昔々、桜が丘という小さな村がありました。
その村では少しばかり有名な五人の少女たちが暮らしていました。
何とその少女たちは生まれた時に桃の形をした金を握り締めていたのです。
そういった事情のせいか、この五人は“奇跡の五人娘”と呼ばれていました。

唯「みんなー!」

紬「おはよう、唯ちゃん!」

律「おっす、唯!」

澪「おはよう、唯」

梓「おはようございます、唯さん!」

律「唯、髪跳ねてるぞ?」

唯「あっ! 本当だ!」

この五人が“奇跡の五人娘”
しかし、それは名ばかりの物でただの渾名に過ぎなかった。五人は常に金で出来た桃の首飾りを着けている。
そして、いつも一緒に集まって遊んでばかりいた。村人はそんな五人を温かく見守っていた。

唯「今日は何して遊ぶの?」

梓「うーん……そうですね……」

  「みんなーっ!」

唯「あっ、和ちゃん!」

五人が今日は何をするかを話し合っていると息を切らした和が駆けて来た。

紬「大丈夫、和ちゃん?」

澪「大丈夫か、和?」

紬と澪が心配そうに和の様子を窺った。和はやっとの事で顔を上げた。

和「この村に鬼が現れたそうよ……!」

紬「えぇっ!」

律「鬼……!?」

梓「鬼ってまさか……あの……」

和「そうよ」

和「村の米を盗んで行ったらしいわ……」

澪「なっ……ななっ……!」

澪は恐怖で身を震わせた。和は深刻な顔で五人を見つめた。唯は急に妹の憂の事が心配になった。

和「あなたたちも急いで自分の家を見に行った方がいいわ!」

梓「そうですね……!」

和「みんな、万が一の為にも今日は家を出ないこと!」

和「わかった?」

唯「う、うん……」

和は特に唯の方を指差して念を押した。和の勢いに押されて唯は少したじろいだ。

和「それじゃあ、急いで帰りましょう!」

律「それじゃあ、今日は解散だな……」

梓「家にもしもの事があれば大変ですからね……」

紬「それじゃあ、みんな。また明日ね!」

梓「はい! みなさん、また明日会いましょう!」

紬と梓は各々の家へと駆け出して行った。

律「じゃあ、またな!」

律「ほら、澪! 帰るぞ!」

澪「ま、待って! 律~!」

律が駆け出すと、澪は情けない声を上げながら遅れてそれに続いた。二人の背中を見送ると和は唯の方を見た。

和「行くわよ、唯!」

唯「うん……」

唯「(憂……大丈夫だよね……?)」

唯は祈る思いで駆け出した。

平沢家

唯「憂っ!」ガラッ

唯は大声で妹の名前を呼びながら勢いよく扉を開けた。中には目を丸くした憂がいた。

憂「ど、どうしたの……お姉ちゃん……?」

唯「う、憂……」

唯はフラフラと蹌踉めきながら憂に近づいて行った。

唯「大丈夫……?」

憂「何が?」

唯「大丈夫……!?」

憂はそんな調子の唯を見て、いつもとは様子が違うことに気づいた。

憂「大丈夫だよ……」

唯「…………」

唯が急に黙り込んだので憂は恐る恐る唯の肩を掴んだ。

憂「……お姉ちゃん?」

唯「はぁ~……よかった~……」ドテッ

憂「お姉ちゃん!」

唯は大きな溜息をついて力無く崩れ落ちた。憂は慌てて唯の体を支えた。

憂「どうしたの? 大丈夫!?」

唯「うん……何だかこの村に鬼が出たそうなんだ……」

憂「えっ!? 鬼が!?」

唯「憂の事が心配で急いで戻って来たんだけど……」

唯「無事でよかったぁ~……」

憂「……私もお姉ちゃんが無事でよかったよ!」

そう言って憂は優しく唯を宥めた。唯は安心したのか、大きく息を吐いた。

憂「それにしても……鬼かぁ……」

唯「うん、私たちの家もキチンと戸締りしないとね」

憂「お父さんとお母さんたちまだかなぁ……」

二人の両親は仕事のため、村から離れていた。そのため、家には唯と憂の二人だけだった。

唯「和ちゃんが今日は家から出ちゃだめだって」

憂「そうだね、もしもの事があれば心配だもんね」

唯「憂がいなくなっちゃったら私、生きていけないよ!」

憂「私もお姉ちゃんがいないと生きていけないよ」

二人は顔を見合わせてにっこりと笑った。

唯「憂、ありがとう!」

憂「ううん!」

憂はそう言って立ち上がり台所へと向かった。唯は床に寝ころびゴロゴロと寛ぎはじめた。

唯「(今日は遊びたかったなぁ……)」

そんな風にして一日は終わった。

翌日 朝

唯「う~ん……」

唯は憂に起こしてもらうこと無く一人で起きた。

憂「あっ、おはようお姉ちゃん」

唯「おはよう、憂」

台所の方から味噌汁の香りが漂ってきた。しかし、唯はそれに構わずに外の様子を確認しようとしていた。

唯「もう外に出ても大丈夫かな?」

憂「夜に何も無かったから大丈夫じゃないかな?」

唯「そっか」

そう言って唯は引き戸を開けた。昨日と同じ雲一つない良い天気だった。
ふと辺りを見ると近所に住んでいる男性二人が鎌と木槌を握り締め、険しい顔をして遠くを歩いていた。
まるで何かに怯えている様子だった。

