(夜、芸者小屋“桜が丘”)

(布団から半身を起して泣きじゃくる信代
 握りしめられた両手から、紅白の組紐がこぼれている)

澪「……」

信代「うあああ……!! っ! あああああっ……」

澪「――」

(澪、うつむく)




(回想、昼、勝手口)

ガラッ ピシャリ

澪「……」

(外の木陰に寄りかかる)

聡「……それで、信代さんはどうなったの?」

(木を挟んで反対側の聡が声を潜める
 聡の方を見ようともせず、澪が答える)

澪「和に診てもらって、まだ眠っているよ
  頭を強く打って気絶しただけらしい、しばらくすれば意識も戻るそうだ
  右腕の傷も大したこと無いってさ」

聡「……そっか
  良かった」ホッ

澪「……」

(澪、前を向いたまま背後へ手紙を投げ込む)

パサッ

(手紙は聡の足元へ落ちる
 聡は一瞥もしない)

聡「……」

澪「それで? 
  私をこんな所に呼び出して、何か用か?」

聡「……本当の事を話すよ」

澪「……“暴漢に襲われた所を、偶然居合わせて助けた”
  お前は確か、そう言ったよな?」

聡「……その“暴漢”は、吉良酒造だ」

澪「…」ピク

聡「吉良酒造の当主、吉良我ノ助が、
  信代さんのお父さんに莫大な借金を吹っかけて夜逃げさせたらしい
  それを大義名分に信代のお父さんを殺し、家も家族も、みんな奪おうとしていた
  信代さんは事実を知って逆上し――奴らに殺されかけたんだ」

澪「……っ!」

聡「吉良酒造はこの藩一帯を牛耳る豪商だ
  間違いなく奉行所にも手が回っている
  “桜が丘(ここ)”で、本当の事を言うわけにはいかなかった」

澪「……そう、か」(澪、頷く)

聡「……」ヒュッ

(聡、澪の方を見ずに巾着袋を投げ込む)

カチャンッ…

澪「……」

(足元に落ちたそれを、目だけで追う)

聡「…………
  “仕事”を、頼みたいんだ」

澪「……!!」

聡「殺(や)る相手は 澪「――やめろ聡っ!

聡「っ!」

澪「律は、どうするんだよ!?
  お前が頼み人と知ったら、律は絶対に悲しむぞ!
  お前は、“仕事人”じゃない
  裏稼業とはまったく無縁な、ただの飾り職人だ!!」

聡「……」

澪「……何年も昔のことで忘れてしまったのか?
  私たちは、お前を殺そうとしていたんだぞ!?」


さわ子「だからこそ、誰にもバレちゃいけねぇんだ
    “客”にも、“身内”にも、な
    “仕事”を見られちまったら、分かってんだうな」

律「……」グッ

律「殺す、さ
  それを含めての、“仕事”、だから、な」

澪(律…)


聡「でも、殺さなかったじゃないか」

澪「殺せるわけないだろう!!!
  あの律が、お前の喉元に刃を突き立てたままボロボロ泣いていたんだぞ!?
  私だって、実の弟みたいなお前を殺したくなかった!!」

聡(……知っているよ
  俺が目を覚ましたことにも気づかないくらい、大泣きしていたんだもの)

澪「だから完全に縁を切り、互いにしらを切り遠す、と決めたんじゃないか
  律は、私は、どんな想いでそれを守ってきたと思う!?」

聡「分かっているよそんな事! 俺だって辛いんだ!!」

澪「っ!!」

聡「……だから、分かるんだよ
  家族を殺され引き離された、信代さんの苦しみが!
  信代さんの恨みを、晴らしてやりたいんだよ!!」

澪(聡……!)

聡「“仕事”を、引き受けてくれよ、澪姉
  俺が“仕事”をした事を知られれば、姉ちゃんが悲しむ。
  当然、姉ちゃんにも相談できない。
  もう澪姉しか、頼める人が居ないんだ」

澪「……」

聡「……頼むよ、澪姉……」


(回想終了)





(夜、芸者小屋“桜が丘”)

澪「――」

(澪、顔を上げる)

信代「ううううう…!」ボロボロ

澪(……私だって信代の恨みを晴らしてやりたい
  このまま“仕事”を引き受けたって良いんだ
  冷静になれば何という事は無い、私が“頼み人”になれば、おそらく聡の事は伏せられるだろう
  でも、これで本当に、信代の恨みは晴れるのだろうか?)

