・ ・ ・

日曜日のお昼すぎ。私たちは電車を乗り継ぎ、竹田駅に到着しました。
土曜日は旅館の予約がいっぱいだったので、3連休の日曜日と月曜日を利用して、竹田城とその周辺を観光する事にしました。

澪「おぉ、思ったよりずっと田舎だなぁ」

梓「山と民家くらいしかなさそうですね」

澪「あ、駅を出て後ろを向いたら、もう竹田城が見えるらしいぞ」

梓「ほんとですか?」クルッ

梓「あれ、それらしい物は見当たりませんけど、あの山がそうですよね?」

澪「そのはず。あ、山の天辺が角ばってる。あれじゃないか?」

梓「ほんとだ!よく見たら小さな人影が動いてますね」

澪「結構来てるんだな、人」

梓「楽しみですね!」

澪「あぁ!」

その後、バスに乗って蛇行した細い山道を登り、山頂の手間にある竹田城の入口までやってきました。

澪「ここから少し山道を登らないといけないみたいだ」

澪「登山用の靴は持ってきたよな?」

梓「はい、バッチリです」

澪「じゃ行こうか」

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梓「はぁ…はぁ…」

澪「ふぅ…大丈夫か梓?」

梓「はい、ちょっとした運動ですね」

梓「あ、もう街があんなに小さいですよ」

澪「ほんとうだ。バスから降りた時点で、結構登ってたんだなあ」

梓「竹田駅に貸し出し用の登山グッズが置いてありましたよね。あそこから歩いて登るのは流石にきつそうです」

澪「うん、うわっ」ズルッ

梓「わわっ澪先輩!」ガシッ

澪「ととと……」

澪「危なかったぁ…ありがとう梓」

梓「坂道には気を付けてくださいね、昨夜は雨だったらしいですから」

梓「泥だらけになるのはかんべん…うわっ…!」ズルリッ

澪「ちょっ!梓危ない!」ガシッ

梓「ふー……」

澪「大丈夫か?」

梓「は、はい…ありがとうございます」

澪「あはは、私たちどんくさいなw」

梓「そうですね、えへへへ…w」

・ ・ ・

澪「あ、着いた!」

梓「わぁ、思ってたよりずっと素敵な所ですね!」

澪「うん。すごいなぁ、山の上とは思えない。本当に石垣だけが浮いてるみたい」

澪「日本のマチュピチュ」

梓「日本のマツピ…マチュピツ…マツ…ゴホンッ!」

澪「あ、梓…wくふふふふ、はははw」

梓「なっ!?もう、そんなに笑わないでくださいよ!///」

澪「ごめん、ついw」

梓「もう…!」

澪「ごめんごめん」ナデナデ

梓「うぅ~…!///」

・ ・ ・

梓「あ、AED?」

澪「うお、なんだか現実に引き戻される…」

梓「こんな所に設置してあると、なんだかムードが台無しですね。必要な物でしょうけど」

澪「他にも改修の跡とか、土砂崩れを防ぐためのシートや土嚢なんかも目に入っちゃうな」

梓「それでも、十分いい景色です」

澪「冬なんかは雪が積もって、あたり一面真っ白な天空城が見れるらしいぞ」

梓「あぁーそれもいいですね!あ、そうだ。澪先輩、記念撮影しましょう」

澪「そうだ、それをすっかり忘れてた」

梓「さっき、記念撮影によさそうな崖がありましたよ」

澪「が、崖で撮るの!?」

梓「だって天空城じゃないですか。崖っぷちで撮らないと意味ないですよ!」

澪「そ、そうだけど」

梓「あのっすみません!カメラお願いしてもいいですか?」

おじさん「あ、構わないよ~」

澪「ってもうやる気満々だ!」

梓「澪先輩、カメラを」

澪「う、うん」

おじさん「そこでいい?撮るよ~?」

梓「澪先輩、もう少しこっち」

澪「え、ちょ…だめだって!落ちる!落ちる!」

梓「まだ全然平気ですって!ほら!」

澪「うぅぅ…」ガクガク

梓「わ、結構崖の下深いですね~」

澪「い、言うなよぉ~!」ブルブル

おじさん「はいじゃあ笑ってね~!」

澪「あ、あはは…;」

梓「えへへ!」

パシャ

・ ・ ・

澪「いやぁ、思ってたよりずっとよかった」

梓「結構絵になる所がいっぱいありましたよね」

澪「うん、いい具合に入り組んだり、ぐるっと回らなきゃいけない所とか」

梓「ここって“お城”だったんですよね?」

澪「うん。そんなに本格的なお城でも無かったらしいけど」

澪「建物がまだ残っていたら、また違う景色になってたんだろうな」

梓「でも石垣だけってのも解放感があって素敵だと思います」

澪「たしかに。眺めは抜群だよな」

澪「あ、そういえば親子連れというか…赤ちゃん連れの家族が結構いた気がしないか?」

梓「そうですよね、妊婦さんも普通に山登りしてましたし。大丈夫なのかなぁ…?」

澪「あと犬を連れてる人もたくさん見かけたし」

梓「結構手軽に来れる場所ってイメージなんでしょうか。確かに山道は思ったより険しくなかったですけど」

澪「そうみたいだな、見学も無料だし」

澪「さて…そろそろ時間だし、旅館へ向かわないと」

梓「たしか6時でしたよね、チェックイン」

澪「うん。晩御飯は鴨鍋を頼んでおいた」

梓「鴨鍋!あぁ…もう私お腹ペコペコです!」

澪「ははは、私も。じゃあ早く行こ」

梓「はいっ」

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竹田城を観光した私たちは、もと来た道を降り再びバスに乗って竹田駅に戻り、タクシーで旅館まで行きました。
この周辺は山々に囲まれた田舎町が多くあり、目的地の旅館はさらにその山奥にありました。

女将「お待ちしておりました。お帰りなさいませ」

澪「お世話になります」

梓「………」

梓「あっ……お世話になりますっ」

澪「ん、どうした梓?」

梓「あ、その…あれ、ほら」

澪「ん、おお?オオサンショウウオ!?」

梓「でっかいですね…!」

澪「たしか特別天然記念物ですよね?」

女将「はい。40年前からこの旅館にいるんですよ」

女将「自然にも戻すことができないので、緊急保護施設として許可をいただいて飼育しています」

梓「へぇ~」

澪「すごいなぁ」

梓「ちょっといい物見れて得した気分ですね」

澪「うん…でも私はあんまり近づきたくないな…」ビクビク

梓「あはは…;」

女将「それではお部屋の方へご案内します」

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旅館は昭和後期に建てられたような古い建物で、館内は少し薄暗い雰囲気でした。
部屋に着くまで長い廊下を歩き、私たちは二階にある10畳の和室に案内されました。

