪かったかな……」

梓「と、いいますと?」


 今度は、私の話が始まりました。遡ること十分前ぐらいです。


 * * *


律「……で」

澪「……」

律「澪、いつになったら機嫌良くしてくれるんだ?」


 澪ちゃんは部室に来ても、あまり元気がありませんでした。
 いえ、むしろ怒っているように見えました。

 昨日、初対面の後輩に言われた一言が、尾を引いているのでしょう。


澪「……私は」

唯「ん?」

澪「後輩が来たら、もっと練習が出来ると信じてたんだ」

澪「いつまでもグータラして、だらし無い部活でいることから脱却出来るって」


 なんかスンマセン。


澪「そんなイメージを持った私に、今年来た待望の後輩が言い放った言葉はなんだ!?」

紬「“手も胸も大きいから澪先輩”だったね」

澪「そうだ。正直落胆したよ」


 きっと私でも驚いてしまします。現に、梓ちゃんには色々な意味で驚かされてきました。


律「“バカっぽいから唯先輩”なんて言われたりしてな」

唯「それはりっちゃんのことじゃないかなあ」


 澪ちゃんが両方だろ、とボソッと言ったことは気にしないことにしました。
 今の澪ちゃんは気が立っているのです。


 しかし、流石は澪ちゃん。一つ咳払いをして、すぐに冷静さを取り戻しました。


澪「……でも、それは独りよがりな考え方なんだよな」

澪「確かに梓は生意気なこと言ったけど、実はどこかに真面目な部分があるのかもしれない」

紬「澪ちゃん……!」

澪「うん、悪かったよ。周りにも迷惑かけてさ」


 どうやら澪ちゃんの機嫌も治ったみたいです。
 あとは、梓ちゃんが期待通りの働きをしてくれればいいだけでした。


律「……よーし、新生軽音部、ここに誕生だ!」


 りっちゃんが声高らかにそう宣言したと同時に、がちゃと音をたてて開かれた扉。
 そこにいたのは、まさに渦中の人、いや、天使でした。


梓「失礼します」

律「おっ、梓。来たか」


 さあ、梓ちゃん。名誉挽回するなら、今しかないよ。


澪「梓、昨日は悪かったな。つい頭に血が上っちゃって……」

梓「そんなことはさておき、私バイト探してるんですけど」

澪「よーし、退部届けの準備はいいかー?」


 そう、それはあっという間の出来事でした。


 * * *


梓「ふむ」

梓「そんなことがあったとは。ちょっと申し訳ないことをしました」

梓「でも、私がバイトしたい理由も、わかってくれますよね?」


 理由はわかっても、それを許可する道理はありません。
 そんなことを澪ちゃんがわかっていないはずもなく、すかさず反論しました。


澪「梓、言っておくけどここは軽音部だ。
 そんなバイトをしたいなら、帰宅部に入部すればいいだろ?」

梓「帰宅部に入部?澪先輩もおかしなことを言いますね」


 あっ、今、とてもカチンときました。

 この子は、人間の気持ちを上手く汲み取れない天使なんだ。
 それを踏まえていても、抑えられない怒りがあるのは自然なことでした。
 むしろここで怒らないと、梓ちゃんは一生人間を理解できないでしょう。

 ……ただ。


澪「なあ律、こういう時、私はなにをすればいいんだ?」

律「好きにすればいいと思うけど、私に拳を向けるな」


 暴力はいけません。


 * * *


梓「帰宅部というのは、部活に入っていない人の総称だったんですね」

梓「すみません、そういう知識に乏しいもので……。
 澪先輩が、突然ありもしない部活に入れと言っているのかと思ってしまいました」

唯「まあこれで一つ賢くなってくれれば、私としてもありがたいよ」

律「……帰宅部を知らないで、よく生きてこれたな」


 “帰宅部”って、生きるのに必要な知識だったんですね。……冗談です。


梓「ふむ」

梓「帰宅部、なかなか面白い言い方ですね。興味深いです」


 梓ちゃんはまだまだ、人間に対する知識が乏しいのでした。

 結構長い間、というか一年近く観察“されていた”ようですが、
 つまりそれは軽音部という、狭い世界での出来事しか見ていないことを示すのでしょう。


梓「ともかく、澪先輩には本当に申し訳ないことを言ってしまいました。すみませんでした」

澪「……いや、いいんだ。もう怒ってないよ」

唯「一件落着だね~!」

紬「そうね。でも、梓ちゃんの根本的な問題は解決してないわ」


 そうでした。梓ちゃんはもう一つ、申し訳ないと思っていることがありました。


梓「私が軽音部に入っている以上、帰宅部には入部できません。
 つまりバイトという案は却下、ということになりますよね?」

唯「うん、そうだね」

梓「……どうしましょう」

律「つまり、貰ってばかりの生活が申し訳ないってことだろ?」

律「それだったら手伝いとか、なにか平沢家の手助けをするだけでいいんじゃないか?」

梓「手助け……。そうか、手助け!」

梓「それは思いつきませんでした!律先輩は天才ですね!」


 えっ?


