【第十四話】


 ‐廊下‐


梓「それで、唯先輩はなにが聞きたいんでしたっけ?」

唯「えーと……」


 私はあずにゃんと二人で二階廊下を歩いていました。
 あの後、澪ちゃんは仕事へ戻り、
 姫子ちゃんは別の仕事があるといって、
 どこかへ行きました。

 結果、私は劇を終えたあずにゃんと
 一緒にいるというわけです。


梓「人に聞くのに、その内容を決めてなかったんですか。
 それは良くないと思いますよ」


 ごもっともです。
 というのなら、マッハで考えてみましょう。
 私があずにゃんに聞く内容を。

 ここで重要なのは、情報が重複しないこと。
 既知の事実を聞き出すことは時間を無駄にするだけです。
 しかし、私とあずにゃんの間で、
 そこまで情報が決定的に違うものがあるのでしょうか?

 これを解決するポイントこそ、
 私が聞くべきポイントなのです。
 分かれる前、全部澪ちゃんに教えてもらいました。


唯「文化祭前のこと……」

梓「準備期間とかですか?」


 それなら、情報は被りようがありません。
 私とあずにゃんは全くの別クラス、情報は増えるのみです。


唯「うん、それでお願い。
 あずにゃんの周りで起きた、準備期間の出来事で」


 ただ、聞いてから思いました。
 ……この質問、文化祭で起きた事件に、関係あるのでしょうか?


梓「わかりました。
 でもなんで、私の周りのことなんですか?」


 まあ、そうなりますよね。

 いえ、もしかしたらあずにゃんは、
 自分のクラスの誰かが疑われているのかもと
 思っているかもしれません。

 それならご安心を。簡単に答えられます。


唯「えー、だって、私の交友範囲で
 他学年のことを聞ける間柄にいるのが、
 あずにゃんしかいなかったから」

梓「なるほどです」


 あずにゃんはたった一人の後輩ですからねと、
 笑いながら言っていました。
 ついでに文化祭始まってからのことも、
 サービスしちゃいますとも言われました。
 何のために内容を絞ったのか、わかったもんじゃありません。


 * * *


梓「……こんなところですかね」


 なるほど、なるほど。
 そうやって時折相槌を打っていると、
 段々と事件の全貌が見えてくる気がしました。
 気がしただけで、実はあまり見えてません。
 それでも、不自然な行動をとったと思う人物は、
 一人見えてきました。


唯「ありがとう、あずにゃん。
 絶対今日中にレインボーを捕まえようね!」

梓「はい!」


 あずにゃんが威勢の良い返事をしたとき、
 私の携帯が鳴りました。
 メールではなく、電話のようです。
 発信者の名前を見ると、少し嫌な予感を覚えました。

 発信者は、姫子ちゃん。



 【Mi-side】


 ‐二年一組教室‐


澪「ありがとうございましたー」


 時刻は正午をちょっと過ぎたぐらい。
 この時間になると、飲食関連の団体は盛り上がりを見せる。
 当然私のクラスも例外ではない。
 一階の、一番下駄箱から遠い位置にする、
 二年一組教室でこの盛況なのだから、
 他のクラスはさぞてんてこ舞いになっていることだろう。

 さて、接客仕事の苦手な私だけど、
 今日だけは我慢しよう。
 そうだ、笑顔を絶やしてはいけない。いつでもスマイル。
 これを目標に、今日一日頑張ろう。

 そう思っていたら、今度は笑顔が顔から剥がれなくなった。
 顔が引きつっていて、他の表情が出来ない。
 傍から見たら怖い。絶対怖い。


 「澪ちゃんの笑顔、素敵!」


 ファンクラブの人たちはそれ以上に怖い。


澪(んっ?)


 不意に、マナーモードに設定した携帯が震えた。
 こんなときに電話かメールとすれば、
 恐らく怪盗関連のメールだろうか。

 と思ったら、案の定、唯からのメールだった。
 唯からの有難いメールを、心の中で感涙にむせびながら読む。
 多分、にやにやしていた。
 今の私は常ににやにやしてるけど。

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From:唯
Sub:レインボー現れたよ!
#==========

 青色が盗まれちゃった!
 盗まれたのは、文芸部の文集。
 表紙が青かったんだって。

 文集が売られている場所は一階の文芸部部室だけど、
 今回メッセージカードが残された場所は、
 一階の南階段。流石に店番している人の前じゃ、
 カードは残せなかったのかな?

 カードの画像もつけておくね!

#==========

 添付ファイルを開く。

 “【Over the rainbow ~私は虹を越える~】
  友を大切にする私は自分の道を見失わない。
  大怪盗レインボーが、文集の青を手にした!”


 一応、レインボーの書いたもののようだ。


澪(……ただ、この違和感はなんだ……?)