澪「……」


さわ子「だからこそ、誰にもバレちゃいけねぇんだ
    “客”にも、“身内”にも、な

聡「……」

澪「……何年も昔のことで忘れてしまったのか?
  私たちは、お前を殺そうとしていたんだぞ!?」

澪「……っ」

澪(このまま黙って“仕事”をすれば良い
  そうすれば、少なくとも信代にバレる心配は無くなるだろう
  でも)

信代「ひっ、ヒグッ、う゛う゛う゛…」

(お守りを指でなぞる信代
 草臥れた一文銭に、真新しい大きな傷が入っている)

信代「父ちゃんが、アタシを守ってくれたんだ
   アタシは父ちゃんを守れなかったのに!!
   何も! 何もしてあげられなかったのに! っ! アタシだけが、こうやって生き延びて!!!」ボロボロ

澪(く……っ)

信代「アタシ、さ、ヒグッ、父ちゃんの敵(かたき)、討とうとしたんだ
   でも、駄目だった
   何も、何もできなかったんだよ」

澪「信代っ……」

信代「こんなアタシなんて、いっそ死んでしまった方が――!! 

澪「! そんなこと無い!!!」

(一瞬、部屋が静まり返る
 後を追うように、信代がわずかにしゃくりあげる)

信代「…………澪……?」

澪「……」ワナワナ


信代「はい、只今!
   …じゃね」


澪「……信代は!!」


信代「…お父ちゃんから貰った、初めてのお小遣いだよ」

信代「りっぱな商人になるって意気込んで“桜が丘(ここ)”に来たのは良いけれど、
   入りたての頃は、夜が来るたびに、実家が恋しくなって泣きそうになってた
   でも、あのお守りに触れていると、まるで父ちゃんが近くにいるように感じられて、安心して眠れたんだ」


澪「信代は、頑張っていたじゃないか!!」


信代「ど、どうしても実家の借金を返したかったんです!
   藪入り※の時に頂いたお小遣いでは到底足りなくて、少しでも稼ぎが欲しかったんです
   お許しください!!」


澪「実家を、お父さんを楽させようと一生懸命! たった独りで!!
  ちゃんと借金だって返したじゃないか!!
  それで何もできなかったなんて、嘘だよ!!」

信代「澪……」ポロッ

澪「……悪いのは、アイツ等だ
  信代の家族を、努力を、すべてを踏みにじったアイツ等を、私は絶対に許さない
  許すもんか……!!」ギリ・・・

澪「……」スウ

(澪、再び俯く
 目元に影が差し、雰囲気が変わる)

信代「……澪?」ゾクッ

澪「……信代。“仕事人”って知ってるか?」

信代「……しごと、にん?」

澪「“この世の晴らせぬ恨みを晴らし、許せぬ人でなしを消す”
  お白須では裁けぬ下手人どもを、代わりに裁く
  そういう裏稼業が、この町にもあるんだ」

信代「……どうして、それを……?」

澪(……そうさ)

澪「“私の知り合い”がね、“仕事人”なんだ
  信代が望むなら、“そいつ”に頼んで“仕事”を依頼することだって出来る」

澪(“仕事人”は、単なる殺し屋じゃない。
  何時だって、恨みを晴らせぬ弱い者の為にある。
  信代が救われなければ、意味が無いんだ)

信代「…………」

澪(バレたって、構うものか
  私が、信代を守ってやる)

信代「……それは、銭がいるのかい?」

澪「私が“頼み人”になる
  信代は、何も心配しなくていいよ」

信代「……」

(信代、両手を開いてお守りを見つめる
 再び握りしめると大きくしゃくりあげ、涙が零れる)

信代「……じゃあさ、」

ス…

(信代、澪にお守りの一文銭を差し出す)

信代「あたし、何もかも分捕られちまって、他に残ってなくってさ」

澪「……!
  でも、それは」

信代「これで、これを頼み賃にして、さ」グスッ

澪「――」グッ

信代「あたしと父ちゃんの恨み、晴らしておくれよ……」ボロボロ

澪「……」コクッ

(澪、目を閉じて、ゆっくりと頷く)

澪「……ああ」

(澪、信代の手ごと握る)

澪「必ず。
  必ず、晴らしてやるから」




(天井裏)

