【第九話】


 【Mi-side】


 ‐桜が丘高校‐

 ‐音楽準備室‐


 どうしてこんなことになってしまったんだ。
 いや、原因はわかっている。
 梓が“去年の文化祭のことを知りたい”と言ったからだ。

 そこに行方不明になっていたさわ子先生が颯爽と登場し、
 あるDVDを残して去って行った。素早い身のこなしだった。
 そして何故か部室にはDVDプレイヤーがあった。
 しかも結構目立つところに。不思議だ。

 おかげで梓は今、去年の文化祭を見ようとしている。
 天使である梓は一体、どんな反応をするのだろう。
 気になる反面、軽蔑されてしまうのではないかという、
 そんな不安もよぎる。


澪「な、なあ梓。止めないか?」

唯「澪ちゃん、もう遅いよ」


 そう言って私に話しかけて来たのは唯。
 異性の壁を越えた愛の告白を断られたとはいえ、
 親友としての変化はまるでない。

 唯の優しさが成せる技だ。
 私はそこに惚れたのかもしれない。

 まあ、今現在の唯は優しくないんだけども。
 おかしい。何故私のDVDをそんなに見せたいのか。


律「よし、ムギ」

紬「ゴメンね澪ちゃん」


 ムギにがっちりホールドされてしまった。
 これでは動けない。マズイ。
 何だよお前ら、揃って私に痴態を晒せって言ってるのか。

 梓の指が再生ボタンに近づく。
 もう少しで押されてしまうだろう。
 ああ、ついにその時が訪れてしまう。

 ああ、ああ、ああ……。



 【Yi-side】


 澪ちゃんが気絶しました。
 どうしたのでしょう。ムギちゃんが強くホールドしすぎた?

 いやいや、まさか。

 おっとDVDもいいところです。
 私のヘンテコな声はさておき、澪ちゃんの美声。
 私の歌声も評判ではあるのですが、
 澪ちゃんには適わないと思うのです。

 曲が終わりました。ふわふわターイム。
 盛り上がる講堂。清々しい顔の私たち。
 そして、退場……。はい此処です!



 【Az-side】


 今日、唯先輩に聞きました。
 去年の“ブンカサイ”はどうだったのかと。
 私は唯先輩の監視を行っていましたが、
 それにも穴は多くあります。

 よりによって、その穴がブンカサイだとは思いませんでしたが。

 唯先輩は言いました。良かったよ、と。
 ならばそれを見ないわけにはいきません。


梓(これで去年のブンカサイが如何なるものか、チェックです!)