 私は今まで感じていたことのない、
 そんな違和感を感じていた。
 失礼だけど、大した物が盗まれていないと言っても
 過言ではないはずなのに、何かがズレている。
 そんな気がしていた。

 いつの間にか、私の顔からは笑顔が消えていたようだ。
 俯いて考えに耽る私に、声がかけられる。


律「澪、仕事しろよー?」

澪「なんだ律か」

律「なんだとは、なんだ」


 律だった。思わず率直な感想が出てしまう。
 後ろにいるムギに気付く。


澪「朝、登校する時も会ってるじゃないか。
 それとムギも、いらっしゃい」

紬「ええ、遊びにきちゃった」

律「……ダブルスタンダードだ!」


 律が犯人はお前だとでも言うように、私に指差す。
 その律の姿に笑いが小さく吹き出てしまう。
 こらこら、人を指差したらいけません。

 さっきまで作られた笑みしか出来なかったのに、
 今は自然な笑みを作れている。
 やっぱり友達って、凄い。


澪「それで、ホットドッグを買いにきたんだろ?一つ百円な」

律「交渉しようぜ、澪。ゴチになります!」


 それは押し付けというんだぞ、律。


紬「やったわね、りっちゃん!」


 ムギも乗るな!


澪「はあ……まあいいよ。お先に進みくださーい」

律「サンキュー!」

紬「ありがとう、澪ちゃん」


 私は二百円を取り出し、
 集金に使用している箱の中に入れた。
 総売上数が“正”の字で示されている紙に、
 正を二画ぶんだけ書きこむ。

 ……はっとした。
 そうか、これだ。これを調べればいい。


澪「律!」

律「なんだ?」

澪「お前、文化祭前日に言ってたよな。
 輝けりっちゃん計画云々って」

律「ああー、言ってたな。ちょっと言い方は違うけど。
 ムギの前でなら、あちこちで大活躍してるぜ?」

紬「輝いてたわ~!」


 そうかそうか。元気にはしゃぎ回る律を、
 後ろで温かく見守るムギの姿が脳裏に浮かんだ。


澪「じゃあ、それに加えてくれ。
 五里霧中な私の道を照らしたお前は、確かに輝いていたよ!」


 律は意味がわからないと言っているように、
 顔をぽかんとさせていた。

 私はそんな律を置いておき、
 先程届いたメールに返事を書く。
 これが私の予想通りなら……。



 【Yi-side】


 ‐廊下‐


 一階、文芸部の部室前。
 私とあずにゃん、純ちゃんに姫子ちゃんと和ちゃんがいる廊下には、
 消沈した空気が漂っていました。姫子ちゃんから、特に。

 それもそうです。
 恐らく、姫子ちゃんは澪ちゃんに頼まれ、
 和ちゃんと一緒に行動していたのでしょう。
 そして和ちゃんが行動をしていないうちに、
 レインボーの犯行が重ねられたのです。

 つまり“澪ちゃんと姫子ちゃんは和ちゃんを疑っていた。”

 きっと、姫子ちゃんに和ちゃんを見張らせるのは、
 澪ちゃんにとって苦渋の決断だったはずです。
 姫子ちゃんにとっても、辛いことだったでしょう。
 しかし、和ちゃんはレインボーではなかった。

 心が軽くなった一方で、じゃあ誰がレインボーなの?
 きっとこんなところです。


純「一階は私の担当だったのに……」


 一階見張り担当の純ちゃんも、悔しそうです。
 今日の二回の犯行はどちらも一階で起こっています、
 無理もありません。


梓「唯先輩の携帯が鳴ってますよ」

唯「本当だ」


 送信者は澪ちゃん。
 事件の内容をメールで送ったので、
 それに対する返信でしょう。

 しかしそのメールを読んだ私は、
 思わず眉をひそめてしまいました。

 なんで?


和「どうしたの、唯」

唯「ちょっとこれ見てくれる?」


 私は澪ちゃんからのメールを全員に見せました。

#==========
From:澪ちゃん
Sub:Re:レインボー現れたよ!
#==========

 報告ありがとう。こうして盗みが続いていると、
 自分の力不足を感じずにはいられないな……。

 それでも、私たちに出来ることが
 無くなったわけじゃない。
 悪いんだけど文芸部の人と協力して、
 文集の在庫の数と売上数を調べてくれないか?

