和「うん……」ガタッ
〈今日のブランチ〉
・おかずクレープ
(ハムエッグ、ツナマヨ、トマト、キュウリ、レタス、ピザ用チーズ、サルサソース等)
・おやつクレープ
(バナナ、ホイップクリーム、チョコレートソース、ヨーグルト、はちみつ、バニラアイスクリーム等)
和「具材がいっぱいね。すごい……」
唯「生地と具材は別にしてあるから、好きなの包んで食べてね!」
和「ええ…… じゃあ、ツナマヨと野菜で……」チャッチャッ
唯「じゃあ、私はハムエッグとトマトにチーズとサルサソースをかけてー、レンジで少ーし
チンしちゃお。えへへー」
和(すごいカロリー…… まあ、今日くらいはいいか……)
唯「おいひー!」モグモグ
和「ん、美味しいわね」モグモグ
唯「ここでちょっと甘いのもいっとこうかなー。アイスとホイップクリームとチョコレート
ソースでー。あ、そうだ。シナモン取ってこよっと」トテトテ
和「……ねえ、唯」
唯「え!? や、やっぱやり過ぎ……?」
和「ううん、そうじゃなくて。 ……ありがとう」
唯「……んーん」
和「……」
唯「……」
和「ほら。アイス、溶けちゃうわよ」クスッ
唯「あ、うん……!」
和(ホント美味しい……)
――その日の昼。買い物帰りの和。
ヴーンヴーンヴーン
和(あら、メール。 ……風子だわ。何かしら)
和(なになに? 『みかんいらない? 実家から段ボールで大量に送ってきたから、お裾分け
するよ』か……)
和(んー、みかんか…… 唯が喜びそう。よし、『ありがとう、頂くわ。今、買い物帰り
なんだけど、これからでもいいかしら?』っと)
――風子宅にて
和「お邪魔します」
風子「どうぞー。あ、適当に座ってね。今、お茶入れるよ」
和「お構いなく。ご主人と子供さんは?」
風子「旦那は趣味の集まり。子供は二人とも高校の部活。主婦の寂しい昼下がりよ」クスクス
和「そうなんだ」
風子「はい、どうぞ。砂糖とミルクはこっちね」コトッ
和「ありがとう」
風子「あと、これがみかんね。なんか変な袋で申し訳無いけど」ゴソッ
和「いえいえ、どうもありがとう。唯が喜ぶわ」
風子「……その様子だと、唯ちゃん怒られなかったんだね。良かった」ホッ
和「怒ったわよ。おもいきり」
風子「そ、そうなんだ……」
和「でも、その後は特に何でもないわ。どうにかね」
風子「そっか。長い付き合いだものね」
和「まあ、そうね。こんなに長くなったら、新しい恋人見つけるのも一手間だし。四十過ぎ
にもなると、次の相手を探して一から恋愛するなんて面倒臭くて嫌だもの」
風子「また、そんな…… ダメよ、そんなこと言っちゃ。ホントは唯ちゃんをすごく愛してる
くせに。強がり言って……」ジロッ
和「……」
風子「この前も言ったけど、私もある程度は二人のことを知ってるから、和ちゃんと唯ちゃんの
関係は、少しは理解出来てるつもりだから……」
和「……」
風子「冗談でもさっきみたいなこと言わないでさ、唯ちゃんを大事にしてあげて? ね?」
和「うん…… あの夜ね、あの子の気持ちがわかったの…… 私、少し自分の考えをあの子に
押しつけ過ぎてたのかもしれない……」
風子「そうなんだ……」
和「風子には二人の関係をキチンと見つめ直す機会をもらったのかも。ありがとう」
風子「ううん、私はそんな……」
和「あの、これからもよろしくね」クスッ
風子「こちらこそ!」ニコッ
――その日の夜。和と唯の自宅マンションにて。
〈今日の晩ご飯〉
・ウナギと高菜と卵の混ぜご飯
・揚げ茄子とトマトのサラダ
・アスパラ入りジャーマンポテト
・豆腐とみょうがの吸い物
唯「んー! このウナギの混ぜご飯、おいしー!」モグモグ
和(特売で一尾480円の中国産ウナギだけど、黙っておきましょ……)
唯「サラダもお茄子に味が染みてて冷え冷えでピリ辛でおいしー!」モグモグ
和「あと、風子にみかん頂いたから、食後に食べなさい」
唯「えー! やったー! みかん大好き!」
和「それは良かったわ」
