それは、朝の出来事でした。


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トントン、トン。


登校して来た私達軽音部の三年生は、教室へ向かおうと階段を仲良くのぼっていました。

律「でさー、ここでビャーっとやったらカッコ良いと思うんだよなーっ!」

澪「お前はそればっかだな。
そういうのはまず、キチンとした技術を身につけてからだろ?」

律「ぶーぶー! いーじゃんか別にーっ」

後ろでじゃれあっている澪ちゃんとりっちゃんの声を聞きながら、私は隣のムギちゃんと話します。

唯「私はおもちだと思うんだ!」

紬「おぉ~っ、おもちっ!」

唯「そうそう。
暖めたらこう『ぷく~』っと伸びるんだよっ!」


くいっ!


一階と二階の真ん中の部分で、私はフンスと鼻を鳴らしながらつま先立ちをしました。

その姿は、まさにおもちでしょう!


ボフッ。


背中に、何かが当たる感触。

澪「ちょっ……唯、いきなり立ち止まるな」

どうやら、澪ちゃんが私の背中にぶつかったようです。

しかし、私より一歩前に居る、
一段だけ階段をのぼっていたムギちゃんが、そんな事は気にせずにキラキラしたお目々で言いました。

紬「唯ちゃん凄い! 私もなるわっ!
おもちに!」

彼女は両手を胸の前でぐっと握り締めると、決意の表情をして──


ぎゅんっっっ!!!!!


激しい勢いで、さっきの私と同じくつま先立ちをしました。

……それがまずかったのでしょう。


かくん。


紬「あ、あらっ?」

澪「あっ!」

律「ムギっ!?」

あまりにもすっごい勢いで足首を動かした為にバランスを崩したムギちゃんは、
倒れそうになるのを、両手をフリフリと振って堪えます。

なまじ階段の上なだけに、狭くて余計に大変そうです。

ムギちゃんのピンチっ!

唯「こりゃあいかんっ!」

私が慌てて手を伸ばしかけますが、

紬「だ、大丈夫っ!」

ムギちゃんは、笑顔で右足だけ階段から下ろし──


ぐきっ!


律「!」

澪「!!」

唯「!!!」

私は……いや、たぶんりっちゃんと澪ちゃんもでしょう。私達は見ました。

床に着いたムギちゃんの右足首が、変な風に曲がったのを。

澪「う、う~~~ん……」


ばたり。


紬「あっ、あらららっ???」


ぺたん。


その『痛そう』な光景に澪ちゃんが気絶して倒れたのと、ムギちゃんが床に座り込んだのはほとんど同時でした。

律「お、おいおいお前ら大丈夫かっ!?」

唯「ムギちゃん澪ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」

……………………………………………

大変です。

澪ちゃんはすぐに目を覚ましましたが、ムギちゃんが怪我をしてしまいました!

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唯「ぅあはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

教室で、私は机に突っ伏していました。

唯(心配だよぉ)

あの後すぐにムギちゃんを保健室に運び、先生に手当てをして貰いましたが……

どうやら彼女は捻挫をしてしまったらしく、しばらく歩けないようでした。

私・澪ちゃん・りっちゃんの三人はムギちゃんについていたかったのですが、
もう授業が始まるという事で教室に送られたのです。

律「唯、ムギなら大丈夫だって。心配するな」

澪「そうだよ」

りっちゃんと澪ちゃんが、いつの間にか私の机の前にやって来ていました。

二人が浮かない表情なのを見ると、彼女達も私と同じ気持ちなのがわかります。

でも、私を励ます為にそんな言葉をかけてくれたのでしょう。

そうです。

ここで私がオロオロしていてもムギちゃんの足がすぐ治る訳ではないし、二人に無駄に心配をかけるだけです。

唯「うん……そうだね」

それはダメな事だと思った私は、澪ちゃんとりっちゃんに笑顔を向けました。

姫子「何、どうかしたの?」

少し重苦しい雰囲気の私達を見てでしょう。隣の席の姫子ちゃんが話しかけてきました。

しずか「そういえば、今日琴吹さん居ないよね?」

たまたま近くで別の子とお喋りしていた、クラスメートのしずかちゃんもやって来ました。

唯「あのね、ムギちゃん怪我しちゃったんだ」

姫子「えっ?」

しずか「けっ、怪我!?」

澪「ああ。
ただの捻挫みたいだけど……」

律「ムギは今、保健室に居るよ」

姫子「それは……心配だね」

しずか「大丈夫かな……」


ガラッ。


さわ子「はーい皆、席着いてね~」

さわちゃんが教室に入ってきました。

律「っといけねっ!」

りっちゃん達は、それぞれの席に戻ります。

唯「…………」

今日は折角早起きが出来て、皆でのんびり楽しく登校出来たのに、何だか残念です。

気分転換に外を見てみましたが、完全に日が昇っていて気持ちの良い快晴なのに、どこか薄暗く感じました。

きっと、私の心が晴れないからそう見えるのだと思います。

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結局、一時間目の授業の間にムギちゃんは戻って来ませんでした。

