和「そう……」

姫子「でも、あの人も可哀そうな人なの。父親には別の家庭があったし、母親にもあまり
   可愛がられてなかったみたいだし…… あの人には私がいてあげなきゃダメだと
   思うんだけど……」

和(はぁ…… 本当にDV被害者って判で押したように同じことを言うわね……)

姫子「ただ、私が殴られて済むなら我慢出来たんだけど、子供がね…… 息子が毎日、私が
   殴られるのを見ててね…… それに、いつ矛先が息子に向くかもわからなかったし……
   だから、子供の為にも離婚しなきゃ、って思って……」

和「うん……」



――その夜。和の自宅にて。

〈今日の晩ご飯〉
 ・鮭とごぼうの炊き込みご飯
 ・筍とザーサイと卵の中華風炒め
 ・小松菜と厚揚げの煮びたし(厚揚げは昨日の残り)
 ・大根とホタテのなます
 ・豚肉とカブとカブの葉の味噌汁

和「……」モグモグ

唯「……?」パクパク

和「……」フゥ

唯「ねえ、和ちゃん。職場で何かあった? 私で良かったら、話聞くよ?」

和「え……? うん……」

唯「私に出来ることがあったら、何でも言って?」

和「……今からする話は誰にも言わないでほしいの。弁護士には守秘義務があって、業務上
  知り得た依頼人の個人情報や依頼内容は、絶対に他者へ漏らしてはいけない、というのは
  唯も知ってると思うけど」

唯「うん。大丈夫だよ。私の心の中にしまっておくよ」グッ

和「私と唯がこういう関係で、依頼人が依頼人だから話すの。それだけは肝に銘じておいて」

唯「うん。わかった」ググッ

和「姫子、って憶えてる? 立花姫子

唯「姫子、ちゃん……? ああ! 高校三年の時に同じクラスで、私の隣の席だった子だよね。
  憶えてる憶えてる。懐かしいなぁ」

和「ギャルっぽかったから最初は少し怖がってたのに、すぐに懐いてたわね。唯ったら」クスッ

唯「うんうん! 姫子ちゃん、すごくキレイですごく優しくてね、いっぱい色々お世話に
  なったなぁ」

和「そうね。私や軽音部以外では、クラスで一番唯のことを見てくれてたかもね」

唯「もしかして、今回の依頼人さんは姫子ちゃん? すごい偶然だね」

和「うん、そうなんだけど……」

唯「……?」

和「姫子、旦那さんにひどい暴力を受けててね。離婚したい、って相談に来たのよ」

唯「ええっ……!? そんな……」

和「顔中、身体中、傷だらけでね…… 中には一生消えないものも…… 眼には障害が残る
  かもしれない」

唯「ひどい……! ひどいよ!」グスッ

和「いつもなら依頼人に感情移入なんて絶対にしないんだけど、今回ばかりは私もね……」

唯「姫子ちゃん、かわいそう……」グスッ

和「でも、大丈夫。今回の案件は証拠も証言も完璧に揃っているから、かなり有利な条件に
  持っていけるわ。パート先の人も親身になってケアしてくれてるし」

唯「私にも何か出来ることはないかな……?」

和「今はまだ、ね。離婚が成立して姫子の身辺が落ち着いたら、またその時に考えましょう」

唯「うん…… 和ちゃん。姫子ちゃんのこと、お願いね」

和「ええ。任せてちょうだい」



――翌日、地方裁判所にて。

裁判官「これより仮処分の審尋を始めます。では、準備書面(※)の方を拝見しますよ」パラリ

※この場合、医師の診断書や傷の様子を写した証拠写真

和「お願い致します」

裁判官「……! ええ……!? ねえ、これ、ちょっとひどいんじゃない!?」パラリ

和「頭部と顔面はビール瓶で殴られたそうです。左眼は網膜剥離を起こしかけています。
  背中の左半分の火傷は熱湯をかけられ、右肩の火傷は熱したフライパンを押しつけられた
  ものです」