 その結果を、出来るだけ早く私に知らせて欲しい。
 大変かもしれないけど、お願いするよ。

#==========


純「……なんでですかね?」


 あっ、私と同じ反応です。


姫子「澪になにか考えがあるようだけど、
 ちょっと見えてこないね。どういうこと?」

和「まあ、頼んでみましょ。何かわかるかもしれないわ」


 そう言って、和ちゃんは文芸部の人に、
 そのことを頼みました。
 文芸部員の人も怪しがっていましたが、
 協力してくれるならということで、許可してくれました。

 ……私は、もう一度携帯を開きました。
 そして、私たち四人を指しているように、両手を広げて、


唯「そうだ文芸部員さん。
 この中に、文集を買った人はいる?」

 「えっと……」

唯「あっ、思い出せるだけでいいよ」


 文芸部員の人が頭を抱えていると、
 和ちゃんが手を上げました。


和「それなら私が買ったわ」

 「あっ、はい。その人だけですね」


 和ちゃんは右腕で抱え込んでいたファイルを開き、
 そこに挟まっていた青色の文集を見せてくれました。
 意外と立派な作り。


和「結構面白いわよ、これ。
 文芸部の文集は去年も買っていたけど、
 去年よりパワーアップしてるわね。唯も買ってみたら?」


 うっ……遠慮しておきます。
 活字はそんなに得意じゃないのです。
 とにもかくにも、文芸部員さんにお礼。


唯「えーと、ありがとう!
 ……じゃあ、数を調べないとね」

和「そのことなんだけど、私がやるわ。
 生徒会室には他の人がいてくれてるし、
 これもレインボー捕獲の一環として成立するしね」

姫子「私も協力するよ、和」


 無視されたことも意に返さず和ちゃんが言い、
 それに姫子ちゃんが続きました。

 それなら甘えさせてもらおうと、
 私は二人に任せることにしました。
 あずにゃんを連れ、手を振りながら、
 私はそこを去りました。


 * * *


 一階から二階に上がる階段にて、メールを作成。
 澪ちゃんに返事を送りました。


梓「あの、唯先輩。まさか怪盗の正体、わかってるんですか?」


 まさか。


唯「全然わかってないよー」

梓「その割には、調べ方が今までと変わってますよね。
 どうしてですか?」


 いやいや、なにも変わってないよ。
 あずにゃんに何がわかるのかな。


梓「あっ、今、私にはなにもわからないみたいな、
 そんな顔しましたね」

唯「そんなこと思ってないよ~?
 じゃあ、具体的にどこが変わったっていうのかな?」

梓「……もういいです!」


 あずにゃんは顔をぷいと背けてしまいました。
 あらら、拗ねちゃいました。




 【Mi-side】


 ‐二年一組教室‐


 虹。二時。そう、現在時刻は午後二時!

 こんなくらだないダジャレが頭の中で思い浮かぶ、
 そんな時間に私は携帯で虹のことを調べていた。
 特に意味はないような気がするけど、
 レインボーのことが追えるような気がする。

 ……へえ。そうなんだ。

 ホットドッグは今から三十分前に完売してしまった。
 正直、予想以上のスピードだった。
 すぐ近くの紙に書かれた“正”の字の数は、
 見ているだけで圧巻だ。


澪(……)


 おかげで私は今、こうしてレインボーのことについて
 頭を働かせている。
 午前中に解決する必要もなくなった。もう午後だけど。

 ただ、私はなんとなく犯人の目星はついていた。
 最後に決める手段も、考えている。
 問題は、ただ一つだけ。
 目の前にそびえ立つ、この大きな壁をどう越えるか。

 この壁を乗り越えない限り、
 私はなにも言うことが出来ないだろう。
 ここまで来て、レインボーが複数犯なんていう、
 悠長なことは言っていられない。
 今だからわかることだ。


澪(虹、か……)


 どうして、虹だったのだろう。
 別に信号機でも良い気はする。
 いや、それだと色が少なすぎるか。


 * * *


 しばらく考え込んでいると、
 唯からメールが一通届く。
 文芸部の文集の在庫数と売上数のチェックの結果だ。


澪「やっぱり」


 私は、そのメールを見て満足した。
 大方想定通りの結果だったからだ。

 ただそれでも、私の前に立つ壁は低くならない。
 どうやっても越えられない壁は、
 未だにそこに存在し続ける。

 私は特に用事がないことを確認して、
 教室をあとにした。



 ‐廊下‐


 廊下を歩き、目的の場所を目指す。
 ちょうど新しい新聞を貼っているところだった彼女に、
 声をかける。 


澪「こんにちは」

新聞部A「あっ、どうも」


 貼られた新聞に視線を移す。
 “特別号”と銘打って書かれたその新聞は、
 主にレインボーに対して、生徒会から警告をするものだった。
 もしレインボーらしき人物を見た者は生徒会に報告すること、と。
 それが出来たら、五件も盗みを働けないと思うのだけど。

 そして意外なことに、生徒会に連絡がつかない場合は、
 新聞部に連絡することと書かれていた。
 これだけ記事にしていれば、
 捜査班へのメンバー入りも自然かもしれない。
 私たちだって名乗り出ればそうなるのだろう。

 それにしても、非日常的なイベントというものは、
 いつでも人を楽しませるけれど、
 こと盗難事件となればそうとはならないのだなあと、
 記事を読んでしみじみと思う。今更ながら。


澪「……私が頼むまでもなく、
 レインボーを追うことになったみたいだね」

新聞部A「そうですね。
 新聞部が生徒会直々に活躍の場を頂けるのは、
 嬉しいことですけどね」


 ふっと息を吐いた彼女の言葉は、
 どこか皮肉を含んでいた。


新聞部A「それで、何か御用ですか?」

澪「ああ、そうだった。実は聞きたいことがあって」

新聞部A「私にわかる範囲のことでしたら、
 なんでもお答えしますよ」


 それは嬉しいことだ。
 彼女は笑ってそう言ってくれたので、
 私は自分のしたい質問を全てすることにした。


澪「じゃあ、一つ目。実物を見たくて。
 さっき盗難にあった文集だけど、同じ物を今持ってるかな?」


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最終更新:2013年03月16日 21:37