* * *
紬「ただいま~」
律「お疲れさん」
唯「お疲れ~」
早い。しかも、汗一つかいてません。
ムギちゃんは何事もなかったかのように、いつもの位置に座りました。
澪「ありがとうな、ムギ。それでこのギターは?」
紬「これ、さわ子先生が昔に貰ったものなんだって」
へえ、さわちゃんのだったんだ。
紬「それでね、このギターはお店に売って部費の足しにしてもいいし、
梓ちゃんのギターを買ってもいいって言ってたわ」
律「おー、さわちゃんにしちゃ太っ腹だな」
これは思わぬ方向に進んできました。
実質無一文だった梓ちゃんが、僅か一日でギターを手にすることが出来るかもしれません。
梓「ふむ」
梓「つまり、このギターを煮ようが焼こうが」
唯「売ってね」
危うく、折角のチャンスが消し炭になるところでした。
-10GIA-
ムギちゃんの家の系列店に来ました。私達には定番のお店です。
澪「あの、このギターの査定お願いできますか?」
店員「かしこまりました。少々お待ちください」
店員にギターを渡し、ギターが陳列されているエリアに移動しました。
梓ちゃんの買うギターをこれから決めるのです。
唯「ギー太との出会いも、ここだったんだよね~」
梓「ギターだからギー太ですか」
澪「よくわかったな……」
澪ちゃんが呆れた様子です。
まさか、ギー太という名前にも呆れているのでしょうか。可愛いのに。
梓「しかしそれでは、私のギターもギー太になれますよ?」
唯「本当だ!」
それは盲点でした!今までギターが一人だったので、考えが甘かったようです。
律「それはどうでもいいけど、梓はどれがいいんだ?」
どうでもよくないよ、由々しき問題だよ。
澪「まあ、あんまり高いのは選んじゃダメだぞ?
あのギターがそんな高額で売れるとは思えないし」
梓「そうですね……」
梓「あ、これなんかどうでしょう」
梓ちゃんが指差したのは、赤いギター。値段は七万円。
私は自分のギター以外には詳しくないので、そのギターが良いものなのか実際にはわかりませんが、
直感的に良いものだと感じました。
唯「名前は……ムスタング?じゃあ名前は“むったん”だね」
梓「いえ、ギー太二号です」
えっ。
唯「ムスタングだから、むった……」
梓「ギー太二号」
…………。これは、私が折れなくてはいけません。
直感的にそうした方が良いと感じました。
唯「……じゃあ、ギー太二号を買おっか」
梓「はい!」
梓ちゃん、満面の笑み。思ってた以上に可愛いです、ちくしょう。
澪「こらこら、まだ買えるわけじゃないぞ」
紬「大丈夫よ澪ちゃん。いざとなれば、値切ればいいのよ!」
澪「ムギ、あまりそれは多用しないほうがいい」
* * *
店員さんが私たちを呼ぶ声が聞こえました。
どうやら査定が終わったようです。
店員「お待たせしました」
澪「いくらだったんですか?」
店員「こちらのギター、五十万円で買い取らせていただきます」
…………。
澪「はい?」
店員「こちらのギター、五十万円で買い取らせていただきます」
……えっ?
律「……あの、ムギがいるからそういうお値段に……」
店員「いえ、そういうわけではありません。このギターはですね」
そこから、店員さんの説明が長々と続きました。
なんだかとても貴重で、今では入手困難で、ちょっと値段は下がるけど、
それほど悪いわけでもなくて、だからこの値段になって……。
私には、その内容の一割も理解できませんでした。
ただ一つ。このギターは五十万円で売れるということだけは、わかっていました。
店員「というわけで、五十万円で買い取らせていただきます」
澪「ご、ご、ご、ごひゃくまん……!?」
落ち着いて澪ちゃん!一桁多い!
