◇◇◇

憂「梓ちゃん……」

梓「憂……」

憂「ごめんね、梓ちゃん。私……私……」

梓「気にしなくていいよ、憂」

憂「ごめんね……ごめんね……」

梓「いいから、私は気にしてないから」

憂「梓ちゃん……」

梓「ねぇ、憂。どうしても出て行くの?」

憂「うん。梓ちゃんに迷惑かけちゃったのもあるし」

梓「だから私は気にしてないってさ」

憂「私が気にするよ」

梓「私は気にしない!」

憂「……梓ちゃん、ありがとう。でもこれはお姉ちゃんが決めたことだから」

梓「唯先輩が?」

憂「うん。このままこの街で血を吸って生きていけば、いつか警察に目撃されるって」

憂「一度でも見られてしまったら、私達は終わっちゃうから」

梓「……」

憂「だからっ……ごめんね……」

梓「……そうだ! じゃあ私の血を飲めばいいよ」

憂「梓ちゃん?」

梓「それなら危なくないでしょ。警察に目撃だってされないよ」

憂「ねぇ、梓ちゃん。私達がどれくらいの血を飲むか知ってる?」

梓「知らないけど……」

憂「吸血鬼1人につき人間10人、それが共生関係を維持できるぎりぎりの人数」

憂「私は我慢出来ると思ってたんだけど、実際は違ったみたい」

憂「ううん。本当は全部私のせいなんだ」

憂「私が無理なんてしなければ、お姉ちゃんはもっとこの街にいられた」

憂「梓ちゃんを襲うことだってなかった」

憂「私さえ……」

梓「憂……それは違うよ?」

憂「梓ちゃん……?」

梓「唯先輩は本当に憂のことが好きだよ」

梓「だからずっと憂のことに気づいてたけど、黙ってたんだと思う」

梓「きっと、唯先輩は嬉しかったんだよ」

梓「憂がいろいろ考えて自分のためにやってくれること」

梓「豚さんの血のソーセージとか、いろいろ考えてやったでしょ」

憂「でも、意味なんてなかった……」

梓「それでも、気持ちは嬉しかったんだよ」

梓「私だってそうだから」

梓「憂が私の恋を応援してくれて嬉しかった」

梓「私の話を聞いてくれて嬉しかった」

梓「憂が相談に乗ってくれなくても、結果は変わらなかったかもしれないけど」

梓「私は、嬉しかったんだよ」

憂「……うん」

梓「だからね、泣かないでよ、憂」

梓「憂が泣いてると私まで悲しい気持ちになっちゃうから……」

憂「梓ちゃんも……泣いてるの……?」

梓「……っ……憂のせいなんだから」

憂「ごめんね……梓ちゃん……」

梓「もうっ……」





梓「たくさん泣いたね」

憂「えへへ」

梓「あ、笑った」

憂「だって、笑顔でお別れしたいから」

梓「もう会えないのかな?」

憂「たぶん」

梓「そっか」

憂「うん」

梓「憂、唯先輩とずっと仲良くね」

憂「うん」

梓「姉妹以上の関係になってもいいんだよ」

憂「あ、梓ちゃんっ!」

梓「あはは。私もムギ先輩と仲良くするからさ」

憂「うん。梓ちゃんもムギ先輩と仲良くね。あ、もちろん純ちゃんや律先輩、澪先輩ともね」

梓「あーあ。私の友達純だけになっちゃうよ」

憂「純ちゃんいい子だよ」

梓「知ってる」

憂「そっかぁ」

梓「ねぇ、憂。最後に吸ってみない?」

憂「えっ?」

梓「記念に吸っていってよ、私の血」

憂「えぇーーっ!?」

梓「だって美味しいんでしょ?」

憂「そんな……梓ちゃんは友達だし」

梓「友達の血だからすっちゃいけないなんてことないって。ほら」

憂「……いいの?」

梓「うん……」





梓「どうだった?」

憂「とっても優しい味がした」

梓「そっか」

憂「うん♪」

◇◇◇

私は最後に、唯ちゃんを呼び出した。

何を話すかは決めていなかった。

でも話さずにはいられなかった。

唯ちゃん……。

私といつも仲良くしてくれた唯ちゃん……。

いつも私のお茶を、お菓子を、美味しいと言ってくれた唯ちゃん‥…。

唯ちゃんがいなくなるなんて、私は認めたくない。

でも、いなくなるってことは、既になんとなくわかってたんです。

◇◇◇

唯「私ひとりなら7人でギリギリ足りるかもしれない。でもね、憂の分も考えると無理なんだ」

唯「それにね、いつかばらしちゃうかもしれない」

唯「今どれだけ仲良くたって、明日もそうだとは言えないでしょう」

唯「そうやって人間の心を許して殺された吸血鬼を私は沢山知ってるんだ」

唯「太陽光では死なないけど、鉛玉一発で死んじゃう生き物だから」

紬「銀の銃弾じゃなくていいんだ?」

唯「銀なら始祖様でも殺せるね」

紬「吸血鬼ってもっと強大なものだと思ってた」

唯「尾ひれはひれがついて広まってるからね。実際はそんなでもないんだ」

唯「太陽光ならどれだけ浴びても大丈夫なんだけど」

紬「そう」

唯「だからね、もういかないと。この街は危なすぎる」

紬「覚えてるのも許してくれないの?」

唯「それは駄目だよ」

唯「私はムギちゃんのことを信用してるけど、それでも信用しきれない」

唯「私は憂を守らないといけないから」

紬「それはお姉ちゃんだから?」

唯「それもあるね」

紬「他に理由は?」

唯「あると思う?」

紬「ええ」

