パルプ・フィクション(Pulp Fiction):質の悪い紙に印刷された、くだらない内容の安物雑誌





SCENE. 1 【午後12時30分】 ~3年2組の教室~

風子「Sono giapponese. Amo la cucina itliana」ブツブツ

英子「……」モグモグ

風子「Posso Mangiare queste pesce crude? Si,certo. Le mangono tutti in giappone」ブツブツ

英子「……?」モグモグ

風子「L'italiano e' difficile e non devi essere impaziente. Chi va piano, va sano e va lontano」ブツブツ

風子(よーし、これなら完璧! ……だと思う)

英子「……風子、どうしたの? お昼ご飯も食べずに勉強なんかして」

風子「え!? う、うん、あのね…… イタリア語が喋れるようになりたいの。“発音が悪い”って
   言われて、すごく悔しかったから……」

英子「そうなの。努力家ね、風子は」

風子「そんな事無いよ。負けず嫌いなだけ」

英子「ううん、向上心のある努力家だと思うわ。それが風子の偉いところね」

風子「もう、くまさんったら」

英子「フフッ、頑張って」

風子「うん! あっ、そうだ…… ねえねえ、くまさん」

英子「何?」

風子「今日、学校終わったら寄り道しない? 新しいレストランがあってね。カフェも兼ねてて、
   少し高いんだけどミルク・シェイクが美味しいの」

英子「あら、いいわね」

風子「じゃあ、なっちゃんと和ちゃんにも声掛けとくよ。皆で行こう!」

唯&律「おかあさーん!」ドタドタドタ

英子「あらあら。二人とも、そんなに慌ててどうしたの?」

唯「お願い! 5時間目の数学の宿題、見せて!」ヒシッ

律「澪が意地悪だから見せてくれないんだよー!」ダキッ





SCENE. 2 【午前7時15分】 ~姫子の自宅~

テレビ『容疑者の白人男性は“Pussy Wagon”とペイントされた黄色の車に乗り、パトカーの
    追跡を振り切って――』

姫子妹「うわー、この外人さんのアゴ、お尻みたい」

姫子「ふわぁあ…… おはよう……」

姫子妹「おはよー」

姫子「眠い…… だるい…… しんどい……」ボーッ

姫子妹「低血圧って大変だね」

姫子「んー、まあね…… っていうかアンタ、こんな時間なのに何を呑気にテレビ観てるのよ。
   パジャマのまんまだし」

姫子妹「だって今日は開校記念日だもん」

姫子「ええっ? あ、そっか…… ママは? まだ寝てるの?」

姫子妹「ママ、今日は夜勤。昨日言ってたじゃん」

姫子「ああ、そうだったね。はぁ、パン焼こ……」ガチャン ジジジジジ

姫子妹「ねえねえ。お姉ちゃん、今日はコンビニのアルバイト無いんだよね?」

姫子「うん、無いよ。あれ? 牛乳、もう切らしちゃってたっけ? 買ってこなきゃ」

姫子妹「約束だからね。ゆで卵入りハンバーグ」

姫子「わかってるよ。ちゃんと作るから。その代わり、夕食までに宿題をキチンと終わらせる事。
   それと、宿題が終わるまでDSはしない事」

姫子妹「はいはーい」

姫子「“はい”は短く一回」

姫子妹「はい」

姫子「よろしい。ふわぁあ…… おっと、パン焼き過ぎちゃう」ジッ チーン





SCENE. 3 【午前10時20分】 ~3年2組の教室~

キーンコーンカーンコーン

唯「ん~、二時間目終わりぃ~」ノビー

姫子「あ、唯。ちょっ――」

さわ子「平沢さーん。ちょっといいかしらー」

唯「はーい、なーにー?」タッタッタッ

姫子「あー……」

姫子「ま、いっか…… “誕生日おめでとう”なんて、いつでも言えるよね」

姫子「ん? ケータイに着信……?」ピッ ピッ

姫子「……店長だ。どうしたんだろ。折り返してみよ」ピッ

トゥルルルルル トゥルルルルル ガチャッ

店長『立花さん!? 良かったー! 掛け直してくれてありがとう!』

姫子「ど、どうしたんですか?」

店長『いや、それがね、今日のシフトなんだけどさ、松井は熱出して寝込んじゃうし、
   まこっちゃんはバックレちゃうし、俺は外に出なきゃで、もう絶望的なんだよ!
   頼む! 立花さん! ヘルプ入ってくんないかな!?』

