山椒魚って本を読んでいるうちに眠ってしまったらしい。
重い体を起こしてあくびをした。
「ねぼすけがようやく目を覚ましたな。」
「あぁ、澪か。おはよ~。」
ただ普通に喋っただけなのに澪の機嫌が悪くなった気がする。
「何をのんきにおはよ~なんて言ってるんだ!?」
「あぁ、昼だね。じゃあこんにちは~。」
あれ?ますます澪の機嫌が…
「違う!?違うぞ!?」
「あれ、もしかして…こんばんは?」
あ、何かものすごい殺気が。
「…た」
「…は?」
「お腹へった!?」
「…へ?作るの私?」
「べ、別に律が嫌ならいいけど…」
「い、いや作るけど二人で一緒に作るって選択は?」
「…律のご飯が食べたい。」
めんどくさいだけじゃ…?
将来はニートになってそうだな。
いや、死んでるけど。
「じゃあ、今日の昼ご飯はハンバーグ。」
「やった!」
………
…
「ごちそうさま」
さて、山椒魚の続きを読むか。
この話の筋は簡単だ。
一匹の山椒魚が、岩屋に閉じこめられてしまう。
頭がつっかえて、出るに出られない。
山椒魚は目高を見る。蛙を見る。
彼らは自由に水を行き来している。
「あ!梓と約束してたんだった、急がないと…」
………
…
「梓、ごめん。」
「…大丈夫です。」
「本当にごめんな。」
「…行きましょうか。」
目があったけど、梓は笑ってくれなかった。
自分でも驚くほど傷ついた。
澪と似たような顔して、そんなことするなよ。
しかも、どうして今日に限って髪を下ろしてるんだよ。
余計に澪を意識しちゃうだろ…
「あのカフェのケーキ美味しいみたいですよ。」
そうなんだ、と私は頷いた。
歩くたび、足を進めるたび、気持ちが落ちていく。
平気な振りして、会話を続けた。
「ムギのオススメのカフェなんだよな。」
「はい、ムギ先輩のお父さんの系列のカフェみたいです。」
梓はどんどん歩いていく。
振り返りもしない。
いつもなら肩を並べて歩いたのに…
小走りで梓を追いかけているうちに、
いつのまにかカフェを追い越していた。
「こっちですよ。」
梓の呼びかけに思わず言葉が出た。
「ごめん。」
「お店、入りましょう。」
「ごめん」
何度も謝ってしまう。
カフェは豪華で綺麗だった。
中に入るとたくさんの店員さんが、
口を合わせて言う。
「いらしゃいませ!」
客席はざっと見るかぎり二百くらいか。
窓の側の席に私たちは静かに腰かけた。
「すごいな、いろいろと…」
「さすがムギ先輩ですね。」
「そうだな。」
席についてから、
私たちはたくさん喋った。
楽しく話してるわけではなく、
間を埋めるため、口を動かしてるだけだった。
梓との関係がおかしくなったのは、
この間のことだった。
軽音部のみんなに澪のことがバレて、
みんなでパーティーを開こうってことになった。
パーティーは澪の家でやった。
メンバーは私、梓、澪、唯、ムギだ。
憂ちゃんも誘ったが、
せっかくなので軽音部の皆さんでやって下さい、
…そう言われた。
「「澪ちゃん!」」
最初に唯とムギが澪を見た瞬間、
すごい盛り上がったんだ。
梓も澪の隣で笑ってた。
そしたら、
「あずにゃんと澪ちゃんって似てるね!」
…唯がこう言った。
「そうだ!梓ちゃん、髪を下ろしてみてよ!」
ムギも言う。
「…えぇ!?嫌ですよ。」
たぶん、日本人形みたいだからって気にしてるんだろう。
だけど、
唯が無理矢理言って、
結局、梓は髪を下ろしたんだ。
髪を下ろした梓と澪はよく似ていた。
「りっちゃん、似てるよね!?」
確かに似ている。
でも私は前から思ってた。
梓が軽音部に入部した時から澪と似ているなって。
だから、
「やっぱりな!梓が入部した頃からそう思ってたんだ。」
そしたら唯は、
「だからすぐに元気になったんだね!」
「…ん?」
「澪ちゃんがいなくなってから、
りっちゃんって元気なかったじゃん?
