※唯とさわ子先生でお願いします


こんにちは、山中さわ子です。

教師になって数年、段々と仕事にも慣れ、余裕ができてきた私でしたが

最近ではある存在が私を悩ませ、せっかくできた余裕をも、埋め尽くされる始末。

その存在と言うのが…

唯「さ~わ~ちゃん♪」

さわ子「きゃ!ちょ、ちょっと、唯ちゃん!」
    「いきなり抱き着いたらダメでしょ!って、何回言ったらわかるのよぉ!」

軽音部一の変わり者、平沢唯ちゃん。

私を見かけると、部室では勿論、廊下でも、教室ですら抱き着いてくるのです。

しかしそれは、最初からでも、私のことをさわちゃん、と呼び始めてからでもありません。

そう、唯ちゃんが抱き着き始めたのは、10日前のある出来事があってからなのです―――

――――――――――――10日前

放課後、唯ちゃんに部室へと来るように頼まれた私は

まぁギターの練習でも教えてもらいたいのだろうと考えながら部室へと向かっていました。

音楽室のドアを開けると、そこには服の裾を強く握りしめながら

何か緊張したような面持ちで、唯ちゃんが立っていたのです。

何かただならぬ様子を察した私は、数年の経験などを踏まえて

唯ちゃんが私に告白してくるのだろうと予想しました。

私が女子生徒に告白されることは初めてじゃありませんでした。

それどころか、数回、間接的なものも含めれば数十回、告白されたことがありました。

ですから、その緊張感が張り詰めた空気と言うのは、何となく察しが付くのです。

案の定、唯ちゃんは私に思いのたけをぶつけてきました。

いつもの唯ちゃんとは思えないたどたどしさ、というかなんというか…

声は震えてるし、足も震えてるし、顔も青くなってるし

倒れてしまうのではないかと心配になるほどでした。

ですが、私は彼女たちがそういった風に思いを伝えてきた場合は

簡単にはYESと答えないようにしています。

このような時期の、私に対する彼女たちの好意と言うものは

たいていが憧れであったり、何か特別なものに属しているという

優越感に浸りたいという気持ちであったりする場合が多いからなのです。

勿論、本気で私のことを好いてくれている子もいますが…

私が気楽にYESと言って、彼女たちの人生を壊すようなことがあってはいけませんからね。


ただ今回は、私はYESともNOとも言いにくい状況にありました。

唯ちゃんは、私のクラスの子であり、また、私が軽音部の顧問であるからです。

関係がとても深いのです。他の子に比べて。

また、彼女はああ見えてとても繊細で、脆いのです。

今彼女を支えている何か一本でも崩れてしまった時には

彼女はなし崩し的に壊れてしまう、そんな可能性があるくらいには…


なぜ、そんなに彼女のことを知っているのかって?

