(翌日、夜
 芸者小屋“桜が丘”、置屋勝手口の外)


梓「――唯先輩、こんな時間にお出かけですか?」

唯「あずにゃん…
  うん、ちょっと散歩に行こうかな、て」

梓「あ、あの!
  …私も一緒に、なんて―― 」 唯「すぐに帰るから、お留守番しててね」

梓「あ……」ビクッ

梓「ご、ごめんなさい」シュン…

唯「……」

唯「……ごめんね。あずにゃん」ダキッ

梓「……唯先輩?」

唯「最近、何かと忙しくて構ってあげられなかったもんね
  寂しかった?」

梓「……寂しくなんかないですよ」ギュッ

唯「ごめんね。私の我儘でこんな生活になって。
  本当は芸者を続けたかったんだよね
  皆と一緒に、演奏したかったんだよね?」ナデナデ

梓「……気にしてないです
  唯先輩といると、怒ることも多いけど、それ以上に楽しいんです
  演奏できないのは確かに寂しいですけど、それで先輩方との付き合いが無くなるわけではありません
  大切なものは、何も失ってないんです」

唯「あずにゃん……」

梓「私は、幸せですよ、唯先輩」

(梓、唯の胸元に顔を埋める)

唯「私も、幸せだよ、あずにゃん」

梓「…先輩?」

唯「皆といっしょに仕事ができて、
  家に帰れば憂の美味しいご飯が食べられて、そして」

(唯、梓の頭に唇を寄せる)

梓「…っ///」

唯「こうして、あずにゃんに口づけができる」

梓「…先輩」

(優しい顔をしていた唯の表情が、一瞬だけ曇る
 唯、梓を強く抱きしめる)

梓「ん……!」

唯「私は、幸せなんだね、本当に。
  いつ死んでも、おかしくないくらい」

梓「…唯先輩」

(梓、潤んだ表情で顔を上げる)

唯「なぁに、あずにゃん?……んっ!///」チュッ

梓「えへへ……大好きです///」

唯「……うん
  私も、大大好きだよ、あずにゃん」チュ

梓「ん//
  ……何ですか、それ」

唯「えへへ、ちょっとあずにゃんに対抗してみた」

梓「……ふふっ」

唯「……くふふっ」

唯・梓「あはははははっ」

(2人の笑い声が、月夜に弾けていく
 満月から少し離れた下弦の月が、見守るように佇んでいた)






(吉良酒造当主、吉良我ノ助邸)

(澪、三味線を弾き終える)

吉良「――良い演奏であったぞ、澪奴」

澪「……お褒めにあずかり、光栄にございます
  ささ、ご一献」トクトクトクトク…

吉良「うむ、……おっとっと」

(吉良、上機嫌で杯を傾ける)

男2「はは。旦那様は早速、澪奴がお気に召されたようで」

吉良「うぅむ。
   これほどの上玉が、“桜が丘”におったとはな
   礼を言うぞ、男2」

男2「嬉しいお言葉にございます
   旦那様に喜んでいただこうと、“桜が丘”の芸者を選りすぐった甲斐がありました」

吉良「“例の農村”の件といい、お前には、世話になりっぱなしだな」

男2「いやいや、こちらこそ
   不作の際に、“特別な便宜”を図っていただけたからこそ、ウチの米屋は今日までやっていけたのでございます
   恩返しすることに、何の不満がありましょうか?」

澪「……」

吉良「はは、口が上手いな、お前も。
   まあ、“良い酒”を造るには、“良い米”が不可欠だ
   持ちつ持たれつ、よろしく頼むぞ?」

男2「願っても無いお言葉!
   こちらこそ、どうかご贔屓に」

(男2、深く頭を下げる
 見えないように、男2が笑みをこぼす)

吉良「……それはそれとして、澪奴。
   先ほどの曲だが、もう一度聞かせてくれぬか?」

澪「かしこまりました」スチャッ

吉良「ああそうだ、灯りも消して、な」

男2「はて。灯りを、ですか?」

吉良「うむ。
   何やら月明かりの似合いそうな調べであったのでな
   障子越しに照らされる澪奴と三味線の調べを肴に、酒が呑みたいのだ」

男2「はぁ…
   いや何とも、趣のあることで」

フッ

男2「!?」

(行灯の火が消され、室内が暗くなる
 月明かりに半身が照らされた澪、ひっそりと笑う)

