【Az-side】


 ‐廊下‐


 ファッションショー、喫茶店。
 どちらにもレインボーが残したと
 思われる痕跡はありませんでした。

 新聞の法則性を信じるとすれば、
 次に盗まれる色は“黄色”です。
 それを見張ればいいのでしょうが、
 余りに数が多過ぎて話しになりません。


純「で、どこ行くの、梓。
 どうせなら文化祭を楽しみながら探そうよ」

梓「これは由々しき事態だから。
 油断してると、純の物が盗まれるかもしれないよ」


 純ワンは肩をすくめ、呆れた表情になりました。
 自分の私物が盗まれないと、
 純は過信しています。油断しています。


憂「梓ちゃん、深入りは良くないよ。
 もしこの事件の犯人が外部の人だったら、
 どんな怖い人かわからないよ?」

梓「外部の人ってことはないと思う。
 朝一の下駄箱に犯行予告が入っていたんだもん。
 この学校の生徒じゃないとあり得ない」

純「だからといって、全ての危険が
 拭われたわけじゃないよ。
 この学校にだって、とんでもないこと考える人は
 いくらでもいると思うけど?」


 純ワンは両手を広げ、
 私に言い聞かすように言いました。
 私を止めようとしてくれているのは、わかります。


梓「なおさら。私は、レインボーの考えを改めさせる」

憂「梓ちゃん……」


 憂は言葉を詰まらせました。
 きっとその後には、“いくら天使だからって”という
 言葉が続くのでしょう。

 しかし勘違いしています。
 今の私は天使ではなく、一人の生徒として、
 間違えた生徒を正そうとしているだけです。


 * * *


 廊下で話し合っても無意味だと思い、
 私たちはとりあえず来た道を戻ることにしました。
 二階の廊下を南へと進んで行くと、
 慌てた様子で階段近くの教室へ入っていく
 生徒が目に入りました。


梓「あそこって何室?」

憂「えーと、確か資料室じゃないかな。
 普段は誰も使ってないよね」

純「聞いた話では、
 映画研究会の部室だって話だけど」


 映画研究会。どこかでその団体に関する話を、
 長々としていたような気がしました。
 そのことを必死に思い出そうとしていると、
 憂がぽつりと言葉を零しました。


憂「……今年は残念だったね、映研の人たち」

梓「それ!」

憂「えっ?」


 思い出しました。確か唯先輩の部屋で、
 映画研究会に関する話をしていました。


梓「……ふむ」



 そしてその話題は、
 “映画研究会が文化祭に出展出来なかった”
 というものでした。

 私の中で何かが見えた気がしました。
 それはあと一歩で繋がりそうで繋がらない、
 非常にもどかしいものでした。


純「なに考えてるのか知らないけど、
 答えを出すには早すぎるんじゃない?」


 が、純ワンが思考に割り込んできました。


梓「どうして私が何かを答えを出そうと
 思っているって、わかったの?」

純「女の勘」


 純ワンは自分の頭を人差し指でこつんと叩き、
 誇らしげに言いました。


純「大体梓が考えたり、納得したり、
 まあ頭を使ったような時って、
 お決まりのように言葉使ってるじゃん」

憂「あっ、それ私にもわかるよ!」


 二人は同時に、こう言いました。


純・憂「ふむ」


 * * *


 資料室の動向を、
 私たちは監視することにしました。


純「あー、暇」

梓「あとちょっとだけ待っててよ」

純「何時まで?」

梓「今何時なの」

憂「ちょっと待って」


 憂が携帯を取り出し、時刻を確認しました。
 十四時五十分という時刻が
 デジタル表示でディスプレイに
 表示されていました。


純「じゃあ梓。十五時まで待ってあげる。
 その代わり、条件があるから」

梓「なに、純ワン」

純「その純ワンってのを止めろ!」


 * * *


 十四時五十五分。
 資料室、及び映画研究会に動きはありません。
 しかしそんなたった五分の暇でも、
 純ワ……純は耐えられないようでした。


純「長い五分だ……」


 五分は五分です。
 何を言っているのでしょう。


梓「五分に長いも短いもないよ」

純「例えの話。本当、梓って頭固いよね」


 むう。こっちも理解しようと努めているのです。


憂「まあまあ。
 それより、あとちょっとで十五時なんだから」

梓「あとちょっとの“待て”だよ、純」

純「だから犬みたいな扱いは止めて」


 * * *


 長い五分というのも理解できるほど、
 時間の流れが遅く感じました。
 どうやら退屈というのは時間の流れを遅く、
 没頭というのは時間の流れを早くしてしまうようです。
 とても不合理なルールだと思います。

