【Az-side】


純「ねえ、梓。あずにゃん二号を探すって言ってたけど」


 先輩がたが騒いでいる中、純が私に尋ねてきました。


梓「純さ、もう諦めてるでしょ。最近探しに行ってないし」

純「だってあれから一ヶ月だよ?」

梓「だから私が、見つけるの。そして純の笑顔を見るの」


 純の顔が固まってしまいました。
 目をぱちくりさせて、口を開きました。


純「梓、あんた凄いいいやつだよ……」


 天使ですから。


純「でも、宛てがまるでないんじゃ、探しようがないよ。
 下手したら軽トラックに乗せられて、遠くの町に行ったかもしれないのに」


 それは否定できませんでした。
 あの散歩コースを辿ったとすると、
 途中で軽トラックの荷台に乗る可能性が有り得ました。


紬「ねえ、梓ちゃん」


 不意に、ムギ先輩が話しかけてきました。


紬「梓ちゃんは猫を探しているのよね?」

梓「はい」

紬「実は家のメイドが、猫を拾ってきたのよ」


 純が素早く反応しました。


純「それはどんな猫でしたか!?」

紬「え、えーっと、確か黒と、白の子猫だったわね」

純「もしかしたら私の猫かもしれません……」

紬「本当!それなら、ちょっと待っててね」


 ムギ先輩は携帯電話を取り出し、電話をかけました。


紬「……あっ、斉藤?あの猫の話なんだけど、良いかしら?」


 ムギ先輩の家にかけているようでした。
 斉藤というのは、執事でしょうか。メイドでしょうか。


紬「えっ、引き取り手が見つかった!?」


 ムギ先輩の大きな声に、部屋中の人が反応しました。
 視線を一斉に浴びたムギ先輩は、慌てた様子で電話を切りました。


純「……ムギ先輩?」

紬「実は琴吹家でも、猫をずっと育てる予定は無かったの。
 それで、引き取り手をずっと探していたんだけども……」

純「それが見つかってしまった、ということですか」

紬「こうなったら取り返すしかないわね!」

純「そ、そうですね」

紬「後日、琴吹家の方から新しい引き取り手の方に連絡して、交渉するわ」


 ムギ先輩は諦めていませんでした。
 純も、そんなムギ先輩を見て生気を取り戻したようでした。


純「……はい!よろしくお願いします!」


 そういえば、これで私の力試しは、試す前に終わってしまいました。
 尤も、これはこれで良い結果なので、私は心底喜んでいました。



 【Yi-side】


 すっかり空が暗くなった頃、
 クリスマスパーティーも山場を迎えました。
 プレゼント交換です。

 片づけられた座卓の上に、大小様々なプレゼントが並びました。
 和ちゃんの箱型のプレゼントからは、去年と同じ香りがしてきました。
 きっとエキセントリックなものなのでしょう。

 憂がCDプレイヤーを持ってきました。
 再生ボタンを押すと、クリスマスソングが流れ出しました。
 交換開始の合図です。

 プレゼントが順々に私の手元に回ってきます。
 感触や大きさも様々で、自分になにが当たるか楽しみになってきます。

 音楽がぴたりと止みました。
 交換完了の合図です。
 各々の手元には、各々の用意したプレゼントがあります。


律「じゃあ、全員開けてみようぜ!」


 りっちゃんの掛け声で、
 包装紙のびりびり破れる音があたりから鳴り出しました。
 私も包装紙をびりびり破ると、プレゼントの全貌が見えてきました。


唯「……わあー……!」


 それは中で白い雪を模したものが舞う、スノードームでした。
 中には白くてちっちゃくて可愛い、天使がいました。
 私が見慣れたものは底面以外が球体のものでしたが、
 これはある意味見慣れた、ジャムの空きビンを使用していました。


