(芸者小屋”桜が丘”当主、沖山陽二の自室
 上座から沖山、堀込、さわ子、信代
 信代の眼前には、手鞠が敷き詰められた木箱が置かれている
 堀込、懐から作りかけの手鞠を取り出す)

堀込「これは、お前の部屋から見つかったものだ
   お前が作ったものに、相違無いな?」

信代「……はい」

さわ子「これだけの手毬を作って、どうするつもりだったの?」

信代「……それは…その」

堀込「正直に申せ
   最近、この町の童どもが、みな同じような手毬で遊んでおるのは、私も知っておる
   若い女中が手作りで売りさばいておると聞き及んで、まさかとは思っていたのだ
   信代、お前なのだろう?」

信代「っ…!」

堀込「答えろ!!」

信代「」ビクッ

ガバッ

(信代、土下座する)

信代「ど、どうしても実家の借金を返したかったんです!
   藪入り※の時に頂いたお小遣いでは到底足りなくて、少しでも稼ぎが欲しかったんです
   お許しください!!」
  ※藪入り:盆暮の帰省

(襖の外)

姫子「(…信代)」

澪(…そうか、だからあの時――)




(澪、回想)


女の子1「♪てんてんてまりは」テンテン

女の子2「♪てんころり」


食逃げ犯「くっそ、離せこの野郎!」ジタバタ

信代「…! 子供泣かすような、人でなしに、…この! 聞く耳なんかないね!
  どんな事情があるのか知らないけど、謝るくらいしたらどうなんだい!」


(回想終了)




澪(――あそこに、信代が居たんだ
  信代が女の子に手毬を売ったあと、私と食逃げ犯は出くわした
  でも、どうして信代はあそこに居続けたんだろう――?)

(沖山の自室)

沖山「……」

堀込「“奉公人は仕事を覚え、一人前になるまでは、仕事や勉強のみに専念せなばならぬ”
   ――それが、お前と私たちが交わした、初めての“お約束事”だったはずだ
   副業など、もっての他だ!
   それを破ってしまったお前を、もう此処に置いておくことはできぬ
   朝までに荷物を纏め、此処を立ち去るがいい」

信代「!!
   お約束事を破ったことは謝ります!
   ですが、此処を追い出されたら、もう私には行く所はありません
   立派な商人になるまでは、実家にも顔向けできないのです
   どうかお許しください!!」

堀込「ならぬ!
   商人とお客様は、約束事により成り立っておるのだ
   ひとたび約束事を違えれば、その客は二度と寄り付かん
   この世界では、約束事は絶対なのだ!」

信代「っ! うぅ……」

沖山「……さわ子さん。
   信代さんの、普段の仕事ぶりはどうだったのです」

さわ子「……」

(さわ子、信代の後方に回り、肩に手を置く
 沖山を正面から見据える)

さわ子「とても勤勉な子です
    少なくとも私は、この娘が怠けているのを見たことがありません
    どんな雑用でも率先して取り組むため覚えも速く、与えられた仕事は的確にこなしていました」

信代「……」

さわ子「その姿勢の所以は、家庭の事情から、というのが大きかったのかも知れません
    ですが、彼女の熱意と行動は、周りにもひしひしと伝わり、また良い影響を与えつつます」

(さわ子、ちらりと襖を伺う)

さわ子「私は、信代ちゃんの真摯な仕事ぶりを、高く評価しています
    確かに、信代ちゃんはお約束事を破りました
    掟に従えば、クビも当然かと思います
    ですが、私は、信代ちゃんに此処に居て欲しいと思っています
    彼女は、”桜ヶ丘(此処)”にとって、必要な人材です」

信代「さわ子、さん……」

堀込「……」

沖山「……」

さわ子「お願いします
    どうか今回ばかりは、見逃してあげて下さい」

(さわ子、頭を下げる)

信代「……! さわ子さん、そんな……!」

さわ子「責任はすべて、手代(てだい)※である私にあります
    どうか……!!」
   ※手代:丁稚の上司にあたる役職

堀込「……」

沖山「……堀込さん。
   貴方から見て、どうですかな?」

堀込「課した宿題は、どれも及第点でしたな
   確かに、手を抜いているようには思えぬ
   信代、お前はいつ手鞠を拵え、売りさばいておったのだ?」

信代「…少しばかり早起きをして拵えて、買い物の合間を使って売り歩きました」

沖山「材料はどこから仕入れたのです
   儲けは出たのですか?」

信代「……藪入りの時のお仕着せ※をそのまま使いまして、全て儲けにするつもりでした
   儲けは占めて、360文となります」
  ※お仕着せ:主人が奉公人に与える衣服