澪「……“おとうさん”も、お目が高い」

吉良「……ほう?」

澪「先ほどの調べは、私たちの“仲間”が夜を裂いて仕事をする、まさにその様を表した物
  その曲の名は――」


澪「――“夜霧を裂いて”、と申します」






(澪、三味線にて“夜霧を裂いて”※を独奏、以後BGMに)
 ※:新必殺仕置き人、殺しのテーマ

(“桜が丘”、置屋)

唯「……それじゃ、行ってくるね、あずにゃん」

梓「はい。
  ……明日は、早く帰ってきてくださいね?
  今日散歩に連れて行ってくれなかった、埋め合わせです
  唯先輩の好きなお菓子いっぱい作って、待ってますから」

唯「うん
  ごめんね、あずにゃん」ナデナデ

(唯、“桜が丘”を後にする)

梓「唯先輩……」

(梓、唯を見送った後、思い出したように顔を赤らめ、嬉しそうに置屋へと入る)





律「……」

(律、砥いだ簪の向きを指先で変える)

シュピン!

律「……」

スッ

(鏡の前に立ち、前髪に挿す
 鏡の中で、桜の枝葉を模した金色の装飾がチリリと揺れる)

律「……行こうか、聡」






菫「……お姉ちゃん、もう行くの?」

紬「戻ってきたら、お茶にしましょう
  久々に、菫の淹れたお茶が飲みたいわ」

菫「うん、わかった。
  準備しておくね」

紬「楽しみにしているわね、菫」スッ

(紬、菫の頬に触れようとして、躊躇い――

紬「……っ!」クッ

――その手を、引っこめる)

菫「……お姉ちゃん…」

紬「……それじゃ、すぐに戻ってくるから」

(紬、行こうとする)

菫「――お姉ちゃん!!」

紬「…菫?」

ギュッ

菫「私、お姉ちゃんの手、世界で一番好きだよ!!」

紬「……菫……」

ニコッ

紬「ありがと、菫」





(青白い月明かりに照らされて、澪が“夜霧を裂いて”を爪弾いている
 唇を引き結び、調べに合わせて身体を揺らし、垂れた前髪が目元を隠す)




(桜が丘町、河原)

(闇の中から唯が現れる)

唯「……」

(両脇の後方から律と紬が登場し、唯の後を追う)

律・紬「……」

さわ子「……」

(桜の木陰に潜んでいたさわ子
 眼鏡を外し、三味線を抱えている)

さわ子「……」スッ

(3人が通り過ぎたことを見計い、鷹揚な仕草で合流する
 散り始めた桜の花たちが、風に揺れてなおも花びらを散らしていた)





(澪の演奏が、終わる)

吉良「……」

男2「……」

(澪、行灯に火を入れる
 室内が明るくなる)

澪「……如何でしたでしょうか?」ニコッ

吉良「……! お、おお! 思わず見惚れてしまったわい
   いやはや、素晴らしいの一言しか出ぬ
   ……そうだ、今度芸者小屋を建てるのだが、澪奴も来ぬか?
   給金は弾むぞ?」

(澪、困ったように眉根を寄せる)

澪「……いえ、私は“桜が丘”の芸者ですので」

吉良「それは分かっておる
   今以上の給金を出そうでは無いか
   どれ、“桜が丘(むこう)”では幾ら貰っておるのだ?」

澪「……いえ。それほど高くはございません
  ほんの――」

ス…

澪「―― 1文、ほど」

(澪、赤い組紐の通った一文銭を掲げ、2人に見せる)

男2「……は、はぁ?
   たったの一文だと!?」

(澪の演奏が、終わる)

吉良「……」

男2「……」

(澪、行灯に火を入れる
 室内が明るくなる)

澪「……如何でしたでしょうか?」ニコッ

吉良「……! お、おお! 思わず見惚れてしまったわい
   いやはや、素晴らしいの一言しか出ぬ
   ……そうだ、今度芸者小屋を建てるのだが、澪奴も来ぬか?
   給金は弾むぞ?」

(澪、困ったように眉根を寄せる)

澪「……いえ、私は“桜が丘”の芸者ですので」

吉良「それは分かっておる
   今以上の給金を出そうでは無いか
   どれ、“桜が丘(むこう)”では幾ら貰っておるのだ?」

澪「……いえ。それほど高くはございません
  ほんの――」

ス…

澪「―― 1文、ほど」

(澪、赤い組紐の通った一文銭を掲げ、2人に見せる)