 現在の時刻は十四時五十九分。
 あまりに退屈だったため、純が外の空気を吸おうと、
 中庭に面した窓を開けた時でした。


 「なんで無いの!?」


 その声は中庭に展開する屋台の一つから
 聞こえてきました。


梓「……今のって、まさか……」

純「ちょっと私、様子見に行ってくる」


 純が近くの階段から、止める間もなく、
 急いで一回へと駆け下りていきました。

 純が下りていって間もなく、
 今度は後ろの方で声が聞こえました。
 雑踏に巻き込まれ、
 上手く聞き取れませんでしたが、


 「まさかうちが!?」


 と言っていたように聞こえました。


憂「……今度は私が見てくるね」


 私は頷き、憂を見送りました。
 すぐに資料室の方へ目をやりました。
 しかし何の動きもありません。

 映画研究会とレインボーは、
 全くの無関係なのでしょうか。


 * * *


 ちょっとして憂が戻り、
 しばらくして純が戻ってきました。

 二人の手には同じようなものが
 握られていて、そのどちらもが
 例のメッセージカードなのだと
 瞬時に察知しました。


梓「それ、貰ってきたんだ」

憂「梓ちゃんに必要だと思って。
 いらなかった?」

梓「ううん。ありがとう」


 二人からメッセージカードを受け取り、
 その全てを確認しました。
 その数、占めて三枚。……三枚?


梓「私が聞いた声は二人だったよ?」

純「二年一組もやられてた。マスタードだってさ。
 いくらか買っておいたもののうち、一つだけ盗まれたみたい」

梓「マスタード、ねえ」


 私は嫌いなので、今回だけは怪盗に感謝です。

 いえ、そんな私情を挟む場合ではありません。
 私たちは三枚のメッセージカードを
 それぞれ覗き込むようにして見てみました。

 “【Over the rainbow ~私は虹を越える~】
  努力を忘れない私は確実に前進する。
  大怪盗レインボーが、マスタードの黄を手にした!”

 “【Over the rainbow ~私は虹を越える~】
  何でも可能にする私は不可能なことなどない。
  大怪盗レインボーが、パプリカの黄を手にした!”

 “【Over the rainbow ~私は虹を越える~】
  雨と光とが生んだ私は掛け橋となる。
  大怪盗レインボーが、帽子の黄を手にした!”


