* * *


唯「な、なんで!?」


 沈黙を破るように唯は、
 今にも飛び掛ってきそうな勢いで、
 身体を寄せてきた。思わず尻込む。


澪「理由はあるんだ!思い出してほしい、
 レインボーの残したメッセージカードの文章を」


 言下に付け加える。


澪「“主に二行目を”」


 唯と姫子は記憶を捻りだすように、
 顎に手を当て、首を捻った。

 しばらくして唯が両手を上げて諦めたので、
 私は携帯のメモ帳を見せながら、
 それを説明する。


澪「まず始めの文章、犯行予告の二行目はこれ。
 “基本に忠実な私は嘘をつかない。”だ」


 二人が携帯を覗きながら、頷く。
 それを見て、話を進める。


澪「次の事件、梓のギターが
 盗まれたときのものは、
 “過去を大切にする私は固執する。”」


 画面をスクロールさせる。


澪「次は二つ。橙色のヘアピンとオレンジジュース。
 “祭りごとが好きな私は興あることを好む。”と
 “虹のように空に渡る私は雨にも負けない。”だ」

姫子「続けて」

澪「三つ目の事件はマスタード、パプリカ、帽子。
 “努力を忘れない私は確実に前進する。”、
 “何でも可能にする私は不可能なことなどない。”、
 そして“雨と光とが生んだ私は掛け橋となる。”」

姫子「ふーん……」


 姫子は顎を引いて、視線を床に落とした。
 私の言いたいことを先読みしようと
 試みているようだった。


唯「……」


 唯もそれは同様だった。
 が、先に脱落したのはやはり唯だった。


唯「澪ちゃんがなにを言いたいのか、
 私にはわかんないや」

澪「じゃあ、これでどうだ?」


 そういって、携帯の画面を見せる。
 そこに表示されているのは
 私の考えを簡易的にまとめたメモ帳だ。

 唯は穴があくほど携帯を見つめていた。
 その顔に、いつもの姿からは感じられない、
 もう一人の唯を見たような気がした。

 唯はふっと視線を逸らし、ぽつりと一言零した。


唯「そっか」


 唯の言葉に一番驚いていたのは、姫子だった。
 信じられないと言っているかのように、
 目を丸くして唯の横顔を見つめていた。

 ふふん、唯は頑張れば何でも出来る
 凄い子なんだぞ。思い知ったか。

 唯は言葉に重々しさを乗せるような
 口調で言った。


唯「統一された意思が感じられない。
 そういうことだね、澪ちゃん」


 私は静かに首肯した。
 姫子が私と唯を交互に見て、
 それから肩を落として視線を
 足下に落とした。


姫子「私は降参。教えてくれる、澪」

澪「ああ。これは唯も言っていたが、
 統一された意思が感じられないんだ」

姫子「というと?」

澪「まずはこれを見てくれ」


 私は唯に見せた携帯の画面を
 見せながら説明を始めた。


澪「これは私の仮説に基づいて
 それぞれのメッセージをカテゴライズしたものだ。
 まずは第一グループ」


 “・基本に忠実な私は嘘をつかない。
  ・過去を大切にする私は固執する。
  ・努力を忘れない私は確実に前進する。”


澪「そして第二グループ。
 といっても、これは一つだけだ」


 “・祭りごとが好きな私は興あることを好む。”


澪「続いて第三グループ。
 これが残り全てのメッセージだな」


 “・虹のように空に渡る私は雨にも負けない。
  ・何でも可能にする私は不可能なことなどない。
  ・雨と光とが生んだ私は掛け橋となる。”


