律「中野さんが入ってくれたおかげで、私達も部に復帰だな」

梓「えっ」

澪「もしかして知らなかった? 私たちは今まで同好会だったんだ」

律「うんうん。4人集まらなくてなあ……」

梓「そうでしたか……」

律「あぁ、これで申請書生活ともおさらばだ」

梓「申請書?」

澪「あぁ、同好会は申請書を提出しないと教室を使わせてもらえないんだ。

律「それも昨日までの話! 今日からここが私たちの部室だ!」

澪「あぁ、これから基本自由にこの部屋を使っていいらしい」

梓「なるほど……それでいつもはどんな練習をしてるんですか?」

律「えっと、それはなぁ……」

澪「あぁ……」

梓「うん?」

律「基本的に練習してなかったんだ……」

梓「えっ……」

ガラッ

唯「こんにちはー、あれ、この子は」

澪「あぁ、新入部員の中野さんだ」

唯「か、かわいい…」

梓「えっと、中野梓です」

唯「私は平沢唯だよ。よろしくねー」

梓「平沢先輩はギターですよね」

唯「え、どうして知ってるの?」

梓「去年の文化祭ライブ見てましたから」

澪「ああ、あれ見てたんだ」

梓「はい。ところ平沢先輩のギターはどこに?」

唯「まだギターはないんだ」

梓「えっ、でも文化祭で……」

律「あの時は期間限定でレンタルしてたんだ」

澪「ああ、お金が足りなくてまだ買えてないんだ」

唯「えへへ」

澪「って笑い事じゃないぞ」

唯「でも、バイトの面接、ことごとく落とされちゃって……」

梓「はあ……じゃあ練習は……」

澪「とりあえず3人で合わせてみるか」

律「お、おう」

梓「そうですね」

◇◇◇

梓(はあ…どうしよう。はやまっちゃったかな)

梓(3人で合わせてみたけど、全然しっくりこなかった)

梓(きっと田井中先輩も秋山先輩もろくに練習してこなかったんだろう)

梓(唯先輩なんて自分の楽器すらないし)

梓(でも届出もう出しちゃったし……)

梓(私が抜けたら同好会に戻っちゃうし……)

梓(先輩たち喜んでたのに、今更抜けるのも悪いような……)

梓(うーん………)

トボトボ

トボトボ

トボトボ

梓(……あれ?)

梓(こんなところにカフェが出来たんだ)

梓(うん……気分転換に甘いものでも食べていこうかな)

◇◇◇

カランカラン

梓「こんにちは」

店員「いらっしゃいませ」

店員「どうぞお好きな席におすわりください」

梓(窓際の席でいいかな)トコトコ

店員「こちらメニューとなっております。注文が決まりましたら、お声かけください」スッ

梓「はい」

梓(若い店員さんだな……1人でやってるのかな……)

梓(落ち着いた感じのお店……うん、いい雰囲気のお店だな)

梓(内装はあんまり新しそうに見えないけど……前からこんなお店あったのかな?)

梓(お客さんは私を含めて4組)

梓(メニューは……色んな紅茶がある。コーヒーより紅茶の店なのかな)

梓(うん……600円のケーキセットにしよう)

店員「ご注文はおきまりでしょうか?」

梓「あっ、はい。このケーキセットをお願いします」

店員「ケーキセットですね。お飲み物はどれに致しましょうか」

梓「紅茶で」

店員「では、こちらからお選びください」ペラッ

梓(自由に選べるんだ……でも紅茶の名前なんてわからないし……)

梓「えっと……おすすめとかありますか」

店員「そうですね。本日のケーキは和栗のモンブランとなっておりますので、ディンブラなどいかがでしょうか?」

梓「それでお願いします」

店員「はい。かしこまりました」

◇◇◇

店員「おまたせいたしました、こちら和栗のモンブランとディンブラとなっております」

梓「ありがとうございます」

店員「では、ごゆっくりどうぞ」ニコッ

梓(良い香りの紅茶……うん、これは期待できそう)

梓(まずはモンブランから……うん……うん……可もなく不可もなくってところかな……うん)

梓(紅茶のほうは……)

梓(……)

梓(紅茶ってこんなに美味しいものだったんだ……)

梓(落ち着いてて悪くないお店だな……)

梓(……ちょっと落ち着いてきた)

梓(先のこと、ちょっと真面目に考えてみよう)

梓(この先、軽音部を続けたとして……)

梓(練習はたぶんできる。しばらくは唯先輩抜きになるけど)

梓(去年のことを考えると、文化祭ではみんなでライブができる)

梓(オリジナル曲は……作詞作曲できる人いるのかな?)

梓(去年の文化祭はコピー曲だったけど)

梓(うん……よく考えてみれば、そこまで条件は悪くないかも)

梓(うん……うん……)

梓(……zzz)

店員「あら」

◇◇◇

トントン

梓(……?)

トントン

梓(……あれ?)

梓「……ハッ」

店員「おめざめになられましたか?」

梓「ご、ごめんなさい。私、眠っちゃったみたいで」

店員「ぐっすり眠っていたので起こすのも悪いような気がしまして」

店員「ですがそろそろ親御さんも心配する時間でしょうし」

梓(えっと……6時20分?)