唯「もしかして私、愛されてる……!? 和ちゃんに愛されてる!?」
和「そうかもね」
唯「んふー」ニコニコ
――数日後。桜が丘法律事務所にて。
所長「いやー、あの旦那さん、すごい態度悪いね。まるでチンピラじゃないか」ヒソヒソ
同僚弁護士「そんな風には見えないんですけどね」ヒソヒソ
事務員「私、知ってますよ。ああいうのDQNって言うんです」ヒソヒソ
DV夫「つーかよ、何なんだよ。弁護士だの、裁判所命令だの。夫婦のことに何で他人が
首突っ込んでくんだよ」
和「私が代理人としてあなたとお会いするのは奥様が私に依頼したからであり、裁判所が
出した近接禁止命令は法律と正しい手続に基づいた正当なものです」
DV夫「だから小難しいこと言ってごまかそうとしてんじゃねえよコノヤロウ。俺とアイツが
会って話をすれば全部丸く収まんだからよ。アイツどこだよ。会わせろよ」
和「近接禁止命令がある以上、あなたと奥様を会わせることは出来ません」
DV夫「ふざけんなバカヤロウ! ブチ殺すぞコラァ!!」ガアン ガチャン
和「……もう一度、今と同じ言動があった場合、脅迫と器物破損で警察に通報させて頂きます。
防犯カメラはあそことあそこです」
DV夫「ああ……? だぁからよぉ。アイツと話させろって。そしたらメンドくせえことは
何もねえんだからよ」
和「本日ご足労頂いたのは、奥様との離婚協議に関してのご相談です」
DV夫「人の話聞いてんのか、てめえコノヤロウ」
和「奥様はあなたとの離婚をご希望されております。それに際してですが、お子様の親権は
奥様側へ、また、慰謝料と養育費、そして財産分与の請求は希望しない、というのが
奥様のご意向です」
DV夫「はぁ? 何で俺がアイツと離婚しなきゃいけねえんだよ。バカか、てめえは」
和「DV、いわゆる配偶者間暴力は大きな離婚事由です。今回は暴力による外傷の重傷度、
医師による診断書、知人の証言等から考えても、あなたは甚だ不利な立場におられますが、
それでも離婚にご同意されませんか?」
DV夫「あったりめえだろバカヤロウ。ぜってえ離婚なんてしねえぞ」
和「奥様が慰謝料や養育費等を請求しないのは、あなたの今後の経済面を考えてのことです。
また、あくまで調停や裁判ではなく協議を望まれているのは、有責配偶者として公文書に
記録が残り、同じく今後の社会生活に支障があるようなことはしたくない、との奥様の
配慮です」
DV夫「何言ってっか全然わかんねー」
和「つまり、奥様はあれだけの激しい暴力を受けても尚、離婚に際してはすべてあなたが
有利なように配慮しているんですよ。自身は離婚出来て、子供さえいればそれでいい、
と仰っているんです。すべてはまだあなたのことを愛している奥様の優しさ故のお考えです」
DV夫「アイツは俺を愛してるんだろ? じゃあ離婚する理由ねえじゃねえか。ハイ、じゃあ
この話終わり。オラ、さっさとアイツ連れてこい」
和「……どうあっても離婚にはご同意されないということですか?」
DV夫「しつっけえな。だから何度もそう言ってんだろコノヤロウ」
和「わかりました。では、こちらとしましては今回の奥様へのDVは、暴行、傷害として
刑事事件にさせて頂き、警察及び検察の手に委ねたいと思います。依頼を受けた弁護士
としては不本意な結果ですが」
DV夫「ああ……? 何でだよ、ちょっと待てよ。大体てめえ、ただの夫婦喧嘩に警察が
出てくるワケねえだろ」
和「奥様のお怪我は夫婦喧嘩の範疇を越えておられますから。それに、被害者が存在し、
明確な被害状況が証拠として残っており、かつ被害者が訴え出れば、警察も刑事事件
として立件せざるを得なくなります」
DV夫「……」
和「刑事裁判で有罪となれば、手間も社会的不利益も離婚訴訟の比ではありませんが、
その覚悟はおありですか?」
DV夫「……わかったよ。離婚すりゃいいんだろが、離婚すりゃ」
和「そのお言葉は奥様との離婚にご同意されると受け取って構いませんか?」
