(次の日。甘味処)


澪「ああ…ひさしぶりの外出に浮かれて、
  みたらし団子こんなに頼んじゃった」ウットリ

通行人1・2「」ギョッ

(みたらし10本ピラミッドを下からゆっくりと見上げて、一本持ち上げる)

澪「おっとっと、たれが零れそう、
  しっかり絡めて……」

通行人2「絡めて…」ドキドキ

澪「あむ!」

通行人1「食べた!!」

通行人2「」ゴクリ

澪「ああ…ひあわへ」ホワワーン

通行人1「何あれ可愛い」

通行人2「おい店主、みたらし団子おくれよ」

通行人1「あ、アタシにも頂戴!」

通行人3「俺も!」

通行人4「私も!!」


ガヤガヤ…


澪「何か騒がしいな……それにしても美味しいな、これ
  もう6本も食べちゃった
  ん? 何か詞が浮かびそうだぞ」

澪「“貴方と2人の甘い時間
   愛を絡めた みたらし団子”」

澪「…」メモメモ

澪「……うーん」

  (食べかけの団子を持ち上げつつ)

澪「良いとは思うけど、何か足りないな…こんどムギに相談

蕎麦屋「 食 い 逃 げ だー ! 」

(隣りの蕎麦屋から男が飛び出して澪の眼前を走り抜ける
 蕎麦屋の主人があとを追い、奇異の視線を向ける通行人にがなり立てる)

蕎麦屋の主人「あの野郎うちの蕎麦を食い逃げしやがった、つつ、
       捕まえてくれ!!」

澪「!」スッ

(澪、とっさに立ち上がり、食い逃げ犯と思しき男を追う)






食い逃げ犯「……くそっ、追手が増えやがった!!」

澪「は、は、ふ!」タタタッ

蕎麦屋の主人「はぁ…はぁ…待てぇこのやろぅ…」ゼエゼエ

澪(蕎麦屋の主人が遅れ始めてる…逃げ足が速いのもあって、ちっとも差が縮まらない
  まずいな……)

蕎麦屋の主人「…待ちやがれ……ちくしょう…」ハァ…ハァ…

澪(左手には食べかけの団子、竹串を使えば奴の足を止められる
  距離はおよそ3間※って所か、射程としては厳しいな…
  せめて2間※に縮められれば…!)
 ※3間(けん)=約5.4m
 ※2間(けん)=約3.6m

澪「フッ!!」タンッ

食い逃げ犯(なんだコイツ、急に加速しやがった!
      おっさんは振りまいたが、コイツは厄介だな
      ……!!)

(食い逃げ犯の前方に小さな女の子2人
 食い逃げ犯に気づかないのか、道の端で友達と手毬遊びをしている)

女の子1「♪てんてんてまりは」テンテン

女の子2「♪てんころり」

女の子1「♪弾んでお籠の

食い逃げ犯「…邪魔だどけぇ!!!」ドカッ

女の子1「きゃぁ!」ドサッ

澪「!!」

女の子2「大丈夫?」

女の子1「えへへ…擦り剥いちゃった」ジワッ

澪「…アイツ…!!」

(団子を抜き取り、竹串を構える)

澪(距離は未だ3間…構うもんか、ここで仕留めてやる!!)スゥ

ドカッ!!

食い逃げ犯「ぐあっ!!」ドサッ!

(食い逃げ犯、何者かに飛びつかれ、横に倒れる)

澪「…え?」

食逃げ犯「くっそ、離せこの野郎!」ジタバタ

信代「…! 子供泣かすような、人でなしに、…この! 聞く耳なんかないね!
   どんな事情があるのか知らないけど、謝るくらいしたらどうなんだい!」

(距離、2間半)

澪「信代!」

食逃げ犯「うるせぇ!!」ズン!

(信代の鳩尾を殴る)

信代「…グフッ!!」

(信代、耐えきれず身体を丸めるが、それでも男を離そうとしない)

信代「あや…まれよ…!」

食逃げ犯「…このガキ!!」

(食逃げ犯、信代に手をあげる)
(距離、1間半)

澪「…フッ!」ヒュンッ

ドスッ!!