唯「これ、まさか手作り……?」


 私が呟くと、咄嗟に純ちゃんが答えてくれました。


純「梓の手作りスノードームです」

梓「あの、そんなもので大丈夫でしたか?」


 そんなものなんて、とんでもない。


唯「すっごい綺麗で、すっごい素敵だよあずにゃん!
 大切にするね、ありがとう!」

梓「そ、そうですか……良かったです」


 あずにゃんは少し頬を赤くして、耳の後ろを掻きました。
 そんなあずにゃんの持ったプレゼントを見て、
 私は思わず叫んでしまいました。


唯「ああっ、あずにゃんのプレゼント、私のだよ!」

梓「えっ」

唯「去年は憂と交換だったけど、今年はあずにゃんか~。
 なんだか運命感じちゃうね~」


 あずにゃんは私の冗談を聞き過ごしながら、
 そっと、包装紙を破いていきました。

 中から出て来たのは、白い羽のキーホルダーでした。


梓「あの、これは……」

唯「絶対あずにゃんに当たる気がして、買っちゃったんだ。
 ほら、私も同じもの持ってるんだよ。お揃いだね」


 私は同じキーホルダーをあずにゃんの前に見せました。
 あずにゃんはそれをじっと見つめて、
 自分の持ったキーホルダーと見比べていました。

 しばらくして、あずにゃんは私の顔に視線を向けました。


梓「……はい!ありがとうございます!」


 あずにゃんの笑顔が一杯に輝いた瞬間でした。


 * * *


 奇抜なプレゼントあり、オーソドックスなプレゼントありの
 楽しいプレゼント交換もついに終わりを告げ、
 全員が帰宅の準備を始めました。
 すると澪ちゃんが一人、私にこっそり包装紙に包まった
 何かを渡してきました。


澪「これ、プレゼント」

唯「わあ……、ありがとう!」

澪「来年もずっと、よろしくな」

唯「うん!」


 突然、澪ちゃんが周りを気にしだしました。
 少し唸ると、澪ちゃんは私の腕を引っ張り、
 私を廊下まで連れ出しました。


唯「どうしたの、澪ちゃん?」

澪「……もう一つ、クリスマスプレゼントだ」


 ふっと澪ちゃんは顔を近づけてきました。

 えっ。

 ……そして、あとのことは、記憶にありません。
 温かくて柔らかいものが頬に辺り、
 それが私を多幸感の海に溺れさせ、
 我を忘れて、心ここにあらずとなってしまったからです。

 ただそれはやっぱり、それはとても素敵なクリスマスプレゼントだったと、
 そうだったんじゃないかと思います。



 【Mi-side】


 ‐秋山宅‐

 ‐澪の部屋‐


 家に帰った途端、私はベッドに顔を埋めた。

 今日のことを思い出す。

 悶える。

 悶えて、ベッドの上で転がって、床に転がり落ちた。

 ちょっと積極的すぎたかもしれない。

 でも。

 最高のクリスマスだったと思う。



 【Az-side】


 ‐外‐


 クリスマスパーティーが終わって後日、ムギ先輩に連れられ、
 私と純はあずにゃん二号の新しい住居に向かいました。
 電車でムギ先輩の住む地域まで一本。
 そこからしばらく歩くと、その人の家があるそうでした。

 どうやら連絡した結果、きちんと返してくれるとのことでした。
 元々その人も飼っていた猫が行方不明になっていて、
 いくら探しても見つからないという状況だという話です。

 そしてムギ先輩の家の、猫を飼う人を募集する張り紙を見て、
 自分の飼っていた猫と同じような境遇に遭ってしまった、
 ムギ先輩の家で飼われていた猫に同情したのだとか。

 猫も家族の一員になれるのだと、認識しました。


紬「着いたわ」


 ムギ先輩の声に気づき、私は正面の家を見上げました。
 住宅街の中の、普通の一軒家でした。
 鼠色の塀に囲まれ、塀の穴からは庭の様子が見えました。
 青空に顔を出している太陽から発せられた光は、
 その庭に置かれた鉢植えに咲いている花を、
 生き生きさせたものに見せていました。


