◇◇◇
梓「そのときムギ先輩が……」
純「はいはい。惚気話はもう聞き飽きたよ」
憂「それから?」
梓「かわいいねっていってキスしてくれたんだ」
憂「よかったね、梓ちゃん」
純「はいはい。憂も飽きないねぇ」
憂「だって梓ちゃんの初恋だよ」
梓「初恋って……まあ、そうだけどさ」
純「でもこの話聞くの3回目だよ」
梓「そうだっけ?」
純「そうだよ!」
梓「あっ、もうこんな時間。そろそろ帰らないと」
純「聞いてないし……」
憂「あれ、今日は部活お休みじゃ」
梓「デートプランを考えなきゃいけないから」
純「あっ、私も一緒に帰るよ」
梓「純も?」
純「うん。最近吸血鬼騒動でぶっそうじゃん」
梓「そういえばそんな話もあったね」
憂「……」
◇◇◇
紬さんの取り計らいで豚の血を売ってもらえることになった。
月1000円でいくらでも貰えるのだからありがたい。
問題はちゃんと効果があるのかどうか。
今日に備えて何度かソーセージ作りはやってきた。
流石に血のソーセージ作りは勝手が違った。
それでも、なんとか夜ご飯の前に形にすることができた。
味見してみたけど、ちゃんと美味しかった。
うん。これならきっと大丈夫。
◇◇◇
唯「あれ、今日のソーセージは変な色だね」
憂「うん。家で作ってみたんだ。食べてみて」
唯「うん……あっ、濃厚な味」
憂「豚さんの血で作ったんだよ」
唯「へぇ~豚さんの血……そんなのスーパーに売ってるの?」
憂「紬さんに頼んで精肉所を紹介してもらったんだ」
唯「ムギちゃんに……憂、ありがとね」
憂「ど、どうしたの、突然」
唯「私に食べさせるために作ってくれたんでしょ」
憂「うん……」
唯「憂には苦労をかけるねー」
憂「そんなことないよ。私もお姉ちゃんにも色んなものもらってるし」
唯「そっかそっか」
憂「うん」
唯「うーい。今日は久しぶりに一緒の布団で寝よっ」
憂「もう。お姉ちゃんは甘えん坊なんだから」
唯「はいはい」
◇◇◇
朝まで起きていようと思った。
眠るなんてもったいなかったから。
それに安心したかったから。
けれど、途中で眠ってしまった。
その夜、私は夢を見た。
夢の中でお姉ちゃんは私にキスをした。
朝起きると、お姉ちゃんはちゃんと隣にいた。
私に抱きついた格好のまま。
ほっと息をついた後、私は二度寝をはじめた。
学校に遅刻したのは、その日が初めてだった。
◇◇◇
憂「あれ、純ちゃん、梓ちゃん?」
純「おっ、憂が遅刻するなんて珍しいね」
憂「みんな廊下に出てどうしたの?」
梓「全校集会だって」
憂「全校集会?」
梓「うん。また噛まれた子がいるんだって」
憂「……そんな」
梓「憂?」
憂「な、なんでもないよ」
純「犯人のめどもついたみたいだよ」
梓「そうなの?」
純「先輩から聞いた噂だけどね」
憂「それで犯人って?」
純「襲われた人が意識を失う寸前に見たんだって」
純「尖った牙の大きな犬を」
梓「えっ、犬?」
純「うん。犬だって」
憂「犬……」
梓「憂? やっぱり調子が悪いみたいだけど」
憂「う、うん。ちょっと寝不足で」
純「それで遅刻したんだ」
憂「うん……」
◇◇◇
ずっとむかし。
この国がまだ開けていなかった頃。
私たちは一匹の狼に出会った。
瀕死のその子に私たちは血をあげてしまった。
血を与えられたその子は、200年間、私達の後をついてきた。
私たちのペットであり、親友でもある、あの子。
あの子が人を傷つけるはずないんだけど……。
◇◇◇
憂「単刀直入に聞くね」
和「ええ」
憂「今回の吸血騒動の犯人は和ちゃん?」
和「違うわ。憂も知ってるでしょ」
憂「うん。和ちゃんは人の血を吸わない」
和「私が吸うのは犬の血だけよ」
和「それも毛に隠れてるところから吸うから、まず発見されない」
憂「そうだよね。ねぇ、和ちゃん」
和「なぁに?」
憂「今回の騒動の犯人って……」
和「……それを知ってどうするの?」
憂「止めたい」
和「止められるの?」
憂「止めないと、この街にはいられなくなる」