男2「……は、はぁ?
   たったの一文だと!?」

吉良「……からかっておるのか?
   たかが一文貰った所で、塵紙一枚も買えぬではないか
   そんな安い単価で、割に合う商売ではあるまい」

澪「……酒屋を始め樽廻船問屋、さらに芸者小屋など、さまざまな商いにて成功された“おとうさん”に、嘘は申しません
  この“仕事”は、一文で引き受けました」

男2「……信じられん……」

吉良「……。
   ならば、こちらは2両だ
   客の指名1回につき2両くれてやろう
   芸者としては破格の値段だろうが、お前なら、すぐに元が取れるだろう」

澪「……」

男2「ここは一つ、旦那様の顔を立ててみてはどうだ、澪奴。
   こんな傷だらけの薄汚い小銭しか貰えない小屋など、たかが知れておろう」

澪(薄汚い……!!)カチン!!

吉良「まぁ良い、酒席でこんな話は無粋だな
   急かすことはせぬ、考えておいてくれたまえ

   ……それより、もう一曲弾いてはくれぬか?
   まだ何か、あるのだろう?」

澪「……」スチャ



澪「――“冥土の鈴か、地獄花”」

(澪、三味線にて“冥土の鈴か、地獄花”※を独奏、以後BGMに)
 ※:必殺仕事人V、殺しのテーマ


男2「(――私、少々憚り(はばかり)※へ行ってまいります)」コソッ
  ※憚り:厠

(吉良、頷く
 男2、そっと部屋を後にする)





(吉良我ノ助邸、廊下)

男2「ふう…」

紬「……」

(紬、曲がり角で待ち伏せ)

紬「…」グッ

(紬、ゆっくりと右手を握り、骨を軋ませる

紬「――」パキパキパキッ!

(男2、曲がり角に差し掛かる)

紬「っ!」

グイッ!

男2「!!」

(男2を強引に引き寄せ、口を塞ぐ)

ダンッ

(そのまま、腕一本で壁に押し付ける)

男2「~~!! --!?」

紬「……」ギリギリ

(口を塞がれた腕を引きはがそうとするが、力が強すぎて敵わない)

紬「……」ス・・・

(紬、指2本をゆっくりと掲げ、)

ズブッ!!

男2「――っ!!」

(素早く、男の胸板に突き刺した)

(レントゲン画像。
 第2肋骨と第3肋骨との間に指を掛け――)

ゴリッ

(――そのまま、一気に引き摺り下ろす)

ゴキゴキゴキィッ!!!

男2「 !  」

紬「……」

ズボッ

(紬、指を引き抜く)

男2「……」

ドサッ

(男2はうめき声一つあげず、崩れ落ちた)

紬「――」




(吉良邸、庭
 桜の枝に腰かける唯)

唯「……」

(視線の先、千両箱を運ぶ借金取り1)

(唯、輪に括っていた黄色い三味線の弦を取り出す
 輪の軸に巻き付けていた先端を、ゆっくりと解く)

唯「……いくよ、ぎい太」

(弦の先端を咥え、引っ張る)

チュイイイイィ・・・

(輪を、借金取り1の方へ飛ばす)

パシュウ!!

キュン!

(弦が千両箱に巻きつく)

借金取り1「!?」

唯「ふんす!」グイッ!

借金取り1「お、おい!?」

(千両箱が、弦によって引っ張られる
 不意を衝かれた借金取り1が止めようとするも間に合わない
 千両箱が宙を舞う)

キュンッ!

唯「ふっ!」

(唯、枝を一本降り、より太い枝に着地する
 枝が支店となり、振り子のように揺れる千両箱)

ガチャンッ!! ガラガラガラッ

(桜の幹にぶつかり、中身がぶちまけられる)

借金取り1「誰だ! 誰か居るのか!?」

(借金取り1、刀を抜き周囲を警戒する)

唯「――」

(警戒しながら、桜の木の下へと寄ってくる)

唯「……」

(唯、別の弦を取り出す)

チュイイイイィ・・・

借金取り1「――」ジリ…

唯「――」

借金取り1「…!」ジリ

借金取り1「おい、貴様そこで何を――

パシュウ!!

キュン!

