* * *
梓「ケッペキショー?」
知らない言語を発音するかのように、梓ちゃんは言いました。
この様子だと、本当に知らない言葉なのでしょう。
唯「綺麗好きってことだよ」
梓「ふむ」
私の言葉を聞いて、少し考え込みました。……考えるまでもないと思うのですが。
梓「唯先輩、私はどっちかといえば」
唯「ダントツで綺麗好きじゃない方だよ」
私もそこまで物を片付ける人ではありませんが、梓ちゃんには劣ります。
梓ちゃんは、(何故か)私の部屋で主な時間を過ごしています。
その甲斐あってのことか、私の部屋は以前よりも散らかってしまっていました。憂、ごめんなさい。
澪「それなら、ゴミ箱の中身も、普通に捨てる量だった?」
梓「はい。中身は見えませんが、上から見た限りでは紙ゴミで一杯だった気がします。
あっ、一番上の紙はクラス分けの紙でした!」
やはり澪ちゃんの推理は当たっているようでした。
そして、ムギちゃんのアイディアも有効そうです。……というか。
唯「クラス分けの紙って、普通捨てる?」
梓「間違えて二枚貰ってしまったので、当日一枚捨てました」
犯人はキミか。
梓「そんなことはどうでもいいです」
確かにそうです。けど、言い方考えて欲しかった。
梓「どうやら、先程話してくださった推理、正しいようですね。
では、善は急げと言いますし、行きましょう」
澪「待った」
梓「はい?」
澪「……昨日の約束、忘れたのか?」
昨日の約束。部活“以外”の時間を使って捜査する、ということでしょう。
梓「でも、その約束を初めに破ったのは、澪先輩ですよね?」
澪「うっ」
そういえば、そうでした。澪ちゃんが初めに自分の推理を、部活の時間に展開していました。
約束を言った本人が、初めに約束を破っていました。原因を作ったのは私ですけど。
律「まあ、今日ぐらいいいだろ?善は急げって言うしなー」
澪「お前の場合は捜査のほうが楽しそうだと思ってるだけだろ」
律「あれ、バレちゃった?」
と、りっちゃんがおどけた声で言うと、
澪「お前のことなんてお見通しなんだよ」
と、澪ちゃんは呆れ気味に言いました。
長い間一緒にいると、こんなことも可能なのでしょうか。
私は、未だに和ちゃんのことで知らないことばかりなのですが……。
律「……まあ、それだけじゃないんだけど、な」
‐生徒会室‐
和「それで、春休み中に訪れた生徒を教えろって?」
唯「お願い!」
和「……仕方ないわね」
この学校の生徒会は、本当に色々な権限を持っており、
生徒会長の許可さえ下りれば、かなりの量の学校の記録を閲覧できるようです。
和「ちょっと待ってて。今、職員室の方に行ってくるから」
澪「あれ、生徒会長の許可はいらないのか?」
和「そう。それじゃ、行ってくるわね」
……因みに、和ちゃんは生徒会長ではありません。念のため。
梓「あれが職権乱用というものですか?」
その表現は概ね正しい、と言いたいところでしたが……。
和ちゃんには何度も助けられているから、そんな言い方はしたくありませんでした。
完全に後出しなのに、部活申請を通してくれた恩人でもありますし。
唯「あれはね、人助けっていうんだよ」
梓「ふむ」
梓「ルールを破ることが、たまには人助けにもなるんですね!
私、一つ賢くなった気がします」
良かった、今度は柔軟に受け入れてくれた。とはいえ。
唯(……ただ、さっきのことも柔軟に受け入れてくれるとは、考えにくいんだよなあ)
難しい問題です。
* * *
和「ほら、これが春休みの最終日の登校者リスト。団体名と、代表者一名の名前が書かれているわ」
“人助け”という名の職権乱用を利用して手に入れた、登校者リストが私たちの前に広げられました。
(もはや、職権乱用すら正しくありません。自分の権利の及ぶ範囲も越えていますね)
……あれ、何で最終日だけ?
