“全滅”の言葉が発せられた瞬間、菫が小さな悲鳴を上げた。唯は腕を大きく振った。

唯「そんなの絶対に嫌だよ!」

律「…………」

律は黙ることしかできなかった。澪と梓と憂の三人は困ったように少し俯いている。紬はブルブルと体を震わせていた。

紬「はいっ!」バッ

紬「私、唯ちゃんの意見に賛成っ!!」

紬は腕を高く上げて賛成の意を示した。

律澪「ムギ……」

梓「ムギさん……」

紬「私も何かしなくちゃいけないと思う!」

唯「そうだよ! この村を守るんだよ!」

律「!!」

律「(村を守る……か……)」

ふと、昔の唯の姿を思い出した。唯はいつもぼーっとして呑気に空を眺めていた。そんな唯が村の存亡を懸けて奮起している。
そんな意気込む唯と紬を見て律も決意を固めた。

律「……わかった、私も行くよ」

唯紬「りっちゃん!!」

律「二人だけで行くなんてとても放っておけないからな」

律は照れ臭そうに微笑んでから澪の方を見た。

律「澪はどうする……?」

澪「…………」

澪は悩んだ。確かに危険だ。命を失ってしまうかもしれない。
しかし、唯の言っている事も正しいと思った。澪が律の方を見ると、律は黙って頷いた。
その瞬間に答えは出た。

澪「みんなが立ち上がるのなら私も……!」

律がニッと笑い、唯と紬は澪の手を握り締めた。

梓「みなさん本当に行くんですか……?」

唯「もちろんだよ!」

梓「…………」

四人が見つめる中、梓は考え込んだ。澪が心配そうに梓を伺った。

澪「……梓、無理しなくてもいいんだぞ?」

梓「…………」

理由は定かではないが梓は決意した。覚悟を決めると、こうもエネルギーが湧き上がるものなのだろうか。

梓「……いえ」

梓「私も行かせてください!」

律「本当にいいのか……?」

しかし、梓の決意は揺るがない。

梓「一緒に行きたいです!」

威勢の良い返事を聞いた律は大きく頷いた。すると、憂が前に歩み出てきた。


憂「みんなが行くのなら私も行きたいです!」

梓「憂……」

唯「やったー!」ギュッ

唯は歓喜のあまり、思わず憂に抱きついた。抱きつかれた憂は頬が紅くなるのを感じた。

和「あなたたち……」

唯「和ちゃん……」

和は少し不安そうな表情で唯の顔を見た。その表情を見た唯はほんの僅かに動揺した。

和「本気で行く気なのね?」

唯「本気だよ、村のために!」グッ

唯は勢いよく拳を空に突き上げた。それを見た和はため息をついた。

和「はぁ……私も行ってもいいかしら……」

唯「え?」

和「私も一緒に行かせてもらえるかしら」

和の言葉を聞いた唯はゆっくりとした足取りで和に近づき、そして唐突に抱きついた。

和「わぁっ!?」

唯「和ちゃ~ん! 来てくれると思ったよ~!」

和「まったく……」

和は興奮する唯を慣れた手つきで宥め始めた。

澪「でも、和がいなかったら、誰がこの村を統制するんだ?」

紬「それは任せて、澪ちゃん!」

紬「菫! この村をお願いできるかしら?」

菫「えぇっ!?  そそっ、そんなこといきなり言われてもっ!?」

菫は素早く両手を振って断った。その瞬間、直が菫の肩を掴んだ。

直「私たちに任せてください!」

菫「直ちゃん……」

直「大丈夫、私たちならできる」

そう言って直は力強く頷いた。

紬「お願いできる?」

直「はい! 任せてください!」

菫「うん! 任せて! お姉ちゃん!」

菫の返事を聞いた紬はにっこりとほほ笑んだ。

梓「これで和さんも参加決定ですね!」

唯「いっぱい揃って嬉しいねっ!」

律「それにしてもどうやって鬼を倒すんだ?」

唯「う~ん……」

唯は腕を組んで顔をしかめた。宣言はしたものの、具体的な事はまだ何も考えていなかった。

律「そこが問題だよな……」

梓「そもそも、人間が鬼に勝てるんでしょうか……」

一同は沈黙した。早くも壁にぶつかってしまったようだ。

 「話は聞かせてもらったよ、唯ちゃん」

唯「??」

突然、遠くから声が聞こえてきた。唯は声の主を見ると驚愕した。
現れたのはなんと、とみばあさんだった。
とみは平沢家の近所に住んでいる老婆だった。寝たきりでいたはずだったので唯たちは驚いた。

