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かなり海に近づいた頃に、道端の草むらがガサガサと揺れた。
五人は思わず身構えると、草むらから猿が飛び出してきた。
猿「お姉さん、お姉さん」
律「うわっ!? 喋ったっ!?」
なんと人語を喋る奇妙な猿が現れた。澪は驚きのあまり大きく体を仰け反った。
猿「何か食べ物をくれないかい?」
唯はちらりと腰につけている袋を見た。中には三つのきびだんごが入っている。
紬「駄目よっ! 私たち今から鬼退治に行くんだから!」
猿「どうしても駄目なのかい?」
律「だーめっ! 行った行った!」
猿「ケチーッ!」
猿は甲高い声を上げながら草むらに消えた。
梓「今のは夢ですか……?」
澪「だといいな……」
五人は気を取り直して再び進んだ。
数分歩くと、前方に犬が行儀よく座っていた。舌を出してこちらを見つめている。
五人は静かに犬の傍を通り抜けようとすると、犬と澪の目が合った。
犬「お姉さん、お姉さん」
澪「ひっ!」
律「さっきから何なんだぁ!?」
犬「あなたたちの腰にある袋の中身の匂いが獣たちに人語を話させるのです」
犬「……ところで、先程見かけたのですが」
犬「猿に袋の中身を差し出すのを断わっていましたね?」
唯「う、うん……」
犬「ならば私にお譲りください!」
犬「猿ではなく犬の私なら構わないのでしょう!」
唯「いや、私たち鬼ヶ島に行くところだから食べ物は分けられないよ」バッサリ
犬「クーン……」
犬は寂しげな表情を浮かべながら渋々立ち去って行った。
律「最後まで人語で話せよ……」
五人は再び前を目指して歩いた。
しばらく歩くと海が見えてきた。五人の間である緊張感が生まれたその時、翼を羽ばたかせる音が聞こえた。
雉「お姉さん、お姉さん」
唯「うわっ!? また何か来たよ!」
雉「私は雉です」
さすがの澪も慣れてきたのか、あまり怯えていなかった。
雉「先程から、あなた様方を上空から観察しておりました」
律「いつから見てたんだよ……」
雉「どうやら鬼討伐に向けて島に向かう途中だとか!」
唯「そうだよ」
雉「それならば、私を仲間に入れてください!」
澪「き、雉を仲間に……」
雉「そうです! その袋の中の食べ物を分けていただけるのならどこまでも!」
律「だから譲れないってば」
雉「そんな! 私なら空から奇襲を仕掛けることができますよ!」
唯「私たちは五人で十分だよ」
雉「ぐっ……そこまで言われると……」
雉「……わかりました」
雉「その食べ物は諦めます。どうか皆さまのご健闘をお祈りします」
唯「うん、ありがとー!」
雉は翼を広げて遠くへ飛び立った。五人は雉が見えなくなるまでその姿を見つめていた。
梓「きびだんごってそんなに美味しいんですか?」
紬「誰も食べたことがないからねぇ……」
唯「それなら少し食べてみようかなー……なんて……」
律「こらこら」
梓「行きましょう」
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五人は海に到着し、浜辺にいる船貸しの元を訪ねた。
爺「船でどこまで行くのですか?」
唯「今からおn……」
梓「今から五人で釣りに行こうと思ってたんですよ!」
律「そ、そうそう!」
爺「でも釣り竿は……」
律梓「!!」ビクッ
澪「別の人と待ち合わせしてるんですよ!」
爺「そ、そうですか……では船を持ってきます」
爺は小屋の裏手にある倉庫へと向かった。澪は大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。
澪「ふぅー……危なかった……」
梓「無暗に鬼退治のことを話すのはまずいですよ!」
唯「みんな応援してくれると思うんだけどなー……」
梓「この近辺の村まで混乱させないでください!」
唯「はーい……」
唯は頬を膨らませて梓に返事した。
鬼のことがこちらの村に知れ渡れば大騒ぎになることは必至だろう。
少しすると爺がやって来た。
爺「船の準備が整いました」
律「よしっ!」
五人は船の帆を立て、船は海に浮かび上がった。五人はすぐに乗り込んだ。
爺「お気をつけて―!」
唯「いってきますっ!」
爺は穏やかな表情で手を振って五人を見送っている。まさか、鬼ヶ島に向かうことなど想像がつかないだろう。
船は風を受けて軽快に進んで行った。
