律は背が低いが、それでも鉄棒に座れば、目線は私と同じになる。
私と目線を合わせたまま、律は言う。
「これから和ん家かー。
あの時は澪が結構西瓜引き取ってたけど、まだ家には西瓜余ってるの?」
律の言葉に、私が律に支えてもらった記憶と、大量の西瓜だけがフォーカスされて蘇った。
「まさか。唯とかに協力してもらって、何とか食べきったわよ。
辛かったけれどね。澪は大丈夫だった?結構、渡しちゃったけど」
和は律に答えた後、私にも話を振って来た。
「食べきったよ。律と一緒にね」
量は凄かったけれど、恩義を感じていた私は苦痛には感じなかった。
「まー、未だに残ってるなら、腐っちゃうしなー」
律はそう言うと、座ったまま鉄棒を回った。
「危ないな。落ちたら、怪我するぞ」
私は注意したけれど、実際には怪我なんてしない。
鉄棒から落ちた時は、今度は私が、受け止めるから。
「落ちないよ。でも、汗とかは気になるかなー」
唯の鉄棒の練習に付き合っていた為、私達は何れも汗だくだった。
律の言う通り、汗は気になっている。
「貸すわよ、お風呂」
「さんきゅっ、和ー」
律は手放しで喜んだ。
本来なら遠慮する流れなのだろうけれど、やはり汗は大敵だ。
私も追随する事にした。
「悪いな、和」
「気にしないで。私も入りたいし」
私達に気を使わせない配慮もあるだろうが、和の言葉には幾分か本音も混じっているだろう。
「順番とかどうします?
まぁ、律先輩と澪先輩は一緒に入るとして」
梓が割り込んできた。
以前、私に恋心を寄せていた相手だ。
その恋心をこの前、正面から向き合って断った。
それ以来、梓はもう私に長文メールを送ってこなくなった。
律を軽んじる言動も取らなくなった。
自分ルールに拘らずに正面から向き合って正解だったと、改めて思う。
今はこうやって、軽口も叩いてくれている。
「中野ぉっ」
律が顔を朱に染めて叫ぶ。
このやり取りは、以前の二人のやり取りだ。
皆の仲が良かった頃に戻れた、その事を示す大切なシーンの再来。
それが私は嬉しくなり、自然と笑んだ。
「でも、澪は乗り気みたいよ?
でも律が恥ずかしいなら、入浴剤入れるけど」
私の笑みを勘違いしたのか、和が言う。
「それ、湯船に浸かってる時は見えないけど、
シャワー浴びる時は見えちゃうよ」
「またまたー、今更な事を。
どうせ、前に温泉旅行に二人で行った時も、一緒に入ったくせに」
抗う律に対して、純ちゃんがやはりからかうように言った。
「そういう純ちゃんだって、あの時は憂ちゃんと一緒に入ったんじゃないのか?」
私もからかうように言うと、純ちゃんと憂ちゃんは一様に顔を俯かせた。
羞恥を示すように、頬が染まっている。
「あー、あの時は私、色々あって行けなかったけど。
今回は純や憂と行けるんだね」
梓がしみじみと言った。
「温泉って程、広いお風呂じゃないけどね。
だからまぁ、同時に入れても二人か……無理して三人、て所ね」
和の言葉を聞くに、ペアで入る事は決定事項らしい。
「誰と誰が入るかはともかく、一番初めに入れる人は確定だよなー」
律は諦めたように言うと、唯へと視線をやった。
その唯は汗だくの身体を地に横たえている。
「疲れたー。もうだめー」
唯は寝そべりながら愚痴っているが、唯の鉄棒は確かにスキルアップした。
体育の課題程度なら、難なくクリアできるだろう。
「そうね。唯は……私が居れるわ。入浴剤もその時に使っておくわね」
「いや、シャワーも浴びるんだから、入浴剤なんて意味ないんじゃ」
入浴剤に拘る和に私がそう言うと、和は悪戯っぽく笑った。
「今度は入浴剤を貰い過ぎちゃってね。
消化するの、手伝って欲しいのよ」
<FIN>
最終更新:2012年10月13日 18:06