裁判官「かぁー…… しかし、ひどいな……」



和(次は旦那さんの審尋ね……)

DV夫「……」スタスタスタ バタン

地裁書記官「せ、先生! 真鍋先生! 旦那さんの方、どんなヤクザ者なのかと思ったら!
      背があまり高くない小動物系のイケメンじゃないですか! しかも十歳以上
      年下ですよ!」

和「……外見も年齢も関係無いでしょう」ハァ

地裁書記官「そ、そうですけど…… いや、ビックリしました。人は見かけによらないって
      ホントですねえ」



――仮処分命令から数日後。桜が丘法律事務所にて。

和「ちょっと姫子! 本気なの!?」

姫子「う、うん…… 慰謝料も養育費も財産分与もいらない。離婚出来て親権が私だったら、
   それ以上は……」

和「離婚も親権も当然よ。たとえ裁判になったって100%勝てるわ。その上で――」

姫子「い、いいの……! 結婚に失敗したのは、確かにあの人の暴力が原因だけど、責任の
   半分は私にもあるから。男を見る目が無かった私の責任…… だから、自分の手で
   一からやり直したいの」

和「それだけじゃないわね?」

姫子「え……?」

和「あなたと同じような人を何人も見てきたわ。まだ旦那さんを愛してるんでしょ? あんな
  ひどいことをされたにも関わらず。私には理解出来ないけど」

姫子「あの人が一人になってしまって、生活するのが苦しくなるのは可哀そうだから……
   ごめんなさい……」

和「……謝らなくていいわ。依頼人の意向に沿って事を進めるのが私の仕事ですもの」

姫子「ごめんなさい……」

和「それじゃもう一度だけ、確認するわね。出来れば協議離婚で、調停も裁判も避けたい。
  親権は希望するが、養育費、慰謝料は請求しない。財産分与は放棄する。こんなところ?」

姫子「うん……」

和「わかったわ。ただし、旦那さんが徹底的に離婚に同意しないとなると、ある程度あなたの
  希望通りには行かなくなる。離婚訴訟、つまり裁判もあり得るけど、それは了承してくれる?」

姫子「うん…… その時は和に、じゃなかった、真鍋先生におまかせします」

和「“和”でいいわよ」クスッ

姫子「フフッ……」

和「じゃあ、私は旦那さんとの面談の準備に入るわ」

姫子「……ねえ、和。唯は元気にしてる?」

和「……どうして私に聞くの?」

姫子「え? あ、いや、確か和は唯と幼なじみだったよね? だから…… き、聞いちゃ
   まずかった……?」

和「ううん、そんなことないわ。ただ、突然だったから。二十四年も前のクラスメイトの
  ことなのに」

姫子「そうだよね。でも、最近じゃ思い出すのはいつも高校時代のこと、それも三年生の、
   3年2組のあのクラスのことばかり……」

和「色々あったものね。 ……唯なら元気にしてるわよ。幸せに暮らしてる、と思う。たぶんね。
  私と同じで“結婚”してないし、“彼氏”もいないけど」

姫子「和も……?」チラッ

和「高校時代と名字が変わってない時点で推して知るべしでしょ」

姫子「ご、ごめん……!」

和「いいわよ。別に」

姫子「そっか。唯は幸せにやってるんだ。良かった……」

和「姫子はいつも唯のことを見ていてくれてたものね」

姫子「唯はさ、可愛くて、でもちょっと危なっかしくて、いつも目を離せなくてね、いろんな
   意味で。自分がずぶ濡れになってもギターを大事にしてさ。まるで彼氏みたいで。
   そうかと思ったら、メイド服着たりギター抱えたりして授業受けちゃって」