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数時間後
航海はまだ続いていた。空はどこか曇り始めている。
唯は呆然と前だけを見ていた。すると、ある物が目に留まった。
唯「あ! あれ!」
四人が唯の指差した方向を見ると、遥か前方に島が見えた。
紬「あれが鬼ヶ島みたい……」
紬は地図を確認すると、島の形の詳細が記されていた。遠くから見る島は高い山々に円で囲まれていてまるで要塞のようだった。
澪「そろそろ降りる準備をしよう」
紬「そうだね」
唯は木棒をじっと見つめた。この武器を使うことになるかはわからない。
男たちははたして無事なのだろうか。
唯の中で様々な事が渦巻いていった。
鬼ヶ島
唯「ここが……」
澪「鬼ヶ島か……」
五人は上陸し、船を降りて島の中心部へと向かった。辺りは灰色の大地が続いていた。
しばらく歩いていると澪があることに気づいた。
澪「何かおかしくないか?」
律「何が?」
澪「何も無いんだよ……」
律「??」
澪「何も落ちてない……」
紬「それがどうしたの、澪ちゃん?」
澪「あれだけの人数がここに来て、ここで鬼に負けたんだ……」
澪「普通、戦の後には血や武器が残っているんじゃないか?」
律「!!」
梓「あっ……! 本当だ……!」
唯「鬼が全部集めて回ったのかな?」
律「わざわざそんなことするかな?」
五人は疑問を抱きつつも先に進んだ。すると、何やら洞窟の入り口のようなものが見えた。
一同は入り口の前に並んだ。
唯「着いたよ……!」
澪「あぁ……」
紬「いよいよね……!」
梓「はい!」
律「行こう……!」
島に上陸した時よりもさらに不気味な気配が立ちこめていた。鍾乳洞から流れてくる冷気もまた不気味さを強調する。
澪「中は真っ暗だな……」
律「松明を作ろうか」
そう言うと律はすぐに松明を作り上げた。
鍾乳洞
鍾乳洞の中は静まり返っていて、冷気だけが取り巻いている。
上を見上げるとのっぺりとした天井に鋭い鍾乳石がずらりと並んでいた。
五人は身を身を寄せ合ってそろりそろりと歩いていた。しばらくすると、開けた場所に出た。その瞬間
ボオオッ!
唯律澪紬梓「!!!!!」
突然、壁から炎が燃え上がり洞窟が明るくなった。よく見ると所々に松明が置かれていた。
驚いた澪は石筍につまずいて尻もちをついた。
澪「ななっ……! 何で勝手に……! ほほほっ……炎が……!」
唯「みみっ澪ちゃん……! おおお落ち着いてっ!」
梓「唯さんも落ち着いてくださいっ!」
律「けど、一体どうして……!」
紬「私たちがここに来たのがわかったのかな?」
「そのとおーーーりっ!!」
唯律澪紬梓「!!!??」
大きな声が反響し、頭上から黒い人影が跳び下りてきた。五人は慌てながら後ずさりし、松明を突き出した。
律「だ、誰だっ!?」
ジュン「私は鬼のジュン!」
唯「鬼……!」
ジュンと名乗る鬼は不敵な笑みを浮かべている。よく見ると角が生え、赤い眼をしている。
唯「村のみんなはどうしたのっ!?」
ジュン「あいつらなら私の奴隷にしているよ」
ジュン「ちゃんと、脱走できないようにもした」
律「どうして奴隷なんかにするんだ!?」
ジュン「それは教えられないよーだ!」
ジュンは両手の人差し指を口元で交差させ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
ジュンは武器を所持していないように見える。五人は怯えながらも冷静に状況判断していた。
紬「(ねぇ、武器も持っていないみたいだし好機じゃない……?)」ボソボソ
澪「(確かにやるなら今が好機かも……)」ボソボソ
律「(よし、行こう……!)」グッ
律は腰に下げていた木棒でジュンを指した。
律「やいっ! 鬼のジュン!」
律「村の男たちを返してもらおうかっ!」
ジュン「駄目だよーだ。人間の男たちには死ぬまで奴隷でいてもらうよ」
ジュン「それに私たちの仲間もあの男たちにやられちゃったからね、お相子だよ」
梓「ほ、他にも鬼がいるの……!?」
ジュン「へへーもうほとんどいないよー」
ジュン「あと一人……い、一匹だよ!」
澪「なんだ……あと一匹か……」
たった一匹だけと判明し、五人の中で僅かに安堵感が湧き上がった。
するとジュンが鼻で笑った。
ジュン「その一匹だよ、一番厄介なのが」
ジュン「村の男たち全員を倒した私よりも強いんだよ!」
唯律澪紬梓「!!!!!」
