【Yi-side】


 終わりました。長い長い戦いが。
 文化祭の全てをかけて挑んだこの戦い、
 恐らくは私たちの勝利という形で幕を閉じたのでしょう。


純「でも、どうして文集を鞄に入れると思ったんですか?
 教室に残す手段もありましたよ」

澪「教室には梓がいただろ?
 梓は鈴木さんが文集を買っていないことを知っている。
 安易に教室に文集を残して、発見されたら言い訳のしようがない。
 どこかに隠そうものなら、見張ってる私の友人が通報してくれるしね」

純「なるほど、それでこのメール、
 “鞄を持って、音楽準備室に来てくれない?”ですか。
 見張りまでつけて、完璧ですね」


 澪ちゃんカッコいい。改めて、そう思います。
 ただ澪ちゃんはそう言われたことを、不服そうにしていました。


澪「なにが完璧ですね、なんだ?
 全部鈴木さんの狙い通りだったんじゃないか?」

純「……ああ、やっぱり気付いてましたか。
 怪盗が二行目でヒントを与えているのは事実だと
 言っていましたもんね」

澪「“誰かに謎を解かせるまでが、鈴木さんの計画だった。”
 そういうことだね」


 私も、なんとなく、それは感じていました。
 律儀すぎる怪盗。それに答えを出すのなら、
 自分を見つけて欲しいというものしか、思い当たりません。


純「とあるお話の検事が言っていました。
 “自分の犯罪を誇示したいというのは、
  ほとんどの犯罪者心理に共通する特徴なのだ”って。

 私は全犯罪者がそうだとは思いませんが、
 小さな罪ぐらいなら、ちょっと誇示したくなる気持ちもわかります」


 そこで私は首を振りました。
 どうやら澪ちゃんも何か言おうとしたようですが、
 私に遠慮して口を閉じました。
 ならば、私は遠慮せずに言わせてもらいましょう。


唯「純ちゃん。純ちゃんが誇示したかったのは、
 犯罪じゃないよね?」

純「どうしてそう思うんですか?」

唯「和ちゃんが、ただの悪戯に付き合うとは思えないから」

純「盗難事件がただの悪戯ですか?」

唯「文化祭は、お祭りだよ?問題にはなってたけど、
 ギター以降は本当に差し障りのないことしか起きてない。
 むしろイベントとして扱われていたよ」


 模倣犯も出る程の。


純「なるほど。それで、私はなにを誇示したかったんですか?」

唯「ズバリ、ヒロイズムだね!」


 純ちゃんは小首を傾げました。
 ただ、その顔は大して不思議がっていませんでした。


唯「ここからは何の証拠も無いよ。
 間違えているかもしれないよ。
 でも、合ってたらイエスって答えて欲しいかな」

純「はい、わかりました」

唯「純ちゃんは映画研究会から園芸部を助けた?」

純「……イエス。って単刀直入すぎません?」


 そうでしょうか。
 視界の端で、澪ちゃんが頷いていました。
 そこまでかなあ。


唯「え、えっとね。つまり純ちゃんは、
 部費を確保できなかった映画研究会が
 恨みで園芸部に酷いことをしようと知って、
 和ちゃんになにかすることを提案したの」

純「イエスですね」

唯「和ちゃんはすぐに提案を受け入れてくれた?」

純「それはノーです。

 和先輩はまず園芸部の部長を呼んで、
 花壇に見張りをつけることを提案したみたいです。
 当然ですが、何者かが狙っているなんてことは隠して。
 ですがそれは叶わず、結局花壇に見張りはつきませんでした。

 そのことを知らせに来たのが、文化祭前日でしたね」


 それがあずにゃんに聞いた、あの呼び出し。


唯「この計画を立てたのは、和ちゃん?」

純「半々ですね。

 虹の色を順番に盗む“色泥棒”を演じて、
 様々な色を持つ園芸部に警告するという
 アイディアは和先輩のものです。
 私が、最後は誰かに解かせたいと言ったら、
 メッセージカードの二行目のアイディアもくれましたよ。

