こんにちは、平沢憂です。
桜が丘高等学校に通う、高校二年生です。

私は高校に入って初めて部活を始めました。
私のお姉ちゃんがいる、桜校軽音部。
軽音部に入部して、お姉ちゃんや先輩たちと一緒にバンドを組み、この二年間私は色々な事を学ぶ事ができました。
そしてお姉ちゃんたちは卒業し、大学へ行ってしまいました。

残ったのは私一人。

このままでは軽音部は廃部になってしまいます。
これから私はどうすればいいのでしょうか?

〜放課後・教室〜

担任「それでは今日はここまでです。皆さん気を付けて下校してくださいね」

純「よーし放課後だーっ!!」

純「憂、部室いこっ」

憂「あ、うん。でも部室に行ってどうするの?」

純「そりゃぁもちろん…」

憂「ティーセット、多分紬先輩が持って帰っちゃったよ?」

純「まだ何も言ってないのに!」

憂「違うの?」

純「まぁそれもあるけどね」

憂「?」

純「それもあるけど!憂、部員。これからどうするか考えないといけないんじゃなかったの?」

憂「あ、うん…」

純「?」

純「元気ないなぁ?ほらシャキッとする」ペシ

憂「あう」

純「部長がそんなことでどうすんのさ」

憂「えへへ…ありがと純ちゃん」

純「まぁ気持ちは分かるよ」

純「唯先輩達が作ってくれた大切な物だもんね」

憂「うん。このまま私たちが潰しちゃうわけにはいかないよね…」

純「………」

純「憂がそんなに思いつめてる所、始めて見たなぁ」

憂「そうかな」

純「もしかして寂しい?」

憂「………」

純「よっぽど放課後ティータイムが楽しかったんだな?このー」グリグリ

憂「うぅぅ…えへへ」

純「まぁとにかく、早くいつもの憂に戻る!」

純「今日は憂に良い話を持ってきたのに」

憂「え?良い話…?」

純「うんっ。あ、いや…あんまり期待しないでね?」

憂「どういうこと?」

純「まぁ私もチラッと見かけただけだからさ…保証はないけど」

純「ほら、あの…中野さん」

憂「?」

梓「………」

憂「中野さんがどうかしたの?」

純「日曜にたまたま見かけたんだけど…」

純「公園で中野さんがギター弾いてたんだよ」

憂「ほんと?」

純「うん。私も見かけたときは別人かなって思ったんだけど」

純「そーっと忍び寄って草むらから確認したら、確かに中野さんだった!」

憂「あはは、そこまでしたんだ?」

純「隠密スキルが3くらい上昇した!」

憂「でも意外だね。いつも静かな中野さんが」

純「憂っ…これはチャンスだよ、チャンス。軽音部に中野さん誘おっ!」

憂「え、でもなぁ…」

純「なに、中野さんじゃ駄目なの?」

憂「いやそうじゃなくて。中野さん、何も部活やってないじゃない?」

純「好都合じゃん」

憂「でも楽器ができるのになんで何も部活に入ってないのかなって…」

純「あー、うーん…」

憂「ジャズ研や軽音部の事は入学した時から知ってたはずだよ?」

憂「クラブ見学にも来てなかったし…中野さん、何か事情があって部活はできないんじゃないかな?」

純「うーんたしかに…」

純「たしかに“群れるタイプ”じゃないもんね。いつも一人だし」

純「でも聞いてみるだけ聞いてみない?」

憂「え…いいのかな?」

純「聞くだけタダだって!ほら、早くしないと中野さん帰っちゃうよ」ぐいっ

憂「あ、ちょっと待ってよ純ちゃん!」

ドタバタ

純「中野さーん!」

梓「っ…?」ビクッ

憂「ちょっと、純ちゃん」

純「中野さん、待って!ちょっと!」

梓「…?;」ビクビク