澪「このうち、レインボーが残した
 メッセージは、第一グループと
 第二グループだけだと私は思っている」


 姫子も唯と同じように、
 穴があきそうなぐらい画面を見つめていた。
 しかし諦めたように首を振った。


姫子「何か暗号でもあるの?」

澪「暗号じゃない。凄い単純な話なんだ。
 じゃあわかりやすいように、
 各グループをネーミングしていこう」

唯「あっ、それ私に言わせて!」


 唯が優等生よろしく、真っ直ぐ手を上げた。
 私は承諾し、唯にその役目を託す。


唯「第一グループは“じじょーじばく”グループで、
 第二グループは“じこしょーかい”グループ、
 第三グループは“じことーすい”グループかな!」


 全て言い終えると、
 唯がドヤ顔でこちらを見てくる。
 うん、その顔も百点満点の可愛さだ。

 ただ。


澪「唯。他は概ね合ってるけど、
 自縄自縛だけは少し違うぞ」

唯「えー?」


 唯は人差し指を唇にあて、頭を横に傾けた。
 自縄自縛の意味を教えると、
 すぐに唯は得心いった顔をした。


澪「私が名付けるなら、
 第一グループは“自戒”グループ。
 第二グループは“紹介”グループ。
 第三グループは“陶酔”グループ……かな」


 どや。とは言っていないけど、
 そんな顔をしている自分がいる。


姫子「最後だけ語尾が“カイ”じゃないんだね」


 それは少し気にしていた。


姫子「でもなるほど、納得したよ。
 最初のレインボーのメッセージは
 この“自戒”グループに入っているものだった」


 姫子は一度話を止め、すぐに続けた。


姫子「それにも関わらず、
 全く対極的な“陶酔”グループのメッセージが
 同一の人物から発せられるのは不自然だ」


 そう。それがレインボーを単独犯と
 断定した理由だ。

 レインボーは全てのメッセージカードに、
 わざわざこの二行目の文章を挿入している。
 三行目“これこれの色を手にした”だけで
 十分なはずなのに、だ。

 ここから、二行目の文章にレインボーは
 なんらかの意味を込めていることがわかる。

 意味が込められていないとしても、
 “嘘をつかない”と言った人間が直後に
 “不可能なことはない”と言うだろうか。
 どんな人間でも、その二つを同一空間に
 放り込むなんてことは出来ない。


唯「さらに澪ちゃんが仮説を裏付けるように、
 残った候補が丁度四つ。
 ……犯行予告プラス盗まれた色にぴったり
 合致するんだね」


 それが何より仮説に説得性を持たせた。
 なにより、私自身に自信をつけてくれた。

 自戒グループが正しいとすると、
 まず対極に位置する陶酔グループのメッセージを
 除外することが出来る。

 続いて紹介グループのメッセージに注目する。
 これは決して自戒グループの対極に位置するわけではなく、
 共存も可能だと判断。よって、除外はしなかった。

 残ったメッセージは四つ。
 それぞれ犯行予告、赤、橙、黄の時に
 残されたメッセージだ。一致した。

 しかし、これが何を示すのか。
 私はいささかその真実が、信じられないでいた。


唯「……ねえ、それってつまりこういうことだよね」


 残念といえばいいのか、
 それに唯は気付いていた。
 唯は苦虫を噛み潰したような表情で、
 言葉を吐き捨てた。


唯「“模倣班がいる”」


 * * *


 「失念していました」


 突然私たちに掛けられた声に、
 三人ともが驚いた。
 声の主の方へ全員の視線が集まる。

 視線の先には新聞部員の彼女がいた。


新聞部A「模倣班の発生は、
 間違いないようですね。
 そしてその原因は私たちの新聞で、
 間違いないようです」


 それは違うと否定しそうになったが、
 心の奥で私はそうだと思っていた。

 結果的に私は彼女に慰めの言葉を
 かけることは出来なかった。


新聞部A「それはまあ、ここまで正確に文面まで
 掲載しちゃったら、模倣班も発生しますよね。
 面白半分だったり。話題作りのためだったり」


 彼女は自分の罪を数えあげるように、
 ぽつりぽつりと言葉を吐き出していた。


新聞部A「あなたの後輩さんが苦労しているのに。
 あなたたちが後輩を守ろうと努力しているのに。
 私はあなたたちに協力すると約束したのに。
 ……本当、失念していました」