 ですが、盗む品は私が決めました。
 私が簡単に盗める……といっても、
 すぐに返すので“手に取る”とだけにしましたが、
 そんな品々に決めました。

 ただ、返すからといって、一時的に手元から消えただけで、
 とても悲しむ人もいるんですよね。
 失念していました。今回の最大の反省点です」


 純ちゃんは本当に落ち込んでいました。
 さすがに友人を、あんな目に遭わせてしまったから……。


純「文化祭期間中だというのに、
 和先輩には本当に助けられました。
 瞬時に、文化祭に差し障りないものを選んで、
 私に取らせる計画まで立てたんですから」

唯「正直、ここまで事件が複雑になるとは思っていなかったよね?」

純「そうですね。まさか模倣犯とは。
 想定外でした。ただ、複雑になったからには、
 より高みを目指したくなりましたけどね」


 なるほど、なるほど。
 以上のことをまとめると、つまり。

 純ちゃんは園芸部を守るため、
 自ら怪盗レインボーとなり、色という色を盗んで回った。

 園芸部への警告というのは、恐らく文化祭新聞でしょう。
 昨日の九時号に書いてありましたが、
 純ちゃんのクラス、一年二組にも新聞部の子はいますし、
 それとなく“園芸部が危ないかもね”と仄めかしておけば、
 誘導は可能でしょう。


澪「こんな回りくどいことをした理由は?」

純「第一に、園芸部を動かすことが出来なかったからです。
 まさか生徒会の一員ともあろう人が、
 映画研究会の生徒を悪く言うことなんて出来ませんし、私なんか論外でしょう。

 そして第二に、これは唯先輩が言いましたが、
 文化祭はお祭りだからです」

澪「なるほどな……。
 じゃあ、そういうことなら、梓を呼んでも大丈夫そうだな」

唯「うん、そうだね!」


 犯人が純ちゃんとわかり、あずにゃんが何を思うのか心配でした。
 ですが、一応真っ当な理由はあったので、
 その心配は完全に無用のものとなりました。
 なら、ここへ呼んでも問題はないでしょう。

 澪ちゃんは携帯を取り出し、なにかに気付いて、元に戻しました。


澪「梓は携帯持ってないんだっけ。直接行ってくるよ」


 そう言って柔らかい笑みを浮かべ、
 澪ちゃんは音楽準備室をあとにしました。


 * * *


 音楽準備室に二人というのは、
 あまり新鮮ではないかもしれません。
 ですが、今の状況は今まで経験したことのない、
 とても新鮮なものでした。


純「いやー、澪先輩ってカッコいいですよね!
 本当もうなんというか、憧れますよー」

唯「だよね~!
 でもね、澪ちゃんは怖いものが嫌いだったりして、
 可愛い面も一杯あるんだよ?」

純「おお、それはプラスポイントですね!
 やっぱりファンクラブが作られるだけのことは
 ありますね!」


 純ちゃんと二人っきり。これは珍しいです。
 まあ、だからといって、話題に困ることは無いですけど。


純「唯先輩って、結構澪先輩のこと好きなんですね~」

唯「いやいや、私は皆が好きだよ?」

純「私は一番澪先輩が好きですけどね。
 当然、憧れっていう意味でです!」


 私は……、まあ。


純「あれ、どうしたんですか唯先輩?
 顔が赤くなってますよ?」


 言わないで!