さわ子「な……!」

信代「沖山様のご厚意を踏みにじったことは、重々承知しております!
   申し訳ございません!」

堀込「……」

沖山「……その360文は、どうやって儲けたのですか?」

信代「……子供の小遣いで買えるように、1個あたり4文とし、3ヶ月程で90個売り上げました
   買い物のときに訪れた店の子供に手鞠歌を教えて、周りの子供たちの興味を引くなどすると、子供の方から寄ってくるようになりました」

(さわ子、堀込と顔を見合わせる
 堀込、腕を組む)

沖山「それで、借金には間に合いそうなのですね?」

信代「……いえ
   暮れの藪入りの際に50両と聞きました
   儲けは手鞠の360文だけですので、到底足りません」

(沖山の目つきが険しくなる)

沖山「ならば尚更、手鞠など売っている場合では無かったでしょう
   どうして、そのようなことをしたのです」

信代「そ、それは……」

沖山「……」

信代「次女に――妹に、よく作ってあげていたのを、思い出したからです」


(襖の外)

澪「あ…!」







(澪、回想)

信代「……小さいころの妹が、あんな感じだったかな、と思ってさ」

澪「……」


(信代、目を細めつつ見守るが、少しずつ悲痛な表情に変わっていく)

信代「・・・」

信代「……私も、頑張らないと、な」

澪「……信代?」

(回想終了)




澪(だから信代は、手鞠を売った後も現場に居続けた
  手鞠で遊ぶ女の子の姿に、昔の妹さんを重ねて見ていたんだ
  ……そういう事、だったのか)

(沖山の自室)

沖山「…よく分かりました
   中島信代さん、貴方を今晩限りでクビにします」

さわ子「! そんな、沖山様!」

信代「……っ」

沖山「やむを得ない事情があったとはいえ、“我々に相談もせず”約束事を破り、
   おまけに、またと無い儲けの機会を、公私混同によってフイにした
   はっきり言って貴方は、商人失格です
   私どもを欺いた責任をとるために、田舎に帰りなさい」

信代「あ…」

(襖の外)

姫子「な…!」

澪(幾らなんでもそんな言い方…!)ガタッ

ガシッ

姫子「(ちょ、ちょっと澪、落ち着いて!)」

澪「(でも、このままじゃ信代が…!)」




沖山「……ここに、60両があります」

(沖山の自室
 信代の目の前に、10両小判の束が6つ差し出される)

信代「え…?」 

堀込・さわ子「……!?」

沖山「確か借金は50両でしたね
   借金には利子というものがありますが、これだけあれば十分でしょう
   足りなければ、教えてくだされば出して差し上げましょう」

信代「!?」

さわ子「な…!?」

堀込「沖山さん、一体これはどういう…?」

沖山「どうもこうも。
   手代のさわ子さんと番頭の堀込さんが認めるほどの勤勉な人物で、
   与えられた仕事を効率的にこなし空き時間を作ってもう一稼ぎを行い、
   またひと月に30個ほどを売り上げるだけの努力と才覚を持つ有能な人材が目の前にいるのですから、商いをやっている者としては、放っておく馬鹿は居ないでしょう」

堀込「つまり、60両でまた信代を雇う、と…? いや馬鹿な!!」

信代「…!?」

堀込「信代は掟を破っているのですぞ?
   掟は絶対です、それは沖山さん、貴方にもだ」

沖山「ですから掟にしたがい、中島信代をクビにしたではありませんか
   “無断で約束を破り、しかも儲けに失敗した中島信代”には、今晩限りで立ち去って頂きます
   しかしながら目の前にいるのは、
   “実家の憂いを失くす事により、商売に専念するであろう、前途有望”な人材であるという事を、忘れてはなりません
   さぁ信代さん、60両をお納めなさい
   それで借金を返して、お父様を安心させなさい」

信代「………」

(信代、60両を前にして震える)

沖山「……信代さん?」

信代「…………よろしい、のですか?
   アタシなんかに、このような恩情を賜る資格など、あるのでしょうか」

(沖山、ため息を吐く)