律「おいお前ら、揃いも揃って同じ反応するな」


 相性ばっちりです。軽音部です。

 しかし“手助け”を思いつかないというのは、不思議なものです。その感覚がよくわかりません。
 もしかしたらこの発想は、人間ならではのモノなのかもしれません。


梓「しかし具体的に何をすればいいんでしょうね、律先輩」

律「私に聞かれてもな……」

梓「ふむ」

梓「それは、自分で考えろということですか?」

紬「確かに、手助け出来ることを人から聞いてるぐらいじゃ、まだまだね。
 本来なら自分から率先して、探さなくちゃいけないもの」


 多分、梓ちゃんの言ったことは、そこまでの意味を持っていないと思います。

 まあそれでも、その言葉は人間を教えるために有益です。
 なので梓ちゃんにはそのまま、その意味で受け取ってもらうことにしました。


梓「ふむ」


 沈黙。いつになく真面目でした。……そういえば今日のお菓子、なんだろう。


梓「そういえば」

梓「今日、私のクラスで困ったことが起きました」


 あっ、面倒そう。さっきの邪念を前面に出すことにしました。


唯「そうなんだ、ムギちゃん、今日のお菓子は何?」

梓「あのですね、唯先輩」


 どうして私に話し掛けるの。


梓「一番適当に聞き流しそうだったので」


 ご名答。


紬「唯ちゃん、ダメよ。大切な後輩が私達を頼ってくれてるのに」


 ムギちゃん。この後輩はね、そんな出来た子じゃないんだよ。


律「面白そうじゃん、聞こうぜ」


 りっちゃん。この後輩の話すことは、訳のわからないことばかりなんだよ。


澪「そんなことより練習を」


 さあ梓ちゃん、話したまえ。今すぐにでも。


 * * *


梓「あれは放課後に発覚しました」

梓「放課後、私の班は掃除をすることになりました」


 掃除当番のことでしょう。私はよくサボりたくなります。


梓「掃除は順調に進みました。そして、ついに終わりかと思った、その時です」

梓「……塵取りが、掃除用具入れの中になかったんです!」


 想像以上にどうでもよさそうな事件でした。今日のお菓子の方が気になります。


梓「いえ、正確には廊下を掃除していたグループが一つ持っていましたから、
 全く無かったわけではないんですが」

梓「一応、掃除はゴミ箱の中身をゴミ捨て場に捨ててきて、掃除は完了しました」


 “ゴミ捨て場”とは、言い換えればゴミ集積所のことです。
 一杯になったゴミ箱の中身を捨てる場所で、後に業者さんが纏めて持っていってくれます。
 昔は“焼却炉”というものがあったみたいですが、今の時代では稼動していません。


梓「この学校は全クラスに塵取りが二つずつ割り当てられています。
 つまり、私のクラスは塵取りが一つ消えているんです」


 桜高の塵取り事情を知っている生徒は恐らく、梓ちゃんだけでしょう。マニアックです。


梓「さて、塵取りはどこへいってしまったのでしょう」

梓「……とても困った事件だと思いませんか?」

唯「うん、あまりにどうでもよくて、反応に困るね」

梓「ちょっと何言ってるのかわかりません」


 昔、“無知は罪である”と言った人がいるそうです。全くその通りだと思いました。


梓「私の思いついた“お手伝い”というのは、この困った事件の解決だと思うんですが……」

律「塵取り探し、ねえ」

律「それはクラスの人達が助かることだとしても、憂ちゃんに直接影響するわけじゃないだろ?」

律「それに、時間が経てば塵取りぐらい補充されるだろうし」

梓「むう……ダメでしたか」


 あまりに残念そうに言うものですから、
 もう少し真剣に聞いてあげた方がよかったのかもしれないと、私は後悔してしまいました。
 確かに梓ちゃんは、一生懸命に頑張って考えていました。


紬「頑張って考えたことは、とても素晴らしいと思うわ」

梓「本当ですか!?」


 とか思っている間に一瞬で元気になりました。鮮やかな御天気屋です。


唯「……梓ちゃん、急がなくてもいいんだよ。ゆっくり考えよう?」

梓「そうですね」

唯「じゃあゆっくりお菓子でも食べようか」

澪「ちょっと待て」


 チッ、惜しかった。


 * * *


 ムギちゃんの今日のお菓子は、クッキーでした。
 相変わらず美味しいです。今や私は、ちょっとしたお菓子グルメになっていました。


澪「……あのな、梓。ここは軽音部であって、喫茶部じゃない。
 これを勘違いしないでほしいんだ」

梓「大丈夫ですよ。私、クッキーは大好きなんです」

澪「まずは話の趣旨を理解してくれ……」


 澪ちゃん苦戦中。私にはわかるよ、その気持ち。


唯「でも澪ちゃん、練習はまだ出来ないよ。梓ちゃんが楽器を持っていないもん」

澪「あっ……」

律「忘れてたのかよ」

澪「……いやー、律が話を逸らすから忘れてたじゃないかー」

律「私は無関係だ!」

澪「も、もしかしたら、誰かが部室にギターを置いていったかもしれないよ?
 前代の軽音部とかがさ」


 澪ちゃんは色々な方法で照れ隠ししていました。
 しかし、そんな都合のいい話があるとは思えません。


紬「物置からギターケースが出てきたわよ~」


 ……思えませんでした。


 * * *


 早速ムギちゃんが見つけたギターケースを開けた私達は、途端にしかめっ面になりました。
 ギターが極端に古かったとか、異常な形をしていた、というわけではありません。
 ちょっとカビ臭かっただけでした。


唯「これでいい?」

梓「唯先輩のギターと交換ならいいです」

唯「嫌なんだね」


 そりゃそうです。やはり弾くのなら、綺麗な方がいいのは当たり前でした。


唯「……うーん、それにしても誰のだろね?」

澪「前代軽音部のものだろうね」


 そして澪ちゃんはりっちゃんに満面の笑み、というかドヤ顔を見せて、


澪「な、私の言ったとおりだろ?」

律「そうだな超絶ラッキーガール」


 りっちゃんにクールに対応されました。


律「まずはさわちゃんに聞くかー、このギターのこと」

紬「じゃあ、私が行ってくるね?」


 そう言うと、ムギちゃんは軽々とギターを持ち上げ、素早く部室を走り出てしまいました。


梓「ギターって、あんな軽々持ち上がるもんですか?」

唯「普通は無理かな」


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最終更新:2013年03月16日 21:19