唯憂「おばあちゃんっ!?」

とみ「鬼退治に行くんだって? 私は応援するよ」

唯「ありがとう~!」ギュッ

唯は目を輝かせながらとみのもとへ近づいて手を握り締めた。

とみ「唯ちゃん、私に考えがあるよ」

唯「どんな考え?」

とみ「“きびだんご”を作るんだよ!」

唯「きびだんご?」

唯は首を傾げ、後ろを振り返った。律たちも聞いたことが無い様子だった。
しかし、憂だけは思い当る節があるようだ。

憂「もしかして……一つ食べると、どんどん力が湧き上がってくるっていうお団子じゃ……」

とみ「そのお団子だよ、憂ちゃん」

とみ「きびだんごを食べれば鬼だって倒せるかもしれない!」

澪「なるほど……」

律「じゃあ、今からその団子をたくさん作ろうっ!」

とみ「それが団子の原料がこの村……」

とみ「いや、どこを探してもあまり見つからないのよ……」

和「大量生産は無理ってことね……」

とみ「とにかく、今すぐ全員で原料を集めましょう!」

唯「おーっ!」

「おおおおおおおーーーーーっ!!!!!!」

唯に続いて村の女たちは一斉に拳を空に突き上げた。その声は男にも負けないほど村中に響き渡った。

~~~~~

村の女たちが総出で探し回っているにも関わらず原材料はほとんど見つからなかった。
日が暮れて、村の女たちは再び琴吹庭に集まった。

和「集まったのはこれだけね……」

唯「…………」

集まった原材料は笊一つ分だった。しかし、この量で作るしかない。

とみ「さっ、あなたたちは早く寝なさい」

唯「えっ」

梓「私たちも手伝いますっ!」

菫「ここは私たちに任せてください!」

直「出発に備えてみなさんは力を蓄えておいてください!」

唯「……わかった」

二人の勢いに押されて唯は引き下がった。

紬「今日は私の家に泊まっていって!」

澪「ありがとう、ムギ」

一同は琴吹家の玄関に向かった。歩いている最中に唯は何か足りないことに気づいた。

和と憂がいない。

振り返ると二人はとみと話しあっているようだった。唯は三人の元へと歩いた。

和「そうですか……」

憂「…………」

唯「どうしたの?」

憂和「!!」

唯「?」

突然話しかけられた二人は少し驚いた様子だったがすぐに気を取り直した。

和「何でもないわ」

憂「先にみんなの所に行っておいて、お姉ちゃん」

唯「で、でも……」

とみ「唯ちゃん、今日は早く休まないと!」

半ば強引に遮られた唯はしぶしぶ玄関の方へと歩いた。玄関に着いて振り返ると三人はまだ唯を見つめていた。



その晩、二人は来なかった

翌日

  「……きて!」

唯「…………」

  「起きて!」

唯「ん~……?」

憂「朝だよ!」

憂に揺すられて唯は目覚めた。寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見ると和も他のみんなを起こしにかかっていた。

唯「憂……昨日、あの後に何かあったの……?」

唯が尋ねると梓の肩を揺すっている和が動きを止めて唯と憂を見つめた。憂は少し困った表情をしている。

憂「……後で話すね」

唯「今は話せないの?」

憂「うん、みんなが起きてからじゃないと」

唯「…………」

そう言ってから憂は唯の隣で寝ている律を起こした。唯は静かにその背中を見つめた。

~~~~~

紬「じゃあ、私は武器を持ってくるね」

朝食を終えた一同は出発の支度をしていた。時間は刻一刻と迫っているのに憂と和は部屋にいなかった。
和と憂を除く、五人は特別な衣装を着ていた。士気が上がるようにとわざわざ作ってくれたそうだ。