唯「??」

唯は首を傾げて家に戻った。

唯「今日何かあるの? 近所の男の人たちが怖い顔して鎌や木槌を持って歩いて行ったけど……」

憂「えっ? 私が起きて外の洗濯物を取り込んだ時にも男の人たちが鎌を持って歩いてたよ」

唯「うーん? 何かあるのかなぁ……」

憂「もしかしたら昨日の鬼と何か関係あるのかもしれないね」

唯「そうだね」

憂「今日も遊びに行くの?」

唯「うん、昨日遊べなかったから早く遊びたいよ~!」

憂「じゃあ、朝ご飯食べよっか!」

唯「うん!」

~~~~~

唯「じゃあ、行ってくるねー!」

憂「気をつけてねー!」

朝ご飯を食べ終えた唯は駆け足で家を飛び出した。早くみんなの顔を見たくて仕方が無かった。
走っている間に周囲を見渡しても普段と何の違いも無かった。少なくともここに鬼は来ていないようだった。

集合場所

集合場所が見えると、唯の胸が躍った。

律「あっ! 唯!」

唯「みんなーっ!」

唯「いやー昨日遊べなかったから、今日は遊びたくて仕方なかったよ!」

唯が息を切らしながらみんなの顔を眺めるとある違和感を覚えた。

唯「あれ? ムギちゃんは?」

梓「それがまだ来ていないんです」

澪「いつもは早くここにきてるんだけどな……」

今まで、集合場所に一番遅れてやって来るのはほとんどが唯だった。唯が来て初めて全員集合と考えていたため、今回はとても異例のことだった。

澪「どうする……?」

律「ムギの家に行ってみよう!」

梓「そうですね。どこか体調が悪いのかもしれませんしね」

唯「ムギちゃんどうしたのかなぁ……」

唯は不安げに空を見上げた。他の三人もどこか浮かない顔で空を見上げた。
山の向こうから薄暗い雲が迫り、太陽を覆い隠した。

琴吹家

唯「うわ~……」

律「何だ……?」

梓「すごい人の数ですね……」

澪「一体何が……」

琴吹家の広大な庭に大量の村の男たちが集まっていた。
こんなに人が集まるのは集会か祭りの時期ぐらいなので、四人は目を疑った。
そんな集団を横目に見ながら玄関へと向かった。唯たちは忙しなく動いているある男性に声を掛けた。

唯「斉藤さん、ムギちゃんいますか?」

斉藤「紬お嬢様のご友人方ですね、菫!」

斉藤は琴吹家に仕えている初老の男性だった。斉藤は娘の菫を呼び付けた。

菫「こちらへどうぞ!」

菫の後に続いて長い廊下を歩くと、紬の部屋が見えてきた。

菫「失礼します、紬お嬢様」

紬「みんな!」

紬は四人の顔を見ると、素早く立ち上がってから駆け寄った。菫はぺこりと頭を下げるとその場を後にした。

律「ムギ、何かあったのか?」

紬「それが……村の男の人たちで鬼を退治しに行くみたいなの……」

澪梓「えぇっ!?」

予想だにしない紬の返答に二人は驚嘆の声を上げた。紬は俯きながらも続けた。

紬「それで今日、家の庭に集まっているの。どうやら指揮をとるのはお父様らしくて……」

紬「『お前はここに残りなさい』って……」

澪「そうだったのか……」

紬「すぐにそっちに行けなくてごめんなさいっ!」

唯「ううん、仕方無いよ」

律「それにしてもこんな事になるなんてなぁ……」

律は外の様子を見て他人事のように呟いた。

タッタッタッ

廊下から駆け足が聞こえたかと思うと、斉藤が姿を現した。

斉藤「紬お嬢様! ご主人様が出発なされるようです!」

紬「わかったわ!」

紬は返事をすると斉藤の後に続いた。残された唯たちは互いに顔を見合わせてから頷いた。

律「ムギ! 私たちも見送っていいか?」

紬「うん!」

一行は庭へと向かった。

琴吹庭

紬の父親が現れるとざわついていた民衆が静まり返った。

紬父「諸君! よく集まってくれた!」

紬父「我々はついに鬼の住処を突きとめた! 今からそこに向かい、総攻撃を実行する!」

「おおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!」

唯律澪紬梓「…………」

拳を振り上げ、雄叫びを上げて盛り上がる男たちを見て、五人は呆然と見ていた。まるで遠い世界、別の世界から見ているような光景だった。

律「あっ! あれって澪のお父さんじゃないか!?」

澪「えっ」

澪「ほ、本当だ……!」

梓「わ、私の父も……!」

律「あ、私のお父さんもだ……! 聡まで……」

注意して見ると、律、梓の父親もこの庭に集まっていた。三人はわなわなと震えた。
紬父は紬が見ているのに気づくと歩み寄って来た。

紬父「紬……」