 彼女は項垂れた。
 が、すぐにこちらを真っ直ぐ視線を向け、


新聞部A「本当、すみませんでした!!」


 彼女は上半身をきっかり九十度曲げた。

 謝罪の声がとても大きく、
 廊下の端から端まで届く勢いだったため、
 一階にいる人たちの視線がこちらに集まる。
 私は慌てて、顔を上げさせようとした。


澪「だ、大丈夫だから」

新聞部A「いえ、私のせいです。
 本当もう、なんて言って謝ればいいのか!」

澪「落ち着いて、ね、落ち着いて?」

新聞部A「落ち着いてなんか、いられません!」


 しかし彼女は顔を上げようとしてくれない。
 決して自分の罪を許さない、という意思表示にも見える。

 気付くと、唯が彼女の近くに寄っていた。
 唯は彼女の両頬に手を当てて、顔を持ち上げた。
 そして朗らかな表情で彼女を見つめる。
 彼女はすぐに目を逸らした。


唯「ううん。大丈夫。だから謝らないで。
 私たちは誰一人、あなたを責めていないよ。
 だからこっちを見て」


 唯の声には人に訴えかける何かがあるのか。
 私の言葉が届かなかったにも関わらず、
 彼女は唯の言葉に従って、
 とはいってもゆっくりとだが、唯と視線を合わせた。

 私は唯こそが、天使なのではないかと
 本気でそう思ってしまった。

 新聞部の彼女は唯の顔を見た後、
 私、姫子の順番で様子を窺った。
 そして安心しきったのか、
 まだ頼りないけれど、ちゃんと笑みを浮かべた。



 【Yi-side】


新聞部A「本当、ありがとうございます。
 なんとお礼を言っていいのやら……」


 彼女は目に涙を溜め、
 順に私たちを見ていきました。
 私と視線が合った時、
 私は彼女に笑顔を送りました。
 彼女もまた、私に笑顔を返してくれました。


新聞部A「今から、手遅れかもしれませんが、
 模倣班を戒めるような記事を書きます」


 彼女の目からは、決意と誠意が
 感じ取れました。
 将来は立派なライターになるのでしょうか。


新聞部A「それと、これからもあなたたちに
 協力していきたいと思います。
 また失敗するかもしれませんが、
 どうかよろしくお願いします」

唯「私たちの方からも、よろしくね」

新聞部A「……あなたの言葉には、
 毎度心を動かされます。では」


 彼女は頭を下げ、部室に戻っていきました。
 途端、彼女の元気な声が部屋から
 聞こえてきました。

 私たち三人はその声を聞いて、
 緊張の糸が解けたように笑い声をあげていました。


 * * *


 時計の針が十六時を示し、
 文化祭一日目の終了を告げました。
 結局、今日のうちに更なる事件が
 起きることはありませんでした。

 澪ちゃんは一日目に三つ、
 二日目に四つという風に分けたの
 かもしれないと言っていました。

 教室に戻るにあたって、
 二年一組の澪ちゃんとは一番初めに
 別れることになります。

 つまり、階段を上っている私たちは、
 今現在、二人きりでした。


姫子「ねえ、唯」

唯「なに?」

姫子「唯って好きな人いる?」


 そんなシーンで、この質問。
 階段から転げ落ちそうになりました。


姫子「だ、大丈夫……?」

唯「う、うん、平気~……」


 とてもじゃないけど、平気ではないです。
 手すりに掴まる手だけで身体をやっと支えており、
 足はその機能を失ったようでした。

 姫子ちゃんが見兼ねたのか、
 私を踊り場まで引っ張り上げてくれました。


姫子「ふふ、大丈夫じゃなかったね」

唯「うん、ごめんね。ありがと」

姫子「どういたしまして。
 それで、さっきの質問の答えは?」


 ああ、やっぱり答えなくちゃいけませんか。
 今の一件で忘れてくれたと思ったのに。
 正直に答えない意味はないので、そのままに答えました。


唯「今のところ、いないよ」

姫子「ふーん。それは」


 姫子ちゃんが顔の位置を下げ、
 目線を私に合わせました。
 私の左側の頬に右手を優しくあて、
 そして艶かしく、こう言いました。


姫子「私にもチャンスがあるってことで、いいよね」

唯「えっ……?」


 姫子ちゃんは目を逸すまいと、
 じっとこちらを見ていました。
 段々、その瞳に吸い込まれていくような
 気がしてきました。

 緊張が高まり、
 心臓の鼓動が早くなっていきます。
 顔中が真っ赤に染まり、何故か私の方が
 余裕がなくなっていました。

 すうっと、姫子ちゃんは
 視線を逸らさないまま後退しました。
 張り詰められた糸が緩んでいくような心地が、
 感じられました。

 そして姫子ちゃんは悪戯っぽく笑い、


姫子「冗談」


 と一言だけ。


姫子「じゃあね、唯。また明日」


 背中越しに手を振って
 階上に上がっていく姫子ちゃんに、
 私は何も言葉をかけることが
 出来ませんでした。

 心臓の鼓動はまだ、
 到底収まりそうにありませんでした。



 ‐二年二組教室‐


紬「それでね、りっちゃんたら
 カッコいいとこ見せてやるーって。
 ……唯ちゃん?」

唯「ほえ?」

紬「疲れてるの?」


 疲れてるというのは、間違いありません。
 尤も、それが上の空の原因ではないことも
 わかりきっています。

 姫子ちゃんは一体どんな理由で、
 あんな冗談を言ったのでしょう。

 なんとなく?きっかけがあって?
 それとも、本気?