それは、教師ですもの。

生徒一人一人をよく見ているのは、当然のことです。


と言うのは建前で、唯ちゃんという存在は、私の目を引き付けていたのです。

ちょっとやんちゃで、無茶苦茶なところもあって、たまには憎らしい時もあるけれど

さっき言ったように繊細で、優しくて、笑顔が素敵な女の子。

そんな唯ちゃんに、私の目は奪われていたのです。

…まぁ、つまりは私も、唯ちゃんが気になっているということなんです。

最初は戸惑いもしました。自分の気の迷いなんじゃないかと。

独り身でいすぎたために、少し感覚が鈍ってしまっているんじゃないかと。

ただ、唯ちゃんの必死の告白によって、私は確信を得たのです。


やっぱり、私も、唯ちゃんが…

それでも同時に、私は教師でもあったのです。

さわ子「……ごめんね」
    「唯ちゃんの気持ちは、嬉しいけれど」

さわ子「私はその気持ちにこたえることが―――――

私が、なんとかかんとか、言葉を紡ぎ始めたというときに

ふと唯ちゃんを見てみると、唯ちゃんはボロボロと涙をこぼしていました。

想像はできていたけれど、想像していたよりも、心に突き刺さるものでした。

唯「うぇぇぇ~ん……」

さわ子「ちょ、ちょっと……唯ちゃん」

唯「せっかく頑張って告白したのにぃ……」

さわ子「そ、そうかもしれないけれど、私は教師で」

唯「そんなの、ひっく、関係ないもん」
 「さわちゃんの馬鹿ぁ~~~」

唯「私は大好きなのにぃ~~~……」

さわ子「……唯ちゃん」

唯「もぉ~~やだぁ~~……ひっぐ」
 「こうなっだら部活やめるぅぅ~……」

さわ子「えぇぇ!?」

唯ちゃんが、普段なら言わないようなことを言いだしたので

私はとても動揺してしまいました。

さわ子「だ、だめよ!唯ちゃん」
    「私のために部活なんか辞めたらきっと後悔するわ!」

唯「さわちゃんのせいだもん~~……うぇっく、えっく」

私のせいで、部活をやめてしまったら

折角の彼女の青春は、台無しになってしまうでしょう。

しかし、私がイエスと言ったら、もしかしたら

彼女の人生すら台無しになってしまうかもしれない。

それらの気持ちに板挟みになった私は大変混乱しました。

どうすれば、どうすればよいのだろうと、必死で考えました。

結果、何とか最良であろうという選択肢を見つけたのです。

さわ子「……唯ちゃん」

唯「ふぇ……っく」

私は、とりあえず唯ちゃんを抱きしめてなだめ

そしてこう、つぶやいたのです。

さわ子「少しだけ……少しだけ、考えさせてくれる?」

唯「ぐす、ひっく……」

さわ子「私もね、正直なところ、どう答えていいかわからないの」
    「でも、唯ちゃんの気持ちはちゃんと伝わってきたわ」

唯「……ほ、んと?」

さわ子「えぇ、だから、その場で安易に応えるのはやめて」
    「ゆっくりと考えてみる、ちゃんとした、私自身の答えを」

さわ子「それで、どう?」

必殺、先延ばし。

大人のずるい、逃げ方です。

ですが、正直なところ、私も真剣に考えたいと、本当にそう思ったのです。

もしかしたら、これが最後の、告白される機会かもしれませんから……

自分で言うのも悲しいのですけれどもね。

その提案に、唯ちゃんは小さくうなずいてくれました。

ただし、唯ちゃんはこういうところでは抜かりないらしく

3日後には答えを出すという条件を付けられました。

教師という公の部分と、私生活部分とで、私の心は揺れ動きました。

これが、一番最初の悩みの種でした。

一人で悩むのもどうかと思い

私の教師人生を壊しかけた友人、クリスティーナこと

河口紀美に相談することにしました。

彼女は

紀美「付き合ってみれば?」

と、軽く言いやがったので、とりあえず一発デコピンしてやりました。

さわ子「もう、こっちは真剣に悩んでるっていうのに!」

紀美「こっちだって真剣に相談に乗ってるって」
   「……案外さ、付き合ってみれば分からなかったことが分かったりするもんよ」

紀美「その、唯ちゃん、だっけ?彼女の世界も広がるだろうしさ」
   「人生台無しになるんじゃないか、とかマイナスなことばかりじゃないと思うけどね」

さわ子「……そんなものかしら」

紀美「ま、さわ子もそろそろ伴侶を見つけなきゃ老後が……いったぁ!」

私の頬をつねる技術は、りっちゃんのおかげでかなり上達していたみたいです。

紀美のところどころに挟まれる憎たらしい部分は別としても

言っていることは、まぁそれほどには間違っていないのでした。

確かに、教師と生徒と言う危険な関係ではありますが

互いの成長につながるかもしれないし、何か大切なことが見つかるかもしれない。

マイナスなことばかりではないのです。


……3日間、考え抜いた結果

私は、唯ちゃんに「YES」という答えを出しました。

