(翌朝、芸者小屋”桜が丘”勝手口)

さわ子「――はい、このあいだ受け取った簪のお代、2両と2千文で良かったかしら」

スッ

聡「……はい、確かに頂戴いたしました」

さわ子「わざわざゴメンなさいね
    こちらの手違いで、支払いを遅らせてしまったのに」

聡「ああいえ、”桜が丘”さんには普段からお世話になっていますから、このくらい気にしてないです
  他のお客さんに品物を届けに行く途中で、ついでに顔を出しただけだったので
  こちらこそ、催促してしまったようでスミマセン」アセアセ

さわ子「ふふっ、それなら、こちらも気にしていないわ
    田井中屋さんの簪、ウチの芸者衆では、とっても好評なのよ?
    お客さんの受けも良いし、またお願いするわね」

聡「…そ、そうですか……?///
  あ、ええと、コホン。
  こちらこそ、どうかご贔屓に」 

さわ子「…………」

聡「さわ子さん?」

さわ子「……ウチの芸者衆の中でも、特に桜の簪を気に入っている娘がいてね
    その娘が、貴方に”ありがとう”って言っていたわ」

聡「……!」

さわ子「……これからも、お願いしますわね」

(さわ子、微笑む)

聡「…はい。
  これからも、どうかご贔屓に」

(2人、微笑み合う
 雰囲気に当てられて、聡が照れる)

聡「! そ、そういえば、信代さんはどうされたんです?
  いつもは、信代さんが出てくるのにお姿を見かけませんけど」アセアセ

さわ子「ああ、あの娘なら……
    ちょっと”里帰り”に、ね」

聡「里帰り、ですか
  こんな時期に?」

さわ子「ちょっと訳ありでね
    …何、気になる?」ニヤニヤ

聡「え!?
  いやいや、そんなんじゃ無いですって!
  …むしろ俺は、さわ子さんみたいな大人の…///(ボソボソッ)」

さわ子「…んん?」

聡「」ハッ

聡「…ってうわぁあああ! 言っちゃったぁあああああ!!」ガバッ

(聡、赤面して頭を抱える)

さわ子「? 何を言っちゃったの?」キョトン

聡「(ホッ…聞こえてなかったか…)
  い、いやあのその、さわ子さんは信代さんの事、心配じゃないのかなって」ドギマギ

さわ子「ふふっ。そうね
    まぁ隣りの村だし、大丈夫じゃないかしら
    (あー、ガキからかうの楽しいわー)」ニコニコ

聡「…隣りの村って、あの農村ですか?
  最近、あまり良い噂は聞きませんけど」

さわ子「…どういう事?」

聡「何でも、酒屋に莫大な借金を吹っかけられて、夜逃げする農家が後を絶たない、とか
  あの村には、もう人っ子一人居ない、とか」

さわ子「……本当に? 困ったわね
    信代ちゃん、大丈夫かしら」

聡「…俺も最近向こうには行ってなかったんで、本当の所は分かりません
  噂には“尾ひれ”が付き物ですし
  丁度、他のお客さんの家と方角は同じですし、時間に余裕が出来たら寄ってみようかと思います」

さわ子「心強いわね、ありがとう
    でも、決して無理しては駄目よ?」

聡「はい! お気遣いありがとうございます
  それではまた!!」ペコリ

(聡、立ち去る)

さわ子「……健気で良い子ね、弟さん」

(物陰から律、登場)

律「…」





(昼、農村)

ザッザッザ…

信代「……おかしい」

(信代、60両の入った風呂敷包みを大事そうに抱えながら歩く)

信代「4ヶ月ぶりに帰ってきたのは良いけれど、どうして誰もいないんだい?
   田起こしの時期だってのに、誰も田んぼに居やしない
   みんな何処にいっちまったんだい?」

ガラッ

信代「……ただいま
   ……!」

信代「ど、どうして家の中が、がらんとしているんだい?
   父ちゃんたちは何処へ言ったんだい!?
   これじゃまるで夜逃げしたみたいじゃないか!
   ……まさか」

タタッ

ガラッ

信代「――服部さん!!」

信代「…いない!」

タタッ

ガラッ

信代「いない!」

(信代、中島家の土間に腰かける
 不安そうな表情のまま頭を抱える)