唯「そ、そうだ、あのメッセージカードのことだけど!」


 私にとって不利な話題だったので、
 あからさまに話題を変えました。
 そのことを純ちゃんも少し怪訝そうにしてましたが、
 特になにも言ってきませんでした。


純「あれがどうかしました?」

唯「一行目にさ、英語書いてあったよね。
 Over the rainbowだっけ」

純「ああ、確かに書きましたよ。
 日本語も横に書いたと思います」

唯「あの言葉にも意味があるの?」


 適当に捻りだした話題。
 とくに意味もないと思っていた質問でしたが、
 意外と純ちゃんの顔は真剣さをまとっていました。


純「ああ、あれですか。意味ありますよ」

唯「どんな意味?」

純「虹を越えるんです。すると、なにがありますか?」


 窓の外に視線をやりました。
 そこに虹はありませんが、虹のある場所は空。
 そこを越えたとすれば……。


唯「宇宙?」

純「いいですね、その答え。ロマンチックです」


 澪ちゃんならもっとロマンチックに答えたのかなあ。
 そう思いながら、少し考えました。

 宇宙。レインボー。
 レインボーが執着していたのは?
 答え。色。


唯「黒色?」


 私はぽつりと呟きました。
 それに対する純ちゃんのリアクションは、
 非常に大きなものでした。


純「正解です!おめでとうございます!」

唯「えへへ~……で、黒ってなに?」

純「それも当ててみせてくださいよー」


 黒。黒。黒。
 純ちゃんが欲しそうな、黒。

 ……はっ!


唯「み、澪ちゃんは私のものだから、渡さないよ!?」

純「えっ?」


 ……いま、とんでもないこと口走った気がします。
 まあ、その、本人がいないからセーフです。
 ドアの外で物音がしましたが、セーフです。


純「なに言ってるのか、よくわかりませんが……。
 まあ面白そうな発言だったので、覚えておきますね」


 止めて!すぐに記憶から消して!


純「まあ、多分唯先輩に答えは出せませんよ」


 純ちゃんは思わせぶりな口調で、話を続けました。


純「きっとそうなんです」

唯「じゃあ、答えを教えてよー」

純「良いんですか?本当に?」


 純ちゃんは軽い語り口であるのとは対照的に、
 非常に重々しい雰囲気を発していました。
 とても、言いにくいことを言おうとしているような。
 思わず、唾を呑みました。


唯「……良いよ」

純「そうですか」


 純ちゃんは目を瞑りました。
 そして、深呼吸。目をゆっくり開かせると、
 私に近づき、耳元に口をもっていき、


純「私の最後の狙い。
 それは不幸を呼ぶ黒猫の天使“アズサエル”です」


 突如、頭にハンマーが振り下ろされたような、
 そんな気分になりました。頭痛が酷いです。
 視界がぐにゃりと歪んで、
 身体もふらついているような感覚に襲われました。
 足も、動きません。
 口だけを、なんとか動かしました。


唯「今……、なんて……?」

純「最後に私が取るターゲットは、
 黒猫の天使アズサエル。人間名、“中野梓”です」


 ついに足が身体を支えきれず、
 私は床にへたりと崩れ落ちそうになりました。
 が、純ちゃんはそんな私を間一髪のところで支えてくれました。


純「大丈夫ですか?」

唯「あ、ありがと……」


 でも。


唯「どういうことなの……?」

純「まあ、人間に転生したとはいえ、
 元・天使として、警告する義務があると感じたってところでしょうか」

唯「元・天使って……、えっ?」

純「あー……、それを絶対的に証明する手段はありませんよ。
 でも、梓を天使だと私は知っている。
 それだけで十分証拠たり得ると考えてくれれば、
 ありがたいんですけど」


 ……純ちゃんの目は、笑っていませんでした。
 こくりと頷いた私を見て、純ちゃんは話を再開させました。


純「信じてくださって、ありがとうございます。
 さて唯先輩。梓は決して悪いやつじゃありません。
 でも、あいつは不幸を引き寄せるんです」


 純ちゃんは顔を歪めながらも、説明を始めました。


 * * *


純「それは私が天使だった頃、天使の世界で見たこと。
 あいつは黒猫の姿をしていました」


 はっとしました。
 あずにゃんのあの姿は、仮の姿。
 今までに何度か、あずにゃんの本来の姿、猫の姿を、
 私は確かに見ていました。
 覚えているのは、春、私が両親と遊びに行った日……。


純「私は転生する間近でした。ですから、あまり長い期間、
 あいつの姿を見たわけではありません。
 ですが、あいつの力は、不幸を呼び寄せる力は本物です。

 唯先輩、一つ尋ねますが。
 梓が来たことで、不幸が降りかかりませんでした?」


 すぐに思い当たりました。酷い嫌悪感を覚えました。
 勿論、自分に対して。

 春。あずにゃんが新聞を持ってきました。
 私はそれをきっかけに、その新聞に載った事件を
 解決する羽目になりました。
 園芸部の裏に隠された事情を知りました。
 私の中で、なにかが壊れました。