 見た結果ですが、とても楽しそうなものでした。
 これは私も早くしてみたいです。

 と、ここで。ハプニング発生です。

 澪先輩が退場しようとしたときのこと。
 床の何かに引っ掛かってしまったのでしょう。
 転んでしまいました。

 ……よりによってアレをこちらに向けて。


梓「……」


 流石の私でも、アレはあまり見られたくない
 ものだとわかります。
 しかし、私は人間と一緒に生活していきました。

 その生活の中で、特にテレビの
 旅行番組を見ながらですが、
 “普段見られないものは、多く見ておくべきだ”という、
 自分なりの考えを出していたのです。

 つまり、私がとる次の行動は、


澪「ま、巻き戻すなーーー!」



 【Yi-side】


 わーお。大胆。

 最近ちょっと落ち着いてきましたが、
 まだあずにゃんは突拍子もないことを
 しでかすことが多々あります。

 とりあえずその映像に目を。
 映像は必要以上に鮮明でした。
 見る人が見たら、“眼福、眼福”とか言いながら
 気絶するような代物なのでしょう。


梓「……もしかして、これが色欲……?」


 キミは一旦気絶してもらった方がいいかもしれない。


澪「見られた……あの映像、見られた……」

律「まあまあ、いいじゃん。
 去年は全校生徒の前で見せちゃったんだしさ」

澪「全然フォローになってない!」


 その時。
 くしゅんっと、りっちゃんが一つくしゃみをしました。


唯「りっちゃん、大丈夫?」

律「あ、あれー?風邪ひいちまったかなー?
 まあ大丈夫だ、大丈夫」

澪「お、おい、本当に大丈夫なのか?」

律「明日までには完治させるからな!気合で!」


 りっちゃんだったら本当に完治させそうです。
 病は気から、といいます。


紬「今日はゆっくり休んだ方がいいんじゃない?」

律「平気平気。それよりお菓子食べようぜ~」

澪「人が心配してるってのに……」


 ただそんな言い伝えだけで拭えるほど、
 心配というものは安くないのです。
 もし風邪をこじらせてしまえば、
 文化祭でのライブは最悪中止となるでしょう。


唯「あずにゃん」

梓「はい?」


 小声で、あずにゃんに話しかけます。


唯「天使の力って、風邪に効くかな?」

梓「インフルエンザまでなら何とか」


 十分でした。多分。

 基準は良くわかりませんが、自分の中では風邪より
 インフルエンザの方が重病だったので。


梓「なるほど、言いたいことはわかりました。
 つまりあの風邪を治せばいいんですね」


 そうそう。


梓「手荒な方法と穏便な方法、どちらがいいでしょう?」


 穏便な方でお願いします。


 * * *


 あずにゃんは今晩にこっそり瞬間移動し、
 りっちゃんの風邪を穏便に治療するようです。

 見つからないことを、祈ります。


唯「そういえば澪ちゃんのクラスは何をやるの?」

澪「私のクラスはホットドックを作るよ。
 唯たちのクラスは何をするんだ?」

唯「パンケーキ作るんだよー」


 私たちのクラスはパンケーキを作ることになっていました。
 その中でも私は、広報班。
 看板を持って学校中のあらゆるところへと
 歩き回るのが仕事です。

 ついでに他店の偵察も兼ねて行います。
 いえいえ、遊んでいるわけではありませんよ、決して。


紬「味は四種類、一回で二種類まで注文できるの。
 澪ちゃんも良かったら食べにきてね?」

澪「ああ。私のクラスのホットドックもよろしく」


 よし、澪ちゃんのクラスにも偵察に行きましょう。
 いえいえ、遊びに行こうというわけではありませんよ、決して。


律「そうだ、梓のクラスは何をやるんだ?」

梓「私のクラスは劇をやります」


 おっと、それは意外です。
 これも見逃せません。


律「おお、気合たっぷりな一年生だな!
 梓は何の役をやるんだ?」

梓「何でも主人公にお告げをする、天使の役だそうです」

唯「ぶっ!」


 吹き出しました。


紬「ど、どうしたの唯ちゃん!?
 まさか紅茶熱すぎたのかしら!?」

唯「い、いや、大丈夫だよムギちゃん……」


 見ると、澪ちゃんも何かを堪えた表情をしています。
 それも仕方ありません。

 だってあの子、役でも何でもなく“天使”じゃないですか!


唯「ごめんね、ムギちゃん。
 それでどんな展開の劇なのかな、あずにゃん?」

梓「えーっとですね」

律「おい、それ言っていいのか?」


 はっとした表情のあずにゃん。
 引っ掛けたつもりは無いのですが、睨まれてしまいました。
 ごめんなさい。



 【Mi-side】


 ‐秋山宅‐

 ‐澪の部屋‐


 今日の部活も平和に終わった。
 平和すぎて、何か足りないと思えるほどにだ。
 いや、この前みたいなことは勘弁だけど。

 あれでも私はあの時、ショックを受けていた。
 あの時、というのは告白を断られたときではない。
 合宿で唯に泣かれてしまったときだ。

 告白自体は成功しない確率の方が高いと思っていた。
 だから、まるでショックを受けていないといえば嘘だけど、
 唯の言葉もあって、思ったよりは気持ちは楽だ。

 だからこそ今でも唯と気軽に話せるのだろう。
 唯は、本当に優しい。そして可愛い。

 ……ああ、やっぱり諦めきれてないや。


澪「はあ」


 音楽を聴きながら、勉強をするでもなく、
 私は自分の机に頬杖をついていた。
 机の上にあるのは桜高文化祭“桜高祭”のパンフレット。

 (実際“桜高祭”とは、あまり呼ばれていない。
  正面ゲートに書かれている文字こそそれなのだけど……、何故だろう?)


澪「唯と一緒に行動出来たらなあ……」


 それは、夢のようなこと。
 高校生生活の中でも、忘れ難い思い出になるだろう。


澪(唯は広報だから一日中、暇。
 私は一日目の午前中と二日目の午後に仕事があるから、
 誘うならその間か……)

澪(……よし、そうしよう)


 一段落ついた私は、椅子の背もたれに体重をかけ、
 そのまま椅子と一緒に背中から倒れてしまった。



 【Yi-side】


 ‐平沢宅‐

 ‐唯の部屋‐


 私は部屋であずにゃんと二人、
 文化祭のパンフレットに目を通していました。
 今週末はついに文化祭です。
 二日間に渡って行われる文化祭の一日目、
 お昼より私たち軽音部は講堂でライブを行います。