信代「…みんな、何処へ行っちまったんだよ
   アタシがいない間に、何があったって言うのさ
   まさか、村の皆が夜逃げした、とでも言うのかい」

吉良「――その通りだとしたら、どうします?」

信代「!?」

(吉良我ノ助、男1とその部下たち、玄関より登場)

吉良「貴方のお父さんとお隣の服部さんは、そろって夜逃げを企てたようです」

信代「よ、夜逃げだなんて、そんな…」

吉良「私の部下が昨晩、2人が夜逃げについて話し合っている所を、“偶然”見聞きしておりましてな」

男1「…」

吉良「困ったことに、私が金を貸すと、みんな“何故か”私の下から逃げ出そうとするのです
   金も返さずにそういう裏切り行為をされては、まったく、堪ったものではありませんな
   こちらとて気は乗りませんが、そういう連中は、懲らしめざるを得ないのです」

信代「…!!
   父ちゃん達に、一体何をしたのですか!?」

吉良「……」

信代「父ちゃんたちが金も返さずに、勝手に夜逃げしたのは謝ります!!
   ですが、お金は用意できました
   これでどうかご勘弁ください!!」

(信代、風呂敷包みを差し出す)

吉良「……」クイッ

借金取り「……」スッ

信代「……」

借金取り「…今日までの利子を含めて60両、確かに」

(信代、安堵のため息を吐く)

吉良「…驚きましたね
   これだけの大金、どうされたのです」

信代「奉公先の旦那様から、拝領※いたしました
   あのお方には、どれほど感謝すれば良いか」
  ※拝領:目上の人から物を貰う事

吉良「左様でしたか
   確かに、60両を頂戴いたしました
   これで、借金の件は帳消しに致しましょう」

信代「!!
   じゃ、じゃあ父ちゃんたちは…!」



吉良「――ただし、裏切り者への見せしめは、必要ですよね」

ガアン!! ドタン!!

(突然隣りの家から、振動と破壊音が響く)

信代「な…!
   これはいったい…!?」

吉良「借金と、我々を裏切ったことは、また別物です
   裏切った者からは、すべての財産を根こそぎ頂くことに致しました」

ゴン!! ドカン!!

吉良「夜逃げしたという事は、少なくともこの“土地”はいらんのでしょう
   ですから、それを丸々私どもが頂いた所で、文句はありますまい」

バキッ!! メリメリメリ!! 

吉良「…しかしながら、それでは懲らしめになりません
   土地を失ったところで、彼らは困らないのですから
   …ならば、あとは何を奪うべきか、答えは明白でしょう」

信代「あ…あぁ…」

吉良「――裏切り者が持っている金、家族、…そして自分の命」

(轟音と共に、壁に穴が開く
 中から、荒くれ者たちが飛び出してくる)

信代「…………それじゃ、父ちゃんたちは」

(荒くれ者たちが、中島家の壁を打ちこわし始める)

ドゴン!! ダン!!

吉良「ご安心なさい、妹さんと弟さん“は”無事ですから
   私の“資産”になったからには、存分に利用させて頂きます」

信代「…っ!!!」






(信代、回想)

信代父「…ん?
    これは…?
    ……………草履か!」

信代父「……そうかぁ!
    偉いなぁ、さすがは俺の娘だ!
    お父ちゃんは凄く嬉しいぞ、ありがとうな!!」ナデナデ

信代父「いいや駄目だね親馬鹿で結構!!
    信代の気持ちを汚すなんて言語道断だ!
    枕元に飾って大切に保管するんだ文句は言わせねぇ!」

信代父「俺だって嫌だ
    だからな、信代
    俺がお前達の次に大事な物を、お前にやるんだ

信代父「…良い子だ」ナデナデ

信代父「……ありがとうな
    お前は、自慢の娘だ」

(回想終了)






信代「~~~~!!!!っ」

ドン!! ガシャアアアン!!

(押入れのなかがぶちまけられる)

吉良「…おやおや、さすがに押入れの中まで荷造りする余裕は無かったようですな」

グシャア!!

