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 珍しい場所で、さわ子先生と出会った。
この第一テニスコートという場所は、人があまり訪れない。
新しく第一テニスコートが校内にできたお蔭で、
体育の授業もテニス部の活動も、今はそちらで行われている。
私が入学する前の話ではあるのだけれど。

「さわ子先生、何でこんな所に?」

「ああ、当番の見回りよ。
もう誰も使ってないテニスコートも、当然見回らなきゃいけないの。
そういえば、澪ちゃんこそ、どうしてこんな所に?」

「いえ、ちょっとした気分転換ですよ」

 私は嘘を答えた。
一人で考えたい事があるから、が本当だ。
思考に沈み込むという事、それは気分転換とは対極を為す。

「へぇー。歌詞作りのインスピレーションを得る為かと思っちゃった」

 さわ子先生の言葉を聞いて、そう言った方が説得力がある嘘だったと気付く。

「まぁ、その為の気分転換でもありますけどね」

 私は今更のように言い足すと、滅多に無い機会だという事に気付いた。
先生ならば、私が抱えている問題に、どのように対処するのだろうか。
人の訪れない場所に二人きり、込み入った話題には絶交のシチュエーションだ。

「そうだ。歌詞作りに関連して、さわ子先生に聞きたい事があるんです。
例えばさわ先生が、誰かに好意を寄せられたとします。
さわ子先生は他に好きな人が居て、その人の好意を断りたいと思っている。
でもその人は、決して告白をしてこないんです。
この状況下で、その人をフれますか?」

「どういう歌詞を作ろうとしているのよ。
まぁ、今までとは違う方向性を模索するのも、いい事だけど」

 さわ子先生は一頻り笑った後で、答えてくれた。

「まぁ、その状況だけなら、フレないわ。
だって、それでその人の好意が私の勘違いだったら、恥ずかしすぎるじゃない?」

 私は少し安心した。
そうか、さわ子先生も無理なんだ、と。
純ちゃんから責められたけれど、私は責められるべき事していないと。

 けれども、別の事も頭に浮かんできた。
私が梓をフらないのは、結局、勘違いだったら恥ずかしいからじゃないのか、と。
梓の態度を見るに勘違いとは思えないけれど、
それでも私は自己保身をしたいだけじゃないのか、と。
ルール云々なんて、言い訳に過ぎないんじゃないのか、と。

 考え込んでいる時、さわ子先生が続けて言った。

「でも、状況が違えば、話は変わってくるわ。
例えば、プレゼントとかがあった場合。
その場合、私なら、フるわ。
勘違いとは思えなくなるし、勘違いした正当な理由もできるし。
何より」

「まぁ、確かに指輪とかプレゼントされたら、正当な理由になりますよね」

 考え込んでいた私は、特に考えずにさわ子先生へと返していた。
さわ子先生の言葉を遮っていた事にさえ、返した後で気付いたくらいだ。

「いや、指輪とかそんなハッキリした物じゃなくても、ね。
お金が掛かってるのなら、無視できないじゃない。
勘違いが恥ずかしいとかそんな理由より何より、
好意が無い相手に経済的負担は掛けられないわ」

 私はハンマーで殴られたような衝撃を感じた。
腕時計に栞と言った、梓からのプレゼントが思い返される。

 勿論私だって、好意のない相手に経済的負担を掛けたくはない。
だからこそ、梓のプレゼントや奢りの誘いを固辞する事が多かった。
けれども、根本的な対策は打っていなかった。

「そう、ですよね。さわ子先生、有難うございました」

 私は一礼すると、背を向けた。
梓の好意を断る決心が漸く付いた。
指輪だとか告白だとか、そんなはっきりしたものはもう要らない。

「そう?参考になったのなら、良かったわ。
新作、楽しみにしてるわね」

 さわ子先生に手を上げて応じた。
その歌詞作りは難易度が高いけれど、梓の好意を断る事に比べれば容易い。
そう思えた。
それでももし、その歌詞作りに難儀したら、またこのテニスコートを訪れよう。
その時は、本当に気分転換の為に。


<FIN>


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最終更新:2012年10月13日 17:58