唯「ふんす、ふんす」ゴソゴソ

ネズミ1「ヂュッ!(お客さんだ!)」

ネズミ2「チューチュー!(こっつさ来るべ!!)」

(唯、両手を合わせ、掻き分けるように匍匐前進)

唯「ふんす、ふんす」ゴソゴソ

ネズミ2「チュー、チュチュチュ?
    (ど、どうすんだ? オラたち、何もお持て成しするもんねぇだよ)」

ネズミ1「チュチュッチュ
    (何、案ずるな
     俺様の一発芸を披露してやんよ!)」

ネズミ2「チュッ///(おお、頼もしいべ…)」

唯(あれ、あんな所にネズミが……)

ネズミ1(いくぜ、これが、俺の青春の集大成……!!)

ネズミ1( 荒 ぶ る 鷹 の ポ ー ズ ! ! )クワッ!!


唯「おお!?」

ゴチィンッ!!

唯「イダイッ!!」

唯「イタタ……
  よそ見したら柱に頭ぶつけちゃったや……」ヒリヒリ

ネズミ1「チュー…(ごめん……)」シュン

ネズミ2「チュッ……(格好えがったで、気にすんな)」ポン…


「――計画は順調でございます、旦那様」

唯「!!」スイッ

(両手を垂直に開いて、下の板に差し込む)

唯(あまり音を立てないように、そおっと…フンス!)カタン


(吉良酒造当主、吉良我ノ助の自室
 板をずらした隙間から、唯が覗き込んでいる
 カメラの視線を徐々に下げて、室内を映す)

男1「あの農村一帯は、明日一杯で更地になるようで
   すぐに大工を呼び寄せ、遊女小屋の建設に着手する予定です
   完成した暁には、この藩一帯より客が押し寄せる、大規模な遊郭街となりましょう」

吉良「うむ。
   完成すれば、この藩唯一の遊郭街だ。客は間違いなく来る」

男1「この町にはすでに芸者小屋がございますが、おそらく敵にもならぬかと」

吉良「“桜が丘”か
   ……しかしながら、沖山には呆れたものだ。
   遊女※も抱えずに、芸者小屋などと。
   本来、芸者は遊女が来るまでの場繋ぎでしかないのだ
   それどころか、水揚げ自体※をも禁じて、よく客が集まるものだと感心するわい」
  ※遊女:売春婦
  ※水揚げ:売春行為

男1「だからこそ、旦那様はそこに目を付けられた
   農村の不作に付け込んで多額の借金をふっかけ、そこの土地と人間を安く仕入れてくるとは
   いやまったく旦那様には敵いませぬな」

吉良「はは、私は大まかな指針を述べたに過ぎん
   具体的な計画を立てて実行したのは、お前では無いか。
   肥やしに薬を混ぜて不作を作り出すとは、恐れ入ったわい
   知らず肥糧として使った農家の田畑は、みるみる内に枯れていったのだ
   おまけに、連中の夜逃げを促し、それを大義名分に土地と人を根こそぎ持ってくるとは
   まこと、お前には感心するばかりだ」


唯「!」


男1「それもこれも、旦那様のお力添えがあったればこそ」

吉良「世辞はよい。
   遊女小屋の経営はお前に任せるつもりだ、しっかり頼むぞ」

男1「…は。ありがたきお申し出
   全身全霊を持って務めさせて頂きます」

吉良「うむ。
   ……そういえば、連れてきた連中はどうしておる?」

男1「地下牢に閉じ込めてございます
   服部の娘が多少騒ぎましたので、多少“躾け”ましたらば、たちまち大人しくなりました」


唯「!!!」


吉良「……あまり傷を付けてくれるなよ?
   奴らは、大事な“商品”なのだからな」

男1「無論、心得てございます
   遊女小屋が完成するまでに、あの者共を立派な遊女に仕立てあげてご覧にいれましょう」

吉良「期待しているぞ
   価値の無い農民どもも、こうして財になる
   見込める儲けがありすぎて、もはや笑いが止まらぬわ」

男1「はは、同感ですな」

吉良「くくく……」



唯「――」


(唯、そっと板をはめ直す 
 2匹のネズミが、逃げるように駆け出した)




(芸者小屋“桜が丘”、置屋物置
 一本の蝋燭が、仄かに室内を照らす)

唯「――」

(語り終えた唯が、静かに視線を落とす)

さわ子「……」

(さわ子の眼鏡が蝋燭の光を映す
 律が怒りで顔を歪ませる)

