* * *


和「まさか唯の勘が、ここまで役立つなんて」

唯「えへへ……」

和「普段からそうだと助かるんだけど」


 私がそんなだったら、きっと和ちゃんとも
 出会ってなかったのではないでしょうか。

 それはともかく。どういうことなのか。
 私は憂に起こしてもらえませんでした。
 言い方を変えれば、憂に寝させられていました。

 どうしてか。簡単です。
 “朝食を食べて欲しくなかったから。”

 朝食を振舞われなかったのは、私が寝ていたから。
 そこからの逆転の発想です。
 理屈が通っていないことは無いと思います。


和「でも、それだと違う疑問が発生するわ。
 どうして憂は唯に朝食を振舞えなかったのかしら」

唯「……」


 何ででしょう。


和「やっぱりあんたはあんただわ……」


 褒められていないことだけはわかりました。


唯「何か理由思いつかないかな?」

和「広義な言い方だけど……。失敗、したんでしょうね」


 あの憂が料理で失敗。
 一体何が起きてしまったのでしょう。

 朝食の失敗。
 あずにゃんとの突発的なお出掛け。
 二つを結びつけるものは、何か無いのでしょうか。


和「あっ」


 と、その時。和ちゃんが何かに気付きました。


和「その失敗した料理を、梓ちゃんは食べてるのかしら」

和「いや、というか……」


 和ちゃんは人一倍大きなため息をつきました。


和「電話で聞けばいいじゃない。梓ちゃんに直接」


 あっ。そうそうその手が……と思ったら大間違いです。


唯「あずにゃんは携帯持ってないよ~」

和「えっ」


 和ちゃんは驚き、やれやれといったように首を左右に振りました。


和「それもそうよね。流石の唯でも、その方法は気付くか」


 実は携帯というワードが出てきた瞬間、
 私は世紀の大発見をしたような気持ちにはなりました。
 つまり気付いてませんでした。

 憂には自然に電話していたんですけどね。


和「でも梓ちゃんが朝食を食べたとすると、
 この突発的なお出掛けにも理由がつく気がするのよね」

唯「というと?」

和「朝食が失敗作で、それを口にした梓ちゃんが
 “むっ、この料理は。さては憂、君は何か漠然とした不安を抱えていますね?”
 ……なんてね」


 和ちゃんの言い回しはやはり、あずにゃんには似つきません。
 それはともかくとして、


唯「その可能性、ありえるね。
 朝の不自然な出来事が全て別々の理由から起きたとは
 考えにくいもんね」

和「さて、ここから考えられる料理の失敗は、何かしら?」

唯「えっと……味付けを間違えちゃった?」

和「そうね。落ち込みは色んな弊害を生むでしょうから、それもあると思うわ」

唯「その料理を食べたあずにゃんが気付く、っていうところかな……」

和「まあ味見を忘れるほど落ち込む理由もわからないし、
 それで外に出掛けたっていうのも理解しがたいけれど……」


 もしかしたら、違う理由?
 もっと重要な失敗が、憂の料理にはあったのでしょうか?