和「最終日の午前中に、ゴミ箱の中身が綺麗にされたのよ。生徒会の活動でね」
和「もしゴミ箱が一杯になってるんだとしたら、その日のうちでしょ?」
話を聞いただけの和ちゃんは、私たちの考えが及ばない所まで教えてくれました。
三人集まれば、もんじゃの知恵とは言いますが、これだけ集まればお好み焼きでしょうか。
……何かを間違えてる気がします。
律「……いやー、すげえな!さすが唯の面倒を何年も見てきたという和だ!」
和「あら、そう?ありがと」
和ちゃんは頼りになります。もしかしたら、私の探している答えにも、
簡単に答えてくれるかもしれません。……こればっかりは、自分の力で答えたいですが。
律「よーし、早速リストを拝見しますかー!」
りっちゃんが、やけに張り切っています。
犯人が目の前に近づいてきて、テンションが上がってるのでしょうか。
律「よし、私が書いてある内容を読み上げてやろう!」
唯「おー、りっちゃんさんの有難きお言葉だー!」
澪「ただの登校者リストだろ……」
澪ちゃんのクールな突っ込みはさておき。
律「えーと、まずは生徒会だ。代表者、曽我部恵さん!」
和「私たちね。入学式に向けて、色々準備があったのよ。
因みにその名前は、知っているとは思うけど、現生徒会長よ」
梓「知りませんでした!」
ハッキリ言わないでほしかったです。
和ちゃんも見事な呆れ顔で、梓ちゃんのことを見ていました。
律「つまり生徒会の人たちも一応容疑者だな」
澪「おいおい、和がいるのに、そんなこと言わなくても……」
和「いいのよ。変な気遣いで容疑者を逃がしたら、元も子も無いもの」
和ちゃんは相変わらずの落ち着いた口調で喋り続けていました。
きっと、生徒会の中に犯人はいない。そう断言できるからでしょう。
律「……そうだな、一応、容疑者だ。次に来たのは……えっ?」
律「おい、これどういうことだ?」
りっちゃんがあまりに奇妙な態度をとっていたために、
私たちは登校者リストを覗かずにはいられませんでした。
……そこに書いてあったのは、思いにもよらない事実でした。
梓「これは、つまりどういうことですか?」
唯「……梓ちゃん、落ち着いて聞いてくれる?」
唯「犯人の特定は、“既に完了されている”かもしれないよ」
登校者リストに書いてあった団体名は三つのみ。
生徒会と、新聞部と、そして……
‐花壇‐
唯「……じゃあ、あなたたちが犯人で、間違いないんだね?」
?「そうだね」
……あっという間に、自白してくれました。何故か。その理由は簡単でした。
澪「じゃあ、もう弁償し終えたんだね……」
澪「園芸部員さん」
犯人は、“園芸部員なのですから”。
あの登校者リストに書いてあった団体名は僅か三つ。
生徒会と、新聞部と、園芸部だけ。
生徒会は正直独断としかいいようがありませんが、初めに候補から排除しました。
りっちゃんは最後まで疑っていましたが、私の必死の説得に渋々納得してくれました。
次に新聞部を候補から排除。流石に自分が起こした事件を書くはずがありません。
となると、残るのは園芸部のみ。
登校者リストに記録されていない、掟破りの生徒がいたかもしれませんが、
それを想定するのは後回しです。先にリストに書き込まれた代表者に、聞き込みをするのが先決でした。
そもそも、掟破りの生徒を想定してしまうと、手のつけようがありませんし。
園芸部員A「うん。そりゃあ、自分でやったことだもの」
