* * *


 いくつか質問を重ねているうちに、
 私の携帯がまた震えた。
 確認してみると、唯からのメールだった。


澪「……藍色が盗まれたか……」


 一年三組からお面が盗まれたらしい。
 唯と梓は既に現場にいるということなので、
 私もすぐに行くと返信する。


新聞部A「あ、そういえば模倣犯いなくなりましたね。
 青色はレインボーだけだったんですよね?」

澪「そういえば」


 模倣犯によって適当に作られた、
 青のりが盗まれた旨のメッセージカードを思い出す。
 もしかしたらあの時点でもう、
 模倣犯は怪盗ごっこに飽きてしまっていたのかもしれない。


新聞部A「どこから盗まれたんですか?」

澪「一年三組からお面が盗まれたらしい」


 お面って、一体なにに使っていたのだろうか。
 一年三組、劇でもやっていたか。
 パンフレットで確認しておこう。


新聞部A「一年三組……うちの後輩がいますね」


 なんと。それは可哀想に。


新聞部A「話が聞けたら、聞いておきますね」

澪「わかった。それじゃ」


 一年三組は、ここと同じ一階。
 まあ急ぐ必要もないだろうと思い、
 ゆっくりと歩を進めた。


 * * *


 私は急いでその場から離れようとした。


梓「どこ行くんですか、澪先輩?」


 こら、離せ梓。
 これは私の生死に関わる問題だ。


唯「大丈夫だって、そんな怖くなかったからね」


 なにが大丈夫なもんか。
 見ろ、“パワーアップしました”とか書いてあるじゃないか。
 これ絶対大丈夫じゃないだろ!

 私がいるのは一年三組の教室前、
 “呪中八九”というお化け屋敷の入口前だ。
 どうやらここからお面が盗まれたらしい。

 そうか、盗まれたのか。
 いやー大変だったね。それじゃ、あとは頑張って。
 そんな感じで済ませようとする私を神様は許すわけがなく、
 今もこうして天使を使わせている。
 くっ、梓、お前は誰の味方なんだ!


唯「大丈夫だよ、澪ちゃん。私がついてる」


 唯は私の手を握った。


澪「唯……」


 そして、お化け屋敷の中へ私を引きずり込む。


澪「唯ぃぃぃ!?」



 【Yi-side】


 ‐一年三組教室‐


 私の右手はしっかりと澪ちゃんに痛いぐらい握られ、
 段々感覚を失っています。
 お化け屋敷より、この右手の方が怖いです。

 さて、パワーアップと聞きましたが、これまた凄い。
 “呪中八九”というのはつまり、
 私たちは本気を出していませんよという
 メッセージだったのかもしれません。

 懐中電灯の光も調節され、
 暗い部屋の恐怖を和らげるような役目は
 もう持っていません。
 それどころか、光を向けて見えてしまったからこそ、
 恐怖が湧きあがるような仕掛けが多数あり、
 次第に私も夢中になっていきました。

 ……澪ちゃん、生きてるかなあ。


澪「唯ー……」


 あっ、生きてました。大丈夫ですね。
 そう思ったら、


澪「怖いよー……。唯ー……!」


 声にならないような叫びを上げた澪ちゃんは、
 私の手を離し、身体の横から思い切り抱きついてきました。
 ……あらら、全然大丈夫じゃないですね。


唯「大丈夫だよ、澪ちゃん。怖くない、怖くないからね」


 澪ちゃんの頭を撫でながら、私は少しずつ進んで行きました。
 何故か強い視線を感じるような気がするのですが、
 これも仕掛けかなにかでしょうか?

 ふと、隣の澪ちゃんの顔が気になって、
 目だけ澪ちゃんの方へ向けました。


澪「……」


 しおらしくなった澪ちゃんは、
 涙目になりながら私に抱きついていました。
 恥ずかしさも半分あるようで、顔は真っ赤に染まり、
 視線は下に向いていました。
 普段はカッコよくて、私たちを仕切ってくれる澪ちゃんが、
 今はこんなにも……。

 こんなにも?

 ……ああ、いけない。
 いまこうして、澪ちゃんの顔を間近で見ちゃうと。
 すっごい、なんというか、もう。ずるいなあ澪ちゃん。


澪「……唯?」

唯「ふぇい!?」


 不意に澪ちゃんが声を出したので、
 思わず声が上ずってしまいました。
 いけない、落ち着け、私。


唯「どうしたの、澪ちゃん?」

澪「あのさ……そろそろお面もないのかなと思って……」


 そういえばと思い、
 私は辺りを懐中電灯で照らしまわりました。
 実は一日目に、私はそのお面を見ていたのです。
 記憶を頼りに、ある地点の周辺を隈なく照らしていると、
 ついに私の記憶と一致した場所を見つけました。

 そこを照らした瞬間、 
 隣の澪ちゃんが抱きつく力を強めました。
 私も多分、少し身体が強張ったと思います。

 私が見たお面はありませんでした。
 が、代わりにそこには、
 “気味の悪い緑色のお面”がありました。


唯「お、お面の予備……?」


 そのお面を観察しても、
 前のお面とは共通点がまるで見つかりませんでした。
 つまりこれは、事前に飾られる予定で用意されたものでしょう。
 これを飾らないで、わざわざあの怖くないお面を
 飾るような道理はありません。


