あの七夕の日から数年。N女大へ進学した澪を追うようにN女を受験したわたしは、無事に合格することができた。

 澪とは受験期の間ほとんど会うことはなかった。彼女が大学寮に住むことになったからだ。そのことが発覚したときはあの約束が叶うことがない、と二人で落ち込んだものだった。

 桜ヶ丘と大学は気軽に通える距離ではない。澪と殆ど逢えず、寂しさを電話に乗せて誤魔化す日々を過ごした。その反動でわたしの大学生活は生身の澪との想い出が大半を占める有様だ。

 高校3年生となったわたしは新けいおん部の部長として奔走した。なかなか捕まらない新入部員に焦りが募ったものの、澪が電話越しに応援してくれて冷静になった。

 そしてかわいい後輩と出逢い、部活に励み、お別れを告げた。彼女等とは少しして大学で再会することになった。

 現在、澪もわたしも無事N女を卒業し共働き生活を営んでいる。社会人としてはまだまだ未熟なだけにお互い給料は少なく、家賃を浮かすため二人でワンルームを借り貧乏生活を営んでいる。

 こういう貧乏生活にも澪は憧れていたそうだ。せつない物語の主人公っぽいだとかなんとか言っていたけど、よくわからない。なんだかムギ先輩を彷彿させて面白い。

 今、わたしたちは幸せです。そこには揺るぎない愛があるから。 

 ムギ先輩をはじめHTTや新けいおん部の若葉ガールズのメンバーは皆、それぞれの人生を楽しんでいるようだ。連絡を取り合うと唇が絞まらない。

 真っ先に子供を作るのは誰になるだろう。わたしや澪でないことは確かだ。みんなの誰かがおめでたになったら素直にお祝いしよう、フフッ。



 今、わたしの手元にひとつのメモリーカードがある。それをパソコンに挿入しマウスをなめらかに動かす。

 不意に背後から同居人が抱きついてきた。湯上りでほてった腕をわたしの首にまわして、バスタオル越しにたわわな果実をうなじへ押しつけてくる。鼻に届くのはシャンプーとボディーソープのほのかな香り。

 パソコンの画面を見てこれから何をするか彼女は解ったようだ。懐いな、と一言漏らすと、彼女がさっきの体勢のまま両手の平をわたしの頬に貼り付ける。あったかい。

 よく拭いてよー澪の身体湿ってる、とブツクサたれると、どうせ今夜は関係なくなるし、と耳元でささやかれる。その瞬間女の欲望が胸の内から湧き上がりゾクゾクしてくる。でももう少し待ってね澪。先にこの動画を見るんでしょう?

 それじゃあ再生しようお姫様。ひょっとしたら頬を優しく包む貴女の手が離れるほどに、わたしは噴き出してしまうかもしれない。カチリとEnterキーを叩き動画が再生される。