でもあずにゃんが入部してから元気になったから!
あずにゃんと澪ちゃんが似てるからなんだ~」
「そうなんだ、りっちゃんって澪ちゃんのこと好きなんだもんね!」
唯もムギも悪気はなかったと思う。
悪いのは私だ、
澪のことが好きって言葉で、
顔が熱くなった。
きっと顔を真っ赤にしてたんだ。
「あはは!りっちゃんってば、顔が真っ赤!」
この時、気がつけば良かった。
澪が怒っている顔だったこと。
梓が下を向いていたこと。
だけど私は、
「そうだよ!澪のことが好きだ、悪いか?」
めっちゃ冗談っぽく言ったはずだった。
「じゃあ、なんなんですか?」
「…?」
「私は澪先輩の代わりなんですか!?」
「…あ、」
「私は律先輩がこんなに大好きなのに…!」
「…っ!」
「律先輩の馬鹿ッ!」
梓はそう言って外に飛び出た。
私は、
梓とよく遊んだりすることが多かった。
理由は…好きだから。
澪に似てるからじゃない。
ありのままの梓が好きだ。
同姓を好きになるなんておかしいよな?
でも、
梓の可愛らしいしぐさも、
いつも笑顔にしてくれる声も、
梓の何もかもが好きなんだ。
両思いだったんだ。
だけど嫌われちゃった。
でも、同姓を好きなるのおかしーし。
いろんな考えが頭の中をかけ巡り、
私はただ泣いていた。
今、目の前にいる梓は…
「…どうしたんですか?」
…違う。
「私、律先輩のこと嫌いです。」
…やめて。
「二度と私の前に現れないで下さい。」
………
…
…律?
…律ってば?
「…律?いないのか?」
「あぁ、いるぞ?」
澪の部屋で山椒魚を読んでいたら、
澪が部屋に入ってきた。
「何か眠そうだな?」
「あぁ、さっきまで寝てた。」
梓と気まずい雰囲気でカフェにいる夢をみた。
そして、唯の家でパーティーしたことを思い返せば、
涙が自然と溢れてきた。
「どうした、律?」
「別に。」
「そうか…」
静かな部屋の中、
澪はどうしたらいいか戸惑ってる。
私はただ澪を困らすだけ。
そんな中、
口を開いたのは澪だった。
「山椒魚を読んでたよな?」
「…うん。」
「どうだった?」
「…うらやましいなって思った。」
「うらやましいって話じゃないだろ?」
「ほら、山椒魚も蛙も穴から出なかったじゃん。
だけど、蛙の最後の言葉って、ある種の許しだと思って。」
梓の顔が浮かんだ。
なんで、こんな話したんだろ。
私は黙り込んだ。
「律、間違ってないか?
山椒魚と蛙って最後まで喧嘩してたぞ?」
「え?澪の方が違うと思うけど?」
「だって、睨み合ったままで…」
あ、と澪が声を漏らした。
「どうした?」
「思い出した!
私と律が読んだのは結末が違うんだ。」
「…違う?」
「作者は山椒魚を書き直したんだ。
確か、最後の方を大幅に削ったって。」
「でも、この本は澪の部屋から持ってきたけど。」
「確か、マ…お母さんに貸したままだな。」
「…えー。」
「…あ。」
「今度は何だ?」
「お腹すいた。」
「…」
「また何か作ってくれよ?」
「…仕方ないな。」
涙はいつのまにか消えていた。
山椒魚は結局、どうしたんだろう。
蛙は許したのか、許さなかったのか。
わからないまま、私はキッチンに向かう。
第六話「山椒魚(改変前)」 おわり
最終更新:2012年10月16日 19:27