澪「唯、もういいか……?はやく行こうよー……」


 ああ、待っててね澪ちゃん。
 絶対無事に帰してあげるから。

 私は澪ちゃんの頭を擦りながら、
 教室を出ていきました。あー、熱いなあ。



 ‐廊下‐


梓「あっ、おかえりなさい」


 そういえばあずにゃん忘れてた!
 ……まあ、二人きりのお化け屋敷も楽しかったですけど。


澪「酷いぞ、梓ー!」


 そうでもなかったのかなあ、澪ちゃんは。
 まあ澪ちゃんのことです。恐怖が勝っていたのでしょう。


澪「……それより、どうだったんだお面は。
 私は見てないからわからないぞ」

唯「うん、確かに取り外されていたよ。
 だけどあれはレインボーの仕業じゃないね」

澪「えっ?」


 声高に言いました。


唯「あんな怖いお面を差し置いて、
 前のお面を飾るなんて有り得ないもん!」

澪「そ、そんな怖かったのか……!」


 澪ちゃんの命は保証できないね。


唯「元々内装は時間で帰る予定があって、
 折角だからと思ってレインボーに便乗した線が濃厚かな」

澪「な、なるほどそうか……。
 ……よし、ちょっと待っててくれ」


 そう言うと、澪ちゃんは携帯を取り出し、
 どこかへ電話をかけ始めました。


澪「……うん。ちょっと聞いてくれないか。
 藍色のお面の場所を、知ってるんじゃないかって」


 えっ。




 【Mi-side】


 ……あー、怖かった。心臓が爆発しそうだ。
 でもどさくさに紛れて唯と密着できたし、
 良かったかもしれない。

 通話先の相手は私の頼みを聞いてくれているのだろう、
 電話は保留状態になっている。
 あとは結果待ちだけど、多分間違いなく私の予想通り。

 私は唯の証言の信憑性を疑っているわけではない。
 ただ、これは一応確認するべきことだ。


梓「あの、残されていたメッセージカードを貰ってきましたけど」

澪「その確認の必要は無いんだ」


 梓はあからさまに怪訝そうな顔をした。
 仕方ないだろう、今まではそれをヒントにしていたのだから。
 しかしヒントを全て飲み込んだ今、私にそれは必要ない。

 電話の保留状態が解除される。


新聞部A『確認が取れました。どうやら、藍色のお面を取ったのは、
 一年三組の人で間違いないみたいです』

澪「そうか。ありがとう」


 新聞部の彼女の声は怒りというより、
 呆れかえっているように聞こえた。
 特に言うこともないだろうと思い、礼を言って電話を切る。
 ……ついに長い戦いが、終わる。

 私は再び電話をかけ、応援を頼んだ。
 改めて三人で良かったと思う。


唯「澪ちゃん?」


 電話を終えた頃、唯が小首を傾げていた。
 なにをやっているのかわからない、といった体だ。

 私は梓に聞こえないよう、唯の耳元に口を近づけた。
 唯の耳が赤くなった気がしたが、気にせず話し始める。


澪「……唯。犯人がわかった」

唯「本当!?じゃあ、早速捕えに……」

澪「それと犯人を追いつめる際、
 梓には私たちと離れてもらうことにする」

唯「えっ」


 唯の顔色から困惑が感じ取れた。
 理由を言っていないのだから、当然か。
 ゆっくりと耳元から口を離し、今度は梓の方へ向き直った。


澪「梓」

梓「はい?」

澪「事件を解決したいと思う」


 梓の目が見開かれた。
 今にも飛び出してきそうな勢いで、声をあげる。


梓「本当ですか!?犯人は、一体誰ですか!」

澪「落ち着いて。それと、梓は教室で待機してくれ」


 瞬時に梓の目が丸くなった。


梓「……どうしてですか?」

澪「この事件の解決のためだ。
 これは、三人が一ヶ所にまとまっていると、
 解決出来ない事件なんだ」

梓「それで、私を削るんですか?」

澪「削るなんて言い方は言葉が過ぎる。
 これは策なんだ。だから、わかってくれ」

梓「納得できません」


 それもそうだろう。
 だけど、実際に開いてみないと何が起こるのか
 わからない箱は、この世にごまんとある。
 同様に事件の一つ一つにも、不確定要素は多い。


澪「梓が悔しいのはわかる。だけど頼む!」


 そう言って、私は頭を下げた。
 ……こういう場面では先輩後輩の上下関係は卑怯だ。
 だから今の私はとても卑怯だ。
 だけど。だけど……。

 ゆっくりと頭を上げ、梓を真っすぐ見る。
 梓は視線を足元に落とした。


唯「あずにゃん」

梓「唯先輩……」

唯「あのね、澪ちゃんも考えがあるんだと思うの……。
 だから……」

梓「ええ、わかってます。
 だから、その……、頑張ってください」


 梓は寂しそうに、笑った。


 * * *


 梓がいなくなり、私と唯は二人で廊下を歩いていた。
 正直、気が重い。自分でしたことだとしても。
 階段で一階から二階へ上がる最中、
 唯がなにかを言いたげな顔をしていた。