 それは初々しくて変に真面目だった頃のわたしたちが、未来のわたしたちへ出した一通のビデオレター。



梓「あーあー、こんばんは。中野梓です」

澪「秋山澪です」

梓「現在時刻は七夕の午前3時ちょうど。午前3時ちょうど」

澪「時刻はカメラでわかるからいらないんじゃないか」

梓「あ、そうでしたか」

梓「ていうか本当にやるんですかこれ……。なにもビデオレターにしなくても普通に夜空を撮ってれば」

澪「実はビデオレターもわたしの夢のひとつでさ。写真と違って声や動作でもメッセージを伝えられるのが魅力的。せっかくだから今やっちゃおうっというわけさ」

梓「んもぅ。カメラを意識して喋るのすごい緊張するんですからね」

澪「じつはわたしも……」

梓「えー……こんな調子じゃ律先輩たちに送ったって笑われるだけですよ……」

澪「でも撮りたい……」



梓「いちどカメラ止めて話の流れを決めたほうがいいんじゃないですかこれ…グダりますよ」

澪「ま…まあ、それもいいじゃないか。さて何を話そうか梓」

梓「行き当たりばったりでいくんですね……」

澪「でも話し合う時間がもったいない気もする……」

梓「夜明けまで時間ありますよ。どれだけ長くするつもりですかビデオ」

澪「決めてない……」

梓「……何も考えてないんじゃ」

澪「うぅ…そうだよ!」

梓「うわー」

澪「蔑みの視線を感じる…暗くて確認できないけど感じる……」



澪「さあさあ梓、星空の話をしよう」

梓「はい!本題入っちゃいましょう!そのためのビデオレターですもんね!」

澪「そうそう、細かいことは気にしない!アハハハハハハッ」

梓「カメラ貸してください!」

澪「奪い取られた…」

梓「見てくださいご覧の皆さん!満天…とまではいきませんが綺麗ですよ!」

澪「おーい、梓がぴょんぴょん跳ねたら画面がぶれるぞー」

梓「あっとっとスイマセン///」

梓「オホンッ。失礼しました。それでは見てください。今わたしが指してる先に天の川があります!」

梓「ちなみにあっちの方向のあの星と、そっちの星とぉ、あともうひとつは……えーっと…」

澪「梓、それじゃ画面の前の人には伝わらなくないか…」

梓「そ…そうですよね!とにかく向こうにある星とを繋げて夏の大三角形が出来ます!」

澪「そういえば夏の大三角形って七夕の時期は地球からははっきりと見れないんじゃなかったっけ」

梓「……ふぇ!?」

澪「あっゴメン言わないほうがよかったかな…」

梓「すいません…画面の前の皆さんもすいません…///」

澪「わたしは梓が楽しそうにしてるだけで満足してるよ」

梓「うーん……?素直に受け取っていいんですよねぇその言葉?」

澪「人に子供っぽいと言っといて自分が一番子供っぽい梓がかわいい、と翻訳してくれ」

梓「うわーん仕返しされたー」



梓「カメラ返します……」

澪「もういいの?じゃ続きはわたしが撮るよ」

澪「なあ、画面の前のみんなに今夜の集まりについてすこし話さない?みんなに内緒でやったこと、一言おわびをいれときたくて」

梓「あ、はいです。そもそもこの『七夕の夜空をながめよう企画』は澪先輩が言い出したことでした」

澪「わるいと思ったけど梓とふたりっきりで過ごしたくて、梓だけ誘ったんだ。黙っててごめんなみんな」

梓「お誘いにのってしまいました。スイマセン」ぺこり

澪「バックで流れてる音楽はわたしの持ち込んだラジオだ。もう切っておくよ」

梓「空が晴れるのを待っている間音楽を聴いて過ごしていました。あっ、じつはこの時刻までずーっと曇りでして。すっかり天気予報に騙されました」

澪「おかげで梓の膝枕をたっぷり堪能させてもらったよ」

梓「ちょっと先輩!恥ずかしいからみんなの前で言わないでください!///」



梓「今更ですけどこのビデオ必要なんでしょうか……」

澪「あははは……」

梓「まあ撮るもの撮りましたし、これでビデオは終了ですね先輩」

澪「……まだやってないことがある」

梓「えっ?」

澪「七夕さ。わたしたち、まだ七夕に願い事を伝えていない」

梓「願い事……しかしどうしましょう。笹もなければ短冊も持ってないし」

澪「短冊ならあるよ。ペンも、はい」

梓「用意がいいですね」

梓「でも灯りが弱くてとても書けたものじゃないです。残念ながら」

澪「やっぱりぃ……しくしく」

梓「これは昼間に書きましょう。今はお願い事を考える時間にして」

澪「そうする……。天の川を頭上に戴いて願い事を書き記すのはさぞロマンチックだったろうに……しくしく」

梓「詩人ぶってるとこすいませんが、そこまで入れ込むことでもないような……」

梓「そ……それじゃあ願い事を考えましょうか。一端カメラ切りまーす」

澪「しくしく……いいよ撮り続けて」

梓「でも画面の前のみんなが……じゃあ後で編集して、要らない部分はカットしますからね」

澪「うん……しくしく」



梓「さっきの時間はカットですねー。映像に残すことはありません」

澪「では梓から願い事の発表をしてもらいます」

梓「えっ!?ヤですよそんな恥ずかしいこと!どこかの笹に吊るすだけのつもりだったのに!」

澪「そうか、なら先にわたしが発表する!次が梓で!」

梓「澪先輩……もしかして深夜テンションでもの言ってません?」

澪「じゃあイクぞ!まず一つ目は!『みんなで第一志望の大学に合格する』!」

梓「一つじゃないんですか欲張りさんめ。お願いというより宣言ですしソレ」

澪「七夕って願い事を三つ以上書くものだろ?」

梓「えっ一般的には一つでしょう?」

澪「えっ」

梓「えっ」

梓「ふつうは一つです……最低三つ、て織姫様と彦星様にどれだけ仕事させる気なんですか」

澪「願い事は抽選で選ばれるからたくさん書くものだろ?少なくとも三つは常識だ、て律……が……」

梓「あー律先輩、あとで痛い目みてください」

澪「りーつー……!!」




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最終更新:2013年09月08日 22:27