男1「! オイやめろ暴れるな!!
   押入れの中の物で、金に換えられそうな奴は慎重に取り出すようにしろ!!
   ……ったく言われねぇと分からねぇのか、あの脳筋どもめ」

信代「ううっ!! ううううう!!!!」ワナワナ…

(押入れの裁縫箱がぶちまけられ、裁ちばさみが飛び出している)

信代「!!!!!」

(信代、駆け出してそれを掴み――)

信代「うわああああああああ!!!!」





借金取り「! このガキ!!」

ザシュ!!

信代「ア゛ア゛ッ!!」

カラン!

(信代、借金取りに切りつけられ、腕を押さえてうずくまる
 断ちばさみが手から落ちる)

信代「っ!」

吉良「……女子供には傷をつけるなと言ったはずだが?」

(借金取り、信代の首筋に刃をあてる)

信代「…くっ!」

借金取り「不可抗力でさ
     コイツ、旦那様をハサミで刺し殺すつもりだったんですぜ?」

信代「父ちゃんを殺したくせに、どの面下げて!」

吉良「ですからそれは、貴方のお父さんが――」

信代「暴利ふっかけて夜逃げ促して、何が不可抗力さ!!
   アンタから借りたのは、たったの5両じゃないか!
   不作が続いて返せなかったのを良いことに、1年で25両、2年で50両にも膨れ上らせやがって!!
   どう考えたっておかしいじゃないのさ!!」

借金取り「…んだと?
     それじゃあ、俺の計算が間違ってるってか!?
     ああ!?」

(借金取り、信代を顎から蹴り上げる)

ゴスッ!!!

信代「へぶっ!!!」

ゴン!!

信代「…か…は…、
   ころ、して…や…ぅ…」ガクッ

吉良「……」

借金取り「……床に頭を打ち付けて気絶しやがった」

男1「…旦那様、こ奴はすでに“桜が丘”の丁稚にございます
   連れて行った所で、余計な火種を生むだけでしょう
   騒がれても面倒です、ただちに殺してしまわれた方が得策かと存じます」

借金取り「そうでさ
     このガキ、目が覚めたら真っ先に旦那様を殺しにかかりやすぜ」

吉良「……」

(吉良、男たちに背を向ける)

吉良「……好きにしろ」

(吉良、その場を立ち去ろうとする
 借金取り、刀を構え信代に向ける)

男1「…コイツの始末はお前に任せる
   せめてもの情けだ、“親子共々、冥途へ送って”差し上げろ」

(男1、吉良に続いて外へ出ようとする)

借金取り「へへっ
     番頭さんも、粋なお方だ
     …んじゃま、時間も押していることだし、さっさとお引き取り願うとするか、ね!」

ヒュン!

(借金取り、刀を逆手に持ち替え、胸へと振り下ろす)

カン!!

借金取り「…あん?」

(玄関先から)

男1「…おい、どうした」

借金取り「いや、コイツの胸に何か――



「――旦那さまぁ! 早くお逃げください!!」

(ほっかむりをした男が、慌てて家の中へ駆け込んでくる)

吉良「……なんだ貴様は」

ほっかむりの男「ただの見張りでさぁ!!
        それより、騒ぎを聞きつけて、奉行所の同心さま方※が大挙して来やがったんでさ!」
       ※警察や行政を担当するお役人

男1「…なんだと?」

ほっかむりの男「村の入口まで来たところを説得して、どうにか追い返しやしたが、
        連中、まだ諦めていないご様子でした
        またやってくるに違いありません!
        ここは、一旦引き下がりやしょう!!」

(吉良、男1を睨む)

吉良「……話を付けたんじゃ無かったのか」

男1「…い、いやそのはずですが
   奉行所には高額の賄賂を回し、今日の打ちこわしも事前に伝えてあったのです
   わざわざ押し掛けてくるはずは…!」

ほっかむりの男「……」

男1「…おい。お前、見張りと言ったな
   誰に雇われた?」

ほっかむりの男「……っ!!」

吉良「……」

ガシッ

(男1、ほっかむりの男の胸倉を掴む
 荒くれ者たちが、その周りを囲む)

男1「……答えられぬか?
   もう一度聞いてやる、誰 に 雇 わ れ た ?」

ほっかむりの男「…っ…!」

(荒くれ者たちがほっかむりの男を羽交い絞めにする)

荒くれ者1「…へへへっ」

ほっかむりの男「……!!」

(荒くれ者1、男のほっかむりを剥ぎ取る)

グイッ!