純「中野さん、ちょっと話があるんだけどいいかな?」

梓「………?」

純「中野さんにいくつか質問があって」

憂「この後用事があるとかなら、別にいいんだけど…」

梓「………」

梓「………」フルフルフル

純「あ、オッケー?」

梓「………」コク

憂「ごめんね突然」

純「よし、じゃあ憂!ビシッと決めちゃって!」

憂「え、私?」

純「部長でしょうが!」

憂「あ、うん」

梓「…?…??」

憂「あ、あの…中野さん。中野さんってギター弾けるの?」

梓「?」

憂「純ちゃんから、つい最近中野さんが公園でギター弾いてる所見かけたって聞いたんだけど」

純「うん。かなり上手かった」

憂「中野さん、ギターやってたんだね」

梓「………」

梓「………」コク

憂「えぇと…それで、もしよかったら…私たちの軽音部に入ってみない?かなって」

梓「………」

純「駄目かな?私たち部員が足りなくて困ってるんだよね〜…!」

梓「………」

憂「どう?興味ないかな…?」

梓「………」

憂「?」

梓「……ご、ごめんなさい」

スタスタスタ

憂「あっ……」

純「あーあ…いっちゃった」

憂「………」

純「ちぇ、一匹狼気取ってやがんの〜」

憂「純ちゃん?」

純「あ、ごめんごめん」

純「はぁ…やっぱ新歓でアツいのを一曲やっちゃうしかないのかぁ」

憂「うん……」

憂(そういえば、中野さんの声初めて聞いたな…)

憂(初めて聞いた言葉が“ごめんなさい”なんて、なんだか悲しいな)

〜数日後〜

菫「お茶ができました」

純「サンキュースミーレ!」

憂「あれ、奥田さんはお砂糖入れないんだ?」

直「はい、ブラックがいいので」

純「違う違う。紅茶はブラックじゃなくてストレートって言うんだよ〜?」

直「なるほど」ズズズー

さわ子「でも二人が入ってくれて本当によかったわね。お茶も淹れてくれるし」

憂「あ、さわ子先生いたんですね」

さわ子「い、いるわよ!憂ちゃんまでそんな事言うように…」ズゾゾー

純「あはは、でもこれで二人の担当も決まったし、やっと部活動開始できるね」

憂「うん、そうだね…」

・ ・ ・

純「じゃ、またね憂〜」

憂「うんっまた明日、純ちゃん」

憂「さてと、帰りにお買いものしてかないとなぁ」

憂「お姉ちゃん今日は何がいいかな?メールで聞いてみよっと」ポチポチ

憂「………」ポチポチポ…

憂「お姉ちゃんはもう家にはいないんだった。はぁ…」

憂「ダメダメ、しっかりしなきゃ」

シャカシャカシャン

憂「?」

シャンシャン

憂「ギターの音?」

・ ・ ・

シャカシャカシャンシャカ

憂「…?」

シャカシャン

憂「あっ…!」

梓「………」ジャララン

憂(中野さんだ。純ちゃんが言ってた公園ってここの事だったんだ)

梓「………」ベンベンベンジャラ

憂(ほんと。中野さん、アンプ無しだけど私よりずっと上手…)

ニャー

梓「あっ」

憂(?)

野良猫「ニャオーン」

梓「来たなチビ助」なでなで

憂(猫…?)

野良猫「ゴロゴロ」

梓「今日も私のギター聴きに来てくれたの?」ワシャワシャ

野良猫「ンゴロンゴロ」

梓「よしよし」

憂(ふふふ、楽しそう)

野良猫「ニャーン」タッ

梓「あれ、どこ行くの?」

野良猫「………」スタスタスタ

憂(えっ…?こっちにきた…)

野良猫「ニャオーン?」

梓「あっ……」

憂「あ、あはは…中野さん」

梓「………」

憂(私に気が付いたら俯いちゃった………)