澪「あなたは自分で、この新聞でいう“塵取りテニス”を行い、他の園芸部員を転ばせてしまった」
澪ちゃんの質問に園芸部員は頷きました。
そして、自分と、塵取りテニスの相手で、花の代金は全て払おうとした……
けれども、他の部員たちがそれを許さなかった。
だから結果として、その場に居合わせた部員たち全員で払うことになったと、
その園芸部員は言いました。
……そうです、犯人の特定は、“既に完了されていたのでした”。
梓「壊した塵取りのことは言いました?」
園芸部員A「あっ、その塵取りのことは、まだ誰にも言ってないや」
……今、特定されたものもありましたが。
どうせならということで、その園芸部員は全て話してくれました。
壊れた塵取りを発見されるのはマズイだろうから、その場にあったゴミ箱に捨てた。
そして、その上に結構な量の紙ゴミをいれて、外側から見えないようにした。
用心なことは結構でしたが、おかげで犯人を割り出すことが出来たのは皮肉でしょうか。
しかし、その犯人の顔には、どこか清々しさが浮かんでいるようにも見えました。
梓「ふむ」
梓ちゃんが普段とは違った、とても小さな声で、私にこう言ってきました。
梓「人間は天使と違い、罪を償うことが可能です。
だからこそ、こうも簡単に、この人は罪から解放されているのでしょう」
同じぐらいの小声で、私は梓ちゃんに尋ねました。
唯「……天使は、罪を償えないの?」
梓「当たり前です。私たち天使が罪を犯したときには、羽をもがれ、地の底へと堕とされます」
……体中が震え上がりました。
この子たちが、そんな過酷な環境を生きているのかと思うと……!
紬「唯ちゃん?……唯ちゃん!」
ハッとしました。呼ばれていることに、今初めて気付きました。
紬「もう事件も解決して、帰る時間になったわ。帰りましょ?」
唯「……ごめん、ムギちゃん。先に行っててくれるかな?」
律「なにか用事でもあるのか?」
唯「うん、ちょっとね。梓ちゃんも、着いてきて」
梓「はい?」
私は三人と別れを告げ、ある場所へと赴きました。
その場所は、私が答え合わせをするにふさわしい場所なのかもしれません。
‐廊下‐
新聞部員A「……それで、私にこれ以上何を言いにきたんです?」
唯「うん、ちょっとね」
私が梓ちゃんを連れて訪れていたのは、新聞部の部室。
そして私は、この新聞を書いたとされる生徒を、部室の外に連れ出していました。
確認したいことがあったから。この事件の解決とは、また別のことで。
……きっと、そうなんだと思います。
唯「……うん、きっとそうだよ。やっぱり」
新聞部員A「私も忙しいんです。あまり長い時間縛られるのは、困ります」
唯「じゃあ単刀直入に言うね?」
唯「キミ、この事件が解決されていたこと知っていたよね?」
新聞部員は顔を横に逸らしました。ビンゴ。
唯「全部、私の憶測だから聞き流してもらっても構わないよ?」
唯「ただ……」
唯「ここなら何を喋っても、“キミの立場を揺るがすようなことは起きない”よね」
新聞部員は顔を横に振ることはありませんでした。
私はそれを、肯定の意味で受け取り、話し始めました。
唯「私はいくつかの不審な点で、そう感じたの。だから、その点を一つ一つ説明するね」
私のことだから、失敗するかもしれないけど。
そう小さく付け足したのは、相手にも届いたでしょうか。
唯「一つ目は、この新聞の記述。何で、ここまで詳しく書けたのかなあ?