姫子「ええっ……? きょ、今日ですか? 今日はちょっと……」

店長『頼む! 一生のお願い! もう立花さんしか頼れる人がいないんだよ! 入れる範囲で
   いいからさ!』

姫子「うーん、でも……」

店長『お願いだよ! 今度本社に睨まれたら俺ヤバいんだ! 頼むよ!』

姫子「……わかりました。ホントに今回だけですよ?」

店長『ありがとう! さっすが立花さん! 本当にありがとう!』

姫子「じゃあ、学校終わったら行きますから」

店長『ありがとう! 待ってるよ! じゃあね!』ガチャリ

姫子「ああ、もう…… 私ったらホントお人好しだ…… 部活も休まなきゃだし……」ゲンナリ

姫子「ああ、あの子に連絡しなきゃ。怒るだろうな……」ピッ

トゥルルルルル トゥルルルルル ガチャッ

姫子妹『もしもし、お姉ちゃん? どしたの?』

姫子「うん、あのね…… 急にバイトが入っちゃって…… 悪いんだけど今日は晩ご飯先に
   食べててほしいの。あの冷凍の作っておいたやつ。ごめんね」

姫子妹『えっ!? 今日はハンバーグ作ってくれるって約束したのに! ひどいよ!』

姫子「うん、そうなんだけど…… どうしても入らなきゃいけないの。ホントにごめんね。
   必ず埋め合わせはするから」

姫子妹『うそつき! お姉ちゃんは約束やぶるんだ! うそつき! うそつき!」

姫子「ホントにごめん…… でも、嘘を吐いたワケじゃないの……」

姫子妹『うそつきだよ! ううっ、ぐすっ…… お姉ちゃんのうそつき!』

姫子「……」

姫子妹『うそつき……! ひっく……』

姫子「……ねえ、聞いて」

姫子妹『ぐすっ、なによぅ……』

姫子「ウチはパパがいないし、ママも仕事でいつも忙しい。私も私立なんか行っちゃって迷惑を
   かけてると思うから、なるべくバイトで家計を助けようとしてる。そのせいでアンタに
   結構寂しい思いをさせてるのに、アンタはあんまりワガママを言わないし、家の中の事も
   よく手伝ってくれてるよね。すごくいい子だよ」

姫子妹『……』

姫子「その意味も、アンタの気持ちも考えず、私はこう思ってたの。“何だかんだで妹がいい子に
   育ってるのは、姉である私が母親の代わりに面倒を見てるから。こんな家庭環境だけど、
   私は姉として捨てたもんじゃない。ううん、それどころか出来た姉なんじゃないの?”って」

姫子妹『……』

姫子「私は“いいお姉ちゃん”。そう信じていたかった……」

姫子妹『……』

姫子「でも、それは現実じゃない。現実は、小学生との約束も守れないようなダメなお姉ちゃん。
   口うるさくて、怒ってばかりで、嘘吐きで、妹の好物も作ってやれない。こんなんじゃ、
   嫌われて当然だと思う」

姫子妹『……』

姫子「でもね、努力はしてる。“いいお姉ちゃん”になろうと、一生懸命努力してるの」

姫子妹『……』

姫子「言い訳だね…… 本当にごめんなさい……」

姫子妹『……もういい』ガチャッ ツーツー

姫子「……」

よしみ「姫子、どうしたの? 早く理科室に行かなきゃ遅れるよ」

姫子「……うん、今行く」





SCENE. 4 【午後9時30分】 ~姫子がバイトしているコンビニ~

姫子「レシートはよろしいですか?」

男性客「あ、いいです」

姫子「ありがとうございましたー」

バイト学生「立花さん、店長から電話」

姫子「はーい」タッタッタッ

姫子「はい、立花です」

店長『あ、立花さん。お疲れ様ー』

姫子「あのー、まだ戻って来れないんですか? 私、そろそろ上がりたいんですけど」

店長『いや、それがさ…… またちょっと立花さんにお願いがあるんだよ……』

姫子「な、何ですか……?」

店長『こっちが全然終わんなくてさ。10時以降も俺が戻れるまで、あともうちょっとだけ、
   立花さんに頑張ってほしいんだけど……』

姫子「あのー…… 一応、聞きますけど、それって違法になるのは店長わかってますよね。
   私、18歳未満ですし……」

店長『わかってる! 記録に残せないのもわかってる! 給料として出せないのもわかってる!
   わかった上でのお願い!』

姫子「いや、もう無茶苦茶言ってますよ。店長」

店長『10時前にタイムカード打ってさ! 10時以降の分は俺のポケットマネーから出すから!
   残業手当としてちょっと色付けるから! お願いね! 頼んだよ!』ガチャッ ツーツー