信代「…え…?」

沖山「何か勘違いをしておられますな
   私は貴方に、責任をとれ、と申し上げたはずです」

信代「せき、にん…?」

沖山「左様。
   貴方は実家の借金が原因で、我々を欺いた
   ならばその禍根を断ち、我々に罪滅ぼしをする義務がある
   ただ、それだけなのです」

(襖の外)

澪「…」

姫子「沖山様…」

(沖山の自室)

信代「……」

(沖山、微笑む)

沖山「今夜はもう寝なさい
   しっかり休んで、朝になったら、お父様の所に顔を見せて差し上げなさい」

信代「…はい」

沖山「…受け取って、頂けますな」

(信代、涙ながらに土下座する)

信代「…頂戴、致します
   ありがとう…
   ありがとうございます
   ありがとう、ござい、ます…」





(同時刻、森の中を歩く服部一家)

服部の娘「……」ウツラウツラ

服部の妻「こら、こんな所で寝るんじゃないの」

服部の娘「母ちゃん、もう眠くて歩けない」

服部の妻「我慢なさい」

服部「いや無理もねぇ
   夕方少し寝たとはいえ、童に夜なべは酷だ
   ……家からは大分離れたし、森を抜けるのはしばらく掛かる
   ここいらで野宿といくか」

(服部一家、茂みの中に潜むように寝そべる)

服部の娘「…ねえ父ちゃん」

服部「なんだ?」

(弁当を取り出す)

服部の娘「…これ、少し分けてあげる
     父ちゃんの分、中島の小父ちゃんにあげちゃったんでしょ?」

服部「…ありがとうよ
   でも、父ちゃんはあんまり腹減らないから、大丈夫だ
   ソイツは全部、お前の分だ」

服部の妻「…」

服部の娘「…ホント? お腹空かないの?」

服部「ああ本当だ
   やばいと思ったらお前にお願いするから、心配すんな」

服部の娘「…うん…」

服部の妻「…アンタ」

(服部の妻、娘と夫を抱き寄せる)

服部「お、なんだなんだ?
   (妻の肩を叩く)
   大丈夫だ、俺が付いてる
   えぇ、借金がなんだ、夜逃げが何だってんだ!
   何があっても、こうして家族が3人いれば、ほら!」

(服部、妻と娘を強く抱きしめてうつ伏せになる)

服部の妻「きゃっ!」

服部の娘「あはは♪」

服部「どうだ、あったかいだろう?
   気持ちいいだろう?
   俺は、お前らがいて幸せだぞ?」

服部の娘「えへへ、私も!」

服部の妻「…///」

(服部、目を細める)

服部「……本当に、しあわせだ」



 ―― ザシュ。

服部「ぐあぁ…!」

(服部、悲鳴を上げて飛び上がる
 背中に、日本刀が突き刺さっている)

服部の娘「~~!!」

服部の妻「アンタぁ!!」

男1「…やれやれ
   借金を返さない挙句、夜逃げとは、見下げ果てた屑めが」

(服部、背中から血を流し脂汗をかきながら)

服部「き、貴様は…!」

(森の奥から、用心棒と思しき男たちが数名登場)

「へへへ…」

男1「夜逃げするような裏切り者には、相応の罰が必要だな」

(男たち、服部の娘と妻を捕える)

服部の娘「父ちゃん!」

服部の妻「アンタぁ!」

服部「お、おい止めろテメエらぁ!」

ザクッ!
(男1、這いつくばる服部に切りつける)

服部「があ”あ”あ”…!」

男1「安心しろ、女子供には傷を付けねえよ
   何しろ、こいつ等には別の使い道があるからな」

(服部、口から血を噴きだしながら呻く
 男たちに連れ去られる女子供の叫びが響き、遠ざかっていく
 男1、他の男たちに指示を出す)

男1「…そら、次は中島の所だ
   “夜逃した裏切り者”だ、存分に“懲らしめ”てやれ
   好き勝手やってくれて構わんが、女子供“だけ”には傷をつけるなよ?」

(暗い笑みを浮かべる男1を見て、服部が何かを察したような表情を浮かべる
 荒くれ者たちが笑い、男1について行く)

服部「…………逃げろ、………なかじま、さ…」


(暗転)


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