澪「和と憂ちゃんはどこにいるんだ?」

梓「もうすぐ出発ですよ……」

律「着替えもまだだったよな?」

澪「あぁ……」

律「昨日の晩も来なかったみたいだし何やってるんだ?」

澪と梓は不安げな顔をしている。唯と律は黙って二人が来るのを待った。
すると、足音が廊下から足音が聞こえ、四人は一斉に扉の方を見た。

とみ「そろそろ出発の時間ね」

澪「和と憂ちゃんの準備がまだ……」

とみ「二人ならもう外に出ているわよ」

唯律澪梓「えっ!?」

四人は素っ頓狂な声を上げて驚いた。

紬「みんな、地図と武器持ってきたよ!」

紬が地図と七本の木棒を持ってきた。木棒である理由は男たちが村にある全ての武器を持って行ってしまったからである。
とみは紬の方を振り返った。

とみ「ムギちゃんも来たことだし、外に出ましょうか」

紬「でも、和ちゃんと憂ちゃんがまだ……」

とみ「二人なら外にいるよ」

紬「えっ?」

そう言い残し、とみは玄関へと向かった。部屋に残された五人は訳がわからなかった。

琴吹庭

唯たちが外に出ると、和と憂が立っていた。服装は普段着のままである。

律「二人ともなんでまだ普段着なんだよっ!?」

和「律……あなたたちに話さないといけないことがあるの……」

律「……?」

和「私と憂はこの討伐を辞退させてもらうわ」

唯「え……?」

突然の申し出に唯は沈黙した。唯の両隣にいる律と梓も口を開けて呆然としている。

澪「ど、どうして……?」

憂「きびだんごが不足しているんです……」

律「あれじゃ足りなかったのか?」

和「きびだんごは15個作ることができたの」

和「でも、7人でそれだけじゃ足りないっておばあちゃんが言うの」

とみ「いくら力が上がるからといっても、一人最低3個は必要と思うわ……」

15個では圧倒的に不足している。

憂「でも、私たち二人が抜ければ丁度、一人3個ずつ……!」

紬「そんな……」

梓「何とかならないんですか!?」

和「これは一刻を争う問題なの。すぐにでも鬼の所に向かうべきよ」

和「それに数が多ければいいってものじゃないわ」

澪梓「…………」

憂「だから、私たちを切り捨ててくださいっ!」

憂「みなさんならきっと大丈夫ですよ!」

憂「“奇跡の五人娘”なんですからっ!」

唯律澪紬梓「!!!!!」

そう言われて初めて思い出した。
偶然にもこのメンバーは奇跡の五人娘だった。各々の金の桃の首飾りがきらきらと輝いている。

憂「これを……」

そういって憂は五本の白い帯を差し出した。唯たちがそれを広げてみると、なんと桃の刺繍入りのハチマキだった。

和「私たちの分もお願いできるかしら……」

和は唯にきびだんごの入った袋を差し出した。唯は差し出された袋を見た瞬間に葛藤が全身を駆け巡った。
しかし、唯は決断した。

律「任せておいてっ!」

和「唯……頼んだわよ……!」

憂「村のことは和ちゃんと菫ちゃんと直ちゃんで何とかするから任せておいてっ!」

紬「二人をよろしくね!」

憂「はいっ!」

威勢よく返事した憂の目には僅かに涙が浮かんでいた。
そして、とみが一歩進み出た。

とみ「では、そろそろ……」

律「よし、行くかっ!」

梓「いよいよですね……!」

紬「澪ちゃん大丈夫?」

先程から緊張した面持ちの澪に紬が尋ねた。

澪「少し不安だけど、今は大丈夫」

紬「よかった」

それを聞いた四人もどこかほっとした。唯が木棒を腰に下げ、頭に桃のハチマキを巻いた。

唯「よーし! じゃあ、みんな! 準備はいい?」

律澪紬梓「おーーーーっ!!!!」

唯「ふっ!」 グッ

唯は腰に下げていた木棒を握り締め、山の向こうを指した。唯は熱く燃え上がる感情を高ぶらせた。

唯「いざ鬼ヶ島へ!」

道中

その日は山中を歩き続け、日が暮れる頃に海の近くの村の宿に辿り着いた。
五人は体を休めるために宿で一夜を明かすことにした。

梓「浜辺に船貸しがいるそうで、女将さんが話しておいてくれるそうです」

律「よかった、これでひとまず安心だな」

梓「船の数ギリギリだったみたいです」

梓「……男の人たちが戻って来ないから」

律「そっか……」

桜が丘の村の男たちもこの村で船を借りていた。そして、一週間近く戻って来ないので男たちは噂になっていた。

澪「それじゃあ、灯りを消すぞ」

唯「はーい」

紬「おやすみなさい」

梓「おやすみなさい」

唯「おやすみー」

律「おやすみ」

おやすみを言った後に梓は不安に駆られて眠れないのではと危惧していたが、山中を歩いた疲れもあったのかすぐに眠りに落ちた。

翌日 道中

唯「あぁ~鬼ヶ島へ~♪」

律「いま行くぞ~そりゃ行くぞ~♪」

唯と律は木棒を振り回しながら元気よく歩いた。澪は呆れたように二人の背中を見つめていた。

澪「まったく……」

紬「まあまあ」

梓「それにしてもあの二人、少しは怖くないんですかね……」

紬「梓ちゃんは怖いの?」

梓「少し……」

梓は少し俯きながら小声で答えた。紬は一呼吸置いてから再び梓の顔を見た。

紬「私も怖いよ、梓ちゃん」

梓「……そうですよね」

梓「普通はそうですよね……」

梓「でも、あの二人は……」

紬「あの二人も本当は怖いと思ってるはずよ……唯ちゃんもりっちゃんも」

梓「…………」

紬「でも、きっとそれ以上に村の為に何か役に立ちたいんだよ」

紬「私も村のことが大好きだからそう思うわ」

梓「何となくわかった気がします……」

そう言って梓は少し微笑んだ。その様子を見た澪と紬は一瞬目が合って微笑んだ。


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