* * *


 あずにゃんの説明をしている最中、
 文恵ちゃんは常に笑いを堪えていました。
 いいじゃないですか、猫っぽいからって理由でも。

 しばらく談笑した後、
 文恵ちゃんは他の人と約束があると言って、
 この場を去って行きました。

 文恵ちゃんの背中を見ながら、
 彼女はあずにゃんの本名を聞いたら
 お腹を抱えて爆笑することだろうなあと
 思いました。


唯「……さて、行こうか澪ちゃん!」

澪「そうだな。どこに行こう?」


 私は腕を組み、答えを捻り出しました。


唯「お化け屋敷!」

澪「よし、わかった。ファッションショーに行こう!」


 先生、澪ちゃんが人の話を聞いてくれません!



 【Mi-side】


 強引に唯の意見を
 捻じ曲げたのがいけなかったのか、
 唯は臍もついでに曲げた。
 今にも“ぷんすかぷんすか”、
 という音が聞こえてきそうだ。


唯「ぷんすか!」


 実際に言っていた。思わずにやけた。


唯「澪ちゃん!私は今、猛烈に怒ってるんだからね!
 笑ってる場合じゃないんだよ!」


 全然怒ってるように見えないのは、
 唯が唯だからいけないのだ。

 講堂と廊下を繋ぐ廊下を抜け、
 一階南階段の前に出る。
 ふと階段横にある部屋に
 人が忙しなく出入りしていることに気付いた。

 その人の中に、知っている顔を見つけた。
 同じクラスにいる新聞部の子だ。
 話し掛けようとすると、向こうから気付いて
 こちらへ来てくれた。


新聞部A「ああ、秋山さん。記事は見てくれました?」

澪「うん、見たよ。ありがとう、いい紹介だった。
 でも一番気になったのはレインボーの記事かな」

新聞部A「冗談で今朝、あんな発言をしてしまって。
 なんだか申し訳ない気持ちです」


 そう言って、彼女は悄然とうな垂れた。


澪「いや、何も負い目を感じる必要はないよ。
 それよりもどうしたの、忙しそうだけど」


 その話題を掛けると、
 途端に生気を取り戻したかのように
 顔色が回復した。

 大分興奮している。
 何かニュースが舞い込んだのか。


新聞部A「それが驚きなんですよ!
 十三時号の発行が遅れた原因でもあるんです!」


 発行を遅らせるほどの大事件が
 発生したとでも言うのだろうか。
 まさかまた怪盗レインボーの仕業なのか。

 私が色々考え込んでいると、
 彼女は私に一枚の紙を渡した。
 それは最新十三時号の文化祭新聞。
 恐らく出来たてほやほやのものだ。


新聞部A「是非見てください。
 あなたたちにも関係あることでしょうから。
 ……そちらの方も」


 彼女は私の後ろ、
 唯へ目を向けてそう言った。
 そういえば先程から唯が口を開かない。


唯「……そうだね」


 唯は苦々しい表情を浮かべた。
 目線を下に向けている。
 新聞部の彼女と目を合わせないように
 している風にも見える。

 私はその二人の距離感に
 居心地の悪さを覚え、
 視線を新聞の記事のみに
 集中させることにした。

 “【怪盗レインボーまた現る!】

   この記事は十一時号を読んだ諸君を対象に
  書かれた記事である。読んでない者は読むことをオススメしよう。
  各文化祭新聞は一階の南階段近くの新聞部部室にて配布している。

   さて前振りはここまでにし、本題に入ろう。
  怪盗レインボーが再び事件を起こした。
  前号で注意を呼びかけたのにも関わらず、事件は発生したのだ。
  しかし今回、その盗品が驚くべきものであった。

   盗品は三年一組のファッションショーで
  使用予定だったという“橙色のヘアピン”、
  及び二年三組で振舞われる予定だった“オレンジジュース”の二つ。
  なんと怪盗レインボーは盗品を二つに増やしたのだ。

   当然、どちらの犯行現場にもメッセージカードは残されていた。
  残念だが、その二つを紹介するにはスペースが足りない。
  ここは共通した一文を紹介しよう。


  “橙を手にした!”


