※けいおん!:唯×紬


―――――――――――――階段

日直の仕事を終えた私、琴吹紬

一人、部室へと向かっていた。


りっちゃんは追試のお勉強を、澪ちゃんはそのお手伝いをするらしい。

終わったら行くから、ということを、一人先に部室で待つ唯ちゃんに伝えておいてと言われている。

たまたま部室に行く途中で出会った梓ちゃんは

先生のお手伝いをするから遅れるというようなことを言っていた。


手すりにいる亀の甲羅をなでながら

唯ちゃんはお菓子を楽しみにしているのかななんてことを考えながら

私は階段をのぼっていく。

「…あら?」

階段をのぼり終えた私は、部室の前に立ってふと思った。

唯ちゃん、そういえば「ギターの練習をする!」って言って

張り切って部室に行ったような気がしたのだけれど

中からは何の音も聞こえない。

もしかしたらお手洗いに行っているのかしら?

私は、ドアノブに手をかけて、ゆっくりとドアを開ける。

ちょっと古びたドアは、きぃと音を立てた。

「…まぁ」

部室の中に入った私は、目の前に広がる景色を見て、この静寂の理由を察した。

唯ちゃんは、愛するギー太を抱きながら

小さな寝息を立てていた。

「…練習していたら寝ちゃっていたのね」

すやすやと気持ちよさそうに眠る唯ちゃん。

私が近くに歩み寄ると、体を少しだけねじらせて、「うぅん」と唸った。

「ふふ…」

皆で楽しく演奏している夢でも見ているのかしら。

本当に幸せそう。

でも、涎を垂らしてしまっているのは、女の子の身だしなみとしては

あまりふさわしくないので、ハンカチで拭いてあげた。

「だめよ~…女の子なんだから」

なんて小さく声をかけてみたけれどそれでも起きそうにない。

そういえば前、教室で唯ちゃんがしばらく眠っていたことがあった。

あの時も、なかなか起きてこなかったのよね。


とはいえ、今日は少しだけいつもよりも冷える。

このままここで眠っていたら、風邪をひいてしまうかも。

私は、唯ちゃんを起こそうと、肩に手を伸ばした。

「…あ」

肩に手を置こうとしたその時

今まで隠れていた夕日が現れて、

それと同時にオレンジ色の光が部室に射しこんできた。

その光は、ちょうどよく唯ちゃんを照らした。

「…きれい」

本当にきれいだった。

まるでスポットライトで照らされたかのように

私には唯ちゃんが輝いて見えた。


思わず見とれてしまった私は

唯ちゃんを起こすことをすっかり忘れてしまった。


肩に伸ばしかけていた手は、自然と唯ちゃんの頭の方へと動いていた。

「…ちょっと、だけ」

こんなことを言うのはなんだけれど

私は、今日、唯ちゃんと

少しの間だけでも二人きりでいられることを喜んでいた。

いつの間にか、私が唯ちゃんに抱く気持ちが

自分があこがれていた…というか、漠然と良いかも…って思っていた

その…アレな方向へ成長してしまっていたのだ。


「…えへへ」

唯ちゃんを起こすはずだったその手は

唯ちゃんを起こさないように、髪をなでるものになっていた。

さらさらふんわりとしていて、気持ちいい。

少し癖のある、唯ちゃんの髪…と。

「んっ…」

もぞっ、と唯ちゃんの身体が動く。

私はびっくりして、素早く手を離した。

「…」

声をひそめる私。

本来なら別に、私が来ていることを教えても良いのに。

なぜだか今日は、もう少しだけ

この静かな時間を続けていたい気分だった。

「ぅー…んん」

唯ちゃんは、少し体を捻らせただけで

また、穏やかな吐息を立て始めた。

「ほっ…」

私は、一息ついて再び唯ちゃんの顔を見つめる。


じっと見つめていると

私の中に、またまた厄介な感情が生まれてきた。

「…」

ここまで、いろいろなことをしてきたけれど、起きなかった。

ということは、もしかしたら…

その時の私はどうかしていたのかもしれない。

変な自信が湧き出して

もしかしたらイケるかな、なんて思ってしまったのだ。