 私の方がますます不安になってきた、その時。
 不意に声をかけられました。


?「あの」


 私と和ちゃん、ほぼ同時に声のした方を見ました。
 二つのボンボンを頭につけた、可愛い少女がいました。
 純ちゃんです。


唯「おお、純ちゃん。いつも憂がお世話になってるよ~」

純「いえいえ。それで二人とも、さっきから何を話してるんですか?」

和「ああ、あなたそういえば同じ中学にいたわね。
 こうして話したのは初めてかしら?」

純「そうですね。それより二人とも、さっきから何を話してるんですか?」

唯「純ちゃんは何か頼まないの?」

純「では、私もチーズバーガーで。ですから、二人とも何を」

和「ちょっと私が卒業した中学のこと知りたいわね。
 色々質問してもいいかしら?」

純「……まずは私の質問に答えてくれません!?」


 ですね。


 * * *


純「なるほど、憂が落ち込んでいると」

唯「純ちゃん何か知らない?」

純「実は私も同じこと思ってたんです。
 唯先輩が合宿に行ってる最中、ちょっと平沢家にお邪魔になったんですよ」


 おお、同じことを。それに、


唯「遊びに来てくれたの?またいつでも来なよ~」

純「そうします」

純「それでですね、私はドーナツをいくつか買って行ったんです。」


 おお、ドーナツ。それは、


唯「美味しかった?」

純「はい」

純「まあ四種類のドーナツを、二つずつ。
 その日は二人で遊んでいたので、丁度よく分けられるように買いました」


 おお、二つずつ。なんとも、


唯「偉いねえ、ありがとうねえ」

和「唯、黙って」

唯「はい」


純「……で、その時のことなんですが。
 まあ、魔がさしたというやつですね」


 純ちゃんは申し訳なさそうな顔をして、


純「そのなかの一種類のドーナツが
 これまた美味しくて、私驚いたんですよ」

純「それで、あっという間に食べてしまったんです。
 でも私、もっと欲しくなったんです」


 なんとなく、純ちゃんの次の行動がわかりました。


純「……それで憂の分、食べちゃいました」


 やっぱり。


純「色々隠ぺい工作したんですよ?
 でも結局ばれちゃって……。憂に怒られると思ったんです」


 流石の憂でも、自分の分のものが取られたら怒ります。
 冷凍庫にあるアイスは大体私のものですが、
 いくつか憂のものがあるので注意が必要です。


純「怒られる前に全力で謝りました。そうしたら、憂が」

純「“い、いいんだよ、別に!
 そんなに純ちゃんが食べたいなら、全部食べてもいいぐらい!”って」


 それはそれは……。
 私だったら、そこまで言えません。


純「最初は遠慮してるのかなと思ってたんですけど、
 どうも本気なんですよね」

純「流石に全部食べるのは気が引けますし、
 ドーナツは憂の家に置いたまま帰ったんですけど……」


 つまり純ちゃんがいる間、
 憂は少しもドーナツに手をつけていないということでしょうか。
 ……何かが見えてきました。


純「一体どうしたんでしょうね、憂は?」

唯「……和ちゃん」

和「ええ。もう外に出ましょうか」

純「あ、二人とも食べ終わってるんですね。
 なんか引き止めたみたいで、すみません」

唯「いやいやそんなことはないよ純ちゃん」


 私は笑いかけ、顔の横で手を振りました。


唯「じゃあ、またね~」

純「はい、さようなら~」



 ‐外‐


 帰り道。時刻はおよそ十三時半。
 私たちは特に会話をするでもなく、帰路についていました。
 先に話を切り出したのは、私でした。


唯「まあ、なんというか……」

唯「純ちゃんに初めから聞けばよかったね」

和「そうね」


 今までわかったことをまとめると……、

 憂は落ち込んでいた。憂は料理で失敗した。
 憂は朝突然出掛けた。憂はその理由を私に話せなかった。
 そして、憂はドーナツを食べなかった。

 ということです。

 さらに憂は心配性です。
 特に私に対してはそうですが、自分に対しても同じ。

 答えは明白でした。


和「“憂は、ダイエットをしているのね。”」

唯「私もそうだと思う」



 きっと憂は私が合宿に行った後、
 それを本格的に決行したのでしょう。

 例えば食事制限。

 夏休みの私たちは、私が部活のある日以外、
 ほぼ全食を一緒に食べています。
 また、部活のある日でも昼食以外は一緒に食べています。
 憂が全食の食事制限を行えたのは合宿の期間だけです。
 その期間中に無理なペースのダイエットを行ったと考えられます。

 さらに料理が失敗した理由は味覚障害にあるとすればどうでしょう。

 もし学校があった期間中でさえ、
 憂のお弁当の中身が私と違っていたら。
 それは長い長いスパンを置き、
 合宿中のラストスパートでトドメがさされていたら。
 あずにゃんは朝食を口にしたとき、
 その異常を感じずにはいられなかったはずでしょう。

 和ちゃんにはわからないと思いますが、
 私はあずにゃんが一緒に出掛けて行った理由も
 よくわかります。あの子は天使です。優しいです。
 懸命に努力する子を助けようと、必死になるでしょう。
 ……いや、困っている子を、かな。