彼女はそれを聞いた途端大喜びで、私に抱き着いてきたのですが

そのぬくもりを感じ、嬉しそうな表情を見ていたら

「YES」と応えて正解だったのではないかな、とそう思えてきたのです。



…ただ、まぁ、そういう関係になってからと言うもの、

彼女のあからさまなスキンシップはどのような状態においても行われ

それが、今現在でも変わらずに行われているのです。

これが、二つ目の悩みの種です。

―――――――――現在

唯「えぇ、いいじゃん!さわちゃん分補給~」

さわ子「ちょっと!すりすりしないで、いやぁ~!」

唯「よいではないかよいではないか」

このような関係において、このような行為を

このような表だって見える場所でするというのはとても危険な行為なのですが

幸いなことに

唯ちゃんの性格と、私の完璧な……完璧な性格のおかげで

ただなつかれている先生と、とてもよくなついている生徒が

ふざけ合っているようにしか見えなかったのです。

ムギちゃんだけは、何となく私たちの関係を察しているようでしたが……

それ以外からは時折茶化されるだけで、何の疑いも持たれることはないのでした。


唯「さわちゃんちゅぅ~~~」

さわ子「それはだめぇええ!!」

ただ、キスは危険なので、絶対に阻止するようにしています。

―――――――――――――付き合い始めて1か月

3つ目の悩みの種です。

唯ちゃんの強い希望と、私の年上としてのプライドがありまして

時間があるときにはどこか外出するようにしています。

外出するようにはしているのですが……

唯「さ、3時間っ……」
  「短すぎるよ~さわちゃん…」

さわ子「しょうがないでしょう!部活もあるんだし、私だって仕事が……」

とにかく、時間が無いのです。

近場に行けば、その短い時間でも有意義に過ごすことはできるのでしょうが

その近場で、誰か生徒と会ってしまうようなことがあれば、

さすがに怪しまれてしまいます。

ですから、なるべく私の車で遠めのところに出かけて、

知り合いのいないような場所で買い物などをする、というのが私たちのルールなのです。


遠出をするとなると、やはり行くまでに時間がかかってしまい……

現地について、買い物をする時間は1時間もないということが

しょっちゅうあったりします。

唯「ど、どこか近くいけないかな~……」

さわ子「今日は祝日だから、特に生徒たちが街にあふれてるわよ」

唯「で、ですよねぇ……」

唯「……ま、いっか」
 「今日は、用事があるまでごろごろしてよ?」

さわ子「……そうね、そうしましょっか」

唯「……」
 「ん~、さわちゃん」

さわ子「なに?」

唯「……頭撫でて?」

さわ子「もう、しょうがないわね…」

唯「えへへ……きもちい~」

そうそう、悩みの種は他にもあるのです。

さわ子「……」

唯「ん~……ふぁ」

さわ子「……」

唯「ぁー……んんっ」

さわ子「……」

唯「えへぇ……さ~わちゃん」

付き合い始めたら、唯ちゃんがとてもかわいく見えるのです。

というか、実際とてもかわいいのです。

いつも、軽音部で見せている顔とは違う

甘えたような顔とか、ちょっと色っぽい声や仕草とか

その一つ一つが、可愛く見えて仕方がないのです。

きっと、紀美が言っていたことはこういうことなのだと思います。

さわ子「んも~、唯ちゃん可愛い!」

唯「んわぁ!さわちゃんくるし……」

―――――――――――さらに1か月

最近、また新しい悩みの種が出てきました。

それは……

さわ子「はー、はぁ……唯ちゃん…もう、無理……っ」

唯「えー…はぁ、もう?」

さわ子「ちょっと……休憩させてっ」

唯「むむ…しょうがないなぁ」
 「さわちゃん水飲む?」

さわ子「あー…お願い…」

唯ちゃんが元気だということです。

最近は、前よりも間隔が狭くなり

頻繁にセックスするようになったのですが…

唯ちゃんは何度イっても満足しないのです。

さわ子「これが、若さなのね…」

唯「え?」

私もまだまだ負けてはいられません…。

そういえば最初のころは、体を重ねるのは

さすがにヤバいのではないかと思っていたのです。

ですが、唯ちゃんの強い要望で、ある日ためしに一度セックスしてみて

そうしたら唯ちゃんがあっという間にやり方やコツを覚えだして

初日だというのに、何度イかされてしまったことか…。

その次の日は、休みの日だったので良かったのですが、

もし学校だったなら…と考えると、とても恐ろしいです。なぜなら、次の日足ががくがくになっていましたから…。

唯ちゃんの物覚えの早さは、そして夢中になった時の集中力はもはや凄いではなく、恐ろしいレベルです。

さわ子「あぁ…水おいしい…」

唯「…」

さわ子「ん…」