女将「貴重品はそちらの金庫へどうぞ。では7時にお食事をご用意しておりますので、時間になりましたら食堂の方へお越しください」

女将「それではごゆっくり」

ガチャン

澪「………」

梓「………」

澪「ふぅ~…」

梓「はぁ~…えへへ…」

梓「なんだか一気に力が抜けます」

澪「結構歩いたもんな。軽い登山もしたし」

梓「はい。それにしてもこの旅館、かなり年期が入ってますよね」

澪「私もこんなに古いとは思わなかった」

梓「館内いたるところに剥製が無造作に置かれてたり、階段の踊り場に家具が積まれてたり」

澪「この寂れた感じがなんともな。でも昨日は予約でいっぱいだったんだぞ?」

梓「あ、いえ別に文句言ってるわけじゃ…。澪先輩が苦労してとってくれた宿ですし」

梓「それに、あまり豪華な所でも気後れしちゃいます」

梓「このくらいがちょうどいいです。落ち着けて」

澪「そうかな。ならよかった」

・ ・ ・

そして夕飯の時間です。

仲居「こちらへどうぞ」

澪「うわぁ~…!」

梓「囲炉裏ですね!」

澪「ここは最近改装されたのかな、かなり豪華で綺麗だな」

仲居「当館自慢の食事処でございます」

梓「明るくて綺麗ですね。あ、外は小川なんですね」

澪「自然の川だ。ちょっと暗くて見えないけど、いい景色なんだろうなぁ~」

仲居「それではこちら前菜の酢の物でございます」

澪「あ、ちょっとすみません」

梓「?」

澪「そっちに移ってもいいですか?」

仲居「えぇ、どうぞ」

梓「澪先輩…?」

澪「向かい合わせだとなんだか遠くて。隣でも構わないだろ?」

梓「はい…///」

・ ・ ・

仲居「こちら鴨鍋の鴨肉とお野菜でございます」

仲居「鴨鍋は醤油ベースのスープになっております」

仲居「鴨肉は茹ですぎると固くなってしまうので、お肉に火が通ったらお早めにお召し上がりください」

澪「はい、ありがとうございます」

梓「雪見窓から自然を眺めつつ、囲炉裏でお鍋なんて贅沢ですね」

澪「うんっ、ここにして正解だったな」

梓「はい」

グツグツグツ

澪「梓、器かして。取ってあげるよ」

梓「あ、すみません」

澪「シイタケは?何個?」

梓「じゃあ二個で。あ、お豆腐もお願いします」

澪「了解」

澪「はい、どうぞ」

梓「ありがとうございます」

澪「私もシイタケいっぱい取ろう」

梓「………」ソワソワ

澪「あれ、食べないのか?」

梓「え、あっ…食べます!」

梓「ふーふーっ…あちち」

澪「気を付けろよ?」

梓「おいしいですね」ハムハム

澪「うん、おいしいな!」

澪「ちょっと囲炉裏で顔が熱いけど」

梓「あはは確かに」

・ ・ ・

梓「お料理、どれもとっても美味しかったですね」

澪「うん。ここの目玉だったな」

澪「そういえば、外の小川に小さな橋が架かってたな」

梓「ライトアップされてましたよね」

澪「夏は外の川床舞台で食事できるらしいぞ」

梓「へぇ~いいですねぇ、ちょっと行ってみませんか?」

澪「いいな、涼しそうだし。囲炉裏で顔が火照っちゃったよ」

・ ・ ・

・ ・ ・

・ ・ ・

夜の小川はとても静かで、黄色いライトが小さな木の橋をぼんやりと照らしています。
私と澪先輩はその幻想的な橋の上から、小川をずっと眺めていました。

澪「………」

梓「………」

澪先輩、大好きです。
私、今なら澪先輩に言えるかもしれません。

澪先輩、澪先輩と一緒に過ごす時間、とっても幸せです。
もっともっと、澪先輩と一緒に色んな経験がしたいです。

ずっと、澪先輩と一緒にいたい。

でも、このままだと澪先輩はもう卒業してしまって…長い間会えなくなってしまう。