梓「……マスタード以上に色々なものが
 あるんだね、この学校には。パプリカってなに?」

純「焼き鳥屋台。肉だけじゃ女子力が云々って
 言って、野菜も焼き始めてる」


 それじゃもはやバーベキューだよ、と
 純は呆れたように笑いました。


純「ちなみにその野菜、想像以上に管理が悪いね。
 屋台の裏にドンと置いてあって、
 下手すれば私でも盗っていけそうなレベルだったよ」

梓「犯行は誰にでも可能、ってこと?」

純「そうそう」


 むう。これではレインボーの絞込みは
 行えません。いくら焼くとはいえ、
 生物の管理はしっかりやって欲しいものです。


憂「あっ、こっちは帽子だって。
 二年五組の劇で使う、黄色い水泳帽。
 劇は今日の午前中に終わってて、その水泳帽は
 教室の中に置いてあったみたい」


 これが重要といわんばかりに、
 憂は人差し指を立てて、


憂「で、その教室は空き教室、
 しばらく誰もいなかったみたいだよ」

梓「ふむ」


 またしても犯人は絞り込めませんでした。
 レインボーは誰でも盗めるような物だけを
 狙って犯行を重ねているのでしょうか。


純「でも、これは驚きだよ、梓」

梓「なに?」

純「二年一組から消えてなくなったマスタード、
 実は容器だけ。中身は空っぽだったの」

梓「えっ?」


 純は得意げな顔をして、続けました。


純「つまり、この文面は怪盗のミスってこと。
 黄色いのは容器であって、マスタードじゃない。
 華麗な怪盗さんも、くだらないミスをするんだね」


 なんだか純に似合わない指摘のような
 気がして、私は顔をしかめました。


純「まあ全部、和先輩の指摘なんだけど」


 ああ、納得しました。


純「なにその合点いったという顔は。
 そんな露骨に顔に出さないでよ」

梓「合点いった」

純「口にも出すな!」


 純の怒りの抗議は無視し、
 憂の様子を窺うと、
 少し不思議な表情をしていました。


梓「どうしたの、憂」

憂「そのマスタードの空容器、どこに置いてあったの?」

純「さすが憂!目の付け所が梓とは違う!」


 間接的に私が馬鹿にされたようですが、
 今は気にしてる暇もありません。


梓「で、どこに置いてあったの?」

純「これも和先輩から聞いた話。
 空容器はあとでまとめてゴミに出す予定だったから、
 カウンターとして利用してる机の下に
 置いてあったみたいだよ」

梓「ふむ」


 それならば、誰にでも盗めそうな気がしました。
 しかし。


憂「えっ、それって簡単に取れないよね?」

純「そうなんだよねえ」

梓「えっ、えっ、どういうこと?」


 私一人が遅れているようで、
 私は二人の顔を交互に窺いました。
 また馬鹿にしたような視線を向けた純が、
 溜め息を吐いて、口を開きました。


純「あのさ、梓。カウンターの下だよ。
 店員の目が常にある中で、
 どうやって怪しまれずに盗めるの。
 言い換えれば、どう怪しまれずに
 屈むことが出来るの」


 その意味を咀嚼しようと、私は考え込みました。
 確かに無理があるような気もします。


梓「でも立ったまま、足を使うとかすれば、
 なんとかならない?」


 私は試しに推論を一つ立ててみました。
 しかし純、それと憂も首を横に振りました。


憂「どっちにしたって、怪しまれちゃうよ。
 そこには店員さんだけじゃなくて、
 後ろに並ぶお客さんもいるんだよ」


 重要な点を印象付けるように、
 憂は一度言葉を切ってから続けました。


憂「足をカウンターの下に動かしたら、
 どうやっても不自然に見えちゃうと思う」

梓「ふむ。これは意外と難題……」

純「違うよ、梓。
 これはさっきから梓が欲してたものだ」

梓「えっ?」


 純が神妙な顔つきで、拳を手にあてていました。
 その似合わない緊張感に、
 私はしばらく何も言えずにいました。



 【Mi-side】


 ‐二年一組教室‐


澪「そうか、そんなことが……」

和「ええ。まさか使い切ったマスタードが
 盗まれるなんて思いもしなかったわ」


 二年一組が被害にあったと
 聞いた私たちは、教室に急いだ。
 盗られたものは使い切られたものだったため、
 お店に影響は出ていないようだが、
 売り子の皆からは動揺の色が窺える。

 和は一見泰然自若としているが、
 どこか疲労感を感じさせる顔色だった。
 度重なる事件に、生徒会としても
 手を焼いているのかもしれない。


和「それで、そちらの方は?」

姫子「あっ、私?
 私は立花姫子、唯のファンよ。よろしく」


 とんでもない自己紹介だ。
 それでいいのか、立花さん。


和「よろしく。私は真鍋和
 唯の幼馴染で、保護者といったところかしら」


 和も大概だった。


唯「保護されてないよー!」


 唯は抗議する声をあげた。
 が、それは和は得意分野である“スルー”を実行し、
 立花さんとの話を続けた。


和「そうそう来年、平沢唯ファンクラブを
 作ろうと思うんだけど、一緒にどう?」

唯「えっ」


 唯が戸惑った。当然、私も焦った。


姫子「もちろん」

唯「あの、二人とも?
 何をおっしゃっているのかなあ、なんて?」


 二人は満面の笑みを浮かべ、
 唯で繋がった新しい絆を再確認していた。
 その姿は非常に清々しい。


唯「み、澪ちゃん!」


 私に助けを乞う声が聞こえる。
 大丈夫だ、唯。
 私はお前を裏切ったりしない。


澪「その話、私も混ぜてくれないか?」

唯「実はそんなことだろうと思ったよ!」


 * * *


 時折唯にからかいをいれつつ、
 唯ファンクラブの話から脱線しながらも、
 私たちの談笑は長く、長く続いていた。

 すっかり打ち解けた私と立花さん、
 いや、私と姫子は既にお互いを
 名前で呼び合う仲になっていた。
 友達ばんざい。

 話が姫子の部活の話に逸れた頃、
 私の携帯が震えた。
 メールで、送信者は新聞部員の彼女だった。


和「あら、あの子とメールなんてするの?」

澪「レインボー探しに協力してくれるって。
 ……そうか、他にはパプリカと水泳帽がか」

姫子「どちらも簡単に盗める模様、か」


 メールを覗き込んだ姫子が肩をすくめ、
 残念そうに声を落とした。


姫子「これじゃ犯人の絞込みは出来そうにないね」

澪「いや、それより梓の動向を確認しないと。
 ……って、あれ?」

唯「どうしたの?」

澪「メールに続きがあって……」


 続きには、こう書いてあった。

 “これらの情報は、あの三人の一年生から
  得たものです。メッセージカードも所持してたので、
  一応写真を撮らせてもらいました。
  これに添付して送っておきます”