食逃げ犯「がぁっ!!
     う、腕が…!!」

澪「信代、大丈夫か!?」

信代「み、お…」






(甘味処)

信代「…へぇ、じゃあアイツは食い逃げ犯だったのかい」モグモグ

澪「ああ、私と蕎麦屋の主人で追いかけてたんだけど、中々追いつけなくてさ
  信代が引き留めてくれたおかげで、助かったよ」お茶ズズ…

信代「ちょっと止めておくれよ、そんな大層な事をするつもりは無かったんだからさ
   …ただ」チラッ

澪「ただ?」チラッ

女の子1「このお団子おいしーね」モグモグ(右ひざに絆創膏)

女の子2「みたらし団子っていうんだよ」モグモグ

女の子1「へぇー、良く知ってるね、凄いなぁ」キラキラ

女の子2「そ、そうかな?」テレッ

女の子1「あ、照れてる」

女の子2「えへへ」

女の子1「ふふっ」

(信代、頬杖をつきつつ目を細める)

信代「……小さいころの妹が、あんな感じだったかな、と思ってさ」

澪「……」

信代「3つ下なんだけどさ、アタシに似ず器量良しなんだわ、これが
   母ちゃんに似たのかな、はは」

澪「」クスリ

信代「こないだ初めて里帰りの許可が下りたから、早速実家に帰ったんだけどさ、驚いたね
   たった3年見ない内に、すっかり大人びていたよ、しかも別嬪さんときた
   アタシの後ろをついて回っていたような娘が、ずいぶんと成長したもんだって思ってさ」

澪「…嬉しそうだね」

信代「そりゃあ嬉しいさ
   父ちゃんの居ない間は、あの娘が弟たちの世話をしていたんだもん
   いわば頑張った証さ、誇らしくないわけないよ」

澪「ふふ、そっか」

女の子2「あ、夕焼け」

女の子1「そろそろ帰ろうか
     あの、お姉さん」

澪「ん?」

信代「なんだい?」

女の子1「お団子、ごちそうさまでした!」

女の子2「絆創膏も、ありがとうございました!」

(女の子1、女の子2を見て、自分の膝を見る
 顔を見合わせて、クスクス笑う)

澪「はい、お粗末さまでした」

信代「困ったことがあったら、何でも言いな
   姉さん達が助けてあげるからね」

(女の子1・2お辞儀する)

女の子2「じゃあ、行こっか」

女の子1「うん」

(少し歩いて)

女の子1「」チラッ

澪・信代「ん?」(手を振りながら)

女の子1「」ペコッ

女の子1「」タタタ…

澪「……ふふっ」

信代「可愛いお辞儀だこと」

信代「……」

(信代、目を細めつつ見守るが、少しずつ悲痛な表情に変わっていく)

信代「・・・」

信代「……私も、頑張らないと、な」

澪「……信代?」

信代「」ハッ

信代「ア、アハハ、何でもない何でもない
   あ、そういえば買い物の途中だったんだっけ、急いで帰らないとさわ子さんに叱られるわ
   じゃ、また後でね」ガタッ

澪「お、おい、信代?」ガタッ

信代「あ、そうだ
   さっきの澪、格好良かったよ
   あの竹串でヒュッって奴」

澪「」ギクッ

信代「いやぁ、芸者ってのも奥が深いんだね
   あれも余興の一つなんでしょ?
   あとで教えてよ」

澪「あ、ああ、後で、ね」

信代「さあて、急げ急げ~」

タッタッタッ・・・


澪「……」ポツン

澪「…はああああ、
  危うくバレるかと思ったよ
  用心しよう、ホント」






タタッ

信代「あ、そうだ
   この間注文した反物、今日取りに行く約束だっけ
   ええと、確か」

(着物の衿から覚書を取り出す)

信代「ああ、やっぱりそうだ
   危ない危ない、忘れるところだった
   さっきので気が動転していたんだね、気をつけないと」

(無意識に胸元に手をやる
 あるはずの感触が、無い)

信代「……え?」

(衿をかき分けて、慎重に探す)

信代「……無い」

(焦りながら袂や帯周りを調べる)

信代「……無い」

(足元を入念に調べようとして、下げた頭が通行人にぶつかりそうになる
 よろけながらも、目線を地面から離さず探し続ける)

信代「……無い!」

(また胸元をさぐる)

信代「…お守りが…!」

(呼吸が少し荒くなり、身体が小刻みに震える)

信代「お守りが、無くなってる…!!」






(同時刻)

信代父「……」ザクッザクッ

信代父(苗の生育はおおむね問題ない
    質が落ちたせいもあってか種もみの量こそ減ってしまったが…
    土の乾き具合からして、そろそろ耕しても良い頃合いのはずだが、しかし)ザクッザクッ

信代父「」ペロッ

(土を舐める)

信代父「くっ……」ペッ!

