本を読んでいたら、澪が部屋に入ってきた。
驚いた。
思わず何度も瞬きを繰り返した。
澪は以前と変わらない様子で私を見て、ため息をついた。
「あのさ、律、勝手に私の部屋に入るなよ。」
呆れた調子で澪が言う。
まぁ、それは怒るよな。
いくら幼なじみとはいえ、不法侵入だな。
私が寝転んでいるベットは、もちろん澪のベットだ。
室内に私のものは一つもない。
ベットも、たくさんの本も、少し古いパソコンも、
すべてが澪のものだった。
「前から何度も言ったぞ、勝手に入るなって。」
怒り気味の澪、
「見られたらダメなものでも入ってんのか?」
そんな言葉がつい口から出る。
「そ、そんなことは…な、ないぞ?」
少し動揺してるし。
今度、探してみるか。
「と、ところで何の本を読んでいるんだ?」
「るこうしんそう?みたいなの。」
「あぁ、あれか。」
あれあれ見たか、
あれ見たか。
二つの蜻蛉が草の葉に、
かやつり草に宿をかり、
人目しのぶと思えども、
羽はうすくものかくされぬ、
すきや明石に緋ぢりめん、
肌のしろさも浅ましや、
白い絹地の赤蜻蛉。
世間稲妻、目が光る。
あれあれ見たか、
あれ見たか。
澪は同じ姿勢のまま、そんな言葉を呟いた。
ちょうど私が読んでた本の冒頭部分だ。
試しにページを戻って確認してみたところ、
澪が口にした言葉は一言一句、間違えもなく本文と合っていた。
「すげーな、澪!」
「ところで律、お前がこんな本を読むなんて珍しいな。」
確かに、そうかもしれないな。
理由なんて特にないけどなんとなくだ。
いや、理由はあるけど…
それを言葉にしていいのか分からなかった。
「なぁ、澪?」
「どうした?」
私は澪の手に触れた。
あったかくもない、冷たくもない。
これで、はっきりした。
確かに澪は実在している。
「どうして澪はここにいるんだ?」
その声はとても穏やかだった。
「澪は二年前に死んだはずだ。」
そう、澪は死んだ。
私は澪の死に顔を見た。
お葬式にも出た。
墓もすでに建てられている。
だとしたら…
この目の前にいる澪はなんなのだろう。
第一話「繢紅新草」 おわり
最終更新:2012年10月16日 19:18