梓「ふむ」


 ムギ先輩がインターホンを押した、その時でした。
 家の中から、どたどたと大きな音が聞こえました。
 家の住人が走り回っているようでした。

 なにかあったのでしょうか。

 しばらく待っていると、中から扉が開けられました。
 中からは、ちょうど高校生ぐらいの女の子が出てきました。


?「……どうもすみません。って、あれ」

紬「あれ」


 ムギ先輩とその家の住人は、しばらく目を合わせていました。
 そして、


?「あー、ムギちゃん!」

紬「文恵ちゃん!」


 二人して声を上げました。

 どうやら、ムギ先輩の同じクラスの生徒のようです。
 文恵先輩はムギ先輩とは違ったベクトルで癒し系の空気を持っている人で、
 花型の髪止めが可愛らしいです。

 文恵先輩は親しげにムギ先輩に話しかけました。


文恵「そっか、琴吹家って、ムギちゃんのお家だったんだね」

紬「そうなの。私も、まさか文恵ちゃんが猫を引き取ってたなんて。
 私から連絡すれば良かったわ~」

文恵「いきなりオジサンから電話かかってきて、びっくりしたよ」


 ムギ先輩の家の執事でしょうか。


純「あの!」

文恵「あ、文化祭で見た気がする。
 ……そっか、鈴木さんってあなたのことだったんだねー」

純「そうなんです。それで、猫は?」

文恵「あ、その猫のことなんだけどね……」

純「……どうかしたんですか?」


 良くない空気が、辺りに流れ出しました。


文恵「今さっき、外に出ていっちゃったの」

純「えっ」

文恵「捕まえようとはしたんだけど、すばしっこくて……」


 文恵先輩は悔しそうに、ごめんなさいと言いました。
 純は落胆していましたが、すぐに気を取り戻しました。


純「でも、ついさっき外に出たなら、まだこの近くにいるってことですよね。
 それにただ散歩に行ったなら、帰ってくるかもしれませんし」

梓「そう、そうかもしれないね。探しにいこうよ」

純「うん!」


 私と純は二人の先輩を家に残し、町中へ走りだしました。
 時に声を出して、純の猫を探しました。


梓「あずにゃん二号ー!」

純「……やっぱ、それ恥ずかしくない?」


 * * *


 純も恥ずかしさを堪えて名前を呼べども呼べども、
 猫は姿を見せてくれませんでした。
 もしかしたら文恵先輩の家に帰ってきているかもしれないと思い、
 戻ってはみましたが、そこにも姿は見えませんでした。