信代父(駄目だ駄目だ、なんだこの土は…!
    こんなのじゃまともに米が育つはずがない
    どうしてこうなった……!!)

(あぜ道に座り込み、両手で顔を覆う    
 満開の枝が揺れて、信代父の右手に桜の花びらが張り付く
 信代父、指の隙間から隣りの麦畑を見やる)

サア…

(風にそよぐ麦の穂
 ほとんどが枯れ落ち、まばらな黄金色の畑
 枯らすまいと、子供たちが必死に手入れをしている)

信代父(春作※の麦も芳しくない…
    これも土が悪いからだ
    このままじゃ借金はおろか、生活することだって出来ない
    内職だって、とても追い付けるような稼ぎにはならん)
   ※春作:春にとれるように栽培した作物

(子供たちから顔を逸らし、呻くように呟く)

信代父「くそ、どうしたらいい、
    どうしたら……!!」

(桜の木に潜む人影)

男1「……」 




(その夜
 吉良酒造、吉良我ノ助邸の座敷
 庭に咲いた桜を眺めながら、杯を傾ける)

吉良「……それで、首尾は?」クイッ

男1「上々にございます
   あの一家には、もう支払う術はありますまい」

吉良「……」トクトクトク

男1「“例の案件”につきましても、すでに手筈は整っております」

吉良「奉行所の方は」グビリ

男1「抜かりはございません
   多少“騒がしく”なってもアチラは関知せぬようです
   あとは、旦那様のさじ加減一つで、如何様にも」

吉良「ふ……」グビ…

吉良「今宵は花見酒だ、お前も呑め」

男1「は……それでは、ご相伴にあずからせて頂きましょう」

(男1が杯を受け取ると、即座に酒が満たされる
 満開の桜が杯の上で波打つ)




(琴の調べと共に、杯を持つ人物が切り替わる
 同時刻、芸者小屋“桜が丘”のとある座敷)

紬「♪世界は贈り物 開けていいよね!」

紬「」♪シャララン シャララン

(客1、杯に映った桜を視界の端に入れつつ、杯を傾け相好を崩す)

紬「」♪シャララララーン

客1「……素晴らしい、また腕をあげたな」パチパチパチ

紬「お褒めにあずかり光栄ですわ
  でも、まだまだ至らぬ身にございます」ペコリ

客1「謙遜はよせ
   話に聴くと、その調べは自前で作ったそうではないか
   俺とて商いで成功した身分ではあるが、唄の才能はからっきしでな
   だからこそ、素直に尊敬しておるのだ」

紬「…おとうさん※も、お唄の経験が?」
 ※:客が経営者などであった場合の呼び名

客1「長唄を少々な
   ……だが俺には、実家の稼業を継ぐ方が向いていたようだ」クイッ

紬「人には得手、不得手というものが御座いますものね
  でもこうして、おとうさんと知り合えたのも、ご自信の実力と運があってこそ
  その僥倖に、運命を感じざるを得ませんわ」ギュッ

客1「」ムラムラッ

客1「む、むぎゅアーーっ!!」ガバチョ

紬「キャッ!」スカッ

客1「(軽く躱された、だと…!)くっ!」ガシッ

紬「アッ!!」

(客1、紬の腕を掴んで引き寄せる)

紬「おとう、さん……お戯れを」ニコッ…

客1「紬奴、俺を旦那※にせぬか?
   俺の廻船問屋はもうじき樽廻船問屋※になる
   あの吉良酒造の傘下だ、経営規模はますます広がっていくだろう
   お前1人面倒見るくらい、わけは無い」
  ※旦那:ここでは、芸者のパトロンを指す。旦那は、芸者を一生涯面倒を見なければならなかった
  ※樽廻船問屋:酒屋が廻船問屋を買収し、独自の輸送ルートを築き上げた

(客1、紬に唇を寄せようとするが、すぐに躱される
 紬、必死にもがくが、客1がしがみ付いて離れようとしない)

紬「…!ご冗談が、過ぎますわ、もう、おやめ、下さいまし」

客1「…俺の物になれ、紬!!」スッ

(紬の胸元に手を入れる)

紬「! この!!」サッ

ポキリ!!