 これは推論ですが、あずにゃんはダイエットに相応しい場まで、
 憂と一緒にテレポートしたのではないでしょうか。
 きっと憂の努力を最大限に活かせる場所へ、憂を連れて行ったのです。

 あとは食事をしっかり取らせてくれればいいのですが……。
 あずにゃんにそこまで望みはしません。
 帰ってきたときに、私から言えばいいでしょう。


唯「でも、太った風には見えないけどなあ」

和「まだ中学生の基準で見てるんでしょうね」

和「あの子、高校に入ってから結構成長してるじゃない?
 それを自覚してないのよ、きっと」


 ああ、なるほど。確かに成長してます。
 きっと身長も伸びてるでしょう。
 それと、あの、胸も。中学時代とはだいぶ変わったことを、私は知っています。
 というか、それが一番重くなった原因ではないでしょうか。

 悲しくなってきた。


唯「……さて、と」


 悲しくなってきた、といえば。
 私に問題が山積みだったことも悲しくなってきました。


和「唯?」

唯「これでもまだ、私の問題は解決しきってないんだよね~」

和「澪のことね。これも一緒に考えてあげましょうか?」

唯「いや、いいよ。これは私だけの問題な気がする。
 憂のことだってそうだっただろうし、憂に悪いことしちゃった気もするし。
 和ちゃんにこれ以上迷惑かけるのも申し訳ない気がするからね」

和「そう。それなら私は、これで帰るわね」

唯「じゃあね、和ちゃん。また!」

和「また学校で。もしかしたら休み中に」


 和ちゃんはペースを上げ、自分の家の方へ歩いていきました。
 ……と、その瞬間。和ちゃんがこちらを振り向き、


和「ああ、そうそう。私、なんとなく思うのよ。
 澪の件も、そう難しくないのかもしれないって」

和「紙にでも書いて、整理すればね」


 * * *


 道には私一人……と、いくらかの通行者。
 といっても周りは見ていないので、実質私一人で歩いていました。

 最後和ちゃんはアドバイスをくれました。
 紙に書く。これは私に合った物事の考え方なのかもしれません。

 しかし残念ながら手元に白紙はありません。
 代わりに、私は頭の中に一枚の白紙を思い浮かべることにしました。
 そしてそこに色々なことを記憶のインクで書き記していきました。

 澪ちゃん。
 澪ちゃんの視線。
 澪ちゃんが落とした花弁。
 白いマーガレット。
 五輪揃った花瓶。
 園芸部。
 塵取りテニスの事件。
 あずにゃん。
 私。
 私と澪ちゃん。
 合宿。
 合宿でのお話。

 まだ内容が足りない。無駄な要素が多い。
 そう思って私は携帯で、インターネットを開きました。
 検索フォームにこう入力しました。


唯(“マーガレット”、だよね)


 私は検索して出て来たページを適当にスクロールし、気付きました。


唯(……雑誌ばっか)


 私は、すぐに新しいワードを入力しました。


唯(“マーガレット 花”。今度こそ)