憂「………」

憂「ほら、チビ助?おいで」

野良猫「フゴフゴ」

憂「よいしょっと。あ、君結構軽いね」ヨシヨシ

スタスタスタ

梓「………」

憂「えへへ、こんにちは中野さん」

梓「こ、こんにちわ…」

憂「ここでギター弾いてたんだね。エレキギター?」

梓「………」コク

憂「隣、座ってもいい?」

梓「……うん」

憂「失礼します」

野良猫「ゴロゴロゴロ」

憂「この子、大人しいね。中野さんの猫?」

梓「………」フルフルフル

梓「のらねこ」

憂「そっか」

憂「ギター弾くと寄ってくるんだ?」

梓「…ん…う、うん」

憂「中野さん、ギター上手いね。軽音部で二年やってる私よりずっと」

梓「………」

憂「それ、ムスタングだよね」スッ

梓「!」

梓「っ、やっ…!」

憂「あ、ごめんね?」

梓「………」モジモジ

憂「これがわたしのギターだよ」ジーガサゴソ

憂「ほら」

梓「………」

梓「ストラト…」

憂「かわいいでしょ?」

梓「………」



憂「わたしのお姉ちゃんもね、軽音部でギターやってたんだけど、お姉ちゃんったら買ってすぐに自分のギターに名前付けたりしちゃってね」

憂「“ギー太”っていうんだけど…えへへ、おかしいよね。自分のギターに名前なんか」

梓「………」

憂「でも演奏していくうちに、お姉ちゃんの気持ち…ちょっと解ってきた気がするんだ」

憂「自分のギターに名前を付ける気持ち」

梓「………」

憂「私も早く考えておけばよかったなって思ってるんだ。ギターの名前」

憂「そうすれば今頃はもっと上手に弾けてたかな〜?なんて」

梓「………」

憂「でも、いまから名前を考えても…何も浮かんでこないの」

梓「………」

憂「お姉ちゃんはギターを選んだその時からもう“この子はギー太だ”って張り切っちゃってね」

憂「自分の楽器に名前を付けるコツでもあるのかな?あはは」

梓「………」

憂「中野さんのギターには、何か名前あるの?」

梓「………」モジモジ

憂「………」

憂「あ、あはは…ふつう付けないよね。名前なんか」

梓「………」

野良猫「ニャーン?」

憂「なんかごめんね。邪魔しちゃったみたい」

梓「………」

憂「また学校でね、中野さん」

梓「………」

野良猫「ニー」

梓「………」

梓「むったん」

憂「…?」

梓「………」

憂「む…?」

梓「“むったん”…って言うの。わたしのギター…」

憂「むったん…?」

梓「………」コク

憂「むったんっていうのは、ムスタングだから?」

梓「むったん」

憂「………」

梓「………」

憂「ふふっ…ふふふ!あははは!」

梓「ふふ…えへへ」

憂(あ、梓ちゃんが笑った!)

梓「あはは…」

憂「中野さんも変わってるね」

梓「そ、そうかな?」

憂「うん。でも私は好きだよ?」

梓「えっ……」ピク

憂「?」

梓「す、すき……?」モジモジ

憂「うん、とっても」

梓「………」モジモジモジ

憂「あ、そうだ!中野さんの事、名前で呼んでもいいかな?」

梓「名前…?」

憂「うん、梓ちゃんって」

梓「………」

憂「…駄目かな?」

梓「ううん、いいよ」

憂「えへへ、よかった。ちなみに私の名前は」

梓「憂」

憂「あっ」

梓「知ってるよ」

憂「じゃあ梓ちゃんも私の事そう呼んで?」

梓「え、う…うい?」

憂「うん!梓ちゃん、よろしくね?」

梓「っ…!」

梓「よっ………よろしく、憂」

憂「えへへ」

梓「あ、あはは」

どうしてあの時、私は梓ちゃんに声をかけたのかよく分かりませんでした。

確かに同じクラスの子に出会ったら、声をかけるのは普通の事だと思うけど、その時の私の気持ちはそれとはまた違いました。

軽音部になんとしても入ってほしいから?
あの時勧誘を断った理由が聞きたかったから?

違います。私はたぶん、梓ちゃんとお友達になりたかっただけなのです。

憂「そうだ。たまにここへ遊びに来てもいいかな?」

梓「え?」

憂「梓ちゃんのギター、聴いてみたいな?」

梓「え…ん……」

野良猫「ニー」

梓「………」

梓「うんっ、いいよ」

憂「ありがと、梓ちゃん」

それから私は、度々あの公園に寄るようになりました。
梓ちゃんはとっても内気でおとなしい子だけど、私に快く接してくれて、話しているととても面白いです。


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最終更新:2014年04月06日 08:44