   諸君もお分かりのことだろう。
  レインボーは確実に“色”を狙って盗みを働いている。
  そして実に残念なことだが、我々新聞部の仮説も立証された。

   レインボーはその名の通り、“虹”の色の順番に盗みを働いているのだ。
  これにレインボーのメッセージが込められているのか。
  それとも、レインボーが興のある事を好んでいるだけなのか。
  怪盗の実体を掴めない我々には、まるで判断がつかない。

   順当に事が進めば、次に盗まれる色は“黄色”とみて間違いない。
  尤もこの新聞を見たレインボーがターゲットを変えることも
  十分に考えられる。全参加団体には再三の注意を呼びかけたい。

   一刻も早く事件が収束を向かえるよう、我々新聞部も祈っている。”


澪「……二つ?」

新聞部A「そうです。それが、十三時号完成したと同時に
 転がり込んできたニュースなもんですから、
 こちらも大慌てでしたよ」


 盗品を増やした。
 だとすれば、次に盗まれる数は
 三つになるのだろうか。


唯「……それにしても、よく盗めるよねえ。
 ヘアピンはまだしも、オレンジジュースなんて」


 唯は眉を寄せた。
 確かに十三時頃はお昼の真っ只中。
 二年三組の喫茶店にはお客で
 ごった返しているのではないか。
 なにせ、ただの廊下も
 人でごった返すぐらいの時間帯だ。


新聞部A「そこに気付きましたか。さすがです。
 私も、それに驚きました。
 怪盗はどんなテクニックを持っているんでしょうね」


 怪盗を名乗るだけあって、
 盗みの技術にも優れているのだろうか。
 そんなレインボーとは一体何者なのか。

 私がそのように考え込んでいると、
 新聞部の彼女が突然思い出したように
 ポケットの中身を探った。


新聞部A「これが残されたメッセージカードです」


 そう言って、彼女は二枚の紙を取り出した。
 二枚の紙の片面には、やはりどこかで
 見た事のあるような文章が書いてあった。

 “【Over the rainbow ~私は虹を越える~】
   祭りごとが好きな私は興あることを好む。
   大怪盗レインボーが、ヘアピンの橙を手にした!”

 “【Over the rainbow ~私は虹を越える~】
   虹のように空に渡る私は雨にも負けない。
   大怪盗レインボーが、ジュースの橙を手にした!”


新聞部A「どちらも現物です。各クラスから頂いてきました」


 新聞部は活動に熱心なようだ。
 ぜひ軽音部にも、その熱心さを分けていただきたい。


 「ふむ」


 私の背後で声が聞こえた。
 私たち三人は突然聞こえた声に
 驚き、私の背後を見た。
 そこには梓と憂ちゃん、鈴木さんの
 三人が立っていた。


梓「レインボー、また悪いことやってるんですね」


 梓は眉間にシワを寄せた。
 第一被害者として、レインボーには
 許せない思いがあるのだろうか。


梓「すみません。
 そのメッセージカード、もらえませんか」

新聞部A「えっと……別にいいですよ。どうぞ」


 梓はレインボーの残した
 メッセージカードを受け取り、
 それをまじまじと見つめていた。
 後ろに立っていた二人は、
 梓に心配そうな眼差しを向けていた。


純「梓、まさかとは思うけど」

梓「うん。こいつを捕まえる。
 そうしないといけない気がするから」


 やはり、そうだったか。
 自分の盗品が戻ってきたとはいえ、
 こうして犯行が続けられていることを
 梓は許せないのだろう。


梓「……私、考えました。
 これは逸る気持ちではありません。
 そして、怒ることは悪いことではないと、
 今の私は知っています」


 そう言って、梓は私に目を向けた。
 ……そんなに私って、怒っているだろうか?

 次に梓は唯に目を合わせた。
 しかし、その目は私を見ていた目とは違う。
 その目はただ一点を見るような、
 真剣な眼差しで唯を射抜いていた。


梓「唯先輩。私、やっぱり許せません」


 唯に許可を得ているのだと、私は察した。
 一緒に暮らしているこの二人の関係性に、
 突然濃い靄がかかってしまい、
 その姿形を見失ったような気がした。

 梓に言い寄られ、
 唯は躊躇いながらゆっくり首を縦に振った。


梓「ありがとうございます。では」


 そう言って、梓は足早に階段を
 駆け上がっていった。
 置いていかれた憂ちゃんと鈴木さんは
 軽くお辞儀をした後、
 二階へ上っていった梓を追いかけた。

 嵐のような後輩達は去り、
 再び廊下は三人だけになった。

 新聞部の彼女が、もう誰の姿も
 見えなくなった階上を見上げ、
 ぽつりと呟いた。


新聞部A「……何も起きなければ、いいんですけど」


 私はその言葉に、
 不安を覚えずにはいられなかった。




 【Yi-side】


新聞部A「……何も起きなければ、いいんですけど」


 本当にそうであれと、願うばかりです。

 梓ちゃんは本気で怪盗を
 捕まえようとしているでしょう。
 私を見つめるあの目には、
 躊躇い一つも感じられませんでした。

 私は頷きました。
 それは梓ちゃんの目に、
 気迫に怯んだからというわけでは
 ありません。


唯「そうだよね、学びに来たんだったよね……」


 私の声はあまりに小さく、
 その場にいた二人には届いていませんでした。
 聞かれても、困りますが。

 そうです。あずにゃんは学びに、
 勉強しに此処へ来たのです。
 そしてその成果を先程、私にぶつけました。
 自分の行動の正当性を主張し、
 私を説得するために、
 私の言葉やあずにゃん自身の経験を利用しました。

