Cutlet Curry



SIDE:PORK



唯「大分涼しくなったよね~」

紬「そうだね~」


夜の十時。
唯と紬はオフィス街の大通りを歩いていた。

今日は夏休みが終わり大学が始まって最初の金曜日。
講義が終わった後二人はドーム球場へ野球を見に行った。



野球を見終わった二人は次の目的地に向けて散歩がてらのんびり歩いている。
当初は電車に乗って帰るつもりだったが駅までの道に野球観戦客がごった返していたので諦めた。
加えて球場のビール売り子と美味しそうに飲みだす客を見ていたら二人も飲みたい気分になり、
それなら朝まで飲んじゃえーという事になったのだ。
その場でビールを頼まなかったのは二人ともビールがあまり好きではなかったから。


唯「でもお酒が飲みたくなっちゃったんだよね」

紬「うんうん」

唯「ビールの売り子さん可愛かったなー。あとドームってすっっごく大きいんだね」

紬「私もびっくりしちゃった! 応援団の人達もすごかったわね」

唯「迫力あったなー」

紬「あっ!」

唯「どうしたの?」

紬「もしかしたら私達テレビに映ってたりして!」

唯「ハッ!? 誰かにテレビ録画しておいてもらえばよかった~!」


二人とも野球に興味があんまりない。
サークルの先輩からチケットを二枚貰った時に「あーあたし野球興味ないからパス」「私も野球はよく知らないから……」
となってドームで野球を見るのが夢だったりなんとなくわくわくした人がチケットを握っていた。


今二人が歩いている大通りはオフィスと時々大学や牛丼屋があるだけ。
夜遅くなるとオフィスの明かりが消えて人や車も少なくなるので都会の割には穏やかな景観だ。
街路樹の葉の色が落ちていく時期の夜は涼しい風が吹いていて散歩には丁度いい。
熱気溢れる応援にあてられた身体が程よく冷まされる。


唯「何食べようか? あーでもこの辺あんまり食べるところないね」


今探しているのは居酒屋ではなく普通の飲食店。
居酒屋で長時間飲み食いすると会計が跳ね上がってしまうので先に食べ物で腹を満たすという作戦だ。
腹を満たした後で少量のおつまみとお酒をちょびちょびいただくというお金に困っている学生ならではの可愛い(?)発想。
酒で腹を満たすという発想はこの二人にはまだない。



紬「うーん……あ! 私カレーが食べたい!」

唯「ムギちゃんがっつりいくね」

紬「あいむはんぐりー。ほら、あそこに黄色い看板が」

唯「カレーかあ……うんいいねえ。じゃあカレーに決定!」

紬「やったぁ」


紬の見つけたカレー屋はよくあるチェーン店で都会ではちらほら見かける店名だ。
暗く静まった通りに黄色い看板がよく目立つ。
店の前まで来て中を覗くと客は誰もいなかった。


唯「私達の貸切だね」

紬「わくわくっ」


店内に入りカウンターに座る。
この店のカレーはルーやライスの量、辛さやトッピングを自分好みに選ぶことができる。
唯がそれを教えてあげると紬は目を輝かせながら悩み始めた。


唯「何カレーにしようかなー」

辛さやトッピングの他に元のカレーにも様々な物があり、
豚しゃぶカレーやチキン煮込みカレー、他にもハンバーグやカキフライや納豆が乗っているものもある。

紬「いけない。私食べたいカレーがあったんだった」

唯「何カレー?」

紬「カツカレー!」

唯「カツカレー!?」

紬「何故だか最近とってもカツカレーが食べたくなっちゃって」

唯「なんとなくわかるけど……夜の十時過ぎてるよ? それに元々カレーなんだよ?」

紬「言わないで! いいの、今夜カツカレーを食べなかったら別の後悔が残るから……!」

唯「あ、うん、そうなんだ……」

紬「せめてルーはカロリー少なそうなのにしておこうかな。ビーフとポークだったらやっぱりポークの方がヘルシー……?」

紬「ハーフサイズはちょっと少ないかもだし……カレーちょっぴりライスたっぷりとか? うーん、いやでも」

唯「私はビーフの気分かな~。ムギちゃんがカツカレー食べるなら私もカレーにあげもの乗せよーっと」

唯「おあ、カニクリームコロッケカレーなんてものが!? 私これにするー♪」

紬「ぐ……!」

唯「ムギちゃん?」

紬「何でもない……何でもないの……」

唯「あ、うん、そうなんだ……」

唯「えっと、辛さはどうしようかな。クリームコロッケと歩調を合わせて甘口か……あるいはカレーならではのコラボで辛口に」

紬「そっか、私『5辛』っていうの経験してみたかったけどカツとの相性を考えるとあんまり好ましくないのかな」

唯「『5辛』は相当な大人味だと思うよ」

紬「辛さが増す分舌が麻痺してしまうからカツのおいしさが半減しちゃうかも……」

紬「となると『普通』か『1辛』あたり……やっぱり初めてのお店だしまずは『普通』の辛さにしようかな」

唯「よし決めた!」

紬「私も。すみませーん、カツカレーお願いします。はい、普通で、ポークで」

唯「えっと、カニクリームコロッケカレーでルーはビーフでライスと辛さは普通で」

唯「あとトッピングでカニクリームコロッケ追加して下さい」

紬「!?」

唯「えへへ、節約するつもりだったんだけどつい頼んじゃった☆」

紬「ぐ……!」

唯「ムギちゃん?」



暫くして湯気の立つ美味しそうなカレーがやってきた。
パリパリのカツに少しルーがかかっていて食欲をそそるカツカレー。
それより少しだけ色の濃いビーフカレーの上に丸い揚げ物が四つ並ぶカニクリームコロッケカレー。