和「あったわねえ、そんなこと。本当にしようがない子だったわ(今もだけど……)」

姫子「それに学園祭の劇の時は、“人の字を飲み込む”と“お客さんがカボチャ”をごっちゃに
   してたりね。唯がちゃんと木の役を出来た時はホント安心した。放課後ティータイムの
   ライブの時も、唯がんばってたし。あ、これ見て。この写真、和がくれたんだよ」

和「ああ、最後の登校日の教室ライブね。こんな古い写真、よく取ってあったわね」

姫子「楽しかったなあ、この頃は……」

和「そうね。楽しい高校生活だったわ」

姫子「うん…… ホント、楽しかった…… うぅっ……」ポロポロ

和「ひ、姫子……!?」

姫子「戻りたい…… 私、戻りたいよ…… あの頃に、高校三年の頃に……」グスッグスッ

和「……」

姫子「どうして、うぅっ、こんなことになっちゃったんだろ…… 特別な幸せなんて、ひぐっ、
   望んでなかった…… ただ、普通の、うぐっ、楽しいことも、嫌なこともあった、うぅっ、
   高校の時みたいな、あんな普通の日々で、よかったのに…… うぅっ……」グスッグスッ

和「姫子……」

姫子「あの頃に、戻りたい…… うぅっ、誰か、時間を戻して……! ひぅっ、ぐすっ……」

和「泣かないで、姫子…… あの頃には戻れないの。もう過ぎてしまったのだから。たとえ
  神様だって時間を戻すことなんて出来やしない」

姫子「ひぐっ、うぅっ…… うえぇっ……」

和「でもね、今のあなたが普通の生活を取り戻すことなら出来る。絶対に。その為に私は
  弁護士として全力を尽くすわ」

姫子「うえぇっ、ひっく…… 和! 和ぁ!」ギュッ

和「約束するから…… だから、もう泣かないで……」ギュッ



――その日の夕方。自宅マンションへの帰り道にて。

和(はぁ…… 何だか今日は料理もしたくない気分……)スタスタ

和(いや、ダメダメ。仕事に引きずられるなんて私らしくないわ。家事はきちんとしなくちゃ。
  あの子がお腹を空かせて帰ってくるんだし)ピタッ ビシッ

和(さあ、何を作ろうかしら……)スタスタスタ

風子「和ちゃーん」

和「あら、風子。こんばんは」

風子「こんばんは。今、仕事帰り?」

和「ええ、今日も帰って晩ご飯の支度。代わり映えしない毎日だわ」

風子「いいじゃない。誰かにご飯を食べてもらえるなんて幸せなことだと思うよ? 普段じゃ
   気づかないけど」

和「え……? 誰か、って…… 私が誰かと同居してるなんて、風子に話したこと無いわよね?」ピクッ

風子「あ……! いえ、その、実は、おとといくらいに駅前で偶然、唯ちゃんに会ってね。
   お互いのことを何かと話したの。それで、唯ちゃん、今は和ちゃんと暮らしてる、
   って言ってたから……」

和「……話したのはそれだけじゃないでしょう? あの子のことだから」

風子「うーんと…… あの…… 唯ちゃんと和ちゃんが、その、そういう関係だって……」

和「他には?」

風子「い、いや、それ以外は特に……」ビクッ

和「言って」ギンッ

風子「は、はいっ……! え、えーと、夜は、和ちゃんの方がネコになるとか何とか……
   私はあまり意味がわからなかったけど……」

和「唯ぃ……」ハァアアア

風子「あ、あのっ、帰っても唯ちゃんを怒らないであげて? しつこく聞いた私が悪いんだから」

和「……軽蔑したでしょ。私達が同性愛者だって知って」

風子「ううん! とんでもない! そりゃ確かに少しビックリしたけど、でも、愛情の形は
   色々あっていいと思うよ。それに、二人の小さい頃の話も聞いてたし、高校の頃も
   見てたし、何て言うか、すごく素敵な二人だと思ってる。これは、私の正直な気持ち!」