唯「さ、さわちゃんっ!」

さわ子「え?な、なによ…ま、まさか!」

唯「第4ラウンド、行ってみよー!!」

さわ子「ま、まだ休憩して…いやああぁぁあぁぁぁ!!!」

―――チュンチュン

さわ子「…ん、んん~~…」

唯「…すぅ、すぅ」

さわ子「はぁ…いたた…」
    「もう、朝…」

さわ子「…頭が…ボーっとするぅ…」
    「もう一眠り…しちゃおうかしら…」

さわ子「…」

さわ子「…えっ」



さわ子「ちょ、ちょっと!唯ちゃん起きて!!」
    「今日、木曜日!!学校!学校だってば!!」

唯「…」
 「えっ!?」


こういうことも増えて、平日の朝だと気付かされるたびに

私の寿命は物凄いスピードで縮んでいきます。

―――――――――――――――――――

―――――――――――――――

―――――――――――

私は、多くの悩みの種を抱えながら

唯ちゃんとの時間を過ごしていきました。

色々な場所へと行きましたし

何度も体を重ねました。

学校では教師と生徒の関係ですが

私生活では間違いなく、恋人でした。

そんな私たちでしたが

いつの間にやら、片方の関係を終わらせる時が来ていました。


さわ子「唯ちゃん」
    「……卒業、おめでとう」

唯「ありがとう、さわちゃん」

さわ子「…この前、入ってきたと思ったら」
    「もう、あっという間に卒業だもんね」

唯「うん、私も、あっという間だった気がする」
 「今なら、あの時、さわちゃんが「あっという間」って言った意味も分かるかも」

さわ子「…そうでしょう?」

唯「うん…」


カツ、カツ、カツン


さわ子「…学校は、楽しかった?」

唯「うん、とっても」
 「この学校に来て、軽音部に入って、皆とあえて」

唯「さわちゃんとあえて、とても幸せだった」

唯「本当に、よかったって思ってるよ」

さわ子「…そう?」

唯「うん」

さわ子「…そっか」
    「私もね、最初に担当した子たちが、皆で」

さわ子「唯ちゃんで、本当に良かったって思ってるわ」

さわ子「良い子たちばっかり」

さわ子「…良い子たちで、本当、困っちゃうくらいだわ」

唯「でしょ?」


さわ子「…」
    「本当に、卒業しちゃうんだものね」

唯「うん、そうだよ」
 「今日で、この校舎ともお別れ」

唯「…まぁ、たまに遊びに来るかもしれないけどねっ」

さわ子「…」


さわ子「あのさ、唯ちゃん」

唯「ん?」

さわ子「…私たち」

唯「…」
 「大丈夫だよ」

さわ子「…え?」

唯「今日で、先生と、生徒っていう関係は終わりかもしれないけれど」
 「私と、さわちゃんっていう関係は」

唯「これからも、ずっと続いていくよ」

さわ子「…そうよね」
    「唯ちゃん、大学で浮気しちゃ、ダメよ」

唯「分かってるよ!…さわちゃんもだよ」
 「私みたいに、先生を脅すような生徒がいるかもしれないんだから」

さわ子「あれは本当に困ったわよ?」

唯「えへへ、ごめんごめん」
 「でも、絶対にね、浮気しないでね」

さわ子「はいはい」

さわ子「…よし、じゃあ明日は唯ちゃんの卒業を祝って、食事にでも行きましょっか!」

唯「おぉ!」

さわ子「勿論、私が奢ってあげるわよ!」

唯「おぉおぉぉ…!!」
 「はいさわちゃん!私、甘いものが食べたいでっす!」

さわ子「なら、ケーキのおいしいお店にでも行こっか!」

唯「やったぁ…!えへへ、楽しみだなぁ~」
 「あ、その後ってぇ…」

さわ子「…もう、しょうがないわね」
    「ウチに来ていいわよ」

唯「さすが、分かってますなぁ~さわ子殿~」

さわ子「分かるわよ、これだけの間、一緒にいればね」

唯「えへへ…」

唯「愛してるよ~、さわちゃん」チュ

さわ子「…私もよ、唯ちゃん」
    「愛してる」チュ

――――――――今思えば

悩みの種、は私にとっての幸せそのものだったのかもしれません。

告白されて、悩んでいるときも

抱き着かれて、ぬくもりを感じているときも

買い物に行けずに、家でゴロゴロしていた時も

唯ちゃんが可愛くて、仕方なかった時も

立てなくなるまで、体を重ねたときも

そのせいで、翌日遅刻しそうになった時も

…そして、唯ちゃんが卒業してしまって

関係が終わってしまうのではないかと、思った時も

気付いたときには、その悩みは、かけがえのない思い出になっていました。

ですが、ある一つは、これから先も、思い出にならず、悩みのままあり続けるでしょう。



その悩みは、唯ちゃんと過ごす毎日が幸せすぎる、ということです。


                 (終わり)  


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最終更新:2013年04月01日 22:48