 うん、これなら出る。間違いない。
 ……ほらもう出た。
 目的の事柄が書いてあるだろうページを開き、私は満足しました。

 自分の中でイマイチ結びつかなかった糸を
 簡単に束ねてしまうモノ。そんなものを、私は見つけたのです。

 インターネットを閉じ、電話帳を開きます。
 表示された名前は“澪ちゃん”。



 ‐桜が丘高校‐

 ‐音楽準備室‐


 空はオレンジ色に光っています。
 どうやら明日は晴れのようです。

 天気というものは、
 自分ではどうしようもないモノの部類に入りますが、
 それに対抗する手はあります。

 例えば夕焼けの次の日は晴れ、という知識。
 これがあれば明日私は傘を持たずに出掛けることが出来るのです。


唯「……夕焼け、綺麗だよ~」

澪「そうだな」


 そしてこれも。
 他人の気持ちも、やはり自分ではどうしようもないモノです。
 ですがやはりこれにも、対抗する手はあります。

 即ちそれは、今まで私がやって来たこと。
 解決に必要な材料を集めて、勘に任せるということ。
 あとは神に祈るだけです。自分の勘が合ってますように、と。


澪「そういえばさわ子先生が行方不明らしい。
 何か知ってるかって聞かれたよ」

唯「ええっ!?」


 ……もう一つ神に祈るものが増えてしまった。


澪「驚きだよな」


 澪ちゃんは小さく笑いました。
 しかし、それも一瞬。
 すっと笑顔は真顔に変わり、話を切り出しました。


澪「それで、今日はどうして呼び出したんだ?」

唯「うん。謝りたくて」

澪「えっ?」

唯「ごめんね、澪ちゃん!」


 謝られた澪ちゃんは戸惑っていました。


唯「私、理由も全然聞かないで、勝手に澪ちゃんのこと疑ってた!」

澪「あ、ああ……花弁のこと?別にいいんだよ、それぐらい。
 私が落としたことに、変わりはないんだから」

唯「ううん、よくない。
 だって私、このままだったら澪ちゃんを避けてた」

澪「……まあ、そうなるよな。理由話せていないからな」


 私は贈り物を蔑ろにすることは、絶対に許せませんでした。
 それは例えば、ムギちゃんが持ってきたお菓子を
 直接ゴミ箱に捨てるような行為です。

 不慮の事故、というものもあります。それは仕方ありません。
 しかしその時は理由を話せばいいのです。
 ですが、澪ちゃんはそれを話せないと言いました。
 だから私はあの時、心底澪ちゃんに絶望してました。

 今は、あの時の私に失望しています。


唯「でね、私なりに考えたんだ。
 なんで澪ちゃんが花弁を床に落とすことになったのか」

澪「えっ……」

唯「あんまり知られたくないことだろうから、
 他に誰もいないここを選んだんだけど、ダメだったかな?」


 それは新聞部の件も漏れず。


澪「……まあ、本当にわかったかはわからない。
 話だけは聞いておこうかな」


 困った表情をしたまま、澪ちゃんはそう答えました。
 その反応が私の考えを裏付けているようでもありました。


唯「和ちゃんに相談して、色々と方法を教えてもらったの」

唯「私なりに頑張って考えたんだけど、大丈夫かなあ……?」


 私はいつも使っている机の上に、
 様々なことが書き込まれている一枚の紙を乗せました。



 “■関係してそうなこと!

  一、澪ちゃん。
  ニ、澪ちゃんの視線。
  三、澪ちゃんが落とした花弁。
  四、白いマーガレット。
  五、五輪揃った花瓶。
  六、園芸部。
  七、塵取りテニスの事件。
  八、私。
  九、合宿でのお話。

  ■予想!

  ・花弁は偶然落ちた → 三番から可能性ゼロ
   → 三番から花弁は澪ちゃんに落とされた!

  ・花弁は園芸部の花 → 五番から可能性ゼロ
   (さらに、あの花弁は色がはっきりとわかったから)
   → 三番から澪ちゃんが持ち込んだ可能性高し!

  ・実は落とした理由が無い → 九番から可能性ゼロ。
   (私に話せない理由があったはず)
   → 故意に花弁は落とされた!

  ・澪ちゃんは怖い視線を花に送っていたのは園芸部員に関係がある
   → 六番、七番、八番を絡めると納得出来る?
   (あの時私は傍から見ても明らかに落ち込んでいたらしいから、
    園芸部員に対する怒りが出ていた?)

  ・視線と花弁に関係は? → 上より、まず無い!
   (視線の先にあるのは園芸部員の花で、
    澪ちゃんが落とした花弁は園芸部員の花ではないから)”



澪「……へえ、色々考えられてるじゃないか。凄いな」


 私一人では無理でした。
 和ちゃんのアドバイスのおかげです。


唯「私は、澪ちゃんの視線と落ちた花弁を一緒に考えていたんだよ。
 だからいけなかったんだね」

唯「“この二つに、直接の関係は全くなかったんだから。”」

唯「……そうなると、私の紙にも余裕が出来てくるね~」

澪「でも、これじゃ私の理由に迫ってないけど?」

唯「うん、だからこれ。二枚目」


 私は二枚目の紙を、一枚目の隣に置きました。


 “■補足!
  一、マーガレットは花占いに使われる。

  ■再予想!