 この一件で、私と園芸部の人は、
 ちょっとしたお知り合いになりました。
 その関係で、園芸部の人は花を一つ持ってきてくれました。
 花弁が落ちました。
 おかげで私は、抱きたくもない疑念を抱いてしまいました。
 あれは最低な勘違いでした。

 そういえば春の事件のことを、私は和ちゃんに話しました。
 和ちゃんはそれで、園芸部の部費を追加を提案してくれたと
 聞いています。そして秋。部費が足りていないために、
 映画研究会は文化祭への出展を諦めました。
 その怒りの矛先を、園芸部に向けました。

 全ての発端は、どこにあったでしょう?
 園芸部でしょうか?
 いいえ。

 私と園芸部を繋げたのは、紛れもありません。
 “あずにゃんです。”


唯「は、ははは……」

純「……梓も、悪気があったわけではありません。
 あいつはきっと、自分を変えようとしたんでしょう。
 人に笑顔を振り撒き、幸福にしてくれる先輩の近くに行って、
 不幸を引き寄せる自分を」

唯「……そっか。そうだったんだね」


 あずにゃんと出会った日、私はなんと言われたでしょう。
 天使みたいにふわふわした人、でしたか。
 とんでもない嘘つきですね。

 天使である自分と、対極の人間を選んだのに。


唯「それで……、あずにゃんをどうするの?」

純「私はどうにも出来ません。
 それを理解した上で一緒にいるのであれば、
 なにも言いませんよ」


 ただし。


純「リスクは避けられないと思ってください」


 まあ、そうだろうね。
 心の中でそう呟きました。


純「……ここが防音に優れている部屋で良かったですね。
 扉の外に、いますよ」

唯「いるね。澪ちゃんと……、あずにゃんが」

純「どうするんですか?」

唯「私は変わらないよ。変わったとしても、元に戻る」

純「……それは、もう……」


 純ちゃんは何かを言おうとしたようでしたが、
 口を閉じました。
 その続きの見当は、つきました。


唯「ありがとうね、純ちゃん。色々と。
 それと、そう知っていながらも、あずにゃんの友達でいてくれて」

純「私、カッコ悪いことは嫌いですから」

唯「そっか。じゃあ、今の私は、嫌い?」


 純ちゃんは呆れたような笑みを浮かべました。
 張り詰めていた空気が、緩んだ気がしました。


純「むしろ、私好みですよ」


 * * *


 私と純ちゃん、二人で扉を開けると、
 案の定、そこには澪ちゃんとあずにゃんが立っていました。
 あずにゃんは平然としていましたが、
 澪ちゃんは頬を赤く染めていました。
 まさか、あれ、聞かれちゃったかな。

 純ちゃんがお先に失礼しますと、階下へ。
 その際にあずにゃんにレインボー事件のことを話すため、
 連れていってしまいました。

 残った澪ちゃんは、どこか気まずそうでした。
 ああ、これはやっぱり聞かれちゃったな、と。
 そう悟りました。

 ……それなら、かえって好都合。
 そう考えるのは、楽観的すぎるのでしょうか。


唯「澪ちゃん!」

澪「な、なんだ?」

唯「……一緒に、帰ってくれるよね?」



 沈黙。とっても幸せな。
 私は澪ちゃんの返事をいつまでも、いつまでも待つつもりで、
 真っ赤に染まったその顔を、まじまじと見つめていました。
 ああ、今日の夕日はなんて綺麗なのかな。

 少し、怖いぐらいに。


 ―――文化祭。真相。
 怪盗の目的は人を守るためのものでした。
 天使を守るために奔走した私たちと、同じように。

 怪盗は、空に色々な虹をかけました。

 その虹は何色あるでしょう。
 七色でしょうか。五色でしょうか。
 数えられないほど、あるのでしょうか。
 それとも……



唯(“誰もが、一色だけでも、自分の色を隠している。”
 ……今回学んだ、私なりの教訓だね)



 わざと数えていない色も、あるのでしょうか。



第十四話「天使が見えた日」‐完‐


―――第十五話に続く


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最終更新:2013年03月16日 21:41