 因みに一日目か二日目か、
 どちらの日にライブをやるかは毎年変わっています。
 しかし二日間やるということはありません。
 他の出し物も多いので。

 そんなことを二日連続でライブをやらないのかと
 聞いたあずにゃんに、話していました。


梓「体育館もありますし、
 結構余裕ありそうなもんですけどね」

唯「でもライブなら一日だけじゃない?」

梓「むう、どうせなら一杯やりたかったです」


 私も同じく。


唯「でも劇は二日間出来るでしょ?」

梓「まあ、そうですね。
 オリジナルの話なので、是非期待してください!」

唯「うん、見に行くね。でも劇っていいよね~。
 クラスの皆が協力しないと出来ない出し物だからね」


 そう言うと、あずにゃんは顔を曇らせました。


梓「まあ、基本協力はし合ってました」

唯「何かあったの?」

梓「いえ、劇に関することは問題ないです。
 ただクラスの一人がイライラしていて、ちょっと近づき難かったというか」


 なるほど。
 険しい顔をしながら作業されると、
 ちょっと嫌な気分になってしまいます。


唯「どうしてイライラしてたの?」

梓「その子、映画研究会の子なんです。
 これは鈴木から聞いた話なんですが、
 映画研究会は文化祭に映画作品を出展する
 予定だったらしいんです」

梓「ですが」


 その鈴木という子が純ちゃんだと分かるより先に、
 あずにゃんの次の言葉が予想できてしまいました。


唯「それが出来なくなった?」

梓「はい」


梓「なんでも、結構本格的なものを撮っていたみたいです。
 舞台も近所じゃなくて、もっと遠くに。
 夏休みなんかも利用していたみたいですよ」

梓「でもあろうことか、撮影に使用していたカメラを
 夏休みの後半に紛失してしまったようで……」


 なんと。それは不運です。


梓「また撮影用の舞台に出掛けるにしても、時間が無い。
 いえ、それ以上にお金が無かったみたいですね」

梓「部費で取材費は賄われていたようですけど、
 それも夏休み中で全て使い切ったと聞きました」

唯「それじゃ、何も出来ないよ」


 つまり取材に行くためのお金、部費が無い。
 時間も無い。これは、早々諦めてしまいかねません。

 しかし、あずにゃんの話は違う方向へ進みました。


梓「ところが映画研究会の子、凄い熱心なんです。
 努力家で、この文化祭に全てを注ぎこむような勢いの人で」

梓「で、生徒会に直接頼み込んだみたいです。
 部費をくれ、と」


 直談判とは、行動力があります。
 普段からだらけている某部活とはまるで違います。


唯「結果は?」

梓「ダメでした。しかしかなり粘ったそうですよ。
 これも偶然近くにいたという鈴木の話ですが、
 “園芸部の部費は増えたのに、何故うちは増えないんですか?”とかなんとか」


 うわあ、尾を引いてるなあ、園芸部。


梓「その子に対して生徒会の人は、こう言ったみたいです。
 “だからこそ、生徒会にもお金は余っていない”と」


 ……見事に返されてしまったようで。

 お金を使ったと先に言ったのは映画研究会の子。
 それを否定することは、まあ出来ないでしょう。

 加えて言うならば、お金があっても生徒会は
 お金を出せなかったはずです。
 もしここでお金を出していたら、
 映画研究会の子はどうするでしょう。

 そう、夏休みが終わってもなお、その撮影の舞台に向かうはず。
 授業を放棄し、学校生活に支障をきたします。
 これを生徒会が容認できるわけがないのです。


梓「結局諦めたみたいですけど、
 まあそれからが大変です。とにかく顔が怖かったです」

唯「大変だったんだねえ」


 あずにゃんも、その映画研究員さんも。


唯「でもまあ、良く頑張ったよ。偉い偉い」


 私はあずにゃんの頭を、なんとなく撫でました。
 あずにゃんの顔は俯いていて表情が見えませんが、
 照れているのではないでしょうか。

 だったら可愛いなあ。


梓「……頑張ったと褒めるには、まだ早いです」


 全然不機嫌でした。


梓「とにかく、劇は必ず見に来てください!絶対ですよ!」


 顔を上げたあずにゃんは興奮し、
 私の方を前後に大きく揺すりました。

 なるほど自信作のようです、これは絶対に見に行きましょう。
 いえ、元々憂のクラスの出し物ですから、
 見に行く予定には組み込まれていましたけど。


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最終更新:2013年03月16日 21:29