唯「わあああ~……」


 頭を抱え、机に突っ伏しました。
 ムギちゃんがりっちゃんに助けを求める声が
 聞こえてきましたが、
 それでも体裁を整えることもできません。

 澪ちゃんから告白され。
 姫子ちゃんからも告白(?)され。

 いつか二人を天秤にかけてしまうような日が、
 来てしまうのでしょうか。


唯「……」


 嫌だな、そんなの。



 ‐平沢宅‐

 ‐リビング‐


梓「唯先輩」


 まだ少し意識がおぼろげな私に、
 あずにゃんの声は丁度良い目覚ましでした。
 私たちはリビングで、二人並んでテレビを
 ただなんとなく見ていました。


梓「あのテレビに映っているのは、なんですか?」


 それは赤い鉄塔。
 日本一の高さを誇る、例の鉄塔でした。


唯「あれは東京タワーだよ」

梓「ふむ。あれは高いですね。人が見渡せそうです」

唯「見渡せちゃうよ~」


 おどけた声を出して、
 自分のいつもの調子を取り戻そうとしました。
 が、やはり心のどこかに、
 踊り場の出来事が引っ掛かっていました。


梓「どうせ盗むのなら、
 あの赤にすれば良かったのに」


 どんな大怪盗でも東京タワーは
 盗めないと思うよ、あずにゃん。


唯「そういえば、レインボー探しは進展あった?」

梓「はい、少しは」

唯「そっか」


 私はその言葉に、
 意外だなあという感想を持ちましたが、
 それでも私の最大の関心は、
 あの踊り場にあるのでした。


梓「唯先輩!」

唯「な、なに?」

梓「またなにか、悩んでいますね。
 私には隠せませんよ」


 思わず苦笑い。
 そうでした。最近あずにゃんは、意外と鋭い。
 ……轍を踏むわけにはいきません。


 * * *


梓「……ふむ。
 そういうことでしたか」


 私は今日あった出来事の一部始終を、
 あずにゃんに伝えました。


梓「大体話はわかりました」

唯「複雑な話に付き合わせてごめんね」


 何故だかわかりませんが、
 全ての話を終えてみると、
 私の胸のつかえはいつの間にか下りていました。

 きっと、それは言葉になって、
 外に出ていったのだと思います。

 ふと、私は思いました。
 確か初めはあずにゃんをレインボーの手から
 守ろうとして行動していました。
 ところが今は、まるで私が
 あずにゃんに守られているようです。

 思わず自嘲的な笑いが漏れてしまいます。
 でも、それもありかなと私は思いました。

 学校では先輩と後輩。
 家では人間と天使。

 なんだかおかしくて、
 そんな関係も面白いじゃないかと、
 自分の状況を改めて見て思いました。


唯「ふふっ……」

梓「なにか助けになる言葉を託そうと思ったのですが……。
 その様子だと、もう大丈夫そうですね」


 ほら、あずにゃんはこうやって、
 私に優しく微笑みかけてくれます。

 ならばここでの私は、それを受け入れて、
 自然な対応をするのが
 良いのではないでしょうか。

 私が自然に出た表情。
 それは紛れも無く、笑顔でした。


唯「うん。ありがと!」



 ―――文化祭。告白。
 私に雪崩れこむ問題は大きく。
 到底それは対処におえないものです。

 学校の問題は助けてくれる人が沢山います。
 しかし、学校の問題は全て学校で
 片付けられはしません。

 そういうときにはどうするのか。
 悩む必要はありません。
 何故ならば学校外にも友人はいます。
 家族だっています。

 他にも、例えば……



唯「本当、あずにゃんは天使だね」

梓「今更なにを言っているんですか。
 私は見習いとはいえ、立派な天使です!」



 こんな可愛い天使だって、いるのです。



第十ニ話「天使に祈る日」‐完‐


―――第十三話に続く


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