和「……そう。ありがとう。今日はこれで失礼するわ」スッ

風子「あ、うん。またね……」

和「……」スタスタ

風子「和ちゃん! 唯ちゃんを怒らないであげてね!」

和「……」スタスタ

風子「和ちゃん……」



――その晩。和と唯の自宅マンション。リビングにて。

唯「ただいまー。和ちゃん、お腹空いたよー」ガチャッ

和「唯、話があるの。ちょっとここに座りなさい」

唯「えっ? う、うん。和ちゃん、どうしたの? もしかして怒ってる……?」ストッ

和「……風子に私達の関係を話したでしょ。どうしてそんなことをしたの?」

唯「えっと、あの、駅前を歩いてたら偶然会って、その、立ち話してて、お互いの近況を
  話してて、それで、話の流れで、つい……」オドオド

和「あんた、何を考えてるの? 誰かに自分がレズビアンだってカミングアウトするのと、
  私のことを誰かにベラベラ喋るのは全然別の話でしょ。私はあんたと違って他人に
  カミングアウトしてないし、知り合いだろうと知らない人間だろうと私がレズビアン
  だってわかられるのも嫌なの」

唯「あ、あの……」オドオド

和「今度同じことがあったら、この部屋から出ていってもらうわ」

唯「えっ……!」ビクッ

和「本気よ。私は」

唯「ご…… ご、ごめっ…… うぅっ、ごめんなさ、うぐっ…… ごめんなさいぃ…… ひぐっ……
  で、でも……」グスッグスッ

和「でも? でも、何よ」

唯「でもっ、うぅっ、風子ちゃんがね…… ひうっ、風子ちゃんが、旦那さんの話を、してて……
  えうっ……」グスッグスッ

和「だから何なのよ」

唯「風子ちゃんも、澪ちゃんも、うぅっ、りっちゃんも、ムギちゃんも、あずにゃ、梓ちゃんも……
  うぐっ、みんな、自分の旦那さんや、ひぐっ、子供の話を、するんだよ……? ひうっ、
  どうして、どうして私だけ、うぅっ、好きな人の話を、誰にもしちゃいけないの……?」グスッグスッ

和「それは……」

唯「私も、うぅっ、話したかったの…… 自分の、ひぐっ、好きな、人のこと……」グスッグスッ

和「……」

唯「うえぇえええええん! ごめんなさぁい! うわぁあああああああん!」ボロボロ

和「……ご飯にしましょう」

唯「うえぇっ! ひぐっ、うぅっ!」ボロボロ

和「もう怒ってないから…… ほら、顔洗ってきて。ご飯食べましょ」

唯「うぅっ、う、うん……」グスッグスッ

和「……」ハァ

〈今日の晩ご飯〉
 ・米飯
 ・筍とがんもとこんにゃくの煮物
 ・鰹のたたき(特売品が更にタイムサービスになったもの)
 ・菜の花のからし和え
 ・春キャベツとわかめと油揚げの味噌汁



――翌日。土曜の午前。和と唯の自宅マンション。ベッドルームにて。

和「……んん」ゴロリ

和「ふあぁ…… あら……? 唯、どこに行ったのかしら……」ムニャムニャ

和「今、何時……? んー…… メガネ…… 時計……」ゴソゴソ

和「ええと…… 10時過ぎ…… 10時過ぎ!?」ガバッ

和「大変! 朝ご飯! 朝ご飯作らなきゃ! 唯がお腹空かせてる!」アタフタアタフタ ダダダダッ

和「唯、ごめんね! 今、ご飯作るから―― あれ……? いい匂い……」クンクン

唯「あ、おはよう! 和ちゃん!」ニコッ

和「お、おはよう…… どうしたの……? 何か作ってるの……?」

唯「うん。クレープ焼いたの。私も遅く起きたから、結局ブランチになっちゃったけど……
  えへへ……」

和「そ、そう……」

唯「ほらほら、座って座って。もう食べれるから」


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最終更新:2013年12月27日 00:02