例えばだけど、“とある園芸部員が一人、花壇の様子を見に行った”とかね」
ここまで詳しい記述、つまり“園芸部員が一人で花壇を見に行っていること”。
他の部員も一緒に着いて行く可能性も無いわけではないのに、
この新聞はその可能性を完全に切り捨てていました。つまり、“事実を知っていた”。
唯「二つ目は、この記事に、無いこと。
……どこにも“理不尽”という言葉が使われていないよね?」
この記事は、“塵も取れれば、山も取れる”を始め、執筆者の意見が多く盛り込まれていました。
しかし、この事件を傍から聞いていて、必ず思うであろう気持ちに関する記述が一切無いのです。
それは“理不尽な事件だ”というものでした。
あくまで憶測です。それを偶然というのも、こじ付けにはなりません。
しかし目の前にいる新聞部員は、あくまで何も言ってきませんでした。
唯「三つ目。……あなた自身が“塵取りテニス”を目撃していたことだよ」
塵取りテニスの壊れた塵取りについて、あの園芸部員は、誰にも言っていないと言いました。
つまり、ここにある“割れた塵取りをゴミ箱に捨て”という記述は、実際に目撃した人間でないと、
書けないようなものでした。
そして、新聞部は学校内において、情報収集のプロです。
恐らく調査対象の人間の所属している部活など、既に調べ終えていることでしょう。
……この事件の犯人が、園芸部員だということも。
唯「別に、私はキミの立場を揺るがそうと思っているわけじゃないよ?」
唯「だから私は、ここを選んだんだもん」
そう、これが答え。
唯「ただ、私、新聞はそんなに読まないけど、これだけは言っておきたいな~……」
唯「……偏った情報を与えないで欲しいかな」
新聞部員は顔を真っ赤にし、黙ったまま新聞部の部室に戻って行きました。
開けたドアは、学校中に響いてしまうのではないかというほど、勢いよく閉められてしまいました。
……これ以上、ここにいる理由はありません。私はゆっくりとその場を離れました。
‐帰り道‐
梓「ふむ」
梓「唯先輩の答え、つまりこういうことですか?」
梓「“人の立場を必要以上に揺るがすべきではない”」
唯「そうだね」
今日の昼休み、新聞部員を問い詰めなかった理由。
それはあの場所が一番の問題でした。
彼女はただ、自分の仕事をしただけ。それが罪に問われるならともかく、そうではない。
それなのにもし、私たちが必要以上に問い詰めていたら?
クラス中の人たちが、彼女を見る目を変えてしまう。それを危惧したのです。
彼女のルールを守るということは、同時に彼女自身を守ることと同義だったのでした。
梓「人は、どこまでも他人を陥れることが出来る。
しかし、それを必要以上にやることは、慎むべきだ。そういうことですか?」
唯「うん。だから私は、あの場所で、あの子を問い詰めたんだもん」
梓「……私からすれば、唯先輩は甘過ぎです」
私はその言葉に、思わず苦笑してしまいました。甘い?
……ははは、そう、その通りですとも!
唯「そうだね、甘々だね」
梓「……まだ、何か隠してません?」
唯「そうだねえ……。こう、女の勘ってやつが、今日は働いちゃうんだよ」
そう、それは憎いぐらいに!
働かなくてもいい方向に、働いていましたよ!
唯「あの新聞部員は事実を知っていた。部員たち全員が、“塵取りテニス”をしていた二人だけに
花の代金を支払わせることを、防いだことも」
唯「……じゃあ、何でこう書いたんだろうね?」
唯「“これは美談などではない。ただの悲劇なのである”。」
……梓ちゃんは、しばし私の言葉の意味を考えていました。
そしてちょっと時間がかかりましたが、その答えを“見つけてしまいました”。
梓「……そんなこと、あるんですか?」
唯「梓ちゃん。梓ちゃんみたいな天使は、汚れを知らなくてもいいのかもしれない」
唯「けれど、ここは人間界なんだよねえ……」
―――昔、私はある先生の過去の写真を見破ったことがありました。
それは、他の人が気付くようなものではなくて。私だけが気付いていて。
この時はただ、自分の勘が特別冴えているのだと、優越感を持っていました。
ただ。
最近はその勘も、よく働いていなくて。だから久々にソレが働いた今日は、嬉しくて。
次々と事件が解決に向かった様は、とても気持ちよいものでした。
……それなのに、最後の最後に辿り着いた結論は、
唯「事件後半の情報をリークしたのは、“他の園芸部員”だよ。
……それも、“園芸部全体で花の代金を支払うことに反感を持った”ね」
梓「……嫌です、そんなの……」
……どうしてこうも、悲しいものなのでしょう!?
第四話「潰された花」‐完‐
―――第五話に続く
最終更新:2013年03月16日 21:22