このまま終わってしまうなら、せめて私の気持ちを伝えてから終わりたい。

その結果がどうなっても、私は構いません。
澪先輩とこうして一緒にいられた事は一生忘れませんから。

だけど…

梓「あの、澪先輩」

澪「ん、どうした梓?」

梓「あの、あの…」プルプル

澪「……?」

梓「私…私…」

澪「………」

梓「うぅ……」

ダメです。やっぱり言えません。

澪「あ、少し寒かった?」

澪「もう戻ろうか。お風呂入ろう」

梓「……はい」

澪先輩に少し変に思われたでしょうか?

結果がどうなっても…とは思っていましたが、やっぱり怖いです。
私にはどうしてもその一歩が踏み出せません。

こんなに仲良く…二人だけで一緒に旅行しているというのに。
あのうさぎがくれたせっかくのチャンスだというのに。

・ ・ ・

そのあと、私たちはあまり会話もせずにお風呂を済ませて床に就きました。

澪「じゃあ消すぞ?」

梓「はい」

パチン

澪「おやすみ梓」

梓「おやすみなさい、澪先輩」

澪「………」

梓「………」

澪「………」モゾモゾ

梓「………」

澪「………」

梓「……クシュンッ」

澪「……寒い?」

梓「平気です」

澪「そっか」

梓「………」

澪「………」

梓「………」

澪「………」

梓「………」

澪「………」

梓「澪先輩」

澪「ん?」

梓「そっちに行ってもいいですか?」

澪「えっ…?」

梓「澪先輩の布団に」

澪「う、うんっ…別に構わないぞ」

梓「それじゃあ…」ゴソゴソ

梓「お邪魔します」

澪「ん……///」

梓「えへへ…///」

梓「澪先輩、暖かいですね」

澪「そ、そう…?」

梓「はい。澪先輩、ちょうどいい暖かさです」

澪「人を湯たんぽみたいに…w」

梓「ふふふ」

澪「………」

梓「………」

澪「今日は楽しかったな」

梓「はい」

澪「………」

梓「………」

澪「そうだ。なぁ、梓?」

梓「はい」

澪「私の事、“澪”って呼んでみてくれないか?」

梓「へっ…!?」

澪「“みお”って」

梓「よ、呼び捨てですか?」

澪「うん」

梓「でも…」

澪「お願い」

梓「は、はい……」

梓「えぇと……」

梓「み……」

梓「みぉ…」

澪「なぁに?梓」

梓「な!?うぅ…///」

梓「な、なんだかちょっとへんなかんじですね!;」

澪「あ、違う。それも変えてみて」

梓「え…?」

澪「な ん だ か ち ょ っ と…?」

梓「へんなかんじ、だよ…ね?」

澪「全然変じゃないぞ?」

梓「んん…///」

澪「そのまま」

梓「う、うーん…じゃあ…」

梓「オホンッ」

梓「み、澪…明日はどこ行くの?」

澪「どこに行きたい?」

梓「澪とならどこでも」

梓「でも、ちゃんと予定あるんでしょ?」

梓「明日はなんとか銀山?でした…だったっけ?」

澪「一応ね。生野銀山っていうんだ」

梓「生野銀山…」

澪「うん。生野銀山に“行くの”」

梓「ぷふっ…何言ってるのw澪」

澪「あはは、なんちゃって」

梓「澪ってそんなオヤジギャグ言う人だっけ…」

澪「そ、そう言われるとなんだかショックだな…」

梓「なんちゃって、えへへ」

澪「ふふふ。はぁ…やっぱり梓といると、楽しいな」

梓「…!」

梓「そう、かな…///」

澪「あぁ、とっても」

梓「ん……///」

澪「おやすみ、梓」

梓「おやすみ、澪」

ありがとう、うさぎ。
また一つ、澪先輩と仲良くなれた気がするよ。


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最終更新:2013年09月18日 22:05