キス、できるかも。って。


そう思い始めたら、なんだか私の心臓は途端に暴れ始めた。

「…ぅ」

唯ちゃんのお顔って、こんな色っぽかったかしら。

意を決してしまった私は

ゆっくりと、唯ちゃんに近づいていく。

「…ハァ…」

荒くなっていく息を、抑え込むので精いっぱいだった。


唯ちゃんと、私との距離が、どんどん縮まっていく。

30…20…10cm

私の鼓動のリズムも、10刻みで早くなっていく。

「…っ…」

あと、少し。

お互いの息が、かかる。

唇が、くちびるが

触れてしまう――――――――――――


―――――――――――――――――ガチャン

律「おーっす!お待たせっ!」

元気よく、追試の勉強を終えたりっちゃんが部室に入ってきた。

澪ちゃんも、その後ろにくっついている。少しだけ、疲れている様子だった。

隣には梓ちゃんもいた。

澪「おまたせ、ムギ。ごめんなー、先に行かせちゃって」
 「…って、あれ、唯、寝てるのか」

「うん…だから、りっちゃんと澪ちゃんが遅れてくるって伝えられなくて」
「ごめんね、二人とも」

律「別にムギが謝ることじゃないって!特に聞いてこなかったんなら、伝える必要もなかったし」
 「ってか、唯のヤツ、練習する!って張り切ってなかったっけ」

「そう…なんだけどね」

梓「もう、唯先輩ってば。先に行って練習するって張り切ってたって聞いたから感心していたのに…」
 「唯先輩、ゆいせんぱーい!」

梓ちゃんが、唯ちゃんの肩を優しくゆする。

梓「起きてください、唯先輩!」

唯「んぇぇ…?」
 「…あずにゃん…?」

唯ちゃんは、うめき声のような声を出しながら

瞼をこすりこすり、目を覚ました。

梓「こんなところで寝てると、風邪ひいちゃいますよ」

唯「…うぅーん…」
 「だいじょうぶぅ…ギー太…あったか…ひぃ」

目を覚ましたと思っていたら、また頭がゆらゆらと前後に振れ始めて

再び夢の世界へと旅立っていった。

梓「も、もぉー!!唯先輩ってば!!」

澪「まったく、困ったヤツ」

律「ホントだよなー、今日は練習頑張ってる唯にケーキのイチゴをくれてやらんこともないって」
 「考えていたのにさぁー」

澪「困ったヤツ代表のお前が、ホントだよな、とか言うな」

夫婦漫才ごちそう様です。

そういえば、私が

結局、唯ちゃんとキスができたかと言えば

唇があと3㎝…と言ったくらいのところで

途端に臆病になってしまって、恥ずかしくなってしまって

こういう時に、唯ちゃんの唇を奪ってしまうのが、卑怯なのかもしれない、

なんて思い始めてしまったのです。

折角のあと少しの距離なのに、私は思いとどまって

キスすることをやめてしまいました。

そうしたら、その直後に部室のドアが開いて

結果としてキスをしなくて良かった、なんて

その時の私は自分の決断を肯定したのです。


今、改めて考えてみると

何だか、後悔のような気持ちもあるし、やっぱりやめて正解だったっていう気持ちもありまして

その時の決断が本当に正しかったのか、どうかは、自分でもわからないのです。


――――――――――――――――――――――3日後、部室

タン、タン、タン

唯「ふふふふんふふん…♪」

ガチャリ…キィ

唯「おまたせームギちゃ…」

唯「…」

バタン

「すぅ…すぅ……んっ」

唯「…」

タン…

タン…

タン…


タン




「んー…」

唯「…へへっ」


パサッ




チュ



「…っ!!!」

ガタン、ガタンッ!

「…ふ、ふぇっ!?」

唯「あっ、ムギちゃん、おはよぉ」

「ゆ…ゆい…ちゃん…?」

「いま…えっと…えぇ!?」

唯「ふふ、ごめん、びっくりさせちゃったかな?」








「このまえの、おかえし、だよ」








         (おわり)


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最終更新:2013年04月01日 22:45