澪「梓が悔しいってことはわかる。
 だけど、事件の全貌が見えるまで、梓を近くに置けないんだ」

唯「そうなんだろうね。澪ちゃんが言うからには」

澪「……」


 壁は越えた。その代償は大きかった。
 それなのに、私はまだ、完全でない気がした。
 だからこそ、私はこうして唯を連れている。


澪「ちょっとだけ用事がある。最後の仕上げの下準備だ。
 だから先に部室に行って、待っていてくれないか?」

唯「うん、わかったよ」

澪「それと……」


 これを言おうか、しばし迷った。
 ただこうして唯を連れている以上、
 無理な強がりも背伸びも止めたほうが良いに決まってる。
 そう思い、言葉を続ける。


澪「わかってると思うけど私はこれから、
 犯人を追い詰めていくことになる。
 だけど犯人は逃げ道を作るかもしれない。
 その、私が手も足もでないような手段で」

唯「そうだね」

澪「そんな時には……、
 私の隣で、唯が手を貸してくれるか?」

唯「……うん!全部貸してあげる!
 あずにゃんが悔しい思いをしている分、
 おまけしちゃうぐらいに!」


 人間一人と天使一人分の力か。
 それは頼もしいな。
 私は息を小さく吹いて、笑みを浮かべた。




 【Yi-side】


 ‐音楽準備室‐


 一人きりの部室というのも、
 全く初めてではありませんが、
 普段お茶飲んではしゃいでいる身からすると、
 新鮮さを感じます。

 澪ちゃんとは一旦分かれ、
 私は部室で待機しています。
 いつもの席へ腰を下ろしました。

 さて、澪ちゃんは一体どこへ行っているのでしょう。
 そして、何故あずにゃんは、
 私たちと分かれる必要があったのでしょう?


 * * *


 暇を持て余し、携帯をいじっていると、
 不意に携帯が震えだしました。メールです。
 送信者は澪ちゃんでした。


唯「紫色の、被り物……?」


 それは一年二組から紫色の被り物が
 盗まれたという旨のメールでした。
 一年二組というと、憂やあずにゃんのクラス。

 恐らく劇で使用された、その紫色の被り物。
 私には思い当たる節がありました。
 それは確か、占い師風のものでした。

 携帯の画面と睨めっこをしていると、
 部室のドアが開け放たれました。
 澪ちゃんが入ってきました。



 【Mi-side】


唯「あっ、澪ちゃん!用事は済んだの?」

澪「ああ。もう大丈夫だ」


 実際、用事は全て終えた。
 あとは待っている間に言葉を練るだけだ。

 さて、部室に二人きりというシチュエーション。
 夏の告白が思い出される。
 尤も、目的はまるっきり違うわけだけど。


澪「……」


 ああ、思い出して恥ずかしくなってきたじゃないか。
 唯は、どうしているだろう?



 【Yi-side】


澪「……」


 ああ、なんで黙っちゃうのかなあ、澪ちゃん。
 しかも私の方をじっと見つめて。
 そんなことしたら、余計に……。

 いけない、いけない。
 今はそのことを考える時間ではありません。
 いつでも澪ちゃんの助けになれるよう、
 自分なりに考えを整理しておかなくては。

 しかし、まあ。
 頭を使うというのは、本当に疲れます。
 これはむしろ澪ちゃんと話した方が、
 よほど疲れないのではないかと思いました。


 * * *


 澪ちゃんと私、お互いが持っている情報を
 全て明らかにして、話していました。
 次第に澪ちゃんが誰を疑っているのかがわかってきて、
 いつの間にか私はその人のことを集中的に話していました。

 そんな話の最中、澪ちゃんがふっと笑みを浮かべ、
 私の名前を呼びました。


澪「唯」

唯「なーに、澪ちゃん」

澪「今年の文化祭は、どうだった」


 正直不意打ちでした。
 まさかここで、今年の文化祭のまとめ話を
 するとは思いませんでした。それに、


唯「まだ文化祭は終わってないよ?」

澪「いや、あのさ。少しの時間だけだったけど、
 私と二人だけだった時はどうだったのかなあって……」


 ……恥ずかしいこと聞きますなあ、澪ちゃんは。


唯「うん、楽しかった。とっても!」

澪「本当か?」

唯「本当だよ!」


 そっか、と澪ちゃんは呟きました。
 そして照れくさくなったのか、耳の後ろを掻きました。


澪「じゃあさ、文化祭が終わって……」


 着信音。澪ちゃんが何かを言い終わる前に、
 部室に鳴り響きました。
 澪ちゃんの携帯のものでした。

 澪ちゃんは、急いで携帯を取り出し、耳にあてました。
 時間はそんなに長くありませんでした。


澪「……わかった。ありがとう」


 最後にそう言って、澪ちゃんは電話を切りました。
 決着の時が近づいているのだと、すぐに悟れました。


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