(河川敷、静かに流れる水の音)

サアアア…

(等間隔で植えられた満開の桜が、月明かりで白く光りながら落ちていく)

信代「……」

(それをぼんやりと眺めながら、力なく土手に座り込む信代)


信代(…あのとき、落としたものだと思っていた)





(信代、回想)


食逃げ犯「くっそ、離せこの野郎!」ジタバタ

信代「…! 子供泣かすような、人でなしに、…この! 聞く耳なんかないね!
   どんな事情があるのか知らないけど、謝るくらいしたらどうなんだい!」





(回想終わり)


信代(女の子に毬を渡すまでは、確かにあったんだ
   私の胸元に、あのお守りが
   だから、落としたのは――)




(信代、回想2)


信代「…へぇ、じゃあアイツは食い逃げ犯だったのかい」モグモグ

澪「ああ、私と蕎麦屋の主人で追いかけてたんだけど、中々追いつけなくてさ
  信代が引き留めてくれたおかげで、助かったよ」お茶ズズ…


信代「ア、アハハ、何でもない何でもない
   あ、そういえば買い物の途中だったんだっけ、急いで帰らないとさわ子さんに叱られるわ
   じゃ、また後でね」ガタッ

澪「お、おい、信代?」ガタッ


信代「さあて、急げ急げ~」

タッタッタッ・・・


信代「あ、そうだ
   この間注文した反物、今日取りに行く約束だっけ
   ええと、確か」


信代「お守りが、無くなってる…!!」





(回想終わり)


信代「――あの辺りのはずだった
   食逃げ犯を捕まえて、団子屋へ立ち寄って呉服屋の近くまで
   だから、あの辺を隈なく探せば見つかると思っていた
   ……見つかれば良いと、思っていた」

(信代、下を向く)

信代「でも、見つからなかった
   見つかるわけが無いんだ
   おそらく、落としたすぐ後に拾われちまったんだろう
   …そりゃそうさ――」




(信代、回想3)


幼信代「…」ウロウロ

信代母「ほら信代ったら、少しは落ち着きなさいな」

幼信代「ねえお母ちゃん。お父ちゃんってば、まだ帰ってこないの?」ソワソワ

信代母「日も暮れたし、そろそろよ
    お父ちゃんの作る米はとても美味しくて売れるから、お米屋さんからも気に入られていてね
    付き合いも多くて、どうしても遅くなっちまうのさ」

幼信代「……」

信代母「そんな顔しないの
    ほら、待っている間にでも網目を整えておあげよ
    お父ちゃんに、見してやるんだろ」

幼信代「…うん!」イソイソ


ガラッ


幼信代「!」パアッ

信代父「…ふぅ、ただいま」

信代母「おかえり、あんた

幼信代「お父ちゃん、これ見て、これ!」タタタッ

信代父「…ん?
    これは…?
    ……………草履か!」

(幼信代、自慢げに鼻を鳴らす)

信代父「…信代、お前が作ったのか!?」

(信代父、信代母と顔を見合わせる
 信代母、微笑む)

信代母「…アンタが今履いている草履、ずいぶん草臥れちまっているだろう?
    この子ったら、お父ちゃんに恩返ししたいって、この前から練習していたらしいのさ」

(信代父、受け取った草履を見る
 網目は不ぞろいで、所々が荒く、ボロボロになっている
 涙ぐんだ信代父は、嬉しくてたまらない様子で相好を崩した)

信代父「……そうかぁ!
    偉いなぁ、さすがは俺の娘だ!
    お父ちゃんは凄く嬉しいぞ、ありがとうな!!」ナデナデ

幼信代「…えへへ」ワシャワシャ

信代母「…ふふっ」

(まるで宝物を見るように草履を掲げながら)

信代父「これは使うのがもったいないな!
    よし! 一生のお守りにしよう!!」

信代母「アンタったら親馬鹿だねぇ…
    せっかくだし、一度は履いて見せてみたらどうだい?
    それが見たかったんだろ、信代?」

幼信代「」コクコク!

信代父「いいや駄目だね親馬鹿で結構!!
    信代の気持ちを汚すなんて言語道断だ!
    枕元に飾って大切に保管するんだ文句は言わせねぇ!」

幼信代「……」シュン

信代母「ちょっとアンタ!!」

信代父「! ち、違うんだ信代そういう意味じゃない
    ただな、俺はお前の気持ちが嬉しすぎて履けないんだよ分かっておくれよ
    …そうだ!」ゴソゴソ

幼信代「……?」

信代父「これは、俺のお礼の気持ちだ」

(幼信代に一文銭を渡す)

信代母「これアンタ!(信代父の手を叩く)
    お小遣いで済ますんじゃないよ無粋な男だねぇ
    しかも、たった一文※かい」
   ※:簡単にいえば1円玉的ポジション
     現在の貨幣価値にして約16.5円

信代父「馬鹿! 子供に大金持たせたら危ねぇだろうが!!
    (信代の両腕を握る)
    ……いいか信代、
    俺は、お前の気持ちをとても大事にしたいと思っている

    履いた姿が見たいというなら見せてやりてぇ、
    でも、俺はこれを宝物にするって決めたんだ
    だから代わりに、俺がお前らの次に大切にしている物をやる
    これでお相子だ」

(幼信代、掌の一文銭をじっと見る)

信代父「それはな、お父ちゃんとお母ちゃんが一生懸命働いた、いわば汗と努力の結晶だ
    これで俺たちは飯が食えて、それなりの服を着れて、雨風凌げるこの家に住める
    言ってしまえば、俺たちの幸せの元なんだ」