休憩時間になって様子を見に行きましたが、やっぱりまだ歩けないみたいです。

保健室の先生は、

『この状態だと授業にも出られないでしょうし、
もし骨に異常があるといけないから、念の為に病院に行った方が良いかも』

と、お家の人に連絡しての早退を進めたみたいですが、
ムギちゃんは『大丈夫ですっ』といつもの感じで断ったと聞きました。

紬「確かに今はまだ歩けないけど、大怪我じゃない事は自分でわかるわ。
私学校大好きだから、こんな事で早退なんかしたくないのっ!」フンスフンスフンス!

保健室のベッドに腰掛けながらそう言って頷く『むぎゅう!』なムギちゃんを見て、
私達のモヤモヤした気持ちは吹き飛びました。

りっちゃんがニコッと笑い、声を上げます。

律「そうだな!
──よっしゃ! じゃあ今日は一日ムギの世話しよーぜー!」

唯「おおっ! さすがりっちゃん隊員、名案ですっ!」

澪「なるほど、良いんじゃないか」

りっちゃんの意見に、私と澪ちゃんは即座に同意します。

紬「えっ? お世話?」

ムギちゃんがきょとんと首を傾げました。

律「おう! 散歩でもトイレでも行きたい所があればいくらでも肩貸すし、欲しい物あったら買ってくるぜ!」

紬「そんな……悪いわ」

唯「いーんだよ、ちっとも悪くないよっ!」

澪「ああ。ムギにはいつもお世話になってるし、こんな時くらい力にならせてくれ」

律「そーだそーだっ」

紬「皆……!」

律「──あっ、でもお使いする時お金は貰うぜー。
私、今金欠だからさ」

唯「はいっ! 私もですっ!」

澪「あー……まあ、そこはあれだな。
すまん、ムギ」

紬「うふふっ、謝る事じゃないわよ。当然だもの。
──うん、じゃあ……何かあったらお願いして良いかしら?」

さっきまでは申し訳なさそうだったムギちゃんですが、ようやく笑ってくれました。

唯「任せんしゃいっ!」

そうです。私やりっちゃんはもちろん、
しっかりしている澪ちゃんやあずにゃんも、何だかんだでムギちゃんにはよく甘えさせて貰っているのです。

だから、こんな日くらいは私達に甘えて欲しいなって、そう思いました。

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二時間目が終わった後にも保健室に行ってみると、あずにゃんが居ました。

梓「皆さん酷いですよ!
ムギ先輩が大変な事になってるのに教えてくれないなんてっ!」

律「いやーすまん。朝はバタバタしてつい忘れてて、な」

私達があずにゃんに『ムギちゃん・捻挫事件』を伝えたのは、二時間目の授業が始まるすぐ前にメールで、でした。

梓「もうっ、あんな時間に連絡されると動けませんし、おかげで授業中まったく集中出来なかったですよ」

唯「ごめんよぉあずにゃん、お詫びにちゅーするよっ」

りっちゃんの言った事は本当です。

でも、確かにあずにゃんには悪い事をしてしまいました。

その罪滅ぼしにと、私は唇を突き出してあずにゃんに近寄ります。

梓「ちょっ! な、何するんですかーっ」

唯「ほらー、あずにゃん~」

梓「もーっ、やめて下さいっ!」


くいっ!


もう一息でイケそうだったのですが、あずにゃんは首を私から見て右に振って避けやがりました。

その弾みで、あずにゃんのツインテールのこれまた私から見て左側が──


パサァッ!!!


唯「ぐ あ あ !」

私の左目に直撃しました。

梓「あっ……
す、すみません、大丈夫ですか唯先輩っ!」

わたわたと、あずにゃんは私の肩に手をやります。

唯「むぐあぁぁぁ……
ま、まさかあずにゃんがミョルニルハンマーの使い手だったとは……!」

油断したデェス!