(弦が借金取り1の首に巻きつく)

借金取り1「んぐっ!?」

唯「ふっ!」

キュイイッ

(すぐさま弦を引っ張り上げる
 細い弦が首を締め上げる)

借金取り1「あ゛…! かはぁっ!!」

(借金取り1、堪らず刀を落とし、弦を取ろうともがく)

キュンッ!

借金取り1「あ゛あ゛…う゛、ああ゛…!!」

唯「……頑張って、ぎい太」

シュタッ

ギュイイ!!

(唯、木の枝から飛び降りる
 枝が滑車代わりになり、借金取り1の身体が浮き上がる)

借金取り1「あ゛あ゛あ゛…!!」

ギュウン!!

(枝に弦が擦れ、摩擦で煙が立つ)

唯「……」

(着地した唯
 背中ごしに、宙吊りの借金取り1)

借金取り1「~~~!! ~~~」

唯「――」スッ…

(唯、そっと弦に手を触れ、弾く)

ペンッ

借金取り1「!!   」ガクッ

(借金取り1、力尽きる)

唯「……」クンッ

(唯、弦を引き抜く)

プンッ

ドサッ

(借金取り1の身体が落下する)

唯「……ぎい太、お疲れ」

(2本の弦を優しく愛でる唯)

――グイッ

唯「!?」

(唯、いきなり首根っこを引っ張られ、後ろに転ばされる)

ドサッ!

唯「かは……っ!?」

グイッ

唯「!?」

(間髪いれずに、太く逞しい両手が、唯の首を締め上げる)

ギリギリ・・・

唯「か、は…!?」

(首ごと身体を持ち上げられて、もがく両足が空を切る
 両手から、三味線の弦が零れ落ちる)

荒くれ者1「ほう? その弦で、人を殺すのか」ギリギリ・・・

唯「あぁ…! う゛ぅ…!」ジタバタ

荒くれ者1「すぐには殺さねぇ
      ゆっくりと、時間を掛けて苦しめ…!!
      ふふ、ふふふふ……」ギチッギチッギチッ…!


(少し離れた所)

律「――唯!!」

(BGM変更、“暗闇に仕掛ける”)
 ※:新必殺仕事人、殺しのテーマ



唯「う゛ぁ…!」

荒くれ者1「ふふふ、ふはははは……」ギチギチッギチッ…!




律「――っ!」ダッ

(律、唯たちの方へと駆け出す)

タタタタッ・・・

律「―」シュッ

パサッ

(素早く簪を引き抜く
 髪が解け、前髪が下りて風になびく)

シュピン!

(指先で素早く向きを変える)



唯「……! ~っ!?」ガクガク



律「~っ! ――間に合えぇぇ!!」

(逆手に持ち、両手を添える)

荒くれ者1「くく……
      あん?」

(荒くれ者1、律に気付く)

荒くれ者1「―ふんっ」グッ!

唯「――っ!?」グルン!!


律「!?」


(荒くれ者1、唯を律に向けようと動かし始めた)

荒くれ者1「――へ…」ニタァ…

律「――っ(まずい! このままじゃ唯に…!!)」

ダンッ!

(律、とっさに飛び上がる)

パササッ

(留める物を失くした髪が空中で舞い踊る。
 斜め方向に加速した切っ先は、その距離を一気に縮め――)

ブシュッ!

荒くれ者1「――っ!?」

唯「――!」

(――間一髪、荒くれ者1の喉元を穿った)

荒くれ者1「う゛ぁ…!!?」

唯「――っ!」

ドサッ!!

(堪らず、唯が投げ出される)

唯「――――
  かはっ! ゲホッゲホッ!!」

荒くれ者1「~~!」

(律の手ごと掴み、引き抜こうともがく荒くれ者1に――)

律「……」

ズブッ

(――さらに深く、簪を押し込んだ)

荒くれ者1「――!!」

荒くれ者1「   」ガクッ

(荒くれ者1、崩れ落ちる
 BGMを終わらせる)

律「……大丈夫か、唯!?」タタッ

唯「けほっ、けほっ……
  ありがとう、りっ、ちゃん……」

律「……はああぁ……
  良かったぁ、間に合って」ホッ

(律、安堵で大きく肩を落とす)

唯「……うん
  ごめんね、りっちゃん」

律「なあに、気にすんなって
  だってコイツは――」

(荒くれ者1を見やる
 律、少しだけ声を落とす)

律「――元々、私の獲物だったんだからさ」






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