(幼信代、信代父を見上げる)

信代父「確かに世の中、お金が全てじゃねえ。でもな、信代
    お金が無ければ、何にもできねぇんだ
    飯を食うことはおろか、ここに住み続けることだってできねぇ
    下手すりゃ家族4人、離れ離れになっちまうかもしれん」

信代母「アンタ…」

(信代母、自分のお腹に手を当てる)

幼信代「…そんなの、いやだよ」

信代父「俺だって嫌だ
    だからな、信代
    俺がお前達の次に大事な物を、お前にやるんだ
    本当は10両でも100両※でもくれてやりてえが、
    さすがにそこまでは裕福じゃねぇし、お前が危ない目に遭うかもしれん
    だから、これでお相子だ
    …分かってくれるな」
    ※:10両は一文銭4万枚に相当する
      また、100両は現在の貨幣価値に換算して約660万円

(幼信代、じっと信代父の顔を見つめる)

幼信代「……」

幼信代「」コクッ

信代父「…良い子だ」ナデナデ

(幼信代、一文銭を握りしめ、裁縫箱へと駆け寄る)

信代母「信代…?」

(赤い紐を取り出して、一文銭に空いた穴へと通す)

幼信代「…お父ちゃんがお守りにするなら、
    私もこれ、お守りにする」

(紐を結んで首にかける)

信代父「……信代」

幼信代「私、大きくなったら商人(あきんど)になる!
    一杯お金を稼いで、お父ちゃんとお母ちゃんを幸せにしてあげるんだ!」

(中島夫妻、目を丸くして顔を見合わせる)
(やがて、信代父が笑みを零す)
(信代母も、つられて笑う)

信代父「……ありがとうな
    お前は、自慢の娘だ」

(中島夫妻、幼信代を抱きしめる)

幼信代「…えへへ」

(嬉しそうに頬を緩めながら、胸元の一文銭を持ち上げる)

幼信代「お守り、御守り…」





(回想終わり、河川敷)

(信代、片手で顔を覆う)


信代「――道端で銭を見つけちまったら、アタシだって拾っちまうよ」

(悩ましげに顔を撫でる
(しばらくしそうしたあと、深いため息を吐いて顔を上げる)

信代「…まったく、何をやっているんだろうね私は
   たかだかお守りで、ここまで落ち込んでさ
   らしくないよ、まったく
   んで、買い物に遅刻して皆に迷惑かけちゃってさ」





(回想4)


ガラガラッ!

信代「すみません遅くなりました!!」

姫子「信代!」

さわ子「こんな時間までどこ行ってたの!」


さわ子「まあ、そんな日も偶にはあると思って、今回は大目に見るわ
    たぶん番頭も気づいてはいないでしょうし、私も知らないふりをする
    でも、それは普段の働きっぷりに免じての話
    次に同じような失態を演じたら、もう知らないふりはできないから、そのつもりでいなさい」


姫子「…信代、あとは私たちに任せて、もうあがんなよ」コソッ

信代「え…?」

いちご「…探し物、見つかったの?」

(信代、ゆっくりと首を振る)

しずか「じゃあ今からでも遅くないよ、私たちも後で手伝うからさ」





(回想終わり)


信代「……うう」グスッ

(信代の頬から涙が零れる)




(回想5)


借金取り「…おい中島ぁ
     ウチの酒屋から借りた50両、今日こそは、耳を揃えて返してくれるんだろうな」

信代父「! それだけは!! 娘だけは堪忍してください!
   借金は何としてでも返しますので、お願いします!!」ガバッ

吉良「土下座されても困るのですがねぇ・・・
   まあ、その想いに免じて、もうしばらくは待ちましょうかねぇ
   ただし、待たせて頂いた分の利息は頂きますが、ね」ニタリ

借金取り「返せなかったら、本当に売っぱらってやるからな
     覚悟しとけよ!!」

信代父「……っ」



信代父「……ありがとうな
    お前は、自慢の娘だ」





(回想終わり)


信代「うう、ぐす、ううううう」ボロボロ

(信代、大粒の涙を流す)





(回想6)


信代「・・・」

信代「……私も、頑張らないと、な」

澪「……信代?」





(回想終わり)


信代「えぐっヒック…あはは…
   何をやっているんだろうね、アタシは」ボロボロ

(信代、無理に笑みを作りながら両手で涙を拭う)

信代「いい歳こいて泣くんじゃないよ、みっともない
   アタシらしく、笑い飛ばしなよ、こんなこと、さ」ボロボロ

(拭っても拭っても、大粒の涙は止まらない)

信代「笑って…ヒッグ、
   …それから、どうすればいいのさ」

(信代、両手で顔を覆う)

信代「アタシの都合で皆に迷惑をかけて、アタシは何がしたいのさ」

(嗚咽で身体が揺れるたび、手と頬の隙間から滴が伝う)

信代「……罰が当たったのかな
   だから、お守りを落としちまったんだ
   アタシが、皆に隠れて――」


「――そう自分を責めるなよ」

(隣りから声がして、顔を上げるが、滲んだ視界で誰だか分からない
 眼をこすり涙を払うと、澪が優しく微笑んでいた)

(視点が切り替わり、2人を映す)
(澪、土手に腰を下ろす)
(襟元からから手ぬぐいを取り出し、信代の涙を拭きとる)

信代「…みお……」

澪「……ずいぶんと探したんだぞ、信代」






5