唯「えー、あの三人耳が早すぎるよー!」

姫子「後輩クンたちに出し抜かれたわけだ。
 やられたね」

澪「全く、後輩に遅れをとるなんて不覚だよ」


 私は溜め息を漏らした。
 後輩を守ろうとしているのに、
 何をやっているのか。


姫子「まあまあ。次に頑張ればいいよ」


 姫子が落ち込む私を慰めた。
 背中を優しく叩かれる。


唯「そうだよ澪ちゃん。
 まだ探偵団になってから一回目だよ」


 探偵団は本当だったのか、と苦笑してしまう。
 だが、二人のおかげで
 私は元気を取り戻すことが出来た。


澪「二人とも、ありがとう。
 一度新聞部の新聞を見てみよう。
 何かメールに書かれた情報以外にも、
 掴めるものがあるかもしれない」

和「もう行くのね。頑張って」

澪「ああ、和もな」

和「ええ」


 和が小さく手を振ってきたので、
 私は軽く右手を上げてそれに応じる。

 恐らく、次のターゲットの色は……“緑”だ。


 ‐廊下‐


 新聞部部室前の廊下。
 ここには掲示板が設置されており、
 新聞部の新聞が掲載されている。
 時刻は十五時ニ十分、
 掲示板には時刻どおりの十五時号が
 掲載されていた。

 “【三度目の怪盗レインボー】

   前々号からその動向を追いかけていたレインボーが、
  再び事件を起こした。
  今回の盗品は黄色の水泳帽、パプリカ、マスタード。
  それぞれは二年五組、三年四組、二年一組から盗まれている。
  ここまで節操ない盗品、レインボーはただ“色”にのみ
  固執していることが明白だ。

   前回は二つ。今回は三つ。着実と数を増やす盗品たち。
  最終的には七つに増えることになるのかもしれない。
  だが、それを私たちは許さない。レインボーの正体を掴むことは
  出来なく、三度目の正直とはいかなかったが、仏の顔も三度だ。

   ついに生徒会が動き始めた。生徒会長の曽我部恵さんは
  「怪盗を名乗っていても、結局は人間です。
   悪事は必ず見つかってしまいますし、
   それを私たち生徒会は許しません」と語っており、
  レインボー捕獲に意欲的だ。

   七色中、三色までしか揃えていないレインボー。
  生徒会の監視の目を掻い潜り、犯行を重ねるか。
  それとも怖気づき、全色揃えることを諦めるか。
  私は、後者の選択こそ賢明であることをここに記し、
  この記事を終えようと思う。”


澪「……生徒会が動き出したのか」

姫子「どうくるかね、レインボー。
 急に盗む数減らしたりしないかな」


 姫子はおどけたように言った。
 その声はむしろ、探す方も疲れるから減らして欲しいと
 言っているようにも聞こえた。


唯「むむむ……」


 唯が顎に手を当てながら唸った。
 そのまま頭をメトロノームのように揺らし、
 じっと目を瞑っていた。

 しばらくして、唯は何か閃いたように
 瞼を素早く開かせた。


唯「澪ちゃん、質問があります!」


 はい、どうぞ。


唯「レインボーは七人いるんでしょうか!」


 私は虚をつかれた。
 まさか、七人もの怪盗がこの学校に?
 そんなこと、考えたこともない。

 しかし、言われてみれば、
 それはある一つの可能性を照らし出す。

 つまり。


澪「唯は“レインボーが複数犯ではないか”と、
 言いたいんだな」


 確認すると、唯は首肯した。
 姫子がそれに続いた。


姫子「その可能性、意外と捨てきれないよ。
 今後七つに盗品を増やすとすれば、
 一人で全て実行できるとは思えない」


 私は姫子の言葉に待ったをかけた。


澪「それは眉唾物だ。
 どこにも七つ盗まれる保障はない」

姫子「でも、ほぼ同じ時間帯に三箇所から
 盗難が起きている。
 これは複数犯と考えた方が自然じゃない」

澪「メッセージカードを発見したのが、
 ほぼ同時だっただけの可能性もある。
 それなら犯行の時間はいくらズレても
 構わない」

姫子「それで、三箇所でほぼ同時に
 発見されるの?」


 私は言い返す事が出来なかった。
 メッセージカードの発見はほぼ同時。
 これを全く違う時間帯に行われた犯行と
 思う方が不自然だ。


澪「わかった。じゃあ、複数犯の線でいこう。
 確かにこっちの方が自然になってきた」

唯「なんか本当に探偵になった気分だね!」

姫子「そうだね。唯の発言のおかげだよ」


 姫子が唯の頭を撫で始めた。
 唯は顔を綻ばせ、デレデレしている。
 ちくしょう。


澪「と、とにかく!
 複数犯とわかった今、とても厄介なことに……」


 次の言葉に、私は詰まった。
 はっとして何かに気付いた。
 妙な浮遊感に包まれ、頭がふらふらする。

 記憶を繋ぎとめる。
 今までに見て聞いた出来事を、
 ぎゅっと一点に凝縮させる。

 そこから一つの答えが出た。


澪「聞いてくれ、二人とも」

姫子「どうしたの?」

唯「なに?」

澪「“レインボーは絶対単独犯だ”」


 廊下は文化祭の盛り上がりと隔絶されたように、
 三人の間に沈黙が下りた。


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最終更新:2013年03月16日 21:35