【Az-side】
唯先輩がベッドに倒れました。
おやすみなさい。
とりあえずパンフレットで“文化祭”という字を確認。
どこかで見たことはあったような気はしますが、
単純に忘れていました。
ふむ。
この名前から察するに、
運動系の部活は活躍の場があまり無さそうです。
きっとクラスの出し物に集中することになるでしょう。
逆に文化系の部活は大活躍でしょう。
なにせ桜高には私の知っているだけでも、
十五以上の文化系の部活(同好会も含みます)があるのです。
盛り上がらないわけがありません。
……だからこそ、映画研究会は悔やんだことでしょう。
梓「さて、と」
律先輩の風邪を治しに、移動しなくては。
確か唯先輩のリクエストは……、シュンビンに?
【Yi-side】
‐桜が丘高校‐
‐二年二組教室‐
文化祭前日。ということで、今日は文化祭準備です。
集会はありますが授業も行われず、
ほぼ一日中作業に集中することができます。
唯「……」
あれよあれよといった具合に準備と時間は進み、
飾り付けや調理器具のセットが終わったのは十六時。
しかし、これが楽しいのです。
日も短くなり、いい加減空も暗くなり始めた頃でしたが、
私はクラスメイトと明日の成功を祈りながら、談笑していました。
と、その時。
廊下の方から名前を呼ばれました。
見やると、澪ちゃんがいました。
話していたクラスメイトに了解をとり、
澪ちゃんに小走りで近づきました。
唯「どうしたの、澪ちゃん?」
澪「いやその……。あっ、準備は終わった?」
唯「うん!そっちは?」
澪「全部終わったよ。あとは明日を待つだけ」
澪ちゃんの話したいことは、それじゃないでしょう。
そうわかっていても、澪ちゃんの言いたいことは
見えてきませんでした。
澪「えーと、だな……つまり」
唯「うん?」
澪ちゃんは何を話そうとしているのでしょう。
わたし、気になります。
澪「唯!」
唯「は、はい!」
一際大きな声だったので、
思わず飛び上がってしまいました。
クラスメイトたちの視線も
こちらに向いているような気がして、
ちょっと恥ずかしくもなってきました。
唯「澪ちゃん、もっと声小さくても聞こえるよ」
澪「あっ、ごめん……」
今度は一際小さな声。
逆に聞こえづらくなってしまった。
澪「だから、あのさ」
澪「……文化祭、一緒に回らないか?」
……えっ?
唯「……それだけ?」
澪「それだけっって?」
いや、その。何というか。
肩透かしを食らったというのでしょうか。
澪ちゃん、恋する乙女です。
恋されているのは紛れも無く私、なんですけど。
あれ?ということは、これは?
唯(デート、なのかな?)
そういうことに、なってしまうのでしょうか?
いやいや、ないない。私たちはまだ親友。
それ以上に進展した関係ではない。
それはあの日、確認したはずです。
唯「そんなの、いいに決まってるよ~」
澪「よ、良かったー……」
そこまでですか。
私が断ると思ったのかな。
唯「りっちゃんとムギちゃんと、それとあずにゃんも誘う?」
私は当然のように、その三人の名前を出しました。
しかし澪ちゃんは首を振りました。
そして、私の両肩にそれぞれ手を乗せ、
私の目をじっと睨むと、
澪「唯と、二人きりがいい」
……わーお。
【Mi-side】
‐二年一組教室‐
やった。やったぞ。本当にやったぞ!
唯と文化祭めぐりだ!
一日目の午後と二日目の午前に約束。
誰も水を差すことのない二人きりの……、なんだ?
デート、ではないんだよな。
和「あら、嬉しそうね澪」
和にも気付かれてしまったか。
そうだ、今の私はとても嬉しい。
和「というか、ちょっと気持ち悪いわよ……?」
澪「えっ?」
そこまで顔に出ていたとは。
私は顔を引き締めた。
和「ふふ……軽音部の人気者がそんな顔してたら、
何でも嗅ぎ付ける新聞部のあの子に捕まるわよ?」
澪「ああ、あの子ね」
といって私が見ているのは、
他のクラスメイトと話している新聞部員の子。
春に起きたとある事件で、一度お世話になったことがある。
その事件後も何かと話すことが増え、
少しだけではあるけれど、仲良くもなった。
澪「確か新聞部、文化祭期間中は新聞を
立て続けに出すんだよな?」
和「そう、確か一時間か二時間ごとにね。
まあ新聞部も“文化”部の一端だから、張り切ってるんでしょう」
明日は文化祭よ、と付け加えて和は笑みを浮かべた。
私も釣られて微笑んだ。
澪「じゃあ同じく“文化”部の一端として、
軽音部も頑張るとするかな」
和「期待してるわ」
今度は笑みを浮かべながらも、
とても落ち着いた声で言っていたような気がした。
【Az-side】
‐一年二組教室‐
純「でさあ、次はどこ行く?」
憂「もう純ちゃん、焦りすぎだよ。
ある程度は当日の混み具合で決めよう?」
純「ちっちっちっ。
それじゃあ文化祭の全てを網羅出来ないんだよ、憂」
なんと鈴木は、全てを網羅しようとしているのですか。
この世には“知らぬが仏”という言葉があり、
それによると、全てを知るということは
あまり良いことではないと聞きました。
見た目によらず、鈴木は恐ろしい人のようです。
純「梓はどこか行きたいとこある?