唯紬「いただきまーす」


二人とも揚げ物が乗っているので福神漬けは乗せずに召し上がる。



紬はまずルーとごはんを口に運んだ。
アツアツホカホカだったので口をはほはほさせながらカレーを味わう。
程よい辛さにしたのは正解で、家のカレーとも寮のとも違う新しい味に心が踊る。
料理は作り手によって味が変わるがカレーはそれが顕著に現れる。
辛さ、スパイス、こく、具、水分の量による水っぽさ加減等により同じカレーであっても好き嫌いが別れたり。

紬が以前食べたカレーの中にはそれこそカツが乗っていなくても3500円するようなものもある。
対して今食べているカレーはカツがついて700円なのだが紬にとっては新鮮な味のカレーだった。
家の味や高級洋食店とはまた違った味なのは当然で、それが個性であり長所。
誰が何と言おうと今紬は美味しさを感じている。
『おいしい』は一種類じゃない。
カレー屋のメニューやトッピング、それを上回る作り手やお店や家庭の数だけ『おいしい』があるのだ。


一口食べた瞬間にカロリーと体重の事を綺麗に忘れた紬はメインとも言えるカツに着手した。
ルーのかかっていない部分にスプーンを差し込むとサクサクッといい音がした後に弾力のある肉厚を感じる。
それをルーと一緒に頬張った。
辛すぎないカレールーのおかげでカツの味がダイレクトに舌を刺激する。
定食屋や自宅のおかずでカツが出てきたらカレーソースをかければいいんじゃないか
と思える程カツとカレールーの相性は良く、後続のごはんが加速する。
カツとカレーとごはん。
食事している時刻も相まって重みのあるボディブローのような一撃。
カロリー的にはノックアウトだが銀のスプーンが止まる事は無かった。
蓄積される辛さと熱さから額に汗を浮かべて夢のコラボレーションを食べ尽くす。



一方カニクリームコロッケカレーを食べる唯。
ポークとビーフってルーの味どのくらい違うんだろう。
でもチキンカレーもいいなー。
チーズトッピングもおいしそうだなー。
ああーカニクリームコロッケおいしいなーと思いながら幸せそうにもぐもぐしている。


唯紬「うまー……///」


最後に水を一気に飲み干して


唯紬「ごちそうさまー」


二人ともいっぱい満足して店を後にした。
街路樹がなびいて再び火照った身体にそよ風。
満たされて気分のいい二人は飲み屋へ向けてゆっくりと歩き出す。



紬「お腹いっぱいになっちゃった」

唯「私もー。なんだか眠くなってきたかも」

紬「だめよ~。今食べた分はちゃんと燃焼してから寝ないと」

紬「飲み屋さんまできっちり歩いて、それから飲みながら燃焼するの! あ、もうちょっと回り道したり……?」

唯「あ、うん、そうなんだ……いやそれはちょっと」

唯「それよりカレー美味しかったね」

紬「うん、カツカレーにしてよかった~。みんなに自慢しちゃおう」

唯「カニクリームコロッケもおいしかったよー。あ、カツと交換してもらえばよかった」

紬「そっか、食べるのに夢中で気付かなかったわ」

唯「ムギちゃんの食いしん坊めー」

紬「唯ちゃんだってコロッケ追加までしたくせにー」

唯「えへへっ」

紬「うふふ」



腹ごなしもかねた居酒屋探しを再開する。
カレーを食べてさらにテンションの上がった二人の会話はどんどん盛り上がっていく。
その勢いで色々と突っ込んだ話をしようとして、でもこの話はお酒を飲みながらだなと思い留まる。
夜の静かな街を散歩しながらお喋りもいいけれど甘いカクテルで割りたい話もあるのだ。

大通りから脇道へ逸れると学生に丁度良さそうなチェーン店の居酒屋が見つかった。
チェーン店の割には落ち着いていて味のある雰囲気を醸し出している。
二人は店先にあるメニューを見てこの居酒屋で飲み明かす事に決めた。


紬「オムそばっていうのがある! わぁい焼きそばが包まれてる!」

唯「え゛っまだ食べるの!?」

紬「そうよね……これ以上は流石に……やきそばぁ」

唯「ま、まあ夜は長いからね。おつまみとしてちょっとずつ食べれば……」



紬「そうよね! 『勝つ』カレーを食べたんだもの! 体重計になんて負けないんだからっ」

唯「誘惑に負けてるよムギちゃん」

紬「大丈夫、カツカレーで総裁にだってなれるもん!」

唯「おわームギちゃんもう飲んでるみたいだね!」

紬「さぁ行くわよ唯ちゃん、今夜は話したい事が沢山あるんだから!」

唯「おぅ! 私もあるよっ!」


喝を入れて居酒屋へともつれ込む。
じっくりコトコト煮込んだ話は甘口だけどちょっぴり辛い。

二人の夜はまだまだこれから。
カツカレーが食べたい。



SIDE:PORK END



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最終更新:2012年10月18日 21:43