聡「…くっ!」

男1「…(こいつ、何処かで見たような…?)
   おい。見張りにしては、随分と小便臭いな」

借金取り「ふっ」

荒くれ者たち「くっくっく…」

吉良「……」

男1「…今日の打ちこわしが騒ぎにならぬように、見張りを雇っていたのは事実だ
   顔を覚えられぬように、ほっかむりも渡した
   だが、俺はコイツを雇った覚えは無い
   お前らはどうだ?」

(一同、首を振る)

男1「…心当たりは無いそうだ
   なんだお前、ひょっとして、この娘を助けに来たとでも言うつもりか?」

(借金取り、口笛を鳴らす
 荒くれ者たちが噴出して笑い合う)

聡「……弥七さんに雇われたんでさ」

男1「弥七?」

聡「へぇ
  行商の帰りにこの村に寄りましたら、道端で弥七さんが腹を抱えて蹲っていたんでさ
  腹を抱えて脂汗を流しておりましたので、近くのお医者さまを勧めたところ、私に代わりをやれ、と
  医者に診てもらいたいのは山々だが、俺は見張りの仕事を抜けられない、バレたら殺される、と仰りまして
  ほっかむりに合わせて2両の小判を渡されたら、私も商売人の端くれ、引き受けざるを得ませんでした」

男1「…おい、今すぐ弥七を呼んで来い」

荒くれ者1「へい」

タッタッタッ・・

聡「……ここで見聞きしたことは、絶対に他言いたしませぬ」

男1「……信じると思うか?」

聡「私は、2両と引き換えに見張りの仕事を全うし、同心めらを確かに追い払いました
  それを、何よりの証拠として頂きたい」

(聡、袖の下を振り、財布を落とす
 借金取りが検め、中から2枚の小判を取り出す)

男1(…戯けが
    そんなでっちあげに、騙されると思って…)ハッ

聡「…」

男1(…そうだ、コイツは確か、“桜が丘”の……!)

タタタ…!

荒くれ者1「番頭様、弥七がどこにも居ません!
      きっとこのガキが何か――」

男1「――もう良い」

荒くれ者1「…は?」

(男1、借金取りから2両小判を受け取り、吉良と荒くれ者に見せつける)

男1「コイツの話は、真でしょう
   同心どもを追い払った実績もある
   金だけ受け取ってトンズラこいた弥七よりは、遥かに信頼できる奴だ」

吉良「……」

男1「恐らく、弥七はまだ、その医者の所に居るのだろう
   な?」

聡「はい
  見たところ、腎の臓を患っていたご様子
  ひょっとしたら、しばらくは帰れぬかも知れません」

男1「…ほう、医術の心得もあるのか
   ならば、あの娘の容体はどうだ?
   ……ほら、離してやれ」

(荒くれ者たち、聡を離す)

信代「」

聡「(信代さん……)
  ……右腕からの出血と、軽い脳震盪ですね
  いずれにせよ、致命傷では無いですが、放っておけば失血死するでしょう
  …旦那様、この娘の始末、私が付けてもよろしいでしょうか?」

吉良「…どうするつもりだ?」

(聡、手ぬぐいを取り出し信代の止血をする)

聡「腑分けして健康な臓器を取り出し、また別の人間に移植する、といった医術を研究している医師が知り合いにおりまして。
  生きたままの人間は、高く売れるのです」

吉良「…ほう、それは興味深いな
   私たちにも、その医師を紹介してくれぬか」

男1「旦那様、それは後にしましょう
   今は、逃げるのが先決です」

男1(本当に始末するもよし、
   “桜が丘”に保護させてもよし…か
   ククク…)




(一刻後)

聡(……連中はもう、村を出た頃だな…)

信代「」

聡(出血も収まっている…
  そろそろ、大丈夫そうだ)

(聡、信代を背負って外に出る)




(村の入り口)

聡「」キョロキョロ

聡「…見張りも、尾行も付かない、か
  随分と信用されたもんだな」ザッザッザッ

(聡、懐から簪を取り出す)

聡「」ピタッ

(聡、茂みをそっとのぞき込む)

聡「…はあーっ」

(視点、茂みの中
 男が、首から血を流し倒れている)

聡「……この簪、姉ちゃんにあげるつもりだったのになぁ…」






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最終更新:2013年10月23日 12:31