もちろん出来るだけ全部行こうとは思ってるけど」
私たちは明日の文化祭をどのように見て回るかを
話し合っていました。
三人とも同じクラスで、出し物は劇。
終われば時間が三人とも空くので、
丁度よいトリオが出来上がったのではないでしょうか。
梓「でも鈴木、ちょっとは現実見直そうよ」
純「お前はちょっと呼び方考え直せ」
むう。間違えたことは言ってないのに。
梓「一体、何がいけないの?」
憂「うーん、確かに鈴木ちゃんでも
間違ってないんだけどねえ」
純「私にとっては間違っているんだよ!」
梓「それは私にとって間違えてないことということになって、
つまり今の呼び方でも問題がないということじゃない?」
純「馬鹿だなー、梓は。
呼び方の正誤を決めるのは相手に決まってるでしょ?」
ふむ。冷静に考えれば、そんな気がします。
私がいきなり唯先輩に“あずわん”とか呼ばれたら、
機嫌が悪くなること請け合いでしょう。
純「余所余所しいとかいうレベルじゃなくなってるんだけど」
梓「ところで純ワン」
純「殴るぞ」
もうちょっと工夫を凝らした方がよさそうです。
* * *
三人でパンフレットを見ながら、
これを見よう、あれを食べようと言っていると、
憂の携帯が鳴りました。
そういえば憂はダイエットを止めたそうです。
味覚障害も幸い軽かったおかげで完治し、
一件落着でした。
自分がそうではないのでよくわからないのですが、
この時期の女の子は体重が増えやすいようです。
つまり憂はただ健康的な育ち方をしていただけ、
ということでした。
こんな考え事をしていると、憂が私の名前を呼びました。
携帯を指差しています。代われ、ということでしょう。
梓「はい、代わりました」
『……あずにゃん?』
この声、間違えるわけありません。
唯先輩です。
梓「あ、どうも唯先輩。何か用ですか?」
唯『今日は準備が終わってしばらくしたら、
部室に集合だってこと、言ってなかったかなあ……』
あっ。
梓「言ってましたし、聞いてました。
でも忘れてました」
唯『そっか、忘れてたかあ。私も良くあるよ』
梓「確かに唯先輩、忘れっぽそうですもんね」
唯『もう、あずにゃんには言われたくないよ~』
梓「ははっ、それもそうですね。では」
電話を切り、憂に渡しました。
さーて、明日の予定を立てるとしましょう。
と思ったら、また憂の電話が鳴り出しました。
今度は最初から私が出るようです、
憂が携帯を渡してきました。
梓「はい」
澪『私の言わんとすること、わかるかな?』
怒っていらっしゃる。
* * *
梓「というわけで、行ってくるよ」
純「あんたもだらしないね、先輩から呼び出し食らうとは」
純ワン(仮名)は私を馬鹿にしたように笑いました。
別に私は、だらしなくありません。
それは間違った認識です。
私が勘違いを正そうと純ワンに抗議をしている最中、
一人のクラスメイトが純ワンの名前を呼びました。
いわく、
「純、あんたに用があるんだってさ」
ということでした。
用がある人物は廊下にいるということで、
廊下の方に目を向けると、見覚えのある人がいました。
憂「あっ、和ちゃ……、和さん!」
そう、和先輩。
職権乱用、越権行為なんでもござれの生徒会役員です。
和「ちょっと鈴木さん、いいかしら?」
純「わ、私ですか!?」
おやおや。生徒会直々にお呼び出しです。
何かだらしないことでもしたのでしょうか。
純「……あんた、なに清々しい顔してんのよ」
【Yi-side】
‐音楽準備室‐
呼び出しの電話をしてから、
十分後にあずにゃんは現れました。
何をしていたのかと聞けば、憂と犬と戯れていたと。
……犬?