律「落ち着け、落ち着くんだ、私……」
紬「はい、確かに受け取りました」
律「お前は落ち着き過ぎだーーー!」
紬「ええ!?」
私たちは五十万円という、思いもよらぬ大金を手に入れてしまいました。
おかげで、梓ちゃんのギターを“値切ることなく”購入することが出来ました。
-MAXバーガー-
梓「ギター!ギー太二号ですよ、唯先輩!」
梓ちゃんのテンションが高いです。
私も初めてギターを手にしたときは、こんな感じだったのでしょう。
しかし、今の私にはその喜びに素直に共感できるほど、心の余裕がありませんでした。
律「澪。四十三万、ワル、五は何だ?」
澪「八万六千円」
律「ありがとう」
律「ところで、八万六千円って、どれぐらいだ?」
澪「大金」
律「そうだ。一人当たり八万六千円、これは大金だ」
二人は声をやっとのことで絞り出しているようでした。
因みに私は喋らない代わりに、食がよく進みました。デラックスバーガー旨いです。
紬「さわ子先生に報告しよっか?」
律「いや。……少しぐらい使っても、ばれないよな?」
澪「お前、まさか……」
唯「澪ちゃん」
澪ちゃんの肩に手を乗せて、
唯「私たちが五人揃ってデラックスなバーガーを買った時点で、共犯確定だったんだよ」
そう私が言うと、澪ちゃんは大きな溜め息をつき、項垂れてしまいました。
澪「でも、これだけだぞ?残りはさわ子先生に報告して、部費に足してもらうからな?」
律「はいはい、わかってるって」
言葉に重みがありません、りっちゃん。
どうせまだ何か企んでいるに決まっていました。
-部室-
と思っていたら、澪ちゃんにお金を没収され、全てさわ子先生の手に渡されてしまいました。
もう少し使いたかったような気がしますが、部のお金になるなら同じことでしょう。
りっちゃんは悔しがっているようでしたが。
梓「ふんふっふふ~ふ~ん~!」
梓ちゃんはとても歯切れの悪いテンポの鼻歌を歌いながら、ギターを眺めていました。
あの鼻歌は天使の世界で流行っているものなのでしょうか。
唯「梓ちゃん、やっぱり嬉しいよね?」
梓「はい!これで軽音部の仲間入りしたって感じです!」
果たして楽器を持つことが、それを意味しているのか。
去年、軽音部の観察を続けた梓ちゃんには、それがわかっているはずですが。
律「なあ梓、適当に音を鳴らしながら歌ってみてくれよ!」
澪「また無茶な注文を……。でも歌は気になるよ」
紬「澪ちゃん、まさか文化祭で自分が歌わなくてもいいと思ってない?」
澪「えっ、そんなことは、無いぞ?」
まだ春だというのに、澪ちゃんの額から汗が沢山垂れてきました。
嘘が下手な人というのも、ここまでの者は他にいないと思いました。
梓「歌、ですか?」
律「そうだな、仮に梓が歌えるとすれば、それだけ軽音部の音色が増えるってことだ」
おお、りっちゃんが軽音部の部長らしい言葉を言った。初めて見たかもしれない。
……流石にそれは言い過ぎかな。
梓「ふむ」
梓「では、あまり上手くないですが、やってみます」
紬「どんな歌を歌うの?」
梓「私の好きな歌です。誰でも知っていると思いますよ」
天使界で有名な歌という意味なのか、人間界で有名な歌という意味なのか、
私にはわかりませんでした。
ただ、私がわかったのは、
梓「では、いきます!」
梓「◎Δ×▽Σ□Π~~~!」
その歌は、あまりに酷かったということ。
そしてそんな音楽、きっと天使界にも、まして人間界にも無いということ。
澪「……うわあ」
律「あー……」
紬「うん。……うん」
唯(梓ちゃん、それは“あまり上手くない”とかいうレベルじゃないよ)
―――軽音部。それは、楽器を奏で、歌を歌う場所。
人はそれぞれ自分の好きな楽器を取る。
そして、思い思いに好きな歌を歌う、そんな権利を持っている。
でも、これだけは言わせてください。
聞かせる歌を歌う人は、選ばれる義務を持つのだと。
一体どこから沸いてきたイメージでしょう。
天使の歌声は美しく、透き通るようで、人を感動させてくれるような気がして。
だから余計にそう感じざるを得なかったのかもしれません。
梓「……どうでした!?」
澪(ああ、今年も私は歌うのかな……)
梓ちゃん。……あなたのソレは人に感動ではなく、衝撃を与えるモノでしたよ。
第三話「その時、先入観は動いた」-完-
―――第四話に続く
最終更新:2013年03月16日 21:20