文恵「自分の猫も自分の不注意が原因で行方知らずなのに、
 轍を踏んじゃうなんて……」


 文恵先輩は足元に視線を落としていました。


純「文恵先輩のせいじゃありませんよ。
 第一、私の猫が勝手気まますぎるんです」

文恵「……そうだね。猫って、そうだったかもね」

純「そもそも、この町に私の猫がいるってわかっただけでも、
 今日は大収穫ですから!」


 純は陽気に笑ってみせていました。
 文恵先輩も、釣られて笑っていました。

 私は一つ、気になったことがありました。


梓「文恵先輩は自分の猫を、まだ見つけてないんですか?」

文恵「うん。結構探したんだけどね」

梓「もう、探していないんですか?」

文恵「……うん」

梓「勿体ないです!」


 私は唐突な大声に、文恵先輩はぎょっとしました。


梓「こうして私たちは手掛かりをつかみました。
 ですから、諦めなければ、ゼロからだってスタート地点に立つことも出来ます」

純「梓……」

梓「私たちの探す猫もちょうど、この町にいます。
 一緒に諦めないで、二匹の猫を探しませんか?」


 少し、自分の近況と重ねて、私は言葉を放っていました。

 文恵先輩は小さく笑みを浮かべると、
 ムギ先輩の方を見て、そっと呟きました。


文恵「ムギちゃん、この子、いい後輩だね」

紬「……軽音部自慢の後輩よ~」


 そう言われると、照れてしまいます。

 こうして私たちは文恵先輩と猫を探す約束をして、
 その家から去りました。
 駅で、わざわざ見送ってくれたムギ先輩と別れ、
 私たちは電車に乗り込みました。

 そして電車に揺られながら、純と他愛ない会話を交わしながら、
 私たちは自分たちの町に帰っていきました。



 【Yi-side】


 ‐外‐


 クリスマス、大晦日と、せわしなくイベントが私の周りで起こって、
 そしてそれらが全て過去のものとなっていきます。

 今日はお正月。近くの神社で、初詣です。

 賽銭箱に五円玉を投げ入れて、お祈りします。
 あずにゃんの努力が報われますように。


唯「ふう……」


 もう一つ、お願い事してもいいのかな。
 でもそれは澪ちゃんに任せちゃっても、いいのかな。
 そんなことを考えながら、私は隣で合掌をしている澪ちゃんを横目で見ました。

 今日は澪ちゃんと二人きりの初詣。
 今、綺麗な赤の着物に身を包んだ澪ちゃんは、
 私の隣でなにをお願いしているのでしょうか。


澪「……」


 私と澪ちゃんの、二人占めのお願いでしょうか。

 いいえ。

 きっと澪ちゃんのことですから、私にいくらか贔屓しても、
 みんなのことを考えてくれているはずです。
 私が好きになった澪ちゃんです、間違いありません。

 祈願を終えた私たちは、石畳の敷かれた神社の道を、
 二人並んで歩いていました。
 不意に、おみくじ売り場に目が行きました。

 澪ちゃんを呼び止め、二人でおみくじを買いました。
 結果は、なるほど。
 澪ちゃんが物欲しげな顔で、私のおみくじを見ていました。
 なるほど。


唯「澪ちゃんのも見せてくれたら、見せてあげるよ?」

澪「ん、わかった」

唯「せーので、見せ合おう!」


 せーの、と二人で声を合わせ、
 相手に見えるようにおみくじを差し出しました。


唯「あっ」

澪「あっ」


 お互いの結果を見た私たちは共々、溜め息をついてしまいました。
 二人の結果はまるで同じの“末吉”。


澪「微妙だな」

唯「微妙だね」


 一応、それぞれの項目を見てみました。
 まずは恋愛。“慎重に”。


唯「んー、今年中にクリスマスより、凄いことしたいんだけどなあ」

澪「な、なんの話をしてるんだ?」


 次に学問。“早目に”。


唯「これはいきなり手厳しい……」

澪「あ、おみくじの結果か?どこを読んでるんだ?」


 そして失せ物。“時がたたねば出ず”。


唯「……ん、見つからないことはないんだね」

澪「失せ物のところか?」

唯「うん。純ちゃんの猫はまだ見つかってないみたいだし、
 早く見つけてあげたいとは思うんだけど」

澪「そうだな……。鈴木さんのおみくじが大吉なら良いんだけどな」

唯「あずにゃんもね!」

澪「全くだ」


 おみくじは結ばず、自分の財布の中に入れました。
 そしてまた二人で並び、石畳の上を歩いていきました。


澪「唯!」

唯「どうしたの、澪ちゃん?」

澪「改めて、今年もよろしくな」

唯「……うん!」



 ―――終わりは始まり。
 よく聞く言葉です。
 それはまた、事実であると思います。

 例えば、あずにゃんが軽音部を辞めることは、
 新たな自分の始まりにも等しいことでした。
 私も、今までの澪ちゃんとの関係を終えて、
 より親密な関係を始めました。

 そして、こうして一年が終わってしまうことも、
 新たな一年の始まりでもあります。
 きっと一年後、私の卒業もなにかが始まる契機となることでしょう。



唯(だとしたら……)



 ……あずにゃんの卒業もきっと。



第十六話「旅立たんとする黒猫」‐完‐


―――第十七話に続く


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最終更新:2013年03月16日 21:43