唯「ムギちゃんがそう思うなら、そうなんだろうね」

紬「ねぇ、唯ちゃん」

唯「なぁに?」

紬「唯ちゃんは、自分がやってきことが正しかったと思う?」

紬「憂ちゃんの暴走に気づかないフリをして、口移しで血を飲ませ続けたこと」

唯「ムギちゃん。それはね、前にも言ったけど、私にはそれ以外思いつかなかったんだ」

唯「私はあんまり賢くないから……」

紬「私はね、唯ちゃんが正しかったなんて言ってあげない」

紬「唯ちゃんは私達に話してくれるべきだった」

紬「そうすれば外で吸う回数は半分にできて、リスクだって半分にできた」

紬「それに憂ちゃんとも、もっと話し合うべきだったと思う」

紬「だって、唯ちゃんと憂ちゃんはとても仲がいいんだもの」

紬「憂ちゃんが自分の吸血衝動に気づいたって、唯ちゃんなら支えてあげられた筈よ」

紬「血をあげることでお世話してあげてたつもりかもしれないけど、唯ちゃんにはもっと出来たことがあるはず」

紬「私は、そう思う」

唯「ムギちゃんは手厳しいね」

紬「ええ、手厳しいの。優位に立ちたいときはね」

唯「どうして優位に立ちたいの?」

紬「唯ちゃんに命令したいから」

唯「どんな命令かな?」

紬「どれだけ時間がかかってもいいから、必ず私たちの元に帰ってきなさい」

唯「それは難しいよ」

紬「難しくても、帰ってくるの」

唯「……」

紬「お願いだから……」

唯「ムギちゃん、私、もう行かないと」

紬「お願いだから、約束だから、絶対に帰って来て! 絶対なんだから!!」

唯「じゃあね、ムギちゃん……」

紬「待って!! 最後に……1杯だけお茶を飲んでいかない?」

唯「ムギちゃん……」

紬「……」

唯「……そうだね。ムギちゃんのお茶も最後だし」

紬「最後じゃないわ」

唯「……」

紬「じゃあ、いま用意するから」





紬「はい、どうぞ」

唯「ありがとう」

唯「あ、これ」

紬「うん。吸血鬼さん向けにアレンジしてみたの」

唯「それで指に絆創膏つけてたんだ」

紬「うん」

唯「いただきます」

紬「……どうかしら?」

唯「……あんまり美味しくないね」

紬「おかしいわ。ちゃんとレシピは調べたんだけど」

唯「慣れが必要なんじゃないかな」

紬「ふふ、慣れかぁ。慣れる日はくるのかしら、来てもいいのかしら」

唯「それはムギちゃん自身が決めることだよ」

紬「違うわ、唯ちゃんが決めることよ」

唯「そうだね。じゃあ、ばいばい、ムギちゃん」

紬「あっ、待って!」

唯「えっ、まだなにかあるの?」

紬「最後に憂ちゃんに言付けを頼みたいの」

唯「あっ、そういうことなら大歓迎だよ」

紬「じゃあお願いするね」

唯「うん」

紬「『吸血鬼に人間の法律は適用されないから二等親でも気にしないで』って伝えて」

唯「……それを私が伝えるの?」

紬「ええ、唯ちゃんが伝えるべきだと思ったときでいいから」

唯「……ムギちゃんは難しいこと言うね」

紬「うふふ。憂ちゃんの恋を応援するって約束しちゃったから」

唯「そっかぁ。じゃあね、ばいばい、ムギちゃん」

紬「うん。ばいばい、またね、唯ちゃん」

◇◇◇

律「澪、どうしたんだ? 嬉しそうな顔をして」

澪「それがさ、ここに来る途中、大きな犬に出会ったんだ」

律「犬? 野良犬か?」

澪「わかんない。でもとっても人懐っこい犬で、私でも撫でられたんだ」

律「ほう」

澪「すっごくふわふわしててさー。あぁ、あんな犬私も飼いたいな」

◇◇◇






その夜、遠吠えが聞こえた。






◇◇◇



メモ用紙に書かれた名前。

菫や御父様に聞いてみたけど、心当たりのある人はひとりもいませんでした。

ひらさわゆい。

ひらさわうい。

発音してみても同じです。

何の心当たりもありません。

このメモのことを梓ちゃんに話してみました。

ひらさわゆい。

ひらさわうい。

すると梓ちゃんは涙を流しました。

理由を聞いてみたけど、梓ちゃんはわからないと言いました。

そのとき、なぜか私は思ってしまいました。

涙を流せる梓ちゃんが羨ましいと。

結局その名前が何か判明することはありませんでした。

前世の名前か何かだろうと無理やり納得して、その名前を頭の奥底にしまいました。

それから7年。

いろいろなことがありました。

変わってしまったものもあります。

でも、変わらないこともあります。

それは梓ちゃんとの関係です。

私たちは順調に交際を重ねていきました。

そのうち法律が改正され、同性婚が認められるようになりました。

私達が付き合ってることを知っていた父母は、同性婚を歓迎してくれました。

もう娘の結婚式は見れないものだと思っていたから、この際、同性婚でもいいというんです。

私たちは結婚することにした。

◇◇◇





これでside-K、琴吹紬編はおしまいです。
ここからはside-N、中野梓編をお楽しみ下さい。


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最終更新:2013年07月13日 14:41