姫子「え!? あ、ちょっと! 店長!」

姫子「んもう! マジありえない!」

姫子「とはいえ、ここで私が帰っちゃったら、もう一人の大学生さんだけになっちゃうし……」

姫子「店長が戻ってくるまでは頑張るか……」フゥ

ウィーン

姫子「あ、いらっしゃいませー」

女子中学生「……」スタスタスタ

姫子(おっ、あの子の制服、私がいた中学と一緒だ。後輩かぁ)

女子中学生「……」スタスタスタ ピタッ

姫子(塾帰りかな。遅くまで大変だね)

女子中学生「……」キョロキョロ コソコソ

姫子(ん……?)

女子中学生「……」コソコソ サッ

姫子(あっ!)

女子中学生「……」スタスタスタ ウィーン

バイト学生「あざーしたー」

姫子「すみません! ちょっとレジお願いします!」ダッ

バイト学生「え? 何? どしたの?」



女子中学生「……」スタスタスタ

姫子「お客さーん、すみませーん!」タッタッタッ

女子中学生「は、はいっ!」ビクッ

姫子「失礼ですけど、カバンの中にお会計お済みでない商品がありますよね?」

女子中学生「えっ…… あ、うう……」オドオド

姫子「ちょっと一緒に来てもらえますか?」

女子中学生「はい……」





SCENE. 5 【午後9時50分】 ~コンビニの事務所内~

女子中学生「……」オドオド

姫子「……」

バイト学生「じゃあ、立花さん、よろしくね」

姫子「は!? 私ですか!?」

バイト学生「うん、お願い。俺、レジ入るから」スタスタスタ バタン

姫子「ええええええ…… フツーこんな事、女子高生のバイトにさせる……?」

姫子「……」チラッ

女子中学生「……」オドオド

姫子(今日は散々な日だよ、ホント……)ハァ

姫子「……じゃ、盗ったもん全部出して」

女子中学生「はい……」ゴソゴソ

姫子「洗顔シートひとつ……? こんなものの為に……」

女子中学生「……」

姫子「ねえ、この店の前に看板でも立ってた? “商品何でもタダで持ち帰れます”って」

女子中学生「……?」

姫子「“商品何でもタダで持ち帰れます”って看板があったかって聞いてるの」

女子中学生「……無かったです」

姫子「なんで無いと思う?」

女子中学生「……」

姫子「この店は商品何でもタダで持ち帰れないからよ」

女子中学生「す、すみません……」

姫子「最近の中学生は学校で習わないようだから教えてあげる。商品はお金と引き換えに
   持って帰れるの。でもね、お金払わずに持っていこうとする人は泥棒って言ってね、
   おまわりさんに捕まって鑑別所か少年院に送られるんだよ。わかる?」