紬「お父様……」

紬父「私たちは今から鬼の巣窟に行ってくる」

紬「…………」

紬は不安げな様子で父の顔を見た。紬父もそれに気づいたのか、優しく紬の頭を撫でた。

紬父「大丈夫だ、必ず戻ってくる」

紬父「留守の間は家のことをよろしく頼んだぞ」

最後にポンと頭を叩くと、その場を立ち去った。紬は胸元に手を寄せて父の背中を眺めた。

紬父は槍を構え、遠くを指した。

紬父「いざ鬼ヶ島へ!」

「おおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

民衆は再び雄叫びを上げて、紬父が指した方向を手にしている武器で指し示した。
そして
、集団は列を組んで庭を後にした。五人は一言も言葉を発せずに静寂を守っていた。

いまや空は雲で覆われ、辺りは薄暗くなっていた。

一週間後

桜が丘の村は閑散としていた。外に出歩く者は少ない。
鬼が現れたからではない。男たちが戻って来ないのだ。女たちは不安を感じながらも家の仕事をしていた。


集合場所

梓「まだ戻って来てないですね……」

律「そうだな……」

澪「もう一週間も経ってるのに……」

紬「無事だといいけど……」

梓「どうして私たちには行く事を教えてくれなかったんですかね……」

澪「子どもたちは口出しするなってことじゃないのかな……」

唯「…………」

唯の父は鬼退治には参戦していないが、村にいない事には変わり無かった。
五人が揃ってため息をついていると駆け足が聞こえてきた。和が血相を変えてこちらに向かっている。

和「はぁっ……はぁっ……!!」

唯「どうしたの!? 和ちゃん!?」

尋常ではない様子を見て一同は和を囲んだ。和は胸元に手を当て、もう一方の手で白い紙を差し出した。

和「これを……これを見て……!」

律が恐る恐る紙を受け取って広げて見せた。紙には衝撃的な内容が書かれていた。

“男たちは 預かった

もう 戻ってくることは無いと 思え”

律「和! どこでこの紙を見つけたんだっ!?」

和「この前、鬼が現れた所に落ちていたの……!」

律「ぐっ……!!」

律は歯を食いしばってわなわなと体を震わせた。六人は最悪の事態を想像した。

澪「一体どうすれば……!?」

和「とりあえず、ムギの家に村中の人を集めましょう……!」

和「村の人たちに一刻も早くこの事を伝えないと……!」

澪「わかった!」

紬「私たちも行きましょう!」

梓「はい!」

六人は駆けだした。誰も最悪の事態の事を口に出さない。意識から遠ざけようとしていた。
しかし、不安の闇は徐々に胸の内に広がって行く。

琴吹庭

「男たちがいなくなった……」

「私たちどうすればいいの?」

「主人がいないと……!」

琴吹家の庭に集まった村の女たちは顔を真っ青にして話し合っていた。中には今にも泣き出しそうな者までいた。
憂を加えた六人はこの様子を静観していた。和は何か情報が無いか人々に歩き回っていた。
斉藤の娘、菫も顔を真っ青にしてガタガタと震えていた。友人の直が宥めようと背中を擦るが菫の震えは止まらない。

菫「もし、次に鬼が来ればこの村は……!」ガクガク

直「菫、落ち着いて!」

菫は半ば錯乱状態に陥っている。危なげな足取りで、直が支えていなければすぐにでも倒れそうだった。
その様子を見た唯は菫に駆け寄って手を掴んだ。

唯「落ち着いて! きっと大丈夫だから!!」

菫「お、落ち着けって言われても……! このままだとこの村は……!!」

唯は怯える菫の目を見てある決心をした。

唯「私が鬼を退治しに行くよ!」

梓憂「え」

「ええええぇぇぇっ~~!??」

梓と憂が小さく呟いた直後に、村中の女性の声が一斉に木霊した。

憂「お、お姉ちゃん!」

和「唯、何を言ってるの!?」

律「無理に決まってるだろ!!」

唯「そんなことないよ!」

律は唯の肩を掴んで唯と顔を合わせた。その際に唯の目を見ると真剣そのものだった。

和「唯……危険すぎるわ……!」

梓「そうですよっ!」

唯「でも誰かが行かないと!」

梓「!!」ビクッ

梓は唯の大声に驚いて少し身を縮めた。いつの間にか律も唯の肩から手を放して唯を見つめている。

唯「何かしないと……」

唯「もしこのまま何もしないで、次に鬼が来た時どうするの?」

唯「このまま何もしないのなら、鬼が来た時に村は全滅する……!!」

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