きっと天使なりの解釈を施した、
一般的な何かのことなのでしょう。
あまり深く考えるとこちらが混乱します。
全員が揃ったことを確認すると、
突然りっちゃんが胸の前で合掌しました。
その手は、ぱんっと大きな音を鳴らしました。
律「さて、これで軽音部全員が集まったわけだ。
私の風邪も無事治ったし、他の誰も欠けることなく、
ライブに臨める」
部長として、明日を控えた部員に送る言葉なのでしょうか。
部員を士気高揚させるための集合とは、
りっちゃんにしては洒落ています。
それはそうと、気になる発言が。
風邪が無事に治ったというのです。
どうやらあずにゃん、りっちゃんの風邪を治したようでした。
律「まあ、何故だか少し身体が痛いけど、
これもまた日々の練習の成果といえるだろう……!」
……そんなわけありません。
あずにゃん、キミは一体なにをした。
律「そんなわけで明日は文化祭。
軽音部の晴れ舞台にして、学校の祭りごとだ。
……絶対、絶対、成功させようぜ!」
おー、と言いながら拳を高く上げたりっちゃんに
軽音部全員が続きました。
唯「おー!」
澪「お、おー!」
紬「お~!」
梓「おお!」
あずにゃんだけニュアンス違う気がします。
律「よーし。じゃあ今日は明日に備えて、
各自十分に身体を休めるように。解散!」
本当にそれだけのための集合だったみたいです。
まあ最後の調整なら明日にも出来ます。
今日はりっちゃんの言うように、
身体を休めるのがベストなのでしょう。
【Mi-side】
‐外‐
帰り道。私は律と二人、並んで歩いていた。
明日はかの文化祭だというのに、
いつも通りのどうでもいい話題で談笑していた
私たちだったが、ふと気になったことがあった。
澪「律、今日はどうしたんだ?」
律「んっ?」
途端、私は言葉が足りなかったと気付いた。
急いで言葉を付け足そうとする。
だが律は、それに続く私の言葉も分かりきったようだった。
こちらを向いて、眉を寄せた。
律「私が部長らしいことしたら、いけないか?」
澪「そうじゃないけど。珍しいことだなって」
律「それもそうだ」
そう言って律は正面に向き直し、
頭の後ろで手を組んだ。
律「どうせなら、カッコいい方がいいだろ?」
澪「……は?」
律「ま、澪ちゃんみたいなお子ちゃまには、
わからんだろうねえ」
悪戯っぽく、律は笑った。
私はむっとしたが、わからないのは事実なので口は出さない。
変わりに説明を求めた。
澪「じゃあどういう意味なんだよ?」
律「……春のことなんだけどさ。梓と二人で遊んだんだ」
それは初耳だった。
春、そんな早い時期から後輩と遊びに行くとは。
律「偶然会って、そっから流れで遊んだだけだけどな。
どういうわけか昼ご飯食ってたときに、私のことをべた褒めされた」
澪「そりゃ良かったじゃないか」
律「良いもんか。あいつ、どんだけ私のこと高く買ってんだよ。
正直驚きもあったし、呆れもあったな」
でも、助けられた。
律は小さく囁くように、そう付け加えた。
律「だから追いつくんだよ、その輝くりっちゃん像にな。
嫉妬だなんだしてるぐらいなら、それが早い」
狐につままれたようだった。
律の口から、嫉妬などという言葉が出てくるとは思わなかった。
律「というわけで澪。今輝こうとするりっちゃんに、エールを送ってくれ!」
私は肩をすくめた。今更何を言っているのか。
エールなら、いつでも送っている。
最愛の友人が唯なら、最大の友人は律だからだ。
【Yi-side】
‐平沢宅‐
‐リビング‐
唯「憂は何の役?」
憂「ただの“生徒C”だよ」
憂の劇の役割は生徒C。
憂ならきっとヒロインだって出来るはずなのに、
これでは役不足です。
まあ憂が自らヒロインに立候補するとは思えないので、
ある意味では妥当な役ともいえるのでしょう。
梓「因みに私は天使の役です」
こちらは間違いなく妥当。
憂「あとね、主役がね、純ちゃんなんだよ!」
唯「へえ~」
なんと純ちゃんが主役に大抜擢。
自ら主役に立候補し、主役の座をかけたジャンケンを
勝ち進む純ちゃんの姿が目に浮かびました。
唯「二人とも、絶対見に行くからね」
憂「うん!」
―――なにかの授業で聞きました。
私たちは大人と子供の境目だと。
子供らしい監視も受けず、自立しながらも。
大人らしい監視も受けず、ある責任を免除されていると。
なんと楽しいことでしょう、学生というものは。
そんな私たちが最も輝ける場所の一つ、文化祭。
学生に課された勉学の責任すら逃れ、
私たちは精一杯に羽を広げ、大いに自分を解放します。
そんな、一年に一度の、素晴らしき日々が、
梓「私の名演技にも注目ですよ!」
唯「リアリティはありそうだよね」
ついに明日から始まります!
第九話「羽ばたく少女たち」‐完‐
―――第十話に続く
最終更新:2013年03月16日 21:29