女子中学生「ご、ごめんなさい…… 警察だけは許してください……」ビクビク

姫子「……」

女子中学生「じ、実は、その…… 同じクラスの、ぐすっ、子が…… 万引き、してこいって……
      うぅ……」ポロポロ

姫子「……」

女子中学生「やらないと、殴られて、教科書とかも…… うえぇ、うええええええええん!」ポロポロ

姫子「……」


『うええええええええん! おねえちゃあん!』

『こらぁあああああ! ウチの妹イジメてんのはどこのどいつだぁあああああ!』


姫子「はぁ、まったくもう……」

女子中学生「ううっ、ぐすっ……」

姫子「この名札、見える?」トントン

女子中学生「え……? は、はい……」

姫子「私、立花姫子っていうの。何の縁かわからないけどアンタと同じ中学の出身」

女子中学生「立花さん……」

姫子「私の名前出して、教頭先生にイジメの事、相談してみなよ。あの、ガタイが良くて白髪頭の
   教頭先生」

女子中学生「きょ、教頭先生ですか……?」

姫子「そう。どうせ担任なんて当てになんないんだから、内緒で直接相談するの。たぶん力に
   なってくれると思う」

女子中学生「は、はい。ありがとうございます……」

姫子「……じゃあ、今日はもういいから」

女子中学生「えっ!?」

姫子「よく憶えておいて。万引きを見逃すのもこれっきりだし、中学の事に首を突っ込むのも
   これっきり。次は無いからね。いい? わかった?」

女子中学生「あ、ありがとうございます……! ありがとうございます!」

姫子「今、タクシー呼ぶから。親御さんも心配してるでしょ。私の方から電話して、上手く
   事情を説明しとくよ」

女子中学生「本当に、ありがとうございます。立花先輩……」





SCENE. 6 【午後12時28分】 ~3年2組の教室~

キミ子「ん、ハワイアン・チーズバーガー美味しい」パクパク モグモグ

響子「そんなに慌てて食べなくても。喉詰まっちゃうよ?」

春子「おっ。キミ子の昼メシ、ハンバーガー?」

キミ子「うん。朝のうちに買っておいた。駅前のビッグ・カフナ・バーガーなら、朝メニュー無しで
    普通にバーガー買えるから」

春子「へー、ビッグ・カフナかぁ。あのハワイ風のとこだよな? 私はまだ食べた事無いけど」

キミ子「味見する?」スッ

春子「これ、手つかずじゃん。いいの?」

キミ子「いいよ、あげる。今日は三つ買ったから」ゴソゴソ

春子「食べ過ぎじゃね……?」パクッ モグモグ

響子「ポテトも飲み物もLだし…… しかもアメリカンサイズのL……」

春子「あ、でも美味いわ、これ。パイナップル合うわ」モグモグ

キミ子「はい、飲み物」スッ

春子「サンキュ。これ、何?」

キミ子「スプライト」

春子「スプライト? いいね」ジュルルルルルルルル ズゴゴッ

キミ子「飲み切った?」

春子「あっ、ゴメン!」

キミ子「いいよ、別に。セブンアップ買ってあるから」プシッ

響子「……」

春子「そういやさ、マックの“クォーターパウンダー・チーズ”あるじゃん。アレってフランスじゃ
   呼び方違うの知ってた?」

キミ子「え、知らない」

響子「何て呼ぶの?」

春子「“ロワイアル・チーズ”って呼ぶんだって。おフランスって感じだよな」

キミ子「どうしてそんな名前にしたんだろ」

春子「さあ? 理由まではわかんない」

響子「たぶん、ヨーロッパではメートル法だからじゃないかしら。アメリカのヤード・ポンド法は
   他の国では一般的じゃないし」

春子「へえー、さっすが響子」

キミ子「ねえ、ビッグマックは? ビッグマックはフランスでは何て名前?」

春子「あー、えーっと、ビッグマックは“ル・ビッグマック”だよ」

キミ子「……今、適当に言ったでしょ」

春子「バレた?w でも、クォーターパウンダーの事はホントだよ。あと、カナダのハンバーガーの
   調味料はケチャップじゃなくてマヨネーズなんだって」

響子「へえ、そうなんだ」

キミ子「マヨネーズ……?」ピクッ

春子「うん、そう。それか少し酸味のあるカナディアンソースなんだけど、そっちも結局マヨが
   入ってるんだよね。んで、ちゃんと“マヨネーズ抜きで”って注文しても、絶対マヨ塗った
   ヤツが出てくるんだってさw どんだけマヨ好きなんだよ、カナダ人w」

キミ子「マヨなんてありえない…… ハンバーガーに一番合う調味料はトマトケチャップって
    決まってるんだから。骨のあるアメリカ人なら誰だって知ってるよ」ムスッ

春子「おー、珍しくキミ子が興奮してるぞw」ププッ

響子「そうは言ってもキミ子は日本人じゃない」クスクス

キミ子「う…… で、でも…… とにかく、私のバーガーにマヨなんて塗ったら絶対許さない
    んだから……!」プンプン

春子「わかった、わかったw んじゃ、ハンバーガーごちそうさん。 ……ん?」


唯&律「おかあさーん!」ドタドタドタ


春子「おーおー、今日も軽音部は騒がしいなーw」


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最終更新:2013年11月26日 05:30