梓(まだ心配されるような時間じゃないかな)

梓「ふぅ……」

店員「まだ大丈夫でしたか」ニコ

梓「あの……ひょっとしてもう閉店時間ですか?」

店員「あ、はい。20分ほど前に」

店員「でも大丈夫ですよ。閉店作業は7時からと決めてますので」

梓「そうですか……あの」

店員「どうしました?」

梓「お湯がわいてるみたいですが……」

店員「いけないいけない」トトッ

梓「……」

梓(ちょっとついていってみよう)

梓(カウンターで……あっ、ミルクティーを作ってるのかな)

梓「ミルクティーですか?」

店員「はい。あの、良かったらですけど、お客さんも飲んでみますか?」

梓「えっ」

店員「もちろんサービスです。一度使った茶葉で作っているので」

梓(断るのがマナーだろうけど、ここの紅茶美味しかったし……)

梓「いただきます」

店員「残り物のケーキも食べますか? 実は紅茶のシフォンが残ってしまいまして」

梓「えっと……いいんですか?」

店員「余ったら、生ゴミとして廃棄するか、私のお肉になるかの二択ですから」

梓「なら、いただきます」

店員「では、お席でお待ちください」

梓「はい」

◇◇◇

店員「ご一緒してもいいですか?」

梓「はい」

店員「どうぞ」

梓「あの……」

店員「どうしました?」

梓「どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?」

店員「私、親切でしょうか?」

梓「はい。寝たまま放っておいてくれました」

店員「ファミレスのスタッフさんでも起こさない人は起こさないとおもいますよ」

梓「それに、ケーキや紅茶まで……」

店員「どうせ捨てちゃうものですから」

梓「……」

店員「ごめんなさい。お客さんを否定したいわけじゃないんです。そうですね……」

梓「……?」

店員「お客さんみたいな同年代の人はあまりお店に来てくれませんから」

梓「そうなんですか?」

店員「はい。このお店、紅茶は700円からですし、高校生の方はほとんどいらっしゃらないんです」

店員「お客さんは桜ヶ丘高校の人ですよね?」

梓「はい。店員さんはおいくつですか?」

店員「16です」

梓「若いんですね。高校は?」

店員「行ってないんです。どうしてもこのお店を守りたかったから……」

店員「あっ、そろそろ食べませんか。ミルクティーが冷めちゃいますから」

梓「あ、はい……」

梓「……おいしい」

店員「ありがとうございます」ニコッ

梓「ケーキは……うん……」

店員「お口に合いませんでしたか?」

梓「いえ、紅茶がおいしすぎるから」

店員「そうですか」

梓「はい」

梓「……」゙

店員「……浮かなそうな顔をしていますが、何か至らない点でもありましたか?」

梓「あっ、いえ、なんでもないんです。あっ、なんでもなくはないかな」

店員「……?」

梓「実は部活のことをちょっと思い出して……」

◇◇◇

店員「なるほど……他に入りたい部活はありますか?」

梓「特には」

店員「なら、しばらく軽音部で過ごしてみてはどうでしょうか?」

店員「意外と楽しいかもしれませんし」

梓「そうかな」

店員「はい、きっと」

梓「なんだかそんな気がしてきました」

梓「……そろそろ7時なので帰ります。……また来てもいいですか?」

店員「はい。またのご来店おまちしております」

梓「じゃあ……」

◇◇◇

梓(私は荷物を持ってお店を出ることにした)

梓(眠ってしまったのは失敗だったけど、そのおかげでミルクティーとケーキをご馳走になれた)

梓(ちょっと恥ずかしかったけど、優しい店員さんとおしゃべりできてよかった)

梓(また来ようと思って店を出ようとしたとき――)

梓(店員さんから思いもよらない提案をされた)

◇◇◇

店員「あの……お客様」

梓「……?」

店員「大変あつかましいお願いで、非常識かもしれませんが……」

梓「な、なんでしょうか」

店員「あ……えっと」

梓「……」

店員「私とお友達になっていただけませんか?」

梓「え」

店員「私とお友達に……」

店員「ごめんなさい。やっぱり非常識過ぎますよね」

梓(店員さん、顔が真っ赤だ)

梓(金髪で、ちょっと眉毛が太い、きれいな店員さん)

梓(どうして私なんかと友達になりたいんだろう?)