 だから私は、頷くことしか出来なかった。
 そういうことです。


唯「澪ちゃん、急ごう。まずは三年二組に」

澪「三年一組じゃないか?」


 ……そうとも言います。


唯「三年……えーと、一組に行こう。
 あずにゃんが怪盗と接触したら、
 何をするのかわからないよ」

澪「そうだな、梓が心配だ」


 私はどちらかといえば、怪盗の方が心配でした。
 あずにゃんは天使です。
 どんな方法で怪盗を追い詰め、
 また成敗するのか……想像つきません。


澪「そこで、私たちに出来ることをまとめよう。
 梓の身に何かが起きることを防ぐ方法は、二つある」


 澪ちゃんは人差指を立てて、
 説明を始めました。


澪「一つ目は“梓自身を説得し、止めさせる”こと。
 ただしこれは、さっき唯が許可してしまったから、
 成功確率は酷く低いだろう」


 次の選択肢を説明する前に
 澪ちゃんは一度口を閉じ、
 神妙な表情を作りました。

 少しの間をおき、
 澪ちゃんはゆっくりと中指も立てました。


澪「二つ目は……、
 “私たちが怪盗レインボーを捕らえる”こと。
 当然、梓が怪盗と接触する前に。
 ただしこれは、私たちに危害が及ぶ可能性も捨てきれない」


 澪ちゃんは首を横にふるふると振りました。
 そこに浮かんでいた表情は、こう語っていました。

 ……唯に、危険なことはさせたくない。

 なら、私は置いていくの?
 そんなこと許しません。

 私は澪ちゃんと対照的に、
 精一杯の笑顔を浮かべ、
 澪ちゃんの眼前にピースサインを
 繰り出しました。


唯「大丈夫だよ、私は。
 澪ちゃんがいるなら心強いもん!」


 澪ちゃんは私の言葉に目を見開かせ、
 頬を赤く染めました。
 そして視線を私の床に移し、
 照れた様子で耳の後ろを掻きました。


新聞部A「二人とも怪盗を捕らえるんですね。
 わかりました。私たち新聞部も協力しましょう」


 今度は私も目を見開かせました。
 二人の視線が同時に集まり、
 新聞部の彼女はおどおどしていました。


新聞部A「あ、いや、大したことは出来ないと思います……。
 私も仕事がありますし。ただ仕事で手に入れた
 怪盗関連の情報は全てお渡ししたいと思います!」


 そう言って、彼女はガッツポーズを作りました。
 その様子がおかしくて、
 私と澪ちゃんはつい笑ってしまいました。

 すると彼女はまたおどおどしてしまい、
 笑っている私と澪ちゃんを交互に見ては、
 顔に不安そうな色を浮かべていきました。


新聞部A「あの、何かおかしなことでも……」

澪「いや、なんでもないよ。ありがとう。
 こちらからも、お願いしたいぐらいだ」


 その言葉を聞いた彼女は
 胸に手をあて、息を漏らしました。


新聞部A「で、では」


 そう言って、彼女は小走りで
 新聞部の部室に入っていきました。


唯「……じゃあ、行こうか澪ちゃん」

澪「ああ、そうだな」


 ふと、思いつきました。


唯「放課後探偵タイム、結成だね」

澪「なんだそれ」


 思いついた言葉を口にした時、
 再び二人の間に、笑い声が響きました。



 ―――文化祭。怪盗。
 突如現れた不穏分子は、
 私たちを確かに引っ掻き回しました。
 ですがそれをただ見過ごすほど、
 私たちは無力ではありません。

 決心した天使も、それは同じです。
 ですが決心とは時に、危険であります。

 私は天使と出会って以降、考えることが増えました。
 それは天使の影響を受けたといって、
 間違いありません。

 天使にもたらされたこの“考える”ということ。



唯「お茶しながら探偵家業に勤しむ、
 そんな団体だよ!」

澪「お茶は忘れないんだな」



 ……今度は私が、
 天使を守ることに使う番ではないでしょうか。



第十一話「天使を守る日」‐完‐


―――第十ニ話に続く


22