律「……アイツ等最初から、信代達から何もかもを奪うつもりだったんだな」

紬「……」

律「仕事も、金も、家も、そして――」

(一番奥に腰かけていた澪が、闇の中で顔を上げる)

澪「……」

律「――家族さえも……!!」ギリ…

紬「……連れて行かれた家族が心配ね
  様子はどうだったの?」

唯「地下室に閉じ込められてた
  女の子のほっぺに大きな痣が出来てた
  皆怯えていたよ」

(紬、悔しそうに眉根を寄せる
 さわ子、眼鏡を外す)

紬「可愛そうに……」

スッ

(闇の中から、澪が顔を出す)

澪「……」

紬「……!」

唯「澪ちゃん……」

(澪、赤い組紐が通された一文銭を卓袱台に置く)

律「……!!」

さわ子「……」

紬「これって……!?」

(さらに4枚の一文銭を重ねる)

澪「頼み人は、“中島信代”」

唯「……っ」

澪「殺(や)る相手は――」

律「……」

澪「――吉良酒造当主、吉良我ノ助と、その部下数名」

紬「……」

澪「そして、もう一つ仕事をお願いしたい」

(澪、5枚の小判をさらに重ねる)

澪「吉良邸に監禁されている、農家の家族を保護して欲しいんだ」

さわ子「――」

澪「――頼み人は、“中島信代”と、“私”だ」

律「澪……」

唯「澪ちゃん……」

澪「決行は明日の晩。
  吉良我ノ助と米屋の主人との酒席に、私が呼ばれることになっている」

(澪、さわ子に視線を送る
 さわ子、頷く)

さわ子「一昨日、“放課後茶会”で持て成した客からの依頼でね
    米屋の主人が、吉良邸に赴いて接待をするのさ
    一昨日に来たあの二人は、持て成す主人のご機嫌を取るべく、呼び寄せる芸者を吟味していた、といった所らしい」


 男2「それはよろしゅうございました
    特に、あの黒髪の娘…ええと、澪と申しましたか
    あの娘が一番人気でして、歌や琵琶の他に、三味線なども達者でございます」

 男1「なるほど
    あの娘で考えてみるか」


唯・澪「君は、傍に、居てくれた」


 男2「上手くいった暁には……」

 男1「分かっておる
    旦那様のお気に入りになれば、お前さまの米屋との取引が盛んになるであろうな」

 男2「……へへ
    よろしくお願いしやす」


さわ子「本当は翌週の予定だったんだけどね。
    先方から、急きょ明日の晩に来てほしいと言われたよ
    計画より早く進んで、予定が前倒しになった、といった所か」

紬「……それじゃあ、お米屋さんまでグルだったという事ですか?」

さわ子「まあ、間違いないだろうね。
    農家の、最大の取引相手は、あの米屋だ
    上手く連携を取らなければ、都合よく借金まみれには出来なかっただろうさ」

紬「――!」パキッ

澪「……明日の晩、米屋の主人が席を外した隙を窺って、吉良を殺(や)るつもりだ
  協力してくれる人は、このお金を受け取り“仕事”を引き受けてくれ」

唯・律・紬・さわ子「――」

(勇壮なシンセイサイザーの音色が流れ、ギターとドラム、ベースの音が重なる。
 BGM挿入:わかばガールズ「Answer」インストゥルメンタルバージョン)

律「―」スッ

(律、小判の山をかき分け、小判と一文銭を、1枚ずつ取り出す
 一文銭を見つめ、卓袱台に置かれたままの“お守り”にかざす)

律「――信代の恨み、晴らしてやろうぜ」

紬「りっちゃん…」

唯・紬「」コクリ

(唯、紬も同じく頼み賃を取り、赤い組紐の通った一文銭に自分の一文銭を当てる
 3人は頷き合い、そのまま退場)

さわ子「……」スッ

(さわ子、頼み賃を取り出し、小判を澪へ掲げる)

さわ子「家族の方は、私に任せな
    可能なら、“桜が丘(うち)”で保護すしてやるさ」

(さわ子、退場)

澪「みんな…」

(一枚の小判と、赤い組紐の通された一文銭が残されている
 澪、一文銭を掬いあげ、強く、強く握りしめる)

澪「……救ってみせる。
  信代も、家族も、何もかも」

(空いた方の手でロウソクの火を包み、吹き消す
 物置小屋、暗転)






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