  ・マーガレットの花は澪ちゃんが、花占いに使った。
   → 澪ちゃんはロマンチックだから有り得る!かも!”


 今度は先程のものより、小さい紙を。
 そしてそこに、少々の言葉と私の解答を記しておきました。


唯「私は純ちゃんの例に沿って、
 今まで知らなかった情報を追加したの」


 言ってから、純ちゃんの例という言い方は無い気がしました。
 澪ちゃんはわかるはずがありません。
 何か聞かれるのも面倒なので、私は間髪いれず喋りました。


唯「どうやって手に入れようかと思ったけど、
 まあさすがにネットの時代、それはすごく簡単に手に入ったね」


 澪ちゃんは目を丸くしていました。
 そして固く結ばれた口が、そっと開かれました。


澪「つまり、唯は」

澪「“私は花占いで花弁を落とした”と言いたいんだな」

唯「そうだよ」


 私の導き出した答えは、それ。
 澪ちゃんは“故意”に花弁を落としました。
 それは“恋”に落とされたといってもいいのでしょう。
 なんちゃって。


唯「もし園芸部員への怒りが、澪ちゃんの原動力だとすれば、
 あそこにある五輪の花を全部取り替えるだろうね」

唯「でも、さすがに五輪も花を持っていたら誰かが気付くよ。
 バッグに隠していたとしても、茎が少し折れていたりするだろうし、
 あの花瓶に飾られたら不自然だよね」


 五輪もの花を綺麗に保つ容器。
 あの教科書が沢山入ったスクールバッグに、
 そんなものが入るでしょうか?


澪「一輪だけだったら、茎が少し折れても隠しやすい。
 いや花占いに使うものだったら、茎の長さなんて調整しても
 何の問題はない。あの花瓶に飾られているのとは別に」

澪「……そういうことか」


 ……ええと、そういうことです。
 そこまで考えが及んでなかったのは、秘密です。


澪「ふふ……腹を割って話す。
 きっと今この瞬間のことを言うんだろうな」


 澪ちゃんの顔が綻びました。
 今まで封じられていた扉を、開け放ったような。


澪「正解だよ、唯。おめでとう」


 私はその言葉を聞いて心から安心していました。
 肩の力も足の力も抜け、身体もへなへなと崩れ落ちてしまいました。


澪「ゆ、唯!?」


 ちょうど正座の姿勢になった私は、
 何とか笑うことしか出来ませんでした。


唯「ご、ゴメン……。ちょっと立ち上がれないや……」


 それだけ、私は緊張していたということでしょう。
 慣れないことはしないものです。


澪「全く……ほら、手を貸すよ」

唯「ありがとう……。あっ、でもね」


 私は澪ちゃんに手を握られながら言いました。


唯「ここで恋占いしてた理由は、
 わからなかったんだよね……。どうしてここでしたの?」


 もしかしたら部室で恋占いをすると効果覿面だとか、
 そんな伝説でもあるのかもしれない。私はそう思っていました。 


澪「ん、それはな……」


 きっとロマンチストな澪ちゃんのことです。
 この類の伝説は信じてしまうでしょう。
 だから、ここで恋占いをした。……多分。

 などと思っていると、澪ちゃんが私の手を引きました。
 私は澪ちゃんに感謝しながら立ち上がった、その時でした。


唯「う、うわっ!?」


 ちょっとだけ勢いがつきすぎたのです。きっと。
 私は前屈みになり、転げそうになりました。
 そして、私は……


唯「……澪、ちゃん?」


 ……澪ちゃんに、ぎゅっと抱きしめられました。


澪「唯。大好きだ」


 えっ?