和「随分ここが気に入ったのね」
憂「あんなに楽しそうにしてるお姉ちゃんは、はじめてだから」
和「そう。でも難しいと思うわ」
和「あなた達吸血鬼は、血を吸わないと生きていけない生き物よ」
憂「それはまだわからないよ」
和「まあ、やるだけやってみなさい」
憂「……うん」
和「……一つだけ覚えておきなさい」
憂「なぁに、和ちゃん?」
和「何があっても、私と唯は憂の傍にいるから」
和「それだけは覚えておいて」
憂「うん。和ちゃん」
◇◇◇
和ちゃんが嘘をついているようには見えなかった。
それに、嘘をつくような和ちゃんでもない。
だからきっと犯人は別にいる。
別にいる……。
和ちゃんは言った。
吸血鬼は血を吸わないと生きていけない生き物だって。
私はそれを否定したい。
否定したくて、お姉ちゃんの布団に潜りこんだ。
その夜、また夢を見た。
お姉ちゃんとキスする夢を。
◇◇◇
紬「お久しぶりね、憂ちゃん」
憂「あっ、紬さん。ちょっとお話しませんか?」
紬「ええ、いいわよ」
憂「この前は、豚さんの血をありがとうございます」
紬「あっ、そうだ。美味しかった?」
憂「はい。美味しかったです」
紬「それは良かったわー」
憂「もし良かったら、今日の夜にでも食べに来ませんか?」
紬「えーっと……今日は家の用事があるの」
憂「そうですか……。なら、明日は?」
紬「明日なら大丈夫よ」
憂「あっ、そうだ。梓ちゃんも誘っていいですか?」
紬「もちろん! ふふ、楽しい食事会になりそうだわー」
憂「はい! 腕によりをかけちゃいますから」
紬「楽しみにしておくね」
憂「じゃあ、これで……」
紬「あっ、憂ちゃん」
憂「どうしましたか?」
紬「憂ちゃんの恋は進展してないのかしら?」
憂「進展はしてません」
紬「進展は?」
憂「最近夢を見るんです」
紬「夢?」
憂「はい。その……私が好きな人とキスをしてる夢」
紬「いい夢ね。正夢にしないと」
憂「正夢かぁ……それは難しいかもしれません」
紬「……一応聞いておきたいんだけど」
憂「なんですか?」
紬「憂ちゃんの好きな人って梓ちゃんじゃないよね?」
憂「梓ちゃんのこと、友だちとして大好きです」
憂「でも、そういうのじゃないですから安心してください」
紬「良かった。憂ちゃんとは争いたくないもの」
憂「私もです」
◇◇◇
あれから豚の血のソーセージは毎日作ってる。
毎晩一緒に寝ているけど、お姉ちゃんが外に出かけている様子はない。
信じ難いことだけど、たぶんこの街に私達以外にいるんだろう。
それならそれで構わない。
私達が動かなければ、目をつけられることもない。
和ちゃんのことは少し心配だけど、賢いから大丈夫だと思う。
私は今日もお姉ちゃんと一緒に寝た。
残念ながら、キスをする夢は見られなかった。
◇◇◇
憂「なんの騒ぎ?」
純「また噛まれた子がいるんだって。それも今回は重傷」
梓「重傷って……」
純「なんでも意識不明の重体らしいよ」
憂「……」
梓「憂? なんだか顔色が悪いみたいだけど」
憂「う……うん。なんだか怖くなっちゃって」
純「怖いよねー。今までは血を吸われてお仕舞いだったけど、意識不明の子が出てくると」
梓「うん……」
純「朝から通学路に警察が多かったでしょ?」
純「これからは巡回パトロールが大幅増強されるみたいだよ」
梓「朝のニュースでもやってたもんね」
憂「そうなんだ……」
純「だからさ、憂もそんなに心配しなくていいよ」
梓「うん。心配だったら私達が一緒に帰ってあげるから」
憂「純ちゃん……梓ちゃん……ありがとう」
純「私達友達じゃん」
梓「純ってたまにいいこと言うよね」
純「エヘン」
憂「ぷっ……くすくすくす」
純「あっ、笑ったなー」
◇◇◇
意識不明の重体。
たぶん血を吸われ過ぎたんだ。
やっぱり犯人はお姉ちゃんじゃない。
お姉ちゃんなら、そんな乱暴なことはしないはずだから。
むしろ問題は、真犯人のほう。
私たちの友達に、その吸血鬼を近づけちゃいけない。