DV夫「だからそう言ってんだろが。 ……離婚に同意するよ」
和「ありがとうございます。それでは後日、離婚届他、必要書類を郵送させて頂きますので、
ご記入、ご捺印の上、指定の期日までに必ずご返送ください」
DV夫「人をナメくさりやがってコノヤロウ。てめえ、夜道には気ィつけろよ」
和「ご心配無く。職業柄、危機管理は万全ですので」
DV夫「……あ~あ。まあ、いいや。あんな辛気くせえ子持ちの四十ババアなんざよぉ、
こっちからお断りだ」
和「……」ブチ
DV夫「もっと若い女捕まえてやりまくって人生楽しまなきゃな。サンドバッグ代わりにも
なんねえクソ女が、せっかくタダで別れてくれんだからよ」スック
和「……!」ブチブチブチ
DV夫「アンタもよぉ、んなしかめっ面して離婚女にばっか関わってたらシワが増えんぞ。
この法律ババアが。ああ?」スタスタスタ バタン
和「……っ」フルフル
同僚弁護士「うわ、すんごい捨てゼリフ」ヒソヒソ
事務員「私、真鍋先生が怒ってるの初めて見ました」ヒソヒソ
和「男って何でこうもバカばっかりなの……?」イライラ
所長「ま、まあまあ。真鍋先生、落ち着いて。一番理想的な結果で良かったじゃないか。
やり方は多少反則気味だったがねw あ、あはははw」
和「これだから男なんて信用出来ないのよ。女を性欲処理の道具か家政婦くらいにしか
見てないんだから……」イライライライラ
所長「聞いちゃいねえ」
同僚弁護士「あ、破産した宝石屋さんと打ち合わせがあったんだった」コソコソ
事務員「私、郵便局行ってきます」コソコソ
所長「え、ちょっと待って」
和「ああ、腹が立つ……!」イライライライライライラ
――数日後。桜が丘法律事務所。応接室にて。
和「これで手続きはすべて終わり。完全に離婚成立ね。お疲れ様」
姫子「和、色々ありがとう。和のおかげで、息子と新しい人生を歩めるわ。それに、料金も
こんなに負担の少ない分割方法にしてもらっちゃって……」
和「いいのよ。慰謝料も養育費も無くて、これから文字通り女手ひとつで息子さんを育てて
いかなきゃいけないんだしね。所長もあなたのことはすごく心配していたし」
姫子「何てお礼を言ったらいいか……」
和「それよりも、しばらくは元の旦那さんに注意して。離婚成立で安心していたら、新居や
職場に押し掛けられたり、ストーキングされたり、っていう事例は数多いから」
姫子「う、うん。それは何とか。スーパーの方は違う地区の支店に異動させてもらえるし、
新しいアパートも店長夫妻にしか教えてないから、たぶん大丈夫」
和「それならいいけど…… ねえ、姫子」
姫子「ん? 何?」
和「元の旦那さんだけど……」
姫子「うん」
和「離婚した。そして、それに際して最大限の配慮をした。……それでもう彼への気持ちを
断ち切るのよ」
姫子「……」
和「これまであなたは心も身体もひどく傷つけられてきた。でも、それはあなただけじゃない。
その年月の間、息子さんも同じだけ心に傷を負ってきたと思う。だから、彼への想いは
今日ですべて断ち切って、これからは息子さんと自分自身のことを愛して、一番に考えて
ほしいの」
姫子「……」
和「ごめんなさい。こんなの弁護士が言うことじゃないのだけど…… あなたは高校時代の
同級生で、唯の友達だったから……」
姫子「……ううん、私の方こそごめんね。心配ばかりかけちゃって。これからは良い母親に
なれるように一生懸命努力する。和に約束するよ」
和「うん。頑張ってね。応援してるわ」
姫子「ありがとう。じゃあ、私はそろそろ……」ガタッ
和「下まで送るわよ」
姫子「いいよいいよ。私以外にもいっぱい仕事が入ってるんでしょ? ここで大丈夫だよ。
じゃあね」
和「何かあったら、いつでも連絡して」
姫子「ありがとう。またね」
バタン
和「……」
和「ふう…… よっこいしょ」ギシッ
和「ええと、午後からは……」
和「……」
和「……」
事務員「真鍋先生。コーヒー、どうぞ」コトッ
和「あ…… ありがとう……」