澪「……この意味、わかるよな?」


 少しパニック。混乱しながら、私は考えました。
 このタイミングで言われた“大好き”という言葉の意味を。
 どう考えても、そういう意味でしかありません。

 ああ……、身体が熱くなってきました。


唯「……み、澪ちゃん」


 私はそっと、私を抱きしめていた腕を解きました。
 数歩後退し、澪ちゃんの目をじっと見ました。


澪「……」


 ああ、真剣なんだね澪ちゃん。
 そんな意志が伝わってくる、強い目をしているよ。
 ……でも、ね。


唯「ごめんね」



 ‐平沢宅‐

 ‐唯の部屋‐


 私が思うに、この世界のモノはあらゆる分け方が出来ます。
 例えば食べられるものと、食べられないものとか。
 実際に見ることが出来るものと、見えないものとか。

 自分である程度思い通りになるものと、
 そうはいかないものとか。

 こと他人の気持ちとなれば、それはもう。
 間違いなく思った通りにはいかないものなのです。


梓「……ふむ」


 とはいえ、気持ちに対する返事は何とでもなります。
 憂の落ち込む理由がダイエットによるものだという推理を
 本人に伝えた後、私は色々な言葉で憂にそれを止めさせました。

 憂は今のままで十分可愛い。
 ……それに、全然太っていない!


梓「そんなことがあったんですね」


 説得された憂の健康的な晩御飯を食べた後、
 私たちは自分の部屋に戻り、
 今日の出来事を報告しあっていました。
 あずにゃんの行動は概ね私の想像通りだったので、
 あまり面白いものではありませんでしたが。


梓「それで、どう返事したんですか?」

唯「まず最初にゴメンって。そしてね」


 次に私はこう言いました。

 澪ちゃんのこと、決して嫌いになってはいないよ。
 これからも大切な友達であることは変わりないよ。

 ただ私、女の子から告白されるなんて思ってもいなかったから。
 全然考えがまとまらなくて。
 今ここで“いいよ”って言って、私に責任が取れるのかな?

 ……取れるわけ無いよ、この程度の覚悟じゃ。
 だから今は、ゴメン。


梓「ふむ」


 そうしたら澪ちゃんはこう言いました。

 わかった。そうだよな、いきなりだもんな。
 まず驚かせてゴメン。そして嫌いにならないでくれて、ありがとう。

 ただ私、まだ諦められないかもしれない。
 だから時間が経って、そうしたらまた告白するかもしれない。
 ……それまでは、そんな我侭な友達でいいかな?

 私は、澪ちゃんの言葉に頷きました。

 私に澪ちゃんの気持ちを蔑ろにする理由はありません。
 告白を拒絶する理由もありません。
 ただその度に、私のその時の気持ちを伝えればいいだけですから。


梓「……ということは、いつか唯先輩の気持ちは変わるのですか?」

唯「さあ、どうだろうねえ」


 ……それは、どうなのでしょう。
 今のところそんな兆候はありませんけれど。


梓「ふむ」

梓「しかし、意外な結末です。まさか花占いによるものだったとは」

唯「そうだね。あずにゃんの言葉に耳を傾けなかったせいで、
 私は勝手に自爆していたんだね」

梓「まったくです!」


 ハッキリときついことを言ってくれます。
 最近あずにゃんが私に厳しい気がするのは、
 気のせいでしょうか。


唯「今回のことから学んだ教訓があるんだ~」

梓「それは?」

唯「“逸る気持ちが成就するのは、大体作り話の中。”」

梓「夢も何もないですね」

唯「そう?」


 あずにゃんは口に手を当てながら、くすくすと笑いました。
 私も同じようにそっと笑い、天井を見ながら言いました。


唯「私、現実は作り話以上に夢があると思ってるけどね」



 ―――私が思うに。
 この世界のモノは、自分である程度
 思い通りになるものとそうはいかないものと
 に分けることが出来ます。

 例えば人の気持ち。
 私にはどうすることもできません。

 ですが。それに対して何もしないこと。
 どうしようもないからといって、それは正しいでしょうか。
 いえ、正しくありません。

 発現した事象の是非。
 それを言うぐらい、私たちには出来るはずです。
 逆にそれを言わないのは無責任とも言えます。
 何も考えずに言うことも、無責任なのでしょう。 

 そうです。私たちの“無責任”とは、きっと……



梓「まあなんというか、世界は広いですからね」

唯「天使もいるぐらいだしね~」



 ……考えることを、止めたときなのです。



第八話「立ち止まって、見つめて」‐完‐


―――第九話に続く


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