先程の安堵感は一瞬にして吹き飛ばされた。五人は固まったままジュンを見つめた。
しかし、ジュンの表情は変わらない。
ジュン「嘘じゃないよ、いつの間にか嘘つき扱いだけど」
ジュン「甘く見ないでよ……これでも鬼だから……!」
ざわっ……
唯紬「っ……!?」
律「うっ……!!」
澪梓「ひっ……!!」
ジュンが語気を強めた瞬間、五人に悪寒が走った。気がつけば全身がガタガタと震えている。
唯「(そうだ……私たちは今、鬼と対峙しているんだ……!)」
しかし、このジュンがどのようにして男たちを打ちのめしたのか見当がつかなかった。
身につけているとするなら、特徴的な柄の服と角ぐらいである。
ジュン「じゃあ、そろそろ行くよ……」
律「クソ……!」
紬「みんな頑張ろう!」
梓「もちろんですっ!」
五人が木棒を構えたのを見て、純は両手を顔に近づけた。
ジュンが両耳の下辺りに手を添えると、左右にある髪の二つ結いの辺りに爆弾が出現した。
梓「なっ……!」
紬「ばっ……爆弾……!」
唯「みんな逃げてっ!」
ジュン「くらえーっ!」シュッ
ジュンは散り散りに逃げ惑う五人に向かって二つの爆弾を全力で投げた。一つは唯、もう一つは澪だった。
唯「……!!」サッ
唯は運良くすぐ傍の岩場の隙間へ隠れて事無きを得た。隙間の向こうで爆弾の跳ねる音が聞こえた。
一方、澪も隠れる事のできる岩場を探していた。
澪「わっ!?」
ドサッ
律「!?」
紬「澪ちゃんっ!」
澪は再び石筍に躓いて倒れてしまった。倒れた澪の眼前で松明の炎でオレンジ色に光る黒い爆弾が止まった。
澪「あ……ああ……」ガクガク
頭では非常事態に陥っているのは重々承知していた。しかし、体が動く事を忘れたかのように動かない。
ジュン「おおーーっ!?」
ジュンは興奮のあまり声を上げた。澪は爆弾の導火線を見ていた。今ならはっきりと見える。
澪「(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!!!)」
澪「(……死ぬっ!!)」
澪が思わず目を瞑った瞬間に何者かが走る音が聞こえた。
その正体は律だった。
律「くっ……!」スッ
律は爆弾を掴み、すぐさま誰もいない方向へ投げつけた。そして、澪を覆うように倒れ込んだ瞬間
ドドーーーンッ!!!!
紬「わっ!」
梓「きゃっ!」
紅い炎が見えたと思うと、強烈な爆風が吹き荒れた。紬と梓は腕で顔を覆い隠した。
そして、風が止み、静寂が訪れた。
唯「はぁ……はぁっ……」
澪「うっ……」
澪はゆっくり顔を上げると、上に律がいるのに気づいた。
澪「り、律っ!」
紬「りっちゃん!」
梓「律さん!」
紬と梓が駆けて来た。律はぐったりとして荒い息をしている。
律「だ、大丈夫……」
ジュン「やっぱ人間にはかなりキツイかー」
律は肩を押さえながら立ち上がろうとした。その様子を見てジュンはニヤニヤとほくそ笑んでいる。
唯「りっちゃん!」
唯も四人の元へ駆けつけた。律は澪の膝の上で苦しげに目を閉じている。
そんな律の様子を見て唯はある決断をした。
唯「みんな! きびだんごを食べよう!」
ジュン「きびだんご……?」
紬「そうだよ! このままじゃ……りっちゃんだけじゃなく私たち全員やられてしまうわ!」
澪は腰に下げている袋に目をやった。
確かにこのまま出し惜しみをしていても無駄に終わる可能性の方が圧倒的に高い。
死の手はすぐそこまで迫っているのだ。
澪「……よし」
澪「全員食べよう!」
四人は袋に手を伸ばした。澪は自分の分を取り出すと、律の袋からもきびだんごを取り出した。
澪「ほら……食べてくれ、律」
律「サンキュー……」
律は弱々しく礼を述べると、だんごを口に入れた。後の四人もそれに続いた。
そして、飲み込んだ瞬間、未知の世界が五人を支配した。
律「むっ……!」
唯「おお……! おおおおおっ……!」
紬「ち、力が……!」
梓「湧き上がって……!」
五人は未知の力が自身の体内で湧き上がるのを感じた。見た目に変化は無い。
しかし、五人の力は飛躍的に上昇し、人間を越える力を手にした。
澪「いける……! これなら……!」
ジュン「(何か変化が……?)」
ジュン「(一体……)」
ジュンはなぜ五人が高揚しているのかが理解できなかった。ただ、だんごを一つ食べただけである。
澪「立てるか?」
律「大丈夫、っていうか……」
律「元の状態より調子が良い!」
澪「よかった……」
最終更新:2012年10月21日 21:14