警備が増えても安心はできない。
私が守らないと……。
◇◇◇
紬「うふふ、まさか三人で料理できる日がくるなんて」
憂「紬さん、以前みんなで料理したいって言ってましたから」
紬「覚えててくれたんだ」
梓「ごめんなさい。私だけ足を引っ張っちゃって……」
紬「大丈夫、梓ちゃんには私が手取り足取り教えてあげるから」
梓「て、手取り足取り……」
憂「梓ちゃん、顔が真っ赤だよ」
梓「う、ういっ!」
憂「じゃあ梓ちゃんはポテトサラダ用のきゅうりを切ってくれる?」
梓「それくらいなら私でもできるかな」
憂「じゃあ紬さんはこっちのポテトマッシャーをお願いします」
紬「力仕事なら任せて!」
梓「……いたっ」
憂「……」
梓「切っちゃった。……憂?」
憂「……」
梓「憂?」
憂「な、なぁに、梓ちゃん」
梓「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど」
憂「う、うん。あっ、バンソコウ持ってくるね」
梓「うん。お願い」
紬「梓ちゃん大丈夫?」
梓「はい。平気です」
紬「血が止まらないわね。こういうときは」
梓「ひゃっ」
紬「こうやって舐めておくと、血が止まりやすくなるのよ」
梓「むぎ先輩っ……ありがとうございます」
紬「それにしても憂ちゃんどうしたのかしら?」
梓「さっきぼーっとしてましたね」
紬「なんともなければいいんだけど……」
梓「はい……」
憂「絆創膏もってきたよー」
梓「ありがとう、憂」
◇◇◇
梓ちゃんの血を見て、一瞬自我を失いかけた。
あの色、あの匂い、あれを見ると、もうどうしようもない。
でも、我慢できた。
お姉ちゃんが我慢してるのに、私が我慢しないわけにはいかない。
それに梓ちゃんは親友だ。私の大切な親友だ。
襲ったりできるわけない。
……うん。しっかりしなくちゃ。
◇◇◇
唯「こうやってみんなで食べるのって楽しいね」
紬「このソーセージ本当に美味しいわ~」
梓「はい。豚の血なんていうから、どんなのかと思いましたが……」
唯「えへん。憂の料理は間違いないんだよ!」
梓「なんで唯先輩が自慢げなんですか……」
唯「えへへ~」
憂「沢山あるから、どんどん食べてくださいね」
紬「おかわりっ!」
梓「はやっ」
憂「はい、どうぞ」
唯「ムギちゃんは食いしん坊さんだねー」
紬「えへへ」
梓「ほら、憂も用意ばっかりしてないで食べなよ」
憂「そうだね」
梓「うんうん」
憂「うん。梓ちゃんの切ってくれたきゅうり美味しいよ」
梓「む、むりに褒めなくていいよ」
憂「本当に美味しいよ?」
梓「そう?」
憂「うんっ♪」
唯「ねぇ、ムギちゃん」
紬「なぁに」
唯「梓ちゃんのこと家まで送っていきなよ」
紬「ええ。そうするわ」
唯「あと、できれば家の人に送ってもらったほうがいいよ」
紬「そうだね」
唯「じゃあ気をつけて」
紬「ええ、じゃあ、また明日」
唯「うん……また明日」
◇◇◇
梓ちゃんと紬さんは帰っていった。
私は食器の後片付け。
4人分の食器はちょっと多いけど、これくらいなら問題ない。
……今日は楽しかった。
これからもこんな日が続けばいいな。
こんな日が……。
あれ、そういえば居間にお姉ちゃんがいない?
どこへ行ったんだろう?
……。
……嫌な感じがする。
……この感じは……。
◇◇◇
◇◇◇
目の前には、梓ちゃん。
かわいそうに、怯えている。
目と鼻の先には、お姉ちゃん。
残念そうな顔をしてる。
遠くのほうには、紬さん。
こっちを睨んでるみたいだ。
空と見上げると、なみなみと太った月がそこにあった。
あっ、そうか。
私は血を吸いたかったんだ。
梓ちゃんの首筋に吸い寄せられるように近づいたけど、途中でお姉ちゃんに邪魔をされた。
お姉ちゃんはそのまま私にキスをした。
◇◇◇
これでside-H、
平沢憂編はおしまいです。
ここからはside-K、
琴吹紬編をお楽しみ下さい。
最終更新:2013年07月13日 14:37