客1「……え?」

(違和感に気づいて腕を引き抜く)

客1「」ダラリ

(右手が、手首に張り付くように折れ曲がっている)

客1「…! う、うわあああああ!
   手が! 手が! 折れ……!!」

ポキリ!!

客1「…!……て無い?」キョトン(手が元通り)

紬「……」スッ

客「…あれ? 今、確かに折れ…あれ?」アセアセ

紬「…おとうさん、さすがにお戯れが過ぎましたわね」

客1「」ビクッ

紬「“芸は売っても身は売らぬ”
  それが“桜が丘(ここ)”の、いえ芸妓遊びのお約束でございましょう
  よもや、それをお忘れになったと?」

客1「い、いや済まぬ
   何と言いますか、疲れてまして、はい」ビクビク

紬「まあまあまあまあまあまあ、樽廻船問屋のご主人ですものねぇ、大変ですわ~
  心身ともに、さぞかしお疲れの事でしょう、お察しいたしますわ」

客1「6回言った辺りからして皮肉にしか聞こえん…!
   い、いや済まぬ俺が悪かった」

紬「いえ、私も言い過ぎましたわ、申し訳ありません
  おとうさんをお持て成しするのがお仕事ですのに、私ったら…」

客1「紬奴…」ジーン

紬「ですから」ゴゴッ

客1「……ん?」

紬「私が責任を持って、おとうさんの身も心も癒してさしあげますわ
  私、按摩の経験もありますの」ゴゴゴ

客1「ちょ、紬奴?」ビクビク

紬「」スッ

パキパキパキッ

(紬、右手をかざしてゆっくり握ると、呼応するように骨が鳴る)

紬「……そう、死ぬほど良くして差し上げますわ」ゴゴゴゴゴ…

客1「ちょ、ちょっと止め、 
   ア、ア、」

客1「アッーーーーーー!!」ポキポキポキィッ!





(そのころ、別の御座敷では…)

♪ベベベベベベベーン(三味線の音)

唯「♪ま~どの サン~サも~デデレコデン~」

とみ(可愛ええ)

唯「♪は~れの サン~サも~デデレコデン~」グルグル

老人(可愛ええ)

とみ「…おや、線香が尽きたようだね
   もう時間かい」

老人「早いものじゃの、じゃあ唯奴や、また来るからの」

唯「はい、ありがとうございました!!」

老人(元気で可愛ええ)ウン

老人「…そうだ。唯ちゃんに、これをあげよう」スッ

唯「……へ?」




(玄関口)

唯「お気を付けてー!」

(老人2人が去ったのを見届けて、中に入る)

ガラガラ、ピシャリ

唯「わぁい、お小遣いまで貰っちゃった
  お見送りの、あの嬉しそうな顔といったら
  もうね、芸者冥利に尽きるよ」ホクホク

(座敷のふすまが開く)

ガラッ

唯「…あ、別のお客さん出てきた」

スッ

紬「表までお送りしますわ」

きれいな客1「ああ、ありがとう
       わざわざ済まないね」

(なんかオーラが白い)

きれいな客1「いやぁ、それにしても君は按摩も素晴らしいんだね
       憑き物が落ちたみたいに身体が軽い
       何か生まれ変わったような気分だよ」

紬「まあまあ、喜んでいただけて嬉しいですわ」

唯(あんなお客さんいたっけ…?)

きれいな客1「(唯を見つけて)お、君もお疲れ様
       がんばってね!!」白い歯キラッ

唯「」ペコリ

(お辞儀した後、きれいな客1の邪魔にならないように立ち去ろうとする
 紬が笑いかけ、唯も笑みで応える)

紬「……今度いらっしゃるときは、私のお友達を連れてきても良いでしょうか?」

きれいな客1「ん? それは構わないが、どうしてだい?」

紬「さっきの曲は、本当は私と、私の友達みんなで作り上げた物なんです
  私たち…5人の、曲なんです」

唯「ムギちゃん…」

唯「」ギュッ(俯いて三味線を抱きしめる)

紬「今は故あって4人になりました
  でもその4人で、もう一度、あの曲を演奏させては頂けないでしょうか?
  放課後茶会(ほうかごちゃかい)として、もう一度…!!」

きれいな客1「……」

紬「……」

唯「……」

きれいな客1「…分かった。その、“放課後茶会”とやらを指名すればいいんだな?」

紬「」パアッ

紬「ありがとうございます!!」ペコッ!

唯「……」






3
最終更新:2013年10月23日 12:21