梓「いや、意味がわかりません」

律「くっ、くくくっ、ははははっ!
もうっ、お前ら何やってんだよ! 何だよその流れるようなコントはっ!」

りっちゃんが大笑いしています。

酷いです、私は目が痛いのに。ぶーぶー!

梓「コントじゃありませんっ!」

澪「ふふっ、ふふふ……!
馬鹿、律。笑ったら唯にわ、悪いだろ?」

そう言う澪ちゃんも笑っています。

どうやら、二人のツボに何かがハマってしまったみたいです。

梓「もー、澪先輩までっ」

澪「す、すまん梓……くくくっ!」

梓「──あっ! すみませんムギ先輩、騒いじゃって……」

と、あずにゃんが、今までの事をずっとニコニコしながら見ていたムギちゃんに向き直りました。

紬「ううん、むしろありがとうっ!」

梓「えっ?」

紬「いつもの楽しい皆を見ていると、とっても元気が出てくるわっ。
だから、ありがとう♪」

そういうムギちゃんは、まるでほんわか太陽みたいな素敵な笑顔で。

梓「ムギ先輩……」

何だかわからないですけど、どうやらムギちゃんの役に立てたみたいです!

やりましたっ!

唯「いやぁ、そんなにお礼を言われると照れますなぁ///
これもひとえに私の力ですな?///」

梓「ゆ い 先 輩 !?」

唯「ひゃあっ! あずにゃんさんな、何で怒っとるん???」

律「あははははっ!」

澪「ぷくくくくっ!」

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それからも、休憩時間の度にムギちゃんの所に行きました。

おトイレに連れて行ってあげたり、今日の授業のノートを一回毎に渡したり、お喋りしたり……

クラスの他の皆も、ちらほらと彼女のお見舞いに来てくれました。

こう言ってはムギちゃんに失礼ですが、一時間目の時とは真逆で今は楽しいです。

こんな感じに朝から続く、この『ムギちゃん・捻挫事件』の流れに保健室の先生が、

『琴吹さんってどれだけ人気者なのよ』

と苦笑していました。

えへへ、ムギちゃんって凄いでしょ?

ムギちゃんは、いつもにこにこほわほわあったか。

私は、そんなムギちゃんが大好きです。

きっと、皆だって同じだと思います。

……………………

…………

お昼休みの時にはムギちゃんの足の痛みも引いてきたようで、軽音部の五人でお外でお昼しました。

皆、お弁当です。

唯「ふっふっふぅ、今日のお弁当は何かなぁ?」

お弁当箱のフタを開く、この瞬間こそまさに『楽しみ』です。

しかし、他の皆のお弁当だって気になるもの。


パカッ。


私は自分のお弁当箱を開けつつ、ムギちゃん達のにも視線をやります。

……!!!!!!!!!!

唯「なんとぉーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」

紬「ひょ!?」

律「うわっ!?」

澪「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!??」

梓「ちょ、何ですかいきなり!」

ムギちゃんのボリューミーなのも、りっちゃんの家庭的なのも、澪ちゃんの可愛らしいのもどれもたまらんです!

最高です!!

でも、あずにゃんのは。

あずにゃんのお弁当は!

唯「違いますっ! 詳しく言うとあずにゃんのお弁当の中のそのおかずっ!」

梓「は、はい?」

あずにゃんの小ぶりなお弁当箱の中に居やがる、黒い海苔に巻かれた白いそれ……

唯「お も ち !!!!!」


ドドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!(効果音)


梓「へっ?
え、ええ、お餅の海苔巻きですよ? これがどうかしましたか?」

そうです、おもちです。

唯「ムギちゃんっ、奴だよ!
今回の大事件の元凶だよっ!?」

梓「いや、何の話をしているんですか?」

紬「むむむっ、そうね!
ここであったがおもちっ!」

律「ムギは意味わかってんの!?」

あの場に居なかったあずにゃんはともかく、一緒に階段をのぼっていたりっちゃんがこう言うという事は、
彼女はあの時の私達の話を聞いていなかったのでしょう。

まあそれは良いです。

唯「このおもちぃぃぃ!」


がしっ!


梓「あっ!」

まずは私のお箸が宿敵を掴み、

紬「晴らさでおくべきかぁぁぁぁぁっ!」


がししっ!!


続けて、ムギちゃんのお箸もそれに続きました。

そのまま二人で宿敵を持ち上げると、


がぶっ!!


ポッキーゲームの要領で、二人の力を合わせて奴にかじりつきました!



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最終更新:2013年07月03日 01:13