和「……」
和「……」
和「……」
和「所長……! 私、ちょっと出てきます! すぐ戻ってきますので!」ガタッ
所長「え? あ、はいはい。気をつけてね」
バタン タッタッタッタッタッタッ
――桜が丘法律事務所前の大通りにて。
和「姫子!」タッタッタッタッタッタッ
姫子(バス、ちょうどいいのあるかな)スタスタ
和「姫子! ちょっとまって!」タッタッタッタッタッタッ
姫子「ん……? の、和!? そんなに走ってどうしたの!? 私、忘れ物でもした?」
和「ううん、そうじゃなくて……」ハアハア
姫子「……?」
和「そ、その、姫子に話しておきたいことがあって、それで…… 前に私、『結婚してないし、
彼氏もいない』って言ったと思うんだけど……」
姫子「う、うん。言ってたね」
和「でも…… 好きな人がいるの。愛してる人が。今、一緒に住んでて……」
姫子「そうなの? なぁんだ、和もやるじゃない」ニコッ
和「その人は、その人はね、姫子もよく知ってる人で――」
――姫子の案件解決から数日後のある夜。和と唯の自宅マンションにて。
和「唯ー。ご飯出来たからテーブルの準備お願いねー」
唯「はーい」
〈今日の晩ご飯〉
・茄子とほうれん草のラザニア
・ブロッコリーとあさりのペペロンチーノ
・鶏肉の香草パン粉焼き
・明太子とサワークリームのディップとバゲット
・ツナサラダ
唯「わぁ、今日は豪勢~」
和「一日遅れのクリスマスだけど盛大に祝わなきゃ。 ……ごめんね。こんなタイミングで
仕事が忙しくなっちゃって」
唯「んーん、大丈夫。あ、それより…… ほら、これ!」サッ
和「この箱、クリスマスケーキ? 買ったの?」
唯「私の手作りだよ! ほい、ジャーン」カパッ
和「ハート型のホールケーキ? すごいわね、って…… 『おたんじょうびおめでとう』……?
ああっ!!」
唯「やっぱりー。和ちゃんのことだから、自分の誕生日忘れてると思ったよ」
和「そっか…… 私、今日誕生日だったんだ…… しまった……」
唯「しまった?」
和「ああ、いえ、何でもないの。 ……それにしても、私ももう43歳なのね」
唯「あーあ、1ヶ月間のお姉ちゃん期間も終了かぁ」
和「何言ってるのよ。お姉ちゃんらしいことなんて、ひとつもしてないじゃない」
唯「そ、それを言われると……」
ピンポーン
唯「ん? お客さん? こんな時間に誰だろ。はーい」
ガチャッ
風子「こんばんは。唯ちゃん」
唯「わあ、風子ちゃん! いらっしゃーい。ん? こちらは……?」
風子「このマンションの前で偶然会って、一緒に上がって来たの。誰だかわかる?」
姫子「唯、ひさしぶり」
唯「え……!? やだ、うそっ、姫子ちゃん!?」
姫子「うん。会いたかったよ」
唯「姫子ちゃんだ! 姫子ちゃんだー! ひさしぶりー!」ダキッ
姫子「唯ったら、全然変わってないんだから! もー、こいつめー!」ギュー
唯「和ちゃんから話を聞いてね、心配してたんだよ? ぐすっ……」ポロッ
姫子「泣ーかーなーいーの! 和のおかげで普通の生活を取り戻せたよ。もう大丈夫」
風子「大変だったね。立花さん」
和「二人とも、いらっしゃい」
唯「あ、和ちゃん! 風子ちゃんと姫子ちゃんが来てくれたよ!」
和「ええ。私が招待したのよ。せっかくの機会だし、人数は多い方が楽しいから(自分の
誕生日だったのは誤算だったわ……)」
唯「そうなんだ! あっ、玄関でごめんね。ささ、入って入って」
風子「おじゃましまーす。あ、和ちゃん。つまらないものですが、シャンパンどうぞ」
和「あら、悪いわね。ありがとう」
姫子「私はワイン持ってきたよ。お口に合えばいいけど」
和「もう、そんな気を遣わなくてもいいのに」
唯「はーい、席に着いてー」
姫子「わあっ、すごくおいしそう」
風子「さすが、和ちゃん。私も見習わなきゃ」
唯「ねえ、和ちゃん」
和「ん? 何?」
唯「いい夜だね」ニコニコ
和「そうね。本当にいい夜」ニコッ
おしまい
最終更新:2013年12月27日 00:03