梓(だけど――)

梓「私、中野梓っていいます」

店員「えっ」

梓「中野梓です」

店員「中野梓さん……」

梓「店員さんの名前を教えてもらえますか?」

店員「琴吹紬といいます」

梓「じゃあ琴吹さん。これから友達ですね」

梓(店員さんは顔をさらに真っ赤にしたあと、下を向いた)

梓(表情を見られたくないのかも)

梓(それから、満面の笑顔でこっちを向いた)

紬「えへへ、友だちができちゃった。これからよろしくね、中野さん」

梓「私なんかが友達でいいんですか?」

紬「もちろん! 中野さんこそ私みたいな人が友達でいいの?」

梓「はい、琴吹さん」

紬「あ、中野さんの部活って何時に終わるのかしら?」

梓「えーっと、5時から6時の間だって聞きました」

紬「そう……なら気が向いたら6時から7時の間にお店に来て」

紬「今日みたいにミルクティーと余ったケーキをご馳走するから♪」


◇一ヶ月後◇

梓「こんにちはー」

紬「あら、いらっしゃい」

紬「今日も来てくれたんだ」

梓「今日もいいですか?」

紬「ええ、今ミルクティーとケーキを用意するから待ってて」

梓「はい」

紬「ふふふーん♪」

梓(鼻歌を歌いながら作ってる…)

梓(琴吹さん機嫌いいなぁ)

紬「はい、お待たせしました」

梓「ありがとうございます」

紬「うふふ」

梓「なんだか機嫌いいですね?」

紬「だって友達がきてくれたんですもの」

梓「友達なら会いに来るのは当然です」

紬「そうなの?」

梓「はい」

紬「でも大丈夫? 週に3回ぐらい来てくれてるけど」

紬「親御さんは心配しない?」

梓「部活で遅くなってると思っているので大丈夫です」

紬「そうなんだ」

梓「琴吹さんこそ迷惑じゃないですか?」

梓「私、お金払ってないですし」

紬「いいのよ残り物だし。それに中野さん、たまに営業中に来てくれるじゃない」

紬「無理しなくていいのよ。お金に余裕ないでしょうし」

梓「私、このお店好きですから、部活がない日は早めに来てるんです」

梓「なんだかいいじゃないですが、このお店」

梓「ちょっと懐かしい木の匂いがして」

梓「テーブルや椅子は使い込まれてるけどピカピカで」

梓「琴吹さんが本当にこの御店を大事にしてるんだなってわかって、私、好きです」

紬「……」

梓「琴吹さん?」

紬「……」

梓「……琴吹さん?」

紬「ご、ごめんなさい。ちょっとポーっとしちゃって」

梓「そうですか」

紬「うん。お店を褒めてもらうのが嬉しくて」

梓「もちろん店員さんも素敵です」

紬「あら、褒めても何も出てこないわよ」

梓「もうミルクティーとケーキをもらってます」

紬「そうだったね」

梓「ともかく、このお店が好きだから、営業中に来て本を読むのも好きなんです」

紬「それは嬉しいわ」

梓「はい。それに色んな紅茶を飲めますし」

紬「ごめんなさい。いつもミルクティーしか出せなくて」

梓「そ、そういう意味じゃありません」

紬「本当はいろいろ出してあげたいけど、茶葉は値の張るものを使ってるから」

梓「やっぱりそうなんですか?」

紬「ええ、この価格帯でこのグレードの茶葉を使ってるお店は、そうはないと思うわ」

梓「経営のほう、大丈夫なんですか?」

紬「うん。その分、ケーキはコストカットしてるから」

紬「製菓工場で作られたものを安く仕入れてるの」

紬「実はコンビニなんかで売られてるのとラインが違うだけ」

梓「なるほど……」

紬「ケーキ、あんまり美味しくなくてごめんね」

梓「でも紅茶と一緒に食べると、そう悪くないです」

紬「そう言ってもらえると嬉しいわ」

紬「あっ、そうだ。中野さん、部活は最近どう?」

梓「うーん。相変わらずですね。特に唯先輩」

紬「どんな感じなの?」

梓「私達が練習してると、それを子守唄に眠ってます」

紬「マイペースなんだね」

梓「はい。ちょっとマイペース過ぎて困ります」

紬「4人で練習できる日は遠いのかしら」

梓「そうですねぇ……」

紬「他の先輩は?」

梓「律先輩は……相変わらずですね」

紬「不真面目なの?」

梓「はい。でも練習は真面目にやってくれますし、腕もだいぶ戻ってきたみたいです?」

紬「戻ってきた?」

梓「しばらく練習してなかったから鈍ってただけみたいです」

紬「そうなんだ。中野さんの憧れの先輩はどう?」

梓「あ、憧れだなんて」

紬「だって、そうなんでしょう」

梓「はい。確かに去年の文化祭で見て素敵だなって」

梓「でも、そういうのじゃないです」

紬「そういうのって?」

梓「そういうのです」

紬「そっかぁ」

梓「澪先輩は相変わらず真面目ないい先輩です」

梓「真面目過ぎるのが玉に瑕ですが……」

紬「真面目すぎるんだ?」

梓「私と少し似てるかもしれません」

紬「ふぅん。一度会ってみたいわ。中野さんの先輩たち」

梓「……」

紬「ねぇ、今度連れてきてみてよ」

梓「それは……いやです」

紬「いやなんだ?」

梓「はい」

紬「……よかったら理由を聞かせてもらっていい?」

梓「いいですけど、笑わないでくださいね」

紬「うん」

梓「このお店のこと、隠れ家みたいだなって思ってるんです」

梓「だから、先輩たちにはあんまり知られたくないというか……」

紬「……